俺の恋人が最近ずっと筋トレをしている [R18]
俺の恋人が最近ずっと筋トレをしている [R18]
事務作業も頭目の仕事の内で、今みたいに余裕があるうちに出来るだけ片付けておきたい。そう思いグラン・サイファーで割り振られた個室で書類に向き合っている。天気がよく窓から陽の光が差し込みぽかぽかと暖かい。こんな日は室内で書類に向き合うよりも屋外で剣の使い手と手合わせでもしていたいが、責任のある立場にいるとそうは言っていられない。
背後では、ロベリアが壁の出っ張りに指先を引っかけて筋トレをしている。真似してやってみたが剣士の俺でも長時間しているとそこそこキツいトレーニングだ。フッ、フッ、と荒い息遣いが静かな部屋に響いて気になって仕方ない。
だいたい、そんなにも体を鍛えてどうしたいのか。女性にモテたいとかそういう魂胆なのか。それとも――。
「もう終わったのかい? さっきから手が止まっているな」
声を掛けられて気がついた。手元の書類は真っ白いままで全く進んでいない。それどころか下書き用のメモ帳の端に丸や四角なんかの図形や、お気に入りの剣を描いた形跡まで残っている。見られないように紙の端を整える振りをして下の方に隠す。
「背後で煩くされると気が散るんだよ」
「音を消して集中し過ぎるのもよくないだろう?」
そう、集中して書類を捌いた後に振り返ったら半裸のロベリアがいて、驚いてインク瓶を倒してしまったことは記憶に新しい。
汗をかいて熱いから脱いだと言うが、いきなり汗ばんだ上半身が晒されていたら驚きもする。髪の毛もオールバック気味で普段とは違っていた。急に事後のような姿でいないで欲しい。そんなことは口に出せず、黙っているしかない。
「恋人の存在を忘れるなんて、キミは酷い男だな」
軽い口調であっても、こう責められると上手く動けなくなる。なんやかんや気が合って恋人同士という関係になったのに、世界の為になすべきことがあれば数週間離れることもあるし、今だって二人きりになるのは久しぶりなのに処理しないといけない書類があるからと放置してしまっていた。本当はすぐにでも抱きついてしまいたい。そう考えるとペンを走らせる振りすらままならない。
ロベリアが湿っぽい空気を纏って近寄ってくる。ほんのりと汗の匂いがして元々気乗りしない書類に向かう意欲は完全に霧散してしまった。
「今日はなんだか集中出来ないし、明日やろうかなぁ」
「くはっ、それはいいアイディアだ!」
ロベリアは喜々として鼻歌を口ずさみながら、まだ右手に握っていたペンを奪い取ってペン先を拭い、インク瓶の蓋を固く閉める。待ちきれないといった様子で途中何度も軽くキスしてくるのを拒むことはせずに受け入れてしまう。嫌ではない、むしろ好きだ。そうでなければ一緒にいることを許さない。
するすると肌の上を滑る指先に身を任せていると、こちらの息もあがっていく。やけに機嫌が良いロベリアのペースに合わせて艶事は性急に進んでいく。中に挿れられる違和感にも慣れたもので、息を飲んで受け入れる。熱くてほんの少しだけ苦しくて身を捩ると、ロベリアが上手く腰を動かして根本まで入った。互いに他者の動きに合わせるのが得意なせいかスムーズに事が運ぶ。声や音が外に漏れないのも非常に助かっている。
「テュ・エ・サージュ」
偶に混ざる意味を知らない言葉がやけに心地良い。何故か視界が潤んできたから瞼を閉じる。尻ではなく耳から頭にかけて撫でられる感覚の方に集中しようとしていると、突然腰に回された手に力が入る。激しく動き出すのかと身構えるがそうではなさそうだ。そのまま腰を持ち上げられてしまい、慌てて絡ませた脚に力を入れて胴を挟んだ。
「わっ、ちょっと、危ないよ」
「ノンノン、オレが支えるから力を抜いて」
繋がったまま立ち上がろうとしてくる。いくらなんでも成人男性相手にそんな動きは無理がある。
「いやだって! 怖いから!」
「大丈夫だ、ほら掴まって」
背中に手を回すと安定はするが、腕にも力を入れ続けないと落ちてしまいそうだ。胸と胸をあわせて密着すると「くはっ」という特徴的な笑い声が耳元に響いた。全くおもしろくない状況で笑われると腹が立つ。しかもいつもより結合部が深く抉られる感覚も強い。逃れるように体を捩らせると自然と指先に力が入る。
