俺はまだ負けてない [R15]
俺はまだ負けてない [R15]
突発的にグランサイファーの甲板で宴会をすることになった。誰が発端かは既にわからない。各々が歓迎や祝いたいこと、交流したいという気持ちがあったようで、当日の夜に向けて急ピッチで準備が進められた。
たまたま艇に乗っていた十天衆は俺とフュンフだけだ。フュンフはオクトーと一緒にグランサイファーまで来たが、数日前にオクトーだけ用があって一時的に離れているらしい。十天衆全員に連絡を送ってはみたものの、事前の連絡でも集まるのが難しい連中が当日の誘いに来れる訳もない。
宴が始まり、団長の挨拶を眺めながら二人で他の十天衆も来れたらよかったと小声で言い合った。シエテだけでもいてよかったと言ってくれたフュンフには、とっておきのお菓子をあげた。他の子たちと分け合って楽しそうにしている姿を見て嬉しくなるのと同時に、他の十天衆もこの光景を見られたらもっとよかったのにと残念に思う。フュンフのことだけではない。団長の周りに人が集まって楽しそうにしている中に、十天衆の皆が混ざれたらきっといい思い出になる。その姿をこの目に焼き付けたい。
空の色が移り変わり、星々が瞬き始めた。宴が進むにつれて参加者たちには笑顔が溢れていく。いつもなら中心付近に入っていくが、今日は少し遠巻きに眺める。
夜遅くなる前にフュンフを部屋まで送る。この役目は他の誰にも譲りたくなかった。その為にも酒は控えめにしていたくらいだ。
廊下の途中で眠たくなったのか珍しくおんぶして欲しいと言ってきた。きっとフュンフも寂しい気持ちがあるのだろう。久しぶりに背におぶると、思っていたよりも随分と重たくなっていた。まだまだ幼いと思っていたのに成長を感じさせる。エッセルとカトルも過去に数回だけおんぶや抱っこしたことがあったなと懐かしさを感じる。
うとうと眠りかけているところを歯だけは磨かせて、ベッドまで運んでから甲板へと戻る。
艇の中はいつもよりずっと静かだ。普段なら気にならないカツンカツンという靴が床板を叩く音がやけに大きく響き、甲板の上の喧騒が遠くに聞こえる。
人恋しい。どこか、誰か、人の輪に入りたい。
団長の周りには人が多くいて、割って入っても多くは話せないだろう。今日は酔いたい気分だから、若い子供たちの中には入りにくい。かといって話が合う大人連中の中に入るにも、今頃は酒が進んでいて会話が白熱している頃合いだ。今から混ざるには酒量が足りていない。
端の方で一人で飲んでから落ち着いた席にお邪魔しようかと考えながら歩いていると、甲板の方から誰かがやってくる。酒瓶を1本持ってはいるが、酔ってはいないようでしっかりとした足取りでこちらに向かって歩いてくる。
特徴的なローブを身に纏った十賢者の一人、ロベリアだ。
「もう部屋に戻るの?」
気になって声をかける。まだまだ宴は続くはずで、部屋に戻るには時間が早すぎる。
「ああ、オレがいるとゆっくり出来ない団員が多いようだからね」
さほど交流はないが、どんな男なのかある程度は知っている。
団の中には関わらないようにしている団員もいるし、何も知らずに会話をして違和感から距離を置く団員もいるようだ。隠してはいるが警戒している団員もいた。何も気にしない連中にしれっと混ざったらいいのにそれもしていない。稀に性質の合いそうな団員に絡まれても、どこか一歩引いて対応しているようだ。
団長の言うことをよく聞いていて、今現在は危険性がなくとも気にはなっている。
「ねぇ、いいもの持ってるじゃない。よかったら俺の部屋で一緒に飲まない?」
酒瓶を指さして誘ってみる。断られたら甲板に行けばいい。
ロベリアは俺からの提案に驚いたような顔をしている。自分でも普段なら考えられないことだが、今日はなんとなく宴から一人で離れていく人物のことを放ってはおけなかった。
「……いいのか?」
