今日もいい日だった [R15]
今日もいい日だった [R15]
鼻歌を歌いながら廊下を歩く。足取りは軽い。周囲に人がいる音がしないか用心深く確認してからクラポティを取り出して中身を確認する。
朝からずっとタワーと遊んでいい汗をかいた。タワーの奏でる音は素晴らしい。まさにトレッビアンッ! 紛れもない幸福の音だ。タワーを破壊する音も、タワーに破壊される音も、どちらも芸術的で情熱がこもっていて他にない音だ。
廊下の遠く離れた先から聞こえる足音に思わず立ち止まる。これは間違いなくシエテの足音だ。そろそろ艇に帰ってくると行っていた。今日はなんて良い日なんだろう。偶然にいち早く帰還に気がつけた。クラポティをしまってから、魔術を使ってヒョイッとシエテの近くに移動すると駆け寄る。すぐにこちらに気付いたシエテが笑顔で迎えてくれてそのまま抱きつく、はずだった。
ほんの少し力加減をミスしてしまった。どうやら遊び過ぎてしまったようだ。ダメージが蓄積していた内臓が破裂してしまい、口から勢いよく血を吐き出した。
咄嗟に手で口を覆ったおかげでシエテに向かって吹きかけることはなかった。シエテのお気に入りの白いマントを汚さなくて良かった。安心したら全身の力が抜けて前方に倒れこんでしまう。このまま無防備に廊下の床に倒れ込んだらどんな音がするかという好奇心よりも、失敗した姿を見られる方が気恥ずかしい。どこか近くの人のいない場所へ移動する為に指先を鳴らそうとしたが大声で呼び止められた。
「ロベリア!」
シエテが一瞬で駆け寄り抱き止めてくれたおかげで床に顔を打ち付ける事態は避けられた。さすがオレの恋人はとても優秀だ。
結局、シエテのマントどころか顔にまで血が付いてしまった。オレの血で染まるのは悪くない。血塗れの姿もよく似合っている。こんなことなら気にせずに早くやっておけば良かった。タワーに頼んでシエテの真上で握り潰してもらったらどうだろうか。想像するだけでイムヌフュネレールが脳内に鳴り響く。ここ最近で一番のアイディアだというのに、タワーは賛成してくれない。
シエテがオレの名前を何度も呼ぶ声がくぐもって聞こえる。もっと鮮明にゆっくりと聞きたい。ちゃんと録音しているか確認する。されている。あぁ、シエテの絶望したような顔も美しいと思いながら意識を手放した。
すぐに医務室に運ばれたが、治療しようと触れたティコがどこも悪い部分がないと首を傾げて、団長たちもシエテも困惑したそうだ。派手に血を吐いたものの、タワーの再生の力ですぐに治っていたから当然の反応だ。肉体にはなんの影響もないし、よくあることだと説明すると、なんて人騒がせなと団長に強めに叱られた。何も知らなかったシエテがショックを受けていたこともあり、余計に怒りを買ってしまったようだ。
恋人の前ではいろいろと不都合な部分は隠しておきたかっただけだ。ただでさえシエテはオレのことを子供扱いしたがるし、関係性を築くまでとても苦労した。それに説明するのは得意ではない。最後までシエテが聞いてくれる気もしないし、脱線せずに話せる気もしない。二人の限られた時間はもっと楽しいことに使いたい。俺たちはそうやって共に過ごしてきた。
医務室から出て部屋に向かうまでの間、ずっと手首を握られている。当分の間、シエテがつきっきりで様子を見てくれることになった。二人でよく話せということらしい。
骨が軋むほどに握り締められて愛情を感じる。どうせならこのまま折ってくれないかと提案するか迷う。こうして艇の廊下を恋人同士の距離で歩ける日が来るなんて思ってもいなくて、うきうきしながら歩いていたが、シエテは終始無言で話しかけても反応が薄い。
部屋に入るとすぐに正面から抱き締められた。珍しく甘えた声で呼ばれる。
「ねぇ、ロベリア」
肩に顎を乗せたまま耳元で呼ばれると腹の下が擽ったい。めちゃくちゃにしたくなってくる。キスをしたいのにくっついていて離れない。背中をきつく握り締めて腕の筋肉が固くなっている。
もしかしたら珍しくなにかを頼まれたり、甘えてくれたり、とても楽しいことに誘われるのかもしれない。だっていつもは「ねぇ」なんて可愛く言わない。「なぁ」だとか「おい」だとか照れ隠しに雑に聞こえるように呼んでくる。今日は幸福が続いているからきっとこれから甘い時間を過ごすのだ。期待に胸が弾む。
