天星剣王が壊せない
天星剣王が壊せない
オレが破壊される音以外で、過去最高傑作の幸福の音が収集出来た。タワーも満足気に頷いている。これは是が非でも恩人に聞かせてあげたい。
クラポティを手に団長の元へ向かう。いつもより歩く速度が早くなってしまうのも仕方のないことだ。
ようやく団長を見つけたが、一人の男に向かって笑顔で手を振りながら駆け寄っているところだった。団長があんなに子供らしい顔をしているところはなかなか見かけることがない。いつもなら誰かと話していようが関係なく割り込むところだが自然と足が止まった。
相手の男は見覚えのあるマントを身にまとっている。確か、あれは十天衆だ。ヒューマンの男は一人だけで、その男が十天衆を束ねる頭目だと聞いたことがある。全空一の剣士でかなりの実力者らしい。天星剣王だったか、大層な肩書を名乗っているという。
魔力とも違った力が溢れていて、男の周囲には音壊が見えない。
「タワー、……アレを壊してみたい」
それだけ言うと来た道を引き返す。団長の元へ向かっていた時よりも足早に部屋に戻り、シミュレーションの世界に浸る。場所は慣れ親しんだ覇空戦争時代の戦場で、邪魔なものは一切出さずにオレとタワーと天星剣王だけだ。二対一ならすぐに決着は着くだろう。
音の塊をぶつけて様子を見ようと構えた腕が地面に転がった。声を発する前に、音もなく滅多刺しにされて意識が遠ざかる。
「ロベリア!」
タワーがオレを呼ぶ声と同時に、大きな崩れる音が聞こえた。タワーが崩れ落ちる音だと理解する頃にはシミュレーションの世界から現実の世界に戻っていた。
オレとタワーの最後の音は、幸せの音とは程遠いものだった。ワールドの奏でた音の方が幾らかマシなくらいの、吐き気のするほど酷いものだ。最短で、最小限の音と動きで終わらせにきた。
「オーララ、なんだアレは。タワーが出力を間違えたのか?」
団内で聞き齧った噂話ではここまで圧倒的な強さではなかったはずだ。こんなに強ければわざわざこの団に所属する必要もないだろう。
「いいや。……全てを再現出来ていない」
「冗談だろう!?」
「本物以上を再現することは出来ない。もっと弱くするか?」
「ノンッ! それじゃあ虚しいだけだ。意味がない」
タワーの言葉にプライドが傷つけられた。剣士如きに完膚なきまでの敗北をするはずがない。今のは油断していただけだ。
指先が微かに震えている。これが武者震いというものだろうか。アレを破壊すればきっと有象無象を破壊するよりも良い音がする。
「どうすればアレを破壊出来るだろうか。わくわくしてきたな。そうだろう? タワー!」
オレとタワーのコンビネーションならなんだって破壊出来る。今までも、これから先もずっとそうだ。団長のことだってやろうと思えばいつでも破壊出来るが、しないだけだ。
「何度でも再現してやるからお前だけでやるといい」
頭上から聞こえてきた声に驚く。まさかオレ一人でやれというのか。
「タワー、お前は逃げるのか?」
「……いいや。私がシミュレーションの構築に専念した方がより近い能力で再現出来る。ロベリア、お前なら出来る」
タワーの表情は変化がない。だが、相棒に嘘を吐く訳がない。きっと本心から言ってくれている。
「ウィ、任せてくれ」
一人だけでもエレガンスに圧倒してみせる。オレは全空一の魔術師で、天才だから。四肢を引き裂いてから地に這わせてやろう。そう思って天星剣王に向き合い手を構えたところで、首から上が切り離されていた。
この二回は予想外の展開に気が緩んでいただけで、最初から全力でいけば負ける訳がない。
