予見不可能
予見不可能
前触れもなく個室のドアが叩かれた。聞き覚えのないテンポのノック音は、部屋の中に人がいるとわかりきっているかのように鳴り続ける。音を消して無視してもいいが、突発的に訪れる人間がどんな相手か興味が湧いてくる。
軽い気持ちでドアを開けると同時に、訪問者の体の半分が部屋に侵入してきた。
「この近くの島で占い師として人々の役に立ったんだって? 団長ちゃんに聞いたよー。俺のことも占ってもらえるかなぁ」
不躾な要求に思わず顔を顰める。顔と名前くらいは知っているが特に交流もない団員だ。こちらの回答も待たずに部屋の中に入ってきて、椅子に座るシエテを黙って見つめていると微笑みかけられた。反射的に微笑み返す。
こんな唐突且つ強引にプライベートな空間に侵入してくるような人物だとは思ってもいなかった。どうやら面倒な人物に絡まれてしまったようだ。さっさと退出してもらう為、椅子に座るとカードを取り出して混ぜ始める。
「それで、何を占えばいいんだ」
そう言いながら目の前の人物の視線や筋肉の動きに集中して音を聞く。瞳は透き通った湖面のように穏やかなのに、覗き込んでも何も見えない。占うからにはある程度は的を射た言葉を言わなくてはならない。悪評を周囲に言いふらされると信用度に響く。どうしても続けたい訳ではないが、大事な収入源を減らされるのは困る。
「う~ん、団長ちゃんが今一番欲しい剣とか、一番好きな剣と剣の使い手を……」
「それは団長に聞いてくれ」
冗談を軽く流して再度音を中心に集中してみるが、ノイズやフェイントが多く何を考えているのか読めない。剣がどうのと本気で言っているのではないかと思った矢先に鋭い殺気が肌に刺さる。苛立ちを覚え、睨みつけてやろうと瞳を見つめるとにっこりと笑いかけられた。
「それじゃ、適当に君のおすすめでいいや」
目も頬も笑っているというのに、これは心からの笑みではない。作られた笑顔だ。望みを読み解き、相手の願う答えを導き出す糸口が全く見えない。
お茶を濁すようにカードを一枚捲ってみせると、タワーの後ろ姿が描かれている絵柄が現れた。
「後ろを向いたタワーのカードだ。……隠されていたら、見えるものも見えないな」
「えぇ~、本物の占い師だったら何も言わなくても見えるはずだけどなぁ~」
こちらを揶揄するような口調で言われても困る。もっと情報を開示しろと視線で遠回しに伝えてみるが笑みが深まるばかりで何の進展もない。露骨に表情に出しても、のらりくらりと躱されてしまう。
「まるで本物の占い師を知っている口ぶりだ」
「まぁ、それなりにね」
言うのと同時にテーブルの上に置いたカードの山を奪われてしまった。抵抗せずにシエテの動きを観察し続ける。一枚一枚捲っていく指先は迷いがない。シャッ、シャッと一定のテンポで硬質な紙のカードが音を奏でていく。
「このカードは自作?」
「ウィ」
「味があるいい絵柄のカードだね」
全てのカードを見終えると、綺麗に端を整えて束にしてから返してくれた。これで帰ってくれるかと期待したが腰を上げる気配はない。何か言いたいことがありそうな顔をしている。
最初から占いは求めていない。本来の目的を隠していて、それが何か今現在は検討もつかない。お手上げだ。バンザイをしたタワーのカードが頭の中に思い浮かぶ。
シエテは座ったままで、何かを思い出すように遠くを見つめている。重苦しい空気の中、獲物を狩る獣のように気配を消して待っていると、大きく息を吐いてから語り始めた。
「俺が会ったことのあるのは水晶玉や動物の骨、夢で占ってくれる占い師にも会ったことがある。でも、自分から占ってもらったことはないよ。一方的に予言みたいな言葉を言われるだけで……、あれは忠告だったのかなぁ。よく当たると噂のカードを使う占い師に占ってもらう予定だったんだけど、直前に災害で島ごと落ちてしまって……」
どこかで聞いたことのあるような話だ。どうしてその話を今、オレ相手にするのか。島が落ちた原因かを知っているのだろうか。心臓が大きな音を立てないように意識を集中して制御する。
「いくら占いで先が見えたとしても避けられない運命もあるのか、その占い師が偽物だったのか、真相はわからないままだね」
あの島が空から消えたのは運命だったのか。だとしたらあの島の運命はオレの気まぐれで決まってしまったということだ。
所詮、占いなぞ気休めでしかない。占いの結果なんていくらでも捻じ伏せられる。いくら信じ祈ったとしても不相応な願いは叶わない。幸福は自らの手で掴み取らなければならない。
目の前の人物は幸福とは縁が遠そうな顔をしている。幸せになれるのになろうともしない人間の顔だ。気を紛らわせる為に、カードと同じ薄さに押し伸ばされた占い師の命が燃え尽きる最後の音を思い出す。
「でも、そういう災害も少し前に比べて減ったみたいだよ。どうしてだろうね」
