キミの一番のオレ
キミの一番のオレ
人間の肉体を、潰し、捻り、斬り刻み、破裂させていく。幸福の音に包まれながら街の中心地に向かって歩く。最後にタワーが建物を破壊すると幸福な音がより、パルフェに近づく。
「おいおいタワー、取りこぼしがあるぜ」
「お前がわざと残していると思って避けたのだ」
「くはっ、オレに配慮してもこんなに素晴らしい音を生み出すだなんて! トレビアン!」
話している背後から絹を引き裂くような悲鳴が上がり、女が泣き叫ぶ。足元に広がる血溜まりと肉片が恋人だったようだ。こちらに向かって人の形をした心ない化け物だとか悪魔だとか罵っている。こんな非道許されることはない、誰かに愛されることもない、一番大切な人と出会うこともなく惨めったらしく死ねと言われたところで指を軽快に鳴らした。あまりにも下品で聞いていられない。死ぬ前くらいもっとエレガンスに振る舞えないものか。悲鳴をアクセントに加えてみたいと、ちょっとした遊び心で残してみたが、やはり全滅させた方がいい。
肉片と肉片が混ざり合いひとつの肉塊に見える。恋人と合わせてやったのだし、これは現実ではなくシミュレーションの世界のことだ。架空とはいえ幸せなフィナールを演出してやったことに感謝して欲しいくらいだ。
「タワーにとってオレは一番だよな?」
「ああ、契約者であり相棒だからな」
「くはっ、そうだろうな!」
オレにだって一番に想ってくれる相手はいる。しかもこんな身近にいるのだ。
今の喜びを破壊で表現したい。いい感じの別の国のシミュレーションを展開してもらおうとするが、その前に返ってきた言葉に思考が止まる。
「人間は人間同士で番うのだろう。誰か探したらどうだ」
どういうことだ。タワーがいるからこの些細な話題は終わったじゃないか。
「ノンノン、エスタリオラとテンペランスは番のような雰囲気だったじゃないか。別にオレは人間かどうかは気にしない」
「よく考えてみろ。俺たちがそんな雰囲気になると思うか?」
よく考えてなくてもわかる。そんな雰囲気とやらにはならない。お互いに一番壊したい相手ではあるが、パパとママのような関係にはなりそうにもない。
今想定しているのはパパにとってのママだ。全てを受け入れ、肯定してくれる相手が欲しい。
「団長のところに……行ってくる……」
真っ先に恩人の顔が浮かんだ。オレが団長たちに仕掛けたことを全て許して団の一員として受け入れてくれたのだから、きっと首を縦に振ってくれるはずだ。
「無駄だと思うぞ」
「どういうことだ?」
「団長がお前を受け入れるとは思わない」
また団長に嫉妬しているのか。探せと言ったり妬いてみせたり忙しい奴だ。タワーは団長の懐の広さをまだわかっていない。
「ノン! 団長はオレのことを受け入れてくれるさ。まぁ、見ていろよ」
昼時の食堂には人が多い。団長もすぐに見つかった。食事を終えたのか他の団員と話をしながらお茶を飲んでいるようだ。近くまで行くのが待てずに、少し離れた位置から声を張って呼びかける。
「団長! 団長にとってオレが一番だよな?」
「それはないよ!」
即答された。考える素振りすらない。近づいてもう一度問いかける。
「くはっ、そんなに照れなくてもオレが一番……」
「ロベリアが一番はないっ!」
大きな声で拒絶された。ショックを受けて立ち尽くしていると、団長はその一瞬の隙に走り去ってしまった。
あんなにはっきりと言わなくてもいいのに酷いじゃないか。ふらふらと壁際まで寄るとしゃがみ込む。胸元の赤い石が、それ見たことかと言いたげに微かに光った。悔しくて今はタワーと顔を合わせたくない。
指を鳴らしてお気に入りのクラポティを取り出すと耳に当てる。骨の折れる音と悲鳴が同時に流れる。心が落ち着いてきて、涙が流れる。鼻を啜っていると目の前にハンカチを差し出された。
「どうしたの?」
頭上からかけられた声に反応して顔を上げる。十天衆の頭目、天星剣王のシエテだ。何度か話をしたことがある。
ハンカチを受け取ると微笑まれた。急に泣き顔を見られることが恥ずかしくなり、受け取ったハンカチで顔を覆う。返事をしていないせいなのか、目の前に立ったままだ。
「ハンカチは洗って返すから、どこかに行ってくれ」
「でも、ここ食堂だしさ。随分と目立っているからねぇ」
周りを見ると何人かこちらの様子を窺っているようだ。異変を感じている人たちの中から代表して声をかけたのだろう。シエテが前に立っているおかげで、マントの影になって周囲からオレの顔は見えないようになっている。