斬撃がくる前提で土壁を出すと空が暗くなった。満点の星空から無数の剣が切っ先を向けている。ああ、フィナールだ。壁を増やす前に剣の雨を浴びて終わってしまった。剣が地に刺さる音はそこそこ良かった気がした。が、味わっている余裕はなく全く面白みがない。
何回やっても何回やっても本気の天星剣王に勝てない。音もせず一瞬の痛みだけで終わる。かなりのストレスだ。我慢の限界を向かえて一度だけタワーに頼んで相手を動かさずにぐちゃぐちゃに捻り潰したがスッキリしない。むしろどうして何もせずに壊されたのだと苛立ちが増した。セットした髪を掻き混ぜて地面を蹴る。絶対に倒してやるという気持ちが増していく。
それなのに倒せない。音もなくズタズタに斬り裂かれて無力化される。天星剣王の口角が上がっており、この状況を楽しんでいるように見える。こんなに強い戦闘狂は今まで見たことがない。
オレは天才だ。天才なはずだ。なのにどうしてたかだか人間一人程度を壊せないんだ。
「タワー、オレが斬られると何か良い音が出るようにしてくれっ!」
「斬られないようにしないと勝てはしないぞ」
完全に冷静さを失っていた。相棒からの忠告を噛み締める。
「……ウィ……そのとおりだ……今日はもう止めよう」
タワーと共に大国を数か所破壊するシミュレーションをしてストレスを発散すると、スカッといい汗をかいて眠りにつくことが出来た。
ここ数日でオレの動きはどんどん良くなっているのに倒せるイメージが浮かばない。音壊が見えない。
夢の中でも天星剣王と対峙して真っ二つにされた。
「……ッ!」
とうとう夢にまで出てくるようになった。冷や汗をかいて目覚めることになんて思ってもいなかった。
一刻も早く、天星剣王を実力で破壊するしかない。
悪夢に魘され、寝不足で頭が回らない。廊下をふらついた足取りで歩いていると何もない所で躓いてしまったが、近くにいた人物が腕を伸ばして支えてくれたおかげで転ぶことはなかった。
親切な相手の顔を確認しようと見上げて、驚く。
「……天星剣王」
何度も斬り捨てられた相手を目の前にして背筋が震え上がる。斬られる、と体が強張ったが予想した衝撃はない。
「同じ団員なんだしさ、シエテって呼んで貰っていいよ。えっと……ロベリア、だっけ?」
今は現実の世界だ。変に目に留まってしまっただろうか。慌てて黙ったまま頷く。
いつも無表情で冷たい目をしている姿と戦っているせいか、目の前の人物は同じ外見をしているのに別人のように感じる。
「あっ、ひょっとして俺のファン? 握手しておく?」
もう一度頷いて差し出された手を握る。ガントレット越しでも力強いことがわかる。
「ごめんね、今は防具をしてて。今度、素手の時に会ったらまた握手してあげてもいいよ」
にこにこと嬉しそうに笑っている。声を振り絞り、やっとのことで返事を返した。
「……楽しみにしているよ」
笑顔が更に強く、パァッと周囲を照らすような満面の笑みに変わった。
上機嫌にスキップするように足取り軽く去っていく背中を、見えなくなるまでずっと見つめ続ける。
心臓が大きく音を立てている。終わることへの恐怖とはまた違った鼓動の速さに違和感を感じる。自室に向かう為、胸に手を当てて止まったままの足を動かす。あれが本物の天星剣王シエテなのか。
部屋に戻ると日課のシミュレーションに挑む。いつもの場所でいつもの天星剣王が腕を組んで立っている。いつもどおりの光景なのに、妙な違和感がある。
「止めてくれタワー!」
お互いに構える前に停止を求めた。
「なんだ。今日はやめておくか?」
「ノン、やることはやるさ。それよりも表情をもっとさっきの顔に寄せてくれ」
先程見た本人の顔と、目の前の人物の顔は表情がまるで違う。別人のようだ。
「それは破壊に関係があるのか?」