体が少し離れて表情が見える。幸せそうな笑みを浮かべていると思っていたが全く違っていた。こちらを見下ろす支配者の顔だ。鋭い視線と目が合う。
「俺より先に死んだら許さないよ」
冷たく低い声に驚いて、瞬きをした一瞬のうちに幾千もの剣の先が突き刺さんばかりにこちらを向いている。場を支配する剣の光と殺意に身の毛がよだつ。全身の肌がビリビリと痺れる。
「くはっ、勿論だ。ジュテーム、シエテ。キミより先に死ぬことはないから安心してくれ」
「……約束だよ?」
何度も首を縦に振って頷く。下手をすればシエテの体ごと剣を突き刺してきそうだ。それも多少は魅力的ではあるがそんなことが起これば全ておしまいだ。団長に十天衆、他の団長の仲間たち、それに世界中から敵対されてしまう。
「誓う。誓うからその物騒なものをしまってくれ」
強引に体を動かしてチュッという音を立ててキスを落とすと、殺気と共に剣拓が消えた。部屋の中が一気に暗くなる。
いくらなんでも室内で出すには数が多過ぎやしないかと揶揄するような雰囲気ではないことくらいはわかる。黙ってシエテの口が開くのを待った。
「……あまり心配させないでね。お前は俺よりも長生きして団長ちゃんの役に立つんだよ」
念を押してくるがそれでも隠さずに全てを話せとは言ってこない。シエテもオレに話していないことが多いからだろう。ミステリアスな愛し合う恋人たちで良い。きっと誰がどう見てもお似合いの二人だ。ついつい口角が上がる。
「ロベリアから、言いたいことはある?」
ほんの少しだけ気まずそうに聞いてくる。先ほどの行為はやり過ぎだとでも思っているのだろう。オレの恋人は殺意もとびきり刺激的で悪くなかった。
「んー、そうだなぁ。くはっ、それなら自慢の剣拓を出す時は、キミが死なない程度にしてくれよ」
もう少し本数が少なければあのまま受けても良かった。きっとシエテが頭から血で赤く染まる。
オレの要望を聞くとシエテは今日一番の美しい笑みを浮かべてから、さらりと答えた。
「あれは俺には効かないから問題ないよ」
再びこちらに何の関心もないような冷たい目で見下される。恋に落ちた時と同じかそれ以上の衝撃に、頭の先から足の先まで痺れる。
「……セビヤン」
ようやく一言だけ口から漏れる。こちらの動揺に満足したのか、にやりと笑ってから乱暴に唇を奪われた。舌全体で腔内を蹂躙され、歯と歯が当たって硬質な音が頭に響く。角度を変え吸い付く度に漏れる声や湿った音が室内に反響する。
どうやら本当にあれだけの量の剣をオレに突き立てたいと思うほどのことをしてしまったようだ。今後はシエテの前で一時的にでも死にかけるようなヘマをするのはやめよう。
そうだ、シエテに次にサプライズで披露するのは、厳選したオレのお気に入りの音にしよう。
そうと決まれば今すぐにでも主導権を奪って労いたい。重症患者の監視役という名目で暫くは側にいてもらえるのだから時間はたっぷりある。なんなら仮病を使っても延長してもいい。
可能な範囲で優しくベッドの上に押し倒そうとしたが、逆に強引に押し付けられた。ベッドが大きく軋む。馬乗りになられて、待てと言わんばかりに鋭い視線がこちらを見下ろす。瞳に見惚れて無抵抗でいると焦らすようにゆっくりと時間をかけて服を脱ぎ始めた。魅惑的な光景を目の前にして、はしたなく喉を鳴らせてしまう。今すぐに白い肌に噛みつきたい欲求を我慢して待つ。
待て、待て、とお預けを食い続け、ようやく大人しくオレの好きにさせてくれる頃には夜も更けていた。濡れてぐしゃぐしゃのシーツを替える余裕もないほど、めちゃくちゃに繋がっていたい。とろとろに蕩けた瞳が涙の膜を張っているのを見て渇きが止まらない。
「くはっ、キミは本当にオレを翻弄してくれるな」
「俺の方が翻弄されてるよねぇ……あっ、うぅ……あぁ、ん……」
我慢してから食べる好物の味は格別だ。こんな機会はそうそうない。一欠片も悔いを残すことのないように貪り尽くす。
部屋の灯りも点けずに日が登りきるまで睦み合い続けた。