ここに居続けるのはシエテの言う通り目立ち過ぎる。フードを深く被って立ち上がった。
「大丈夫そう?」
恩人の一番じゃないことを思い出して涙が溢れてくる。何も知らないシエテが、聞いたことのない優しい声で話しかけてくるのもよくない。
「ほら、部屋まで送ってあげるから」
背中をあやすように軽く叩かれて歩き出す。自室まで辿り着いても気分は下がったままで、シエテは大きくため息を吐いてから「話を聞こうか?」と言ってくれた。頷いてから二人で部屋の中に入ると、椅子に座ってもらう。
隣に座るか悩んだがシエテの股の間に入って抱きつく。腹の辺りに顔を埋めて今日あったことを詳細を伏せながら話始める。不自然な部分は全て説明が下手だと言えば押し通せたし、聞きながらずっと頭を撫でてくれた。小さい頃はよくこうやってママに話を聞いて貰った。全てを話終える頃には気持ちも落ち着き、太腿に頭を乗せて寛ぐくらいだ。
「まぁ~、ビィくんやルリアちゃんやシエテお兄さんを差し置いて、団長ちゃんの一番だなんてある訳がないよねぇ」
頭を撫でる手付きは優しいのに、発言はとても手厳しい。こんなに傷ついているのだからもっと慰めてくれたっていいのに。気に食わなくて腰回りのベルトを引っ張る。
「こらこら、子供じゃあるまいしイジケないでよ」
悪戯していた手を叩かれ、ぺちんっと軽く音が鳴る。再び頭を撫でられながら話が続く。
「ロベリアはタワーの契約者なんだから、タワーの唯一ってことじゃない?」
「タワーは……、そういうのじゃないんだ」
お互いを理解し合い趣味嗜好の合う唯一無二の存在ではある。タワーが一番だと言っても過言ではないが、星晶獣ではなく誰か特定の人間の一番になりたい。出来ればパパのように強く逞しく、ママのように美しくて優しい相手がいい。団長ならほど理想だと思ったのに一番だと言ってくれなかった。
「そんなに誰かの一番になりたい?」
「……ああ」
団長がダメだとすると他に誰がいるだろうか。ビィとルリアと十賢者の面々に、土属性が得意でよく一緒に行動する者たちや、フライデーとアオイドスにも相談してみようか。
「じゃあ、今日からロベリアは俺の一番だ」
「はぁっ!?」
突然の告白に驚いて思わず変な声が出てしまった。見上げると目と目が合う。
「元気出た?」
目の前の人物の瞳を見つめる。つい最近、歩いた晴天の空の色だ。金色の睫毛で縁取られていて白い頬に映える。優しい声でこちらを気遣い、微笑みかけてくれている。決して特別美しい造形ではないが、よく見れば愛らしい顔をしていると思う。抱きついた体はがっしりとしていて靭やかで強い骨をしているのがわかる。
「……ウィ!」
素晴らしい人物がオレが一番だと言ってくれている。
薔薇色で幸福な旋律が聞こえてきた。他に何も聞こえない。オレは目の前の人物に愛されている。
「そう、じゃあそろそろお腹も空いたし戻るね。急がないと食べそびれちゃうよ。もう食堂で皆を困らせるような変な行動はしないように。特に団長ちゃんが困るようなことを言ったらだめだよ」
素早く体を離される。言われている言葉に何度も頷いてから、ベッドの上に腰掛けてぼーっと今起きたことを考える。
告白をされてしまった。青天の霹靂とはこういうことか。雷に打たれた時のような衝撃と大きな音がした気がする。
確かに、愛されるということはとても素晴らしいことだ。破壊とはまた違った幸福の音がしている。きっとパパとママもこんな気持ちだったのだろう。
急いでタワーに報告すると反応が悪い。「あまり人間のことは詳しくないが違うんじゃないか」などと言い出した。何が違うと言うのだ。タワーはまだ人間の感情の機微については理解出来ていないのだろう。嫉妬を煽り過ぎるのもよくないので、今後はシエテの話題を出すは控えようと心に決めた。
「安心してくれタワー、オレにとってはシエテよりもタワーの方が大切な存在だ。パパやママや団長も、な」
「……お前はそれでいいのか?」
「くはっ、照れるなよ。早く一緒に幸福の音を奏でよう!」
今はいつもより良い音が出せる予感がする。なんたって、オレは愛されているのだから。
翌日、目覚めも良かった。清々しい気持ちで艇内を歩いていると甲板でシエテと団長が話をしているのを見つけた。シエテは剣を手にゆっくりと振るって見せている。速度を落として正確に動くには技術と筋力が必要だ。美しい動きに胸が踊る。この人物がオレのことを大切に想ってくれているのだ。