「ウィ、勿論だ。本人に近い顔の方が壊した時に幸福の音を奏でるに違いない」
こんな別の表情をしている姿よりも、日常に近い姿を破壊した方がより破壊したという気分が味わえる気がする。これは長年培った経験からの予感だ。そうに違いない。
「わかった。お前が言うならそうなのだろう。こう、か?」
タワーはすぐに対応して修正を入れてくれた。それでもなんだか違うように感じる。近くまで寄ってよくよく見つめてみる。
「ノンノン。もう少し目元が下がって、口角は上がっていた」
「こうか」
近くはなったがそれでも違う。
「あと瞳がキラキラして、目元や頬の色はもっと血が通っていて……」
「言っている意味が理解出来ない」
「仕方ないな。ルジストル・イマージュ」
魔術を使って記憶を映像で再現してみるが、どうにもノイズが混ざって実際に会った時とは違うように感じる。
「ん〜、違うな。オレの記憶もあてにならないのか。仕方がないな。もう少し観察しよう」
「今日はやめるんだな」
「ああ、再現出来るまでは中断だ。別の破壊を楽しもう」
天星剣王シエテはもっとずっと親しみやすい顔をしていた。本人に近い状態を破壊したい。そうでなければ意味がない。
「ロベリア~!」
艇内を歩いていると、軽装のシエテが笑顔で手を振ってきた。
この前見かけた時よりも親しげで優しい目をしている。シミュレーション内容に更なる修正が必要だ。
「てんせ……シ、シエテ……」
不自然にならないように天星剣王ではなく、名前を呼ぶ。
「今日は装備をしていないからね。約束どおりに握手してあげるね。ほら!」
そう言われて右手を握られた。シエテの手のひらは熱を持っていて温かい。硬い剣ダコのある剣士の手だ。
「メルシー」
礼を言いながら親指の腹でシエテの手の甲を擦る。滑らかな肌をしている。これまで知らなかった部分だ。もっと知りたい。
「ちょっと、触り方が……」
「なんだい?」
「うぅん、なんでもないよ」
手の触感を確かめながら顔の詳細を記憶していると、背後から団長の声がした。
「えっ、なんで二人がこんなところで仲良く手を繋いでるの?」
団長はどういう訳か大きく衝撃を受けているらしく、目を見開いて信じられないものを見たといった表情をしてオレとシエテを交互に見てくる。
「団長ちゃん! なんとこのロベリア君はシエテお兄さんの大ファンなんだよ~」
「えっ、ロベリアが!? シエテのことまだよく知らないだけじゃない?」
団長に返事をしながらシエテは手を離そうとしてくるが、まだ確かめていたかったので強く握って離さない。
「なになにそのよく知ったらファンにはならないみたいな言い方は。男の子は格好良いお兄さんには憧れるものでしょ? 団長ちゃんもたまには素直になっていいんだよ?」
「えー、だってシエテって知れば知るほど格好良いお兄さんじゃないし」
「えぇっ!? 団長ちゃんって俺のことそんな風に思ってたの?」
なんだろうか。団長とシエテのやり取りを見ていると、全身がじわじわと低温で焼かれているような感覚に襲われる。初めてシエテを破壊したいと思った日よりもずっと強く渇いた欲求を感じる。
「……ロベリア?」
「団長とシエテは随分と仲が良いんだな」
やはり、シエテのことを破壊したい。オレの手でめちゃくちゃに破壊したい。
「そうだよ。大の仲良しだよ!」
「それは言い過ぎでしょ」
シエテの言葉を団長は否定するが、言いながらもとても楽しそうに笑い合っている。
他の団員に呼ばれて団長は去っていくが、手を握ったままのシエテは団長の背中を見つめ、眩しいものを見るように目を細めている。この表情は好ましくない。今すぐに手を握ったまま音の塊をぶつけたくなる。
衝動を押さえつけて、こちらを向いて欲しくて声を出す。