島を丸ごと落とすことも、人が住めなくなるほど国や地形を破壊することも、団長と出会ってからはしてない。いくら過去のことだとはいえ団長には具体的な内容を知られたくはない。知られるなら自分からその時の音を聞かせて知ってもらいたい。確実な口止め方法を行動に移すかどうか考える。指先に力を込めていつでも魔術を発動出来るようにタイミングを見計る。
「その島の山奥に住むお婆さんが焼いたカスタードパイが美味しかったんだよね。もう食べられないのが残念だ。手作りのカードを見て、なんとなく思い出したんだけど……ごめんね、よくわからない話を聞かせちゃって」
指を弾く前に全く関係のない話に飛んだ。とても悔しそうな声で、心の底から惜しんでいるのがわかる。占い師の話題が故意ではないことに安堵しゆっくりと息を吐く。
失われてしまったものが、オレが壊してしまったことが原因だと知ったらどんな影響を受けるだろうか。堪えきれずに笑ってしまう。
「くはっ!」
笑い声に対して困惑したように眉を顰めるものだから、余計にこの状況が可笑しく感じてきた。口元がにやけてしまうのを隠し切れない。
「何をそんなに警戒しているか知らないけど、少し様子を見にきただけだよ。この艇でおかしなことは考えないようにね」
団長からは十天衆の頭目は忙しくしていることが多いと聞いていたが、わざわざ忠告だけをしにきたなら実際には暇なのだろうか。部屋に訪ねてくる必要性がない。こうして話すだけなら人目を気にせずに甲板の上でも、食堂や喫茶室でも良かっただろう。釘を刺すだけなら他の十天衆に言伝してもいいはずだ。
「キミに言われなくても、心得ているさ」
目の前の相手に警告される筋合いもないが、十天衆と敵対しても今は得るものがない。肌がひりつくような緊張感が味わえて、退屈しのぎの時間を過ごすことが出来たのだから素直に頷いて見せた。
「……過去にまで口出しはしないよ」
にやけた顔を見せるシエテに対して不快感よりも愉快さが勝ってきている。案外、面白い人物かもしれない。こうしてオレの部屋までやってきて雑談を楽しめる人間は団長以外では珍しい。
ようやく満足したのかシエテが立ち上がった。帰ってくれるのだと気を抜いていると目の前に小さな箱を差し出される。ほんの僅かに甘い香りがする。
「はい、これ」
「これは?」
綺麗にラッピングされた箱に戸惑っていると、腕を取られて強引に手の中に握らされた。
「フェニーちゃんとサブリナがお世話になったみたいだからね」
バレンタインお助け隊として暇潰しをして、団長に素晴らしい時間を提供した。演奏会は指揮者として楽しんだ。複数の団員からの信頼も深まり、素晴らしい演奏曲も録音出来てこちらとしてはメリットだらけのイベントだった。団員に感謝の気持ちを伝えたいのは本心からだ。あの場にいなかった人物に物を貰う理由など何も思い当たらない。
どうやら一連の行動を感謝されているらしい。あのプティ・フィーユと、その保護者であるマドモアゼルとは深い縁があったのか。手助けすれば団長が喜ぶ相手だとフェニーには目を付けていたが、他にも大物が釣れた。最高のバレンタインデーだったということだ。
「メルシー」
礼を言うと、つい数十分前まで何も読み取れなかった人物が、照れているのがはっきりとわかる。
回りくどいやりとりはこれを渡したかっただけかと思うと途端に可愛らしく思えてくる。シエテのことも団長は強く気にかけているのだから、これを機に仲を深めておいて損はない。
「来月、オレのお気に入りのパティスリーでカスタードパイを買ってくるから一緒に食べないか?」
オレからの誘いに、明らかに困惑した表情を浮かべている。もう一押しだとばかりに言葉を畳み掛けた。
「考えておいてくれよ。贈り物にはきちんと礼がしたいんだ。演奏会の音を聞きながら、さ」
指を鳴らしてクラポティを出してみせると微かに視線が揺れた。世話になったと菓子を持ってくるくらい気にかけている子が一生懸命に企画した会なのだから魅力的な提案だろう。団長だって良い演奏会だったと言ったのだろう。曖昧に笑って去っていったが、シエテは絶対にこの誘いにのる。占いなんて不確かなことに頼らずとも推測出来る明確な未来だ。
特に返事もなく立ち上がった。お喋りはもう終わりで、本当に帰るようだ。ドアに手を伸ばして廊下に出る直前に立ち止まってこちらを見た。
きっと誘いを断られるのだろう。気が付かれないようにそっと音を録音しながら言葉を待つ。
「……おやすみ」
笑っていた。これまで見た作った笑顔とは違う、親が子を慈しむような表情だった。心臓が握り潰れるような錯覚に襲われて、ほんの数秒だけ息が止まる。
低く甘ったるい小さな声を残してドアが閉まった。
今ある情報から未来を読み取り、流れを誘導することは簡単だと思っていた。全空一の天才魔術師兼大評判の占い師でも見えないものは多くある。幸福のために感情や欲求を制御するのは難しいと思い知るとはこの時は思ってもいなかった。
たった今生成したクラポティとテーブルの上に置いたチョコレートの箱が、やけに思考を掻き乱す。