お外デート失敗
お外デート失敗
たまには外で飲まないかとロベリアに誘われた。最近は互いの部屋でゆっくり過ごすことが多かったから二つ返事で了承した。久しぶりのデートだと、わざわざ酒場での待ち合わせにしたくらいだ。
遅刻したくなくて早く着き過ぎてしまった。当然ながらロベリアはまだ来ていない。度数の低い果実酒の水割りを注文をして待つ。
折角だからと新しく買ったばかりのシャツを着てきてしまった。袖口が長めでタイトなシルエットの白い綿のシャツは、自分でもなかなか似合っていると思う。柄にもなく浮かれていることがバレなきゃいいなと思いながらグラスを傾ける。
「お兄さん、一緒に飲まない?」
喉を潤していると横から声を掛けられた。こんなことは初めてだ。いつもは誰かと一緒にいるか、一人でも鎧を着ているからか、若い女性から声をかけられるということはない。お誘いに心が揺れるなんてことはなく、真っ先に頭に過ったのはこの状況をロベリアに見られると面倒だということだ。その日の機嫌次第では依頼人の女性や、星屑の街の少女にも嫉妬しだす。嫉妬するだけならまだいい。普段は許容し難い希望を押し倒す交渉をされるのが非常に面倒くさい。恥ずかしい格好をさせられたり、恥ずかしい言葉を言わされた経験は少なくない。
「ごめんねぇ、お兄さん、嫉妬深い恋人を待ってるところだから」
「ふぅん。ねぇねぇ、お兄さんの恋人って100点満点中何点くらい?」
「えっ!?」
世の中の若い女性は自分の恋人に点数を付けるのか。恋人を待っていると言っても引き下がらないことにも驚きながら咄嗟に口に出た言葉を聞いて、女性は面白くなさそうな顔をして去っていってしまった。そんなにもつまらない回答をしてしまったのだろうか。少しばかりショックを受けながら果実酒を口に含む。
グラスを弄りながら待ち人を思い浮かべる。氷がカランコロンと鳴る。いい音だ。こういう綺麗な音だけを聞いていたい。
恋人であるロベリアは、人間性が壊滅的な元犯罪者だ。今も直接的に破壊はしていなくても、常に脳内で破壊活動を堪能しているらしい。団長には隠しているその行為が、破壊をしていないと言えるのか判断に困る。おとなしくはしているが、いつ殺人鬼に戻ったとしても周囲はそれほど驚きはしないだろう。
少し仲良くなるとロベリアにとって幸福の音を聞かせてくる。聞きたくないのだとわかってもらうまで随分と時間がかかった。それでもたまに聞かせようとしてくるからほとほと参っている。
自分勝手なところがあり、今は恋人として尽くしてくれているがそれも結局は自身の幸福の為だ。子供っぽいところがあってすぐに嫉妬するし、人前でも抱きつきたかったら抱きついてくるし、ウインクや投げキスもしてくる。噛み跡やキスマークを付けたがるのもやめて欲しい。
それでも、恋人になった。なってしまった。
出会ってすぐは、ロベリアは破壊を好んでいるから何か目論見があるのかと思って警戒していたが、意外にも気に入ったものは大事にするようでそれはそれは大げさに愛を伝えられ続けた。正直、こちらとしても愛や恋などよくわからないし、そんな余裕はないと避けて生きてきたが、優秀な魔術師が何かと協力してくれたら活動にも生活にも余裕が出てきた。その余裕が出来たスペースに恋人面で自身の存在を捻じ込んできた。ついでに体のデリケートな部分にも捻じ込まれた。許しがたい。不満に思う部分は多くある。
それなのに、恋人として付き合い続けている。
ロベリアは顔がいい。非常に見目が良い。男に興味のなかった俺ですらずっと眺めていたいと思えるほど美しい顔と体をしている。120点どころか150点あげたい。見た目だけで全て許してしまいそうになるし、実際に許してしまっている。
今だって考えている間に約束の時間は過ぎているのにまだ来ない。どうせまた音を聞いていて時計を見てなかったとか、いい破壊方法を連鎖的に思いついて忘れないうちに試していたなどと言うのだろう。それでその幸福の音を聞かせてあげるだのなんだの言ってうやむやにするのだ。馬鹿ばかしくなってきた。
今日こそは何かキツく言ってやろうと心に決め、グラスを空にして同じものをもう一杯注文する。酒がくるのと同時に待ち人もやってきた。