「オレも」
「ん?」
シエテがこちらを向くと何かが満たされる。
「オレも、キミと仲良くなりたいんだ」
オレを見て欲しい。シミュレーションの世界のように、空色の瞳にオレだけを映して欲しい。
「……ロベリアは、格好良いシエテお兄さんに憧れてるんだよね?」
穏やかな笑みを浮かべながら聞いてくる内容には同意出来ない。格好良いと思ったことは一度もないし、憧れではなく壊したい。
「キミは格好良いというよりも、可愛いと思うぜ」
適当に思いついた言葉を口にする。会う度に愛嬌のある表情をしているのは事実だ。
「そ、そうかな? そんなこと言われたことないよ〜」
困ったように眉を寄せ、ほんの少しだけ頬の血色が良くなった。正面から顔を見られたくないのか少し斜めを向く。いい加減な返事だったが本当に可愛らしさを感じてきている。照れるとこんな顔もするのか。
「本当に? こんなに可愛いのに?」
左の手をシエテの頬に添えると、肌が徐々に赤みを増してくる。体温も上がっていって熱くなる。
「いやいや、そんなっ、ロベリアの方が顔が整っているじゃない」
「キミはオレの顔が好みなのか?」
そんな風に思われているなんて意外だ。本心で言っているのか知りたくて瞳を覗き込む。
「まぁ、そこそこ格好良いとは思う、けど……」
「けど?」
晴れた日の空のような目が揺れている。凪いだ海の中から空を見上げた時の光景を思い出す。この瞳をタワーは再現出来ていない。フィードバックが必要だ。
「……ちょっと、顔が近いよ」
「ああ、すまない。キミの顔をよく見たくて」
両手を離して手を左右に振る。やましい気持ちはなかった。幸福の音を追求する為に対象を観察していただけだ。そう、それだけだ。
「あははっ、なにそれ」
楽しそうに笑った顔は特別可愛くて反則だと思う。開いた口から真っ白い歯がちらりと覗き、目の下に薄らと皺が浮いている。
もっともっと見ていたかったのに、シエテも忙しいらしく他の団員に呼ばれて行ってしまった。またね、と言ってウインクをして手を振ってくれたのを何度も思い返す。
部屋に戻ってからすぐにタワーに再現してもらうがなかなか上手くいかない。
「タワー、シエテはもっと可愛い」
「お前の言う可愛いという基準がわからん。忠実に再現している」
「ノンッ! 出来てないから言っているんだ!」
表面しかシミュレーション出来ていない。喋らせても、他のその辺を歩いていた人間では気にならなかった細部の違いが大きな違和感として残ってしまう。これはシエテであってシエテではない。
これが上手くいけば、きっとシミュレーション能力そのもののアップデートに繋がる、気がする。どこがどう改善されるのかは説明出来ないがこういった感覚が今まで外れたことはない。
「そんなに言うなら本物と戦ってくればいいだろう」
タワーからは面倒くさいというオーラが出ているが、その提案を受ける訳にはいかない。
「そんなことをしてシエテが怪我をしたらどうするんだ」
「いつも一瞬で負けているだろう。怪我をするならロベリア、お前の方だ」
可愛い子供のようだったタワーも随分と生意気になったものだ。苛立ちだけが募っていく。本物のシエテを見たい。
「……もっと実物を見てくる」
今、タワーと破壊し合おうとすると互いに加減が出来そうにない。頭を冷やす為に背を向けると冷ややかな声を浴びせられた。
「見たところで説明出来なければ意味がないぞ」
きちんと説明出来るくらい観察すればいい。魔術で完全に映し出せるようになってもいい。タワーの再現が不充分なのは、オレの能力不足でもある。パルフェなシエテを創り上げる為にも近距離での観察は必須で、近づけばそれだけ相手にも気付かれて会話をすることになる。徐々に親密になっていくと見たことのない表情を知っていく。穏やかで陽気な顔の奥に、あの冷酷で凶暴な顔があると思うと心臓が激しく鼓動する。