「あぁ、やっ……あぅ……ひゃ、んっ」
今、体を離すと頭から床に落ちてしまう。不安定な体勢で揺さぶられるしかない。いつもより荒い息に笑い声が混ざる。楽しんでいる。逃れようのない快楽に翻弄されて涙が滲む。最奥を強く突かれて脳に衝撃が走り、押し潰された魔物の断末魔のような汚い声が出た。恥ずかしくて涙が滲んできて、それをチュッチュと音を立てて吸われる。開いたままの口の端から涎も垂れる。体液で顔中がぐちゃぐちゃで酷い有様だというのにロベリアはとても喜んでいる。腕も脚も力が抜けてきて体が揺らいだ。
「も、むり、下ろして」
「ウィ、そのままいい子でいてくれよ」
ベッドの上にゆっくりと降ろされ、顔中に啄むようなキスを何度も何度も落とされる。
「触るな」
脳がバカになってしまったのか、触れられるだけで感じてしまう。
「くはっ! 敏感になってるんだろう? キミは本当に可愛いな」
「うるさいよ」
見られているだけでもゾクゾクと背筋に快感が走る。髪を撫でたりキスをしてこようとしてくるのを最小限に抑えさせる為に、睨んだり叩いているうちにようやく体が落ち着いてきた。
水を取ってくるために体を起こしたロベリアの背中を見て驚く。背中に爪を立ててしまった。血が線状に滲んでいる。自分が付けた爪痕だというのに、見ているだけで痛そうで思わず身震いする。
「背中痛くない? 一緒に医務室に行こうか?」
「くはっ! なんて説明するつもりなんだ。このくらいすぐに治る」
確かに、背中に爪を立てた詳しい経緯なんて説明出来る訳がない。
「……ごめん」
軽く汗を拭いてシャツを羽織ると傷は見えなくなったが、背中の筋肉が逞しく迫り上がっているのはわかる。なだらかな曲線が美しい。
自分だって肉体に自信はある。筋肉量だって多いし柔軟性もある。けれどロベリアの方が肌に張りがある、気がする。ほんの少しだけ若いからその差かもしれない。そして脱ぐと意外と男らしい。
ブーメランパンツの水着を着ている時に、健康的な肉体だと褒められたが色気はないと言われた。イングウェイやジークなど露出面積の少ない水着の団員の方が、確かに色気が出ているとは感じてもいる。剣の腕なら自信があるが、大人の魅力という面ではまだ勝てないかもしれない。ロベリアもよく可愛いと言ってくるし、きっと俺はどちらかというと可愛い方なのだろう。そもそも色気とは何だろうか。どうすれば出るのか。水分補給を終えて隣に横たわった恋人は、どちらが好きなのだろうか。
「ロベリアはさー、色っぽいのと可愛いのだったらどっちが好き?」
口に出した後に何を聞いているんだと我に返った。どうやらまだ脳がふわふわとおかしな状態が続いている。面倒な恋人だと思われてしまう。いや、何がとは言っていないから女性の好みだとか誤魔化しようがある。
「キミにはどっちも似合うと思うぜ」
考えているうちに回答が返ってきた。言い終わると同時にウインクまでされてしまった。
「い、いや……そういうのじゃなくて……」
服の好みではなく傾向としてどちらが好きかの意味だったのだが、話が少しだけズレてしまっている。
「一緒に買いに行こう。オレが選んでいいよな? 脱がせるのはオレなんだから」
「いや、違うって」
完全におかしな方向に進んでいる。服なんて機能的で格好良いの一択に決まっているだろう。服は選ばれるより選びたいし、合う服を着せる為ならデザインからやってもいいくらいだ。本当はもっとロベリアに合う服も用意したい。
「違う? オレじゃないのか?」
空気がピリッと張り詰めた。変なところで嫉妬深さが出てくる。ここで拗らせると面倒なことになりそうだ。
「あぁ、脱がせるのはロベリアで違わないよ。でも服とかそういう話じゃなくて……」
「ウィ、サプライズはまた次の機会にして、今は明日のデートの話をしよう!」
「う、うん」
テンションが上がったロベリアとの会話はいつも主導権を握られてしまう。明日は先延ばしにした書類仕事を片付ける予定だったのに。普段は大人しくこちらになんでも譲ってくれるくせに、こういう時だけは強引に物事を進められてしまう。背中に怪我をさせてしまったばかりで後ろめたさもあって強く出られない。そういう時こそ流されてはいけないと、ソーンやエッセルにも言われているのに流されてしまう。好きな人物にはとことん甘くなってしまう。