「シエテ、キミにとってはオレが一番なんだろう!」
確認する為に声をかけるとシエテと団長の動きがピタッと止まった。
「急に何を言ってるのかなぁ~?」
近寄って体を寄り添わせると、シエテの心音が早まっているのがわかる。
「よく考えたんだが、オレにとってシエテはパパとママとタワーと団長の次だ」
「そ、そう」
「それよりも、シエテはオレが一番だよな?」
「今は団長ちゃんとの稽古中だからさ……」
「待ってるよ。オレはシエテの一番だから。嬉しいだろう?」
シエテは眉を下げ、あははと笑って団長との稽古に戻った。
昨日の破壊の音を聞きながら待つ。稽古が終わった後、どうやって過ごそうか考えながら眺める。団長かシエテのどちらでもいいから、不意の事故で骨が折れたりしないかほんの少しだけ期待してしまう。
浮かれていて、少し離れた場所で団長とシエテがこそこそと話す言葉も頭に入ってこない。
「シエテ、なんか興味がそっちにいっちゃったみたいでごめんね」
「いいんだよ、団長ちゃんが無事なら。お兄さんが我慢するからさ。今日はもう集中出来ないし、早めに切り上げようか」
二人は軽く打ち合って怪我ひとつなく、すぐに稽古は終わって解散となった。思ったよりも短い時間で終わった。シエテが部屋に戻るのに着いていく。団長以外の部屋に行くのは初めてだ。
物の少ない部屋に通され、椅子に座って室内を見渡す。その間にシエテは装備を外して薄いインナー1枚だけになった。
鎧を着ていないと筋肉の付き方がよく見えて良い。剣士らしい鍛え上げられた背筋が魅力的で後ろから抱きつく。背中に胸をぴたりとくっつけると音がよく聞こえる。
「な、なにっ!?」
「くはっ、オレの心臓の音を聞かせてあげようと思って。嬉しいだろう?」
お互いの心臓の音がアルモニーを奏でる。
「う、う~ん。ほら、今は汗かいてるしさ」
「いいんだ、オレはシエテの一番だから」
汗の匂いも悪くない。ずっと嗅いでいたくなる不思議な香りがする。
「体を拭きたいから帰ってくれないかなぁ」
強引に体を離されて、部屋の外に押し出される。
「オレは気にしない」
「俺が気になるんだよ。じゃあ、また今度ね!」
ドアを閉められ鍵をかけられてしまった。鍵を壊してもいいが、後でもいいかと諦める。
また今後と言っていたから一度部屋に戻り、時間を置いてからシエテの部屋に戻ってドアをノックした。返事がない。ドアに聞き耳を立てるが中にはいないようだ。
食堂と、甲板と巡り、団長の部屋のドアを叩く。中にいるようで返事がした。すぐにドアを開けて部屋の中に入り口を開く。
「団長、シエテを見ていないか」
目を逸らす団長の横で、ビィが代わりに返事をしてくれた。
「シエテならさっき艇を降りてったぜ」
「オレに何も言わずに?」
「緊急の用事だってよ」
余程のことが起きたのだろう。そうでなければ何かしら告げてから出ていくはずだ。オレに会えないのは、シエテにとっては不本意なことだ。
「……シエテはきっと寂しがっている。メサージュのクラポティを送ろうか」
団長が慌てたように早口で喋りだす。
「いっ、いきなりだとびっくりしちゃうんじゃないかな!?」
「先にオレの能力を教えておけば良かった」
「そうだねー、だからやめようねー、用が済んだら自分の部屋に帰ってねー」
廊下に向かってぐいぐいと背中を押され、部屋から出されてしまう。
「待ってくれ団長、シエテはいつ帰ってくるんだ」
「さぁ? 十天衆の用事みたいだし、十天衆に聞いてみなよ」
団長にも帰還予定を告げられないなんて、十天衆の頭目という立場は思ったよりも過酷な役目のようだ。
それから十天衆を見かける度に声をかけたが、知らないと言ってなかなか教えて貰えない。
シエテは今どこで何をしているのだろうか。オレですら気になってほんの少しだけ寂しく思うのだから、シエテはもっと辛い思いをしているのだろう。
「オレにはタワーがいるからいいが、シエテにはいないんだよな」
タワーと一緒に遊びながら思ったことを口に出す。
「誰かと共に過ごしているのだろう」
他の人間と共にいる姿を思い浮かべると、もやもやと胸の辺りが重苦しくなってくる。これ以上、気分が悪くなる前に指を鳴らして建物を破壊した。
「それでも、オレが一番なんだ」
一番というものはとても気分がいいが、そうじゃないかもしれないと考えるだけで胃がひっくり返りそうなほど吐き気がしてくる。早く会って、また一番だと言われたい。