見た目だけでなく、触感も匂いも言動もシエテの全てを再現したい。
タワーは嫌々といった表情をしながらもずっと付き合ってくれている。埒が明かないから直接見ると言って実物の確認もしてくれた。最初のシミュレーションとの違いには困惑していたが、最近の再現とは確かに近いと褒めてくれた。ただ、星晶獣には人間の細部の違いまでは理解出来ないらしく、もうこれでいいんじゃないかと言ってきた。やるなら完璧じゃなきゃいけないと突っぱね続ける。
シエテは急に現れたタワーのことも好意的に受け入れてくれたし、毎日のように顔を合わせても嫌な顔一つ見せることがない。友好的な対応をしてもらえると観察も捗る。
今日も今日とてシエテに会った後にシミュレーションで再現を試みる。完璧でなくとも今の再現されたシエテは決して悪くはない。限りなく近くなってきている。本物にはほんの少し劣るだけでシエテであると言える。
頬に触れれば、以前に触れた時と同じ触感がする。
「……ジュテーム」
零れ落ちた言葉に驚き、思わず口を手で覆った。なんだ今のオレの口から出た甘ったるい声は。
「ロ、ロベリア、お前?」
タワーも同じように動揺してこちらを見ている。心なしか体が震えているが、驚いているのはこちらの方だ。
観察を続ける上で多少はいいなとは思った。それだけで愛の言葉を口にする程とは思ってもいない。
「タ、タワー、今のは口から勝手に出ただけで」
「ならば本心ということだろう?」
「ノンッ! 違う! 誤解だ!」
どうしてシエテに愛の言葉を囁いてしまったのか。わからなくもないが認めたくない。破壊したい対象に恋愛感情を抱くだなんて有り得ない。
「そういうことはシミュレーションではなく本人に告げるものだ」
「ノン、上手くいく訳がない」
未だにオレのことをただのファンだと思っている。本当は破壊しようと命を狙っていて、更に好きになってしまっただなんて言っても受け入れられるはずがない。
「……へぇ、随分と面白いことをしているねぇ」
突然、シミュレーションのシエテの口が開いた。
「シエテ、じゃないな」
「貴様、どうやってこの空間に」
オレもタワーも何もしていないのに勝手に喋り出すなんて、外部から干渉されない限り、起こり得ないことだ。自動で喋らせている時とは雰囲気がまるで違う。
表情もさっきまではシエテに似ていたが今は別人のようだ。パーツは全く一緒なのに、初期の再現に近い顔つきになっている。
「悪いことをしていたら言いつけようかと思ったのに、まさか告白の練習中だとはね。しかも、あのシエテが相手だとは想像もしなかったよ」
「覗き見だなんて品のない男だ。シエテの顔で喋るな」
タワーに視線を向けると頷いた。すぐにシエテのシミュレーションを消すだろう。しかし、目の前の男は一向に消える気配がない。困惑してタワーと顔を見合わせていると男が勝手に話し続ける。
「俺がシエテじゃないとわかるだなんてよく見ているねぇ。愛のなせる業というものかな?」
シエテと同じ顔をした相手からの指摘は、タワーにバレるよりも気恥ずかしいものがある。
「ノッ、ノンノン、違う、オレは、シエテのことを愛してなんかいない」
慌てて否定するがこちらの話を聞いている気配がない。シミュレーションの世界を物珍しそうにキョロキョロと見渡しながらお構いなしに喋り続ける。
「へぇ、上手い具合に再現しているね。世界の力の一部か。……あぁ、シエテには薔薇の花束みたいなベタな贈り物が有効的だと思うよ」
「は?」
