恋に似たナニか
恋に似たナニか
団長ちゃんが結婚した。
誰が見ても納得のいく相手で、結婚式も素晴らしかった。参加者全員に祝福されとてもいい一日だった。
あんなに幼い子どもだったのに。大きく成長した背中を見て、ほんの少しだけ涙腺にきた。本当にいい式で、みんな笑顔で、幸せに溢れていた。
――それも、式が終わるまでの話だ。
周囲の人間は一様に浮かない顔をしている。顔色も酷いし、目の周りも赤く腫れている。普段は可愛かったり凛々しかったり美人な面々が酷い表情で円陣を組んでいる。誰も口を開かずに地面や虚空を見つめている。
皆、団長のことを特別に慕っていた。確かファンクラブのようなものをひっそりと作り、それに所属していた面子だった記憶がある。勧誘されたことがあるがファンではないからと断った。
何故、部外者の俺がこの輪に入れられているのかというと、隣に立っているロベリアに腕を掴まれて離れるタイミングを逃してしまったせいだ。そのロベリアはニーアに腕を強く掴まれていて時折、腕の骨が軋む音がしている。ちらりとロベリアの顔を見ると目が合うが、首を横に振られてしまった。離してはくれないらしい。
このままここで立ち尽くしていても仕方ない。この場から逃げられないのなら、ダメージのない俺が場の空気を変えるしかない。
「今からみんなでメシでも行っちゃう? シエテお兄さんがご馳走しちゃうよ!」
言うと同時に一斉に睨みつけられ、大きなため息を吐かれた。どこからか舌打ちが聞こえた気がする。今まで対峙した大軍や星晶獣、竜よりもずっと恐ろしい。思わずロベリアを盾にして視線から隠れた。先ほどより大きなため息と複数の舌打ちが聞こえたが、ロベリアは全く気にしていないようで今の状況に首を傾げている。
周囲の面々は、全く効果のない相手を睨みつけても仕方ないことがわかったのか、これを皮切りに団長との出会いやときめいたエピソードに、団長のどこが好きだったかなどを次々に語り始めた。楽しそうだがその勢いに困惑して混じれずにいると、真の同士だけで場所を変えて語り合うからと言われてあっさりと解放された。
意外なことに、ニオまで混ざっていて着いていくようなのでいくらかルピを渡して会合の足しにしてもらうことにした。心配なので着いていきたいところだが、残念ながら部外者はお邪魔なようだ。これだけの人数の実力者たちが揃っていれば多少飲みすぎても問題は起こらないだろう。建物は壊さないようにして、怪我人も出さないで欲しい。
「お前は行かないの?」
ニーアに解放されて自由になったロベリアが、未だに俺の腕を掴んだまま隣に立っている。解放される時に鳩尾に一撃入れられていた。痛いだろうに、にやにやしたままで手を振って送り出していたから賢者同士なんだかんだいって仲が良いようだ。
ロベリアもかなり団長には入れ込んでいて先程のファンクラブにも入ってたはずなのに、語りもしなければついて行こうとする素振りも見せなかった。
「くはっ、オレは除籍されたのさ」
理由を聞くか迷ったが、まぁそこはロベリアだしなと思い深くは聞かない。もう今日は疲れてしまった。どんな依頼や古戦場よりも疲れた。早く横になりたい。艇に戻るのも億劫で、近場の宿にでも泊まろうと足を動かす。
すっかり日は落ちて辺りは薄暗い。頭上にいくつか星が瞬くのが見える。灯りのある方に向かって歩くと、足音が二つぴったりと重なる。
人が少ないタイミングで足を止めると、着いてきた足音も同じく止まった。
「なんで着いてくるんだよ」
「キミはどこに行くんだ?」
こいつは自分勝手な面がある。平気で質問を質問で返してきた。行き先が気になって着いてきているのなら隠す必要もない。
「疲れたからこの辺の宿ですぐにでも寝たいんだよ。それで、お前はなんのつもり?」
ロベリアは少しだけ視線を泳がせた後、じっとこちらの瞳を見つめてきた。
「キミを、一人にしたくない」
何を言っているのか理解出来ず、黙ったまま見つめ合う。
