美しき目覚めを齎す者
美しき目覚めを齎す者
潰えた可能性を幾つも見た。見せられた。単なる悪夢と言い捨てるには具体的な絶望に胸が痛む。自らの手で蒼の少女――ルリアに手にかける感触から逃れようと身じろぐ。場面が切り替わり、別の可能性が広がる。ルリアだけでなく、ビィや団長にも剣を振り下ろす。認めたくないが悲惨な光景を剣で作っているのは間違いなく自分自身だ。人々が、俺のことを、化け物と呼ぶ。止まってくれと願っても剣を振るう腕は速度を増すばかりで、視界に入る生き物を全て斬り捨て壊していく。
「シエテ」
名前を呼ばれる。そうだ。俺は十天衆頭目、天星剣王のシエテだ。化け物ではない。
瞼を開くと光に包まれて眩しさを感じる。開いたカーテンから日の光が差し込む明るい騎空艇の天井がぼんやりと見える。肌に触れる白い寝具から微かに洗濯石鹸に混ぜられた花の香りがする。
目が覚めてすぐに呼びかけてきた声の主の名前を口にする。
「……ロベリア、くん」
横たわっている左側が熱い。ぴったりと隣に寄り添っているロベリアの緑色の瞳が、こちらを観察するように見つめてくる。
「ボンジュール。珍しくうなされていたな。キミの唇から漏れ出す音は悪くなかったが、もう起きる時間だ。団長を待たせるなよ」
今日は団長と約束をしていた。もっと強くなりたいから、剣の稽古をつけて欲しいと真っ直ぐな瞳で訴えかけられた。ルリアのことを、仲間たち全員を守りたいのだと強く静かに告げる姿を鮮明に思い出す。
「そうだったね。遅刻しちゃうところだったよ。起こしに来てくれてありがとう」
ロベリアのまだセットされていないふわふわした頭を撫でる。
「くはっ、実は団長もさっき起きたばかりだ。そんなに急がなくても大丈夫さ」
「いやぁ〜、本当に助かったよ。また起こしに来てもらえると……」
そこまで言うと、ロベリアは急に困惑した表情をしだした。流石に撫ですぎたか。そういえば大人が相手だった。つい子供のように扱ってしまった。
目の前で笑っている相手が、契約している星晶獣を失い絶望の淵に突き落とされる可能性も知っている。
撫でるのを止めて体を起こすと体を伸ばす。強張った筋が解れていく。
「今のは本気で言ったのかい?」
「いや、ごめんごめん、迷惑だよね。団長ちゃんとの約束の時だけでもお願い出来たらなって……」
都合が良すぎる提案だったか。ロベリアの曇った表情は晴れないままだ。
気まずい空気を切り替えるようにベッドから立ち上がり着替えを始める。
「じゃあ、お兄さんは準備して団長ちゃんの所に行かないとだから。またね」
「ウィ、オールボワール」
背後から立ち上げる気配と同時に指を鳴らす音がした。振り返ると既に姿が消えている。便利な、人間離れした魔術だ。
いくら才能に恵まれようと、強靭で健康的な肉体を持とうとも、ほんの少し選択を間違えれば悲劇的な結末を迎える。だからこそ、この世界を大切に守っていきたい。諦めずに最後まで抗い続けたい。平穏な日常と笑顔を守るために、美しい朝を迎える為に。
「なぁ、タワーも聞いただろう? 団長もありがとうとは言ってくれるんだが、照れてしまって″また″とは言ってはくれないのに……くはっ、楽しみが増えたな」
些細な言葉で目をつけられてしまったことを、まだ知らない。