まるでアドバイスのような言葉が続いていく。
「美しいものが好きだし、年下にも弱い。それに、強引に迫られるのにも慣れていない。君はいい線いきそうだね」
男の話にタワーが頷き、言葉を続ける。
「服を新しくしたらどうだ、ロベリア」
「いいねいいね。その棘のついた服や十賢者のローブよりも、もっと爽やかな服がいいんじゃないか」
「耳飾りも控えめにしていけ」
「他に取られる前に早く告白した方がいいよ。シエテは真面目だからねぇ。先を越されたら略奪なんて出来やしないだろうし」
「早く行動しろ、ロベリア。お前らしくないぞ」
いつの間にか早く早くと二人がかりで急かされる状況に陥っている。
「ノンノンッ! どうしてオレがシエテに告白することになっているんだ!」
断固として拒否するが、二対一では不利だ。しかも相手側がやけに意見が一致している。
「でも、好きなんだろう?」
「破壊を試みるよりは勝算がある」
「そうだ、俺が代わりに伝えてきてあげようか」
「私が言ってやってもいいぞ」
余計なお世話だ。完全に無視しようと思ったがもう我慢できない。
「オレが言うから放っておいてくれ! ……あっ」
男もタワーも笑うのを堪えているようで震えているが、口元がにやけているのを隠しきれていない。
「せいぜい悔いのないようにね」
「結果がどちらにせよ、しゅわしゅわとケーキも必要だな」
指を鳴らしてシミュレーションの世界から現実へ戻って頭を抱える。どうしてこんなことになってしまったのか。二人に見られている気配を感じる。結局、誰かもわからない相手とタワーに乗せられてしまった。
これ以上、好き勝手言われないように服と花を買ってきて、それからどう有耶無耶にするのかを考えよう。
ふらふらとした足取りで騎空艇を降り、街に向かおうと地面に足を付けたところで名前を呼ばれた。
「ロベリア!」
大量の荷物を抱えたシエテがこちらに向かってくる。
「シエテ」
名前を口にするとにっこりと微笑みかけられる。
「今からお出かけ?」
「服を買いに……それと、薔薇を」
「薔薇? あぁ、誰かにあげる用? 団長ちゃんにかな」
口を開けて、閉じる。自分の部屋に飾ると言えばいいのに、そうではない。何故だか嘘を吐くなんて簡単なことが出来ない。
「……キミに」
「えっ?」
驚いているのか目を丸く見開いてこちらを見ている。見られていることに焦ってしまい口が勝手に動く。
「キミをデートに誘う用の薔薇さ」
なんでもないことのように平然とウインクをして見せるが、顔が熱い。上手く片目だけ瞑れたかも定かではない。視線に耐えきれずに両目を閉じる。
少しの沈黙の後、シエテの声が続いた。
「そ、そっかぁ~」
ちらりと顔を見るとシエテの頬がほんのりと赤くなっている。やはり、可愛い。こんなに可愛かったらきっと他の人間にもシエテの良さに気付かれてしまう。
「オレが帰ってくるまで、他の人からは告白を受けないで欲しい」
「えぇっ!?」
驚いたシエテの手から荷物が床に落ちる。それを拾って手渡しながら頼み込んだ。
「お願いだ、シエテ」
狙った獲物は他に取られたくない。
「い、いいけど。そんなことは起こらな……いや、俺もかなりモテるからねぇ。あるかもしれないけど、今すぐの予定はないかな」
「ノンッ! キミはもっとよく見たら可愛いことを自覚した方がいい!」
「そ、そんな風に思ってたんだ。よく見てるなとは思ったけど」
顔を寄せて耳元で囁く。
「部屋で一人でいてくれる、ね?」
シエテが再び荷物を落として、素早く拾い集め距離を取られた。耳や首まで真っ赤になっている。
「まぁ、買い出しの荷物を置いたら部屋に戻るつもりだったから」