魔術師の勘というやつなのか、それとも何か情報を掴んでいるのか。仮にそうだとしても俺が何かに負けることはない。俺を一人にしたところで今までとは何も変わりはしない。特に予知能力なんかは待ち合わせていないはずだ。隠していなければの話だが。
話し合いの通じない相手に説得をするのも億劫だ。ロベリアが俺のことを一人にしたくないと言えば、それは簡単には一人になれないということだ。力尽くで追い払う気力もなく、どうしても一人になりたい訳ではない。とにかく早く休みたいだけだ。
考えながら視線を動かすと、ロベリアの拳が固く握り締められていることに気がついた。気まぐれで言っている訳はない。
やはりここはこちらが折れるしかない。軽く息を吐いてから笑顔を貼り付けて口を開く。
「それってさぁ、お前が一人になりたくないだけじゃないの」
ロベリアが同じような笑顔を浮かべた。
なんだかんだいってロベリアとも付き合いが長い。子供だった団長が成長して家族を作るくらいの年月は同じ団にいる。特別仲が良かった訳ではないが、たまたまお互いの都合が合って食事をしたり酒を飲み交わしたことは何度かある。
いつも流れは一緒だ。二人でなにかをする時は、ふざけて演技じみた会話の延長線上にある。
「ウィ、そうだ。オレは寂しいんだ。キミはどうだい?」
「別に。……寂しいなら艇に帰りなよ。誰かしらいるでしょ」
言い終わる前に歩き出す。追ってくる足音は軽快で跳ねている。
「艇まで遠いじゃないか。オレだって今日は疲れたんだ。楽団が泣いて使い物にならない時に音楽を流してたのはオレだぜ」
アレはお手柄だった。団長が入場する際の演奏の途中で何人か感動して泣き出してしまって楽曲が止まりそうになったが、ロベリアの音魔術でスムーズに進行していった。涙を流していた団員もプロ根性でその後は完璧に演奏しきっていた。
本当に、いい式だった。あんなに美しい光景は見たことがない。賑やかで暖かく、皆が幸せで夢の中の出来事だったかのようだ。
「……その辺で寝たらいいんじゃない? 今日の気温なら死にはしないでしょ」
「キミと一緒に?」
「まさか。俺は宿屋のベッドで寝るよ」
「ウィ!」
実に元気でいい返事だ。不本意ながらも宿屋に二人で泊まることが確定した。
どうせなら良い部屋に泊まろうと奮発して、ベッドが二つあり簡易的なシャワーも浴びられる宿を選んだ。それもわざわざ大きな建物の宿の窓からの景色がいい部屋を希望した。ついて来たロベリアはやけに機嫌がいい。
シャワーを浴び終え、窓辺に身を乗り出す。心地良い夜風を感じながら道行く人を眺める。
少し遠くからロベリアがシャワーを浴びる音が聞こえる。陽気な鼻歌が混ざって煩い。
家路を急ぐ人々の足取りは軽い。皆、帰る場所があるのだ。
俺にだって十天衆がある。しかし、十天衆がなくなったら何もなくなってしまう。団長の騎空団は、俺がいなくてもやっていける団員が集っている。
十天衆の皆には他にも帰る場所がある。あのオクトーですらフュンフの実家に顔を出したりしている。ウーノも商売が好きで人との繋がりを大事にしている。
俺だけは他に帰る場所がない。深い縁もない。騎空団以外で繋がっているのは星の海くらいだ。
団長の元が、帰る場所だったらよかったのに。そう頭に過ったことがこれまでに何度かある。
「シエテ」
いつの間にシャワーを浴び終えたのか、ロベリアから名前を呼ばれた。返事をするのも億劫で顔だけを動かす。
ゆっくりと近寄ってきて、頬に触れられる。指先が熱い。
「体が冷えてるじゃないか」
そう言うとそのまま抱き上げられた。触れた面が熱い。意外にも力強く、軽々とベッドの上に運ばれた。
まだロベリアの髪は濡れていて、首に掛けたタオルで髪を拭いてやる。拭きやすいように頭を預けてくる。
「犬みたい」
「くはっ!」
感想を漏らすと、笑って鼻先をくっつけてきた。
拭き終えて髪の毛を手櫛で梳かしていると、俺とは違うくせっ毛がくるくると跳ねてくる。随分と気持ちが良さそうな顔をしている。触れ合いを喜ぶ顔を見ているのは酷く落ち着かず、頬を軽く突いてから寝転がり毛布を被る。