シエテがグランサイファーに戻ってくる日時を、オクトーとサラーサに何度も聞いてやっとのことで特定すると、艇の入口で待った。オレが待っていたらきっと喜ぶ。団長も同じタイミングで帰ってくる十天衆の一人に用があるらしく、一緒に並んで待つことにした。
「妙に嬉しそうだね」
「くはっ、嬉しいに決まっている! オレのことが一番大切なシエテが帰ってくるんだ」
「いや、それって本当に……」
団長が何か言っている最中に、十天衆の数人が揃って戻って来るのが見えた。シエテに向かって手を振ると振り返してくれた。そのまま目の前を素通りしようとしたので抱き締めて止める。やはり、いい匂いがする。胸がいっぱいになって確認したいことを口にした。
「シエテ! シエテはオレが一番なんだろう?」
「い、いや~、団長ちゃんの次かなぁ」
シエテは隣にいる団長を見て言った。団長が困った顔をして首を横に激しく振っている。
「ノン、オレが一番だよな?」
「あー、十天衆の次くらいかもね。あはは」
シエテと一緒に帰ってきた他の十天衆を見て言うが、言われた人物たちはシエテを無視して立ち去っていく。
「オレが……一番だって……」
「ほらほら、ここじゃ邪魔になるからさぁ!」
強引に引っ張られ、人の通らない薄暗い廊下の端に連れてこられた。
この前は一番だと言ったのに、一番だと言ってくれなくなった。離れている間に順番が変わってしまったのだろうか。そうだとしたら不誠実だ。許せない。
「ノンノンッ! 全然一番じゃないじゃないか!」
不満を大声で口にすると、唇に指を当てられる。
「シーッ、他に人のいる前では言わないでよ。変に誤解されるだろう」
他に人のいる前でなければいいのだろうか。もう一度聞いてみる。
「……オレが一番?」
「そうそう。だから人前では言わないでね」
人前では恥ずかしいのか。頬や耳が仄かに赤くなっている。シエテは団長よりも照れ屋さんなのだ。やっぱり、シエテはオレのことが一番好きに決まっている。
そう思うだけで息が苦しい。胸部が潰れた時のような痛みが襲ってくる。それと同時に幸福の音を聞いた時の高揚感もやってきて、脳がかき混ぜられている感覚だ。
きっとこれが愛というものだ。そうとわかると気持ちがふわふわとして、足元が浮かび上がりそうになる。
「シエテっ!」
「はいはい、わかったならいいから大人しくして……」
顔を寄せて、唇と唇が重ね合わせる。チュッという軽い音を立ててから囁く。
「ジュテーム、シエテ」
「は? え? ええええええっ!?」
顔を真っ赤をして照れている。肌が白いせいか赤くなっているのが一目瞭然だ。
「わかっているよ。オレたちは秘密の恋人だ」
シエテが照れてしまうから隠さないといけない。才能を隠して静かに生きてきたのだからそのくらいのことは出来る。
シエテの白いマントのフードを被せて、オレ以外には赤くなった顔が見えないようにする。もう一度唇を寄せようとしたところで両手で顔を押し返されてしまった。
「違う違う! どうしてそうなったんだよ!?」
どうやら混乱させてしまったらしい。一番好きな相手に急に愛を返されて迫られたら驚きもするだろう。顔を覆っている手を握るとビクッと面白いくらいに体が跳ねた。いつもは自信に満ち溢れた表情をしているのに、今はまるで小動物のように警戒心が前面に出ている。こんなに可愛らしいところもあるなんて知らなかった。知れば知るほど好きになってしまう。
説明は苦手だが言葉にしていく。
「オレはキミの一番だから、さ」
オレの言葉が上手く伝わっていないのか、眉間に皺を寄せて目を瞑ってしまった。
「うん、だからね、そういう意味の一番だとは思わなくて、お前の思っているのとは違うからさ」
「お互いに一番なら違わない」
「いやいや、確か俺は五番目くらいだって言ってただろう」
シエテの目が開く。空色の瞳が不安そうに揺れている。それを真っ直ぐ見つめて話し続ける。
「ノン、さっき変わった」
「さっき!?」
「オレらは両想いなんだ」
「だから、俺はそういうつもりじゃなくて……」
ぎゅっと強く抱きしめて、ゆっくりと、甘く囁く。
「オレの、シエテ。キミが一番だ」
「俺が……一番?」
シエテはきっとわかってくれる。誰かの一番という言葉がどれほど甘美で幸福なものかを。オレには、わかる。
背中に手を回し返してローブを恐る恐る握る手の動きも、ほんの少し甘さのある力強い生きている人間の匂いも、脈打つ心臓の音も血が激しく流れる音も全てが心地良い。きっと、否、絶対に同じ様に愛おしく思ってくれている。
わかる。オレらは互いの一番だから。