「出掛けるのは久しぶりだ」
ロベリアがぽつりと小さく呟いて笑う顔がとても嬉しそうで、デートくらいしてもいいかと明日の予定を組み直す。書類なんて集中すれば昼過ぎからでもすぐに終わらせることが出来るはずだ。
店内に展示されている薄く小さな布を見て顔を顰める。布どころか紐だと言えるようなものまである。
今日は服を買うのだと思っていた。裏路地の看板も出ていない扉を開けて階段を降りて行く時に、服屋にしてはおかしな店構えだとは思った。まさかロベリアが自信満々に歩いていく先が男性用の下着屋だとは、昨日の話の流れがあったとしても全くの予想外だ。
「セボン! どれもいいな。これなんて、ほらっ、くはっ。二つに絞らなくても、買えるだけ買って帰ろう」
「いやいや、正気?」
色っぽいのと可愛いのという好みの話は服装どころか下着のことだと思っていたらしい。展示されている中には許容出来るデザインの動きやすそうなブーメランパンツ型の下着もあるのに、ロベリアはやたらと薄手の生地のものを選ぼうとする。今日は最低限にしようという説得の甲斐があり、買えるだけ買うという目論見を防ぐことは出来た。ロベリアは選んだ黒の総レースのTバックと、水色のリボンがたくさんついた紐パンツの入った紙袋を大事そうに抱えている。男性用のこんなセクシーな下着を売っている店を知っているなんてコイツの交友関係はどうなっているんだろう。
羞恥心で死にそうな思いをしながら、やけに元気なロベリアに背中を押されて街を歩く。他にも店を見て周りたかったが気力が失せてしまった。そうはいっても下着だけ買って帰るのもなんだか面白くない。気分転換に甘いものでも食べて帰ろうと喫茶店を探す。
賑やかな街道を歩いていると「あの人、格好良いね」と言う女性の声が聞こえた。ちらりと声がした方を見ると明らかにロベリアの方を見ている。言っていた女性以外の人々もロベリアのことを見ている。
「シエテ?」
ロベリアが俺の名前を呼んで柔らかな笑顔を浮かべると、周囲が一斉に息を飲む。確かに、男前だ。眩しいくらいに輝いている。どうせ碌でもないことしか考えていないのに。
「今日はもう帰りたいな」
この笑顔を不特定多数の人間に見られるのはあまりいい気持ちがしない。この笑顔に騙される人を増やしたくないだけで、決して嫉妬だとかそういう意味はない。それに昨夜はやけに激しくて、今も変な店で買い物をしたから疲れているだけだ。
「オレもキミがコレを着けているところを、早く見たくて我慢するのに必死なんだ」
「そ、そう」
全く疲れていないどころか体力が有り余っている様子のロベリアに引き摺られて艇に戻る。
あんなもの絶対に着たくない。可愛い女の子や、男でも団長やカトルなら似合うだろうけど、俺には絶対に似合わない。
部屋に戻ってから、早く帰ってきた分もう少しだけ付き合って欲しいと強く要求されて買ってきた水色の下着を身につけてはみた。鏡に映った自分の姿は気色が悪いだけだった。実際にこの姿を見たら冷静になって引かれるんじゃないだろうか。見えないようにバスローブを着ているがそわそわと落ち着かない。装備を固定する為のベルトならまだしも、細い紐に締め付けられる感覚はどうにもむず痒い。
着替えをしている間、ロベリアはまた筋トレをしている。こちらに背中を向けて腕と肩周りを鍛えているようだ。じんわりと汗が浮かんだ健康的な肌に視線がいってしまう。
背中にうっすらと残る赤い爪痕が目を引く。俺が付けた痕だ。そのことにやけに鼓動が早まる。今までずっと個人的な事象に対して無欲に生きてきた。他者とは比べ物にならない程の力を持っているから、持たざる者に与える側として生きるべきだ。それなのにロベリアに対しては独占欲がちらつく。善人である他の誰でもなく、ロベリアのような他者から奪う生き方をしてきた人間が相手なら、醜い感情を抱いても許されるかもしれないと独善的に考えてしまう。倒錯的な欲求から目を背けたくて、ここ最近ずっと気にかかっていた疑問を口に出す。