「もう寝るよ」
「ウィ!」
まさかとは思ったが、この大きな犬は一緒のベッドで寝るつもりらしい。並んで横たわっているだけで触れ合っていない末端までぽかぽかと暖かくなってくる。
やけに居心地が悪く背を向けると、熱い体に包まれる。首に顔を埋められ、手を重ね合わせて指が絡む。やけに心臓の音が聞こえる。
ここまでされるといい加減に意図がわかった。
寝返りを打ち向き合って股間に手を伸ばすと、陰茎が硬く反り上がっている。俺よりも若いだけはある。先端は既に湿っていて、円を書くように摩ると体を震わせた。
「なっ、こ、これは……その……」
面白いくらいに動揺している。こんな情けない顔もするのだ。
「ねぇ、しよっか」
ナニを、なんて野暮なことは言われなくて良かった。
後は目を瞑って唇を重ねたら動いてくれるのを受け入れればいい。
「シエテ、シエテっ」
何度も何度も名前を呼ばれる。汗も体液もどちらのものともわからないほど混ざり合って、困惑と快楽で頭の中もぐちゃぐちゃになってしまった。
「シエテ、好きだ、愛してる」
ロベリアの声が真剣そのもので、まるで本当に俺自身が言われているような、都合の良い錯覚を起こしてしまいそうになる。互いの発する熱で脳が沸きそうだ。
薄く目を開くと緑色をした瞳が見つめてくる。
「くはっ! ……ジュテーム、シエテ」
目を細めて嬉しそうに笑った。決して好きだと返事をすることは出来ないが、頷くくらいはいいだろう。そのくらいは答えてあげたい。
「……うん」
「シエテっ……ああっ、トレビアンッ!」
今晩くらい想い合っているふりをしたい気持ちは痛いほどよく分かる。俺たちには出来ない幸せな姿を間近で見たばかりだから。
演技の上手いロベリアが相手で本当によかった。無体を働かれることもなく、ほんの一瞬でも白けることなく眠りにつくことが出来た。
二人して少しだけ眠って、夜明け前に目が覚めてしまった。体の向きをロベリアの方に向けると目が合う。嬉しそうに笑った後に顔が近づいてきて、額や瞼や頬にキスをされる。もう、こんなことをしなくてもいいのに。
「団長ちゃんが結婚してよっぽどショックだったんだね」
「……は?」
開けっぱなしの窓から冷たい空気が流れ込んでいる。外の音は聞こえてこないからロベリアが防音の魔術を使っているようだ。情事の最中も音を遮断していてくれただろうか。声がでかかったのはロベリアの方だからそこまで気にしなくてもいいか。
俺のプライドや体のことなど些細なことで、これでこの問題児の気が済めば安いものだ。可哀想な寂しい捨て犬に甘噛みされたと思えばどうということはない。こちらとしても心の整理がついたのか、なんだかすっきりしている。晴れやかで幸せな気持ちに満ちている。あの幼い子どもが立派な大人に成長したことはとても喜ばしいことだ。
誰かの特別な存在になりたかった。それも自分の認める相手の特別に。昨日、傷心した様子の皆と同じように、俺も失恋していたのかもしれない。世間で言うところの恋愛感情とは違う気がするが、きっとこの気持ちはそれと似たようなものだった。感情に名前を付けると処理がし易い。肉欲を伴う恋愛感情を抱いていたロベリアの方が辛く、一人では抑えきれなかったのだろう。
すっかり乾いてふわふわした髪の毛を撫でる。日中は固められている後頭部に寝癖がついている。
「今日のことは誰にも言わないであげるからさ、元気出しなよ」
撫でていた手を掴まれる。キツく、痛みを感じるほど強く握り締められる。
「キミは、このオレが、キミのことを、団長の代わりにしたと?」
珍しくロベリアが怒っている。冷静に対応しようとして言い終えた後に歯を食いしばってこちらを睨んでいる。こんなにギラギラとした瞳を間近で見るのは初めてのことだ。
ロベリアが怒るのはいつだってロベリア自身とタワーと団長に関することだ。迂闊にも地雷を踏んでしまった。