そう言って、買ってきた荷物を届けないといけないからと一瞬のうちに去っていってしまった。名残惜しいがきっと部屋に一人でいてくれるのだろう。
服屋と花屋に走って向かう。たまにアクセサリーや菓子を買うくらいであまり使っていないから金ならある。
今すぐ告白をしに行くから一番良い服を用意してくれと見立ててもらった。普段着ている灰色の目立ち難い服から、ブルーのストライプのシャツとベージュのボトムスに変えるだけで何もかも上手くいきそうな気がしてきた。どこからどう見ても好青年という出立ちだ。タワーの言うことを聞くわけではないが、ピアスは片側だけで最小限にした。花屋でも告白用の薔薇と言うとすぐに用意された。何もかもが順調に進むが、これだけ準備をしてもシエテの部屋のドアをノックする手は微かに震えてしまう。
「サリュ、シエテ」
「いらっしゃい」
シエテもパーカーにボトムスといったラフな格好に着替えて出迎えてくれた。
テーブルを挟んで向かい合って椅子に座る。
「そのシャツ格好いいね。よく似合ってるよ」
「メルシー。シエテも似合ってる。その、可愛い」
礼を言った後、沈黙が続く。お互いに黙ってはいるが、そわそわと落ち着かない。
忙しなく髪やパーカーの紐に動く白い指先に触れたくて口を開く。
「初めて見た時からずっとキミのことばかり考えている。もっと触れたい」
薔薇の花束を差し出すと、ため息を吐きながらも受け取ってくれた。手に取るとすぐに花束で顔を隠してしまった。
「いつもよく見てられてたし、距離が近かったし、ひょっとして憧れじゃないのかなとは思ってはいたけど、告白してくるとはね」
顔が見たくて近付く。花束を退けて顔を覗き込むと頬が真っ赤に染まっている。はにかむ顔に唇を寄せて、そっと啄むように何度も口付ける。
「ジュテーム、シエテ」
薄らと唇が開いて赤い舌と白い歯がちらりと覗く。舌を滑り込ませて口内の感触を堪能していると服の裾を引かれた。
「いつも可愛いって言ってくるってことは、そうことなんだよね?」
視線がベッドに移る。告白からその先について考えていなかった。破壊することから再現することに興味が移ってしまい、愛おしさを感じていると自覚したのもつい数時間前のことだ。
「そういうこと?」
「だから、その、どうしたいか、とか」
どうしたいかと聞かれると答えは一つしかない。壊したい。全てそこから始まった。
「キミを……めちゃくちゃにしたい」
ここで壊したいとはっきりと言うのはまずいことくらいはわかる。壊すことは叶わなくとも深い仲になればそれに近いところまでいけるかもしれないし、気持ちの良いことは出来るものならしたい。
頬に触れて、揉み上げを毛の流れに沿って撫でる。くすぐったそうに身を捩るのを抱き締める。ドクドクと心臓の音が大きく聞こえる。
「いいよ。でも痛いのはやめてよね」
「ウィ、善処はするさ」
クスクスと笑うシエテをベッドに押し倒すと買ったばかりの服を脱ぎ捨て、慎重に全身に触れていく。白い肌は少し力を入れると赤みがかって血流を意識させるし、首に手を掛けると鼓動が激しく脈打つのがわかる。
このまま力を込めてシエテが窒息するのと、振り払われるのとではどちらが早いだろうか。甘い誘惑に気を取られていると陰茎を強めに握られ、予想外の衝撃に思わず声が出た。
「くっはっ!」
当然のことながら丸腰でも勝てる相手ではない。
局部を触れられて、性的な刺激に意識が傾く。この触れ合いは破壊する為ではない。急に小っ恥ずかしくなって口を窄ませていると、陰茎を弄っている手とは反対側の手で頭を乱暴に撫で回される。ついでに耳の淵を撫でられピアスを外された。外したピアスがテーブルの上に放り投げられ、上手い具合にテーブルの真ん中に落ちた。適当な扱いにも程がある。タワーは深くは考えていなかっただろうが、ピアスは最小限が良いというのは結果的に的確なアドバイスだった。