「どうしてそんな熱心に体を鍛えてるんだよ」
ロベリアの性格からして戦闘に関わることではないだろう。魔術師にも最低限の体力は必要だが、それは元から充分に持ち合わせている。
これで本当に異性にモテたいとか、不特定多数とはいわずとも団長に好かれたいだとか言われたらどうしよう。こんな似合わない下着を着た年上の筋肉質な男よりも、柔らかい体をした女の子や線の細い男の子の方が好きだと言われたら――。
ピタッとロベリアの動きが止まってこちらを振り向く。満面の笑みを浮かべている。
「くはっ! 実は最近気がついたんだが、体を鍛えておいた方が破壊された時にとてもイイ音がするんだ!」
「んんっ?」
ロベリアが指を鳴らしてクラポティを二つ出してこちらに迫ってきた。両手に持った貝殻を差し出してくるが受け取りを拒否する。離れていても骨が折れて肉が潰れる音と悲鳴が混ざった音が薄っすらと聞こえてくる。
「ほらほら、同じ破壊方法でもこんなにも違っている。こっちの音の方が……んぅ~、トレビアンッ!」
頬を染めて興奮気味に捲し立ててくる姿は若干気持ち悪い。発言の内容も全く理解出来ない。頭が痛くなってくる。これではいくら顔が良くても生理的に受け付けない人間の方が圧倒的に多いだろう。
「なんだ、音の為かぁ」
思わず安堵の声を零す。意識していなかったがほんの少しだけ緊張していたようだ。足を伸ばしてベッドの上に寝転がる。
「他になにがあると言うんだ」
「だよねぇ。音が大好きなロベリア君だもんねぇ~。もう、可愛いなぁ」
モテたいだとかそんな訳がなかった。何を不安になっていたのか。取り繕わない素のままのロベリアに付いていける人間なんて限られている。
ロベリアがこちらを見て目を細める。嬉しそうに笑っているような、獲物を狙うような獣のような、複雑な目をして見つめてくる。
「……それに、色々と試せる」
「わっ!?」
ロベリアが指を鳴らすとバスローブの腰紐が解かれる。身の危険を察知して体を起こすとそのまま軽々と抱き上げられた。
「オレの幸福の音の為だ」
俺の体を抱きかかえてくるくると回る。体の軸がしっかりしていて安定感がある。こんな小さい子供のような扱いをされるのは始めてのことだ。なんだかおかしくて自然と笑ってしまう。
「あははっ、目が回っちゃうよ」
「くはっ、それは困るな」
ゆっくりとベッドの上に下ろされるとバスローブは完全にはだけていて、水色の下着が露わになった。バスローブを羽織り直そうとするが止められる。手を抑える力が強い。
「オレのことを音が大好きなロベリア君と言うのはシエテくらいだ」
ロベリアは同じ団員相手でもよく武器で威嚇されるらしい。俺だってただの団員同士という関係のままならそうしただろう。全く気にしていないようで少しだけ気にしている。可愛げのあるところも多いのに、人としてマイナスの部分が非常にでかい。
「あんまり体を鍛え過ぎるとまた他の団員に怖がられちゃうよ」
「ウィ、考えておく」
上の空な返事が返ってきた。絶対に嘘だ。別のことを考えている。パンツの紐を引っ張ろうとしている手をくすぐって邪魔をする。強引に腕を拘束しようとしてきたので、逆に腕を捻り上げてベッドの上に押さえつけてやった。しばらく抵抗しようとしてから諦めて苦しそうな声を上げた。
「参った。これ以上は焦らさないでくれ」
眉を下げて情けない顔をしているのを見ると気分が良い。頭を撫でてやると照れくさそうにしている。
「いくら体を鍛えても俺の方が強いということは忘れないように」
「勿論だ。キミに勝てる訳がない。オレの負けだ」
いくら鍛えようがなにをしようが俺の方が強い。ちゃんとロベリアもそう思っているようだ。年上の男としてのプライドは保たれている。変わることのない、間違いようのない事実に安心して体の力を抜く。
お互いに欠けている部分を都合よく満たせる関係は楽だ。例え、恥ずかしい下着を身につけることになったとしても。
完全勝利に酔いしれていたが、やけに興奮した様子の恋人に朝までひんひん泣かされてしまった。やらなきゃいけない書類の量は減っていない。どうしてこうなったのか、解せない。