「ごめんごめん、俺なんかじゃ団長ちゃんの代わりにならないよねぇ。冗談だって。そんなに怒らないでよ〜」
なるべく明るく取り繕い、会話の流れを変えたかった。こちらの意向を汲んでくれたのか手の力が少しだけ弛んだ。
眉間に皺を寄せたロベリアが何か言おうとしたのか口を薄く開いて、閉じた。
「……俺が悪かったって」
もう一度、謝罪の言葉を口にする。
ロベリアは目を瞑り小さく唸ってから、大きく長いため息を吐く。それからこちらの目をまっすぐ見て、立て続けに喋り出した。
「そうだ、キミが悪い。オレはキミが好きだと何度も言った。キミはそれに頷いたのに団長の代わりにしたと思っていただなんて。そんな言い分が通じると思ってるのか? ファンクラブにもそういうのじゃないからと言って入らないくらい団長を真剣に想っていたくせに何か行動を起こす訳でもないし、はっきりと線を引いて距離を置いていた。オレが、オレがどれだけ今日を待っていたか。やっとチョコプレートを食べられたと満足していたらそれはチョコプレートじゃなかった、それがどれだけ辛いことかわかるか? 今、耳の奥でレクイエムが聞こえてきているんだ。キミと団長の互いへの崇拝が弱まる、今日、この時を……何年……何年……」
途中、よくわからない話が混ざって何が言いたいのかよくわからない。そんなことよりも途中から泣き出してしまったことに驚いている。
「わかったから、泣くなよ」
「ノンッ! わかっていない!」
ロベリアにとって、泣いて吠えるようなことだったのだ。待っていたと言っていた。数年待った特別な夜が昨日だったのだと。感傷的な気持ちに浸っていた昨日でなければ、こんなにも晴れやかな朝を向かえていなかった。ずっと待ってくれていた。
「わかった、から」
感情が、渦を巻く。体中が喜びに震えている。
式の最中ですら流さずにいた涙を堪らえることが出来ない。瞬きと同時に流れ落ちる。
「……キミも泣いている」
涙を拭う指は優しく、やはり熱い。
表情を窺うと、涙を流しながらも口元はにやにやと緩んでいる。
「なんでそんなに嬉しそうなんだよぉ~」
「くはっ、涙と一緒に流れていけばいいんだ」
ナニが、とは言わない。特徴的な笑い声をあげて、チリ紙で涙を拭い、鼻を嚼みながらも文句を言い続けている。結局のところロベリアが言いたいのは、わけのわからない言葉も全て、どれだけ俺のことを想っていたかについてだ。
口を塞ぐように唇を重ねる。まだ何か言いたそうに口を開こうとしたので舌を捩じ込んで黙らせた。
それが正解だったのか涙も文句も止まって、機嫌も直ったらしい。抱き寄せられてされるがままに熱い体に包まれる。こうしていると段々と眠くなってくる。まだ朝も早い。もう少しだけ眠ったとしても、宿を出ないといけない時間までは余裕がある。まだ離れたくない。
「……やっと、本当のチョコプレートが食べられる」
うにゃうにゃとまだ何かを言っている。昨日のウェディングケーキの話だろうか。当然ながらロベリアの皿にチョコプレートなんて数の限られた飾りが行き渡るわけがない。そんなに食べたかったのか。
俺よりも少しだけ早い心臓の音と、微かな呼吸音だけを聞きながら微睡む。
宿を出る頃には日差しが強く降り注いていた。心地よい風の吹く、いい天気だ。気分良く大きな歩幅で力強く歩き始める。
「シエテ、艇はそっちじゃないぜ」
少し後ろから聞こえる声に足を止めずに答える。
「どこか別の島でもう一泊してくる」
「……ウィ!」
何度も聞いた小気味良い返事だ。二人して今日も帰らなければ周囲も関係性を正しく察してくれることだろう。ロベリアもそれを分かっていて上機嫌にステップを踏んでいる。
ケーキの美味しい店がある島がいい。チョコプレートの乗ったケーキを頼んで食べさせてやろう。ケーキを食べて、寝泊まりして帰る。今、無性にこの男を喜ばせてやりたくて仕方がない。出来るなら喜ぶ姿を近くで、自分だけが見たい。
また知らない、別の感情が芽生えているのを感じる。それは熱くて、苦しくて、甘い。心臓を激しく突き動かす感情だ。