「シエテ、会いたかったよ! 少しばかり待たせてしまったね」
隣に座ってきた男の顔をじっと眺める。見られていることに気づいて甘い顔をして微笑んでくる。こいつは見ているのを分かっていてこういう顔をしてくるから厄介だ。
「くはっ、そんなにオレの顔が好きかい?」
「……まあ、顔だけは好きだって自信を持って言えるよ」
そう言うと、やけに嬉しそうに口元をにやつかせている。にやけ過ぎていることを自覚しているのか口元を手で覆い隠した。
「顔だけだって言ってるのに、やけに嬉しそうだねぇ」
にやけ面も美男子で腹立たしい。黙っていれば声をかけられることはロベリアの方が圧倒的に多い。2人で並んでいても視線を集めるのはこいつの方だ。
苛立ちをぶつけたくて爪先で脛を小突くとより一層嬉しそうな顔をして笑う。
「くはっ、そうは言っても、例えオレの顔が焼け爛れても、キミはオレのことを見捨てないさ」
「やけに自信があるみたいだね」
「ウィ。だって、オレは点数がつけられないくらい可愛いんだろう?」
何を言っているんだこいつは。一瞬何のことか分からなかったが、先程の女性へ言った言葉を思い出す。あの時、確かに咄嗟にそう言った。気配はなかったのに聞いていたのだろうか。
「キミに声をかけていたマドモアゼルに聞いたんだ。オレの恋人に声を掛けるなんていいセンスをしてるよな」
やけに口角が上がっていることに嫌な予感がしてきて、声を顰めて確認する。
「壊したりしてないよね?」
「くっは! まさか。お礼を言ったくらいさ」
体を寄せて匂いを確かめる。香水とロベリアの匂いだけだ。デートの時にだけつけてくる香りに、これまでの記憶が過ぎる。外で飲む度にキミが好きだと囁かれた。嫉妬深くはあるが、常に側にいなくてもいいからと言って束縛はしてこない。何度突き放そうとしても諦めないでこうして隣にいてくれる。かなり強引な癖にキスはとびきり優しい。
なんだかんだ不満ばかりが浮かんでくるが顔以外にも好きなところが多くある。
「それなら、いいけど」
声を掛けられていたことを知っているということは、ロベリアも約束の時間より早く来ていたということだ。早く合流すればいいのに焦らされた。おかげでロベリアのことばかり考えてしまった。
心音が早まり。頬が熱くなるのを感じて、手で口元を隠す。
「シエテ?」
「酔いが回ったみたい。今日はもう帰ろうか〜なんて、あはは……」
照れくさくて笑いながら言うと、ロベリアは黙ったまま返事をしてくれない。
どうしたものかと様子を伺っていると、俺が頼んでまだ口をつけていないグラスを手に取り飲み始めた。大きく動く喉仏を見ながら、全身が熱くなるのを感じる。やっぱり早く帰りたくて我慢出来そうにない。もう一度帰りたいと言おうか、そわそわと袖口を弄りながら悩んでいると目と目が合う。緑色の瞳がギラギラと明るく輝いている。
「シエテ、今すぐ帰ろう」
飲み干したグラスをテーブルに勢いよく置いて、手早く会計を済ませる姿があまりにも雄々しくて見惚れていると手首を掴まれた。ロベリアの手の方が熱くなっていて、驚く。
「熱いね」
「キミのせいだ! そんな顔をして! また身の程知らずが寄ってくるだろう!」
珍しく音を遮断していないのか、周囲の人たちがこちらを向いた。慌てて手を離してもらおうとしたがキツく握り締められていて解けない。
「ちょっと、声がでかいって」
ロベリアが指を鳴らす。今後こそ音を遮断したのだろう。音量を変えずに話を続けてくる。
「ノンッ! ダメだ、だいたいなんなんだその格好は! 誘うならオレしかいない時にしてくれ! 座っている姿がパルフェで、なかなか声が掛けられなかったじゃないか!」
文句のひとつでも言ってやろうと思ったのに、どうして訳の分からない説教をされながら街中を駆けるように移動しているのか。おかしな状況に思わず笑ってしまう。笑い声もロベリアにしか聞こえない。そう、今、俺の声はロベリアにしか聞こえていない。
「好きだよ。……顔以外もね。わかってるだろうけど」
どうしてそれを今このタイミングで言うのかと怒られながら、部屋に転がり込むまでずっと笑い続けた。
どうやら俺たちは外でデートするには向いていないらしい。