「集中しろよ」
親指で円を書くように亀頭を刺激されて達しそうになるのを、奥歯を噛み締めて堪える。情欲を煽るのがこんなにも上手く、翻弄されるとは予想にもしなかった。
「少し緊張してしまっていたようだ。乱暴はよしてくれ。こっちもエレガンスに振る舞えなくなるだろう」
首筋に軽く噛み付くと急所を握る手を離してはくれたが、背中や髪を弄ってきてどうにもむず痒い。
キスをしたり舌を這わせて触れ合いに時間をかけながらじっくりと後孔の縁を解していく。痛みのないように、混ざり合うように慎重に進めた。
この部屋にきた時点では、まだ日も沈みきっていなかった。ディナーにでも誘えばよかったのに我慢が出来ずにずっと触れ合っている。すっかり夜は更けて何度目になるかわからないキスを交わしながら窄まりに挿れた指をゆるゆると動かすと、シエテの唇から子犬の鳴き声のような高い声が漏れた。
「……あっ……うぅ……だめぇ」
「シエテ?」
シエテの後孔には三本目の指が入って、中を軽く触れているだけだ。入り口を解すことに集中していて中にある快楽を強く与える場所を責めるのは後回しにしていた。中指の先にしこりを感じる。ほんの少しだけ力を込めた。
「だめ、あっ、そこ、やっ、だめだって!」
指がキツく締め付けられる。
トントンッと刺激を与えると、背中を反らせてビクンッと跳ねた。荒い息を吐いて、甘い声を漏らす姿が艶かしい。瞳は潤んでこちらに縋るような眼差しを向けてきている。
「何がダメなんだ? とても気持ちが良さそうだ」
ぐりぐりと押し潰すと体を捻って逃げようとするので抑えつける。
「うぅっ、おかしくなる、あぅ、こわれ、るっ」
シエテの言葉に、ゾクリと一気に血が沸き踊る。そうか、シエテはこうすると壊れるのか。
「壊れてみせてくれ」
耳に流し込むように囁くと、挑発するように鼻で笑われた。
「……ハッ、やってみろよ」
ギラギラとした瞳で射抜かれる。どちらが捕食者なのかわからなくなるほどの強い視線に一瞬だけ息が止まった。どれだけ可愛らしい顔をして官能的に誘ってきても、何度も挑んでは斬り捨てられた相手なのだ。
「くはっ、キミは最高だよ。トレッビアンッ!」
指を引き抜いて陰茎の先を窄みに沈める。熱い肉壁が搾り取るように絡みついてきて、チカチカと光華が上がったような眩暈がする。本当に最高だ。あの、何度対峙しても壊すことの出来なかったシエテが、蕩けるような雌の顔をしてオレを受け入れている。
シエテが両耳を抑えてきて、脳内にドクドクと血の流れる音が響いて、堪能する余裕もなく腰を打ちつけた。
カーテンの隙間から細く朝日が差して、隣で横たわるシエテを照らす。髪が光を受けて輝いている。ゆっくりと瞼が上がって、眩しそうに顔を顰めた。手のひらを翳して陽の光を遮ると青い瞳がよく見える。
「ロベリア」
シエテがたった一言、嬉しそうにオレの名前を呼んだ。ただそれだけだ。そこに名前以上の意味が込められていることはわかる。エヴァンジルが聞こえる。胸を開いて心臓を直接鷲掴みにされた心地だ。
ほんの一瞬だけ音壊が見えた、気がした。そんなものは見えていない。見えなかったふりをして、情事の跡が色濃く残ったシエテの真っ白い肌に吸い付くと、やはりシエテを壊す為の音壊は見えない。
オレにはシエテを壊すことが出来ない。でも、別の意味で壊すことは出来る。天星剣王をこんなにも乱せるのはオレだけだ。もう、シミュレーションの世界で破壊を試す為に対峙することも、斬られる悪夢を見ることもない。
全空一の天才魔術師のオレにだって壊せないモノがあっていい。