ロベリアは少し迷った後、遠慮がちに問うてきた。やはり一人は寂しいのだろう。戸惑いながらも確認してくる若者の姿に、声をかけてみてよかったと安堵する。
「いいよいいよー。俺も一緒に飲んでくれる人を探してたからさぁ」
こっちだよ、と先導しながらゆっくりと歩き出す。部屋に水と軽くつまむものはあったから、二人で飲むとしては充分だろう。
部屋に入ると緊張しているようでどこか動きが固い。ぎこちない動きで椅子に座った。ロベリアの持っていた酒瓶を受け取りグラスに注ぐ。果物や花の甘い香りと共に強い酒精が鼻につく。
「度数が高いみたいだね。ロベリアは酒に強いの?」
「ノン、嗜む程度さ。これは床に転がってたのを拾ってきた」
「ふーん、見たことないけど高そうだなぁ。……うわっ、美味しい」
一口飲んだだけで口の中に果実の香りと、甘味とほんの少しの酸味が広がる。喉を焼くような熱さを感じるが、体の中にスッと染み渡っていく。
「セボン! フルーティーで飲みやすいな」
「これは飲みすぎないように気をつけないとね~」
そう、飲みすぎはよくない。わかっていた。チェイサーとしてこまめに水も飲んではいた。あまりにも美味かったこととやけに会話が弾むせいでグラスが空になるペースがどんどん早まっていく。
向かい合って飲んでいると相手の姿がよく見える。綺麗な顔をしているし、指先までよく手入れがされている。身近にいる人間は全員武闘派で、得意な武器に馴染んだ指先をしているから珍しくて見入ってしまう。視線を感じたロベリアと目が合う。
「ロベリアってさー、外見は整ってるんだから黙ってればモテるんじゃない?」
物静かな男だと思っていたが、お喋りでよく口が回る。本当に黙っていれば良い男なのに、喋りだすと変人だ。こうして飲む分には楽しいがずっと一緒にいる人間は疲れそうだ。
「くはっ、黙ってるのは簡単だが、難しい話だな」
「なにそれ。あははっ、本当におかしな奴」
「笑い過ぎだ」
「だって楽しいんだもーん。今日は一緒に飲めてよかったよ」
「……そ、そう」
「あ、照れてる。なんだ意外と可愛いところもあるじゃない」
思っていたよりもずっと話しやすく、美味しい酒の力も加わって愉快な時間を過ごすことができた。近いうちに契約してる星晶獣の力と、魔術で出来ることを見せてもらう約束もした。実に有意義な時間を過ごせた。……酔いが回りきる前までは。
緊張した様子で背筋を伸ばして座って硬い表情で飲んでいたというのに、次第にふにゃふにゃと笑いながら椅子に沈んでいく。言っていたとおり嗜む程度でそこまで酒に強くはないようだ。俺は座ったままだがこんなに楽しい気持ちになるのは久しぶりのことでこのままどこか広い場所で剣を振るってきたいくらいだ。
少しばかり度数の高い酒だろうと二人で一本丸々飲みきったが、寒い地方で作られた、現地人でもなければ決してストレートで飲むものではない馬鹿みたいな度数の酒だとは知らなかった。二人ともそこそこアルコールに耐性があるせいで、この酒の危険性には気がつかなかった。
カーテンの隙間から朝日が差し込んで目が覚める。まだ日が昇り始めた早朝のようだ。すぐに上半身を起こして現状を確認する。
「う、嘘だろ」
流石に飲みすぎてしまった。股関節と臀部の違和感に頭を抱える。違和感だけでむしろトータルで言えば調子が良いくらいで変な笑いが出そうだ。
酒に酔って男と関係を持ってしまうなんて。女性ともそんな失敗はなかったのに。こんなに酔ったのは初めてのことだ。
昨晩の出来事は最初から最後までだいたい覚えている。性的な接触をしようと誘ったのは自分からで、なんならロベリアは断っている。今は酔っていて無理だと。ノンノン言って可愛いだとかなんだとか思って、それを練習になるからいいじゃないかと強引に押し倒して関係を迫った。どうしてあんな真似が出来たのか。今は無理と言うなら本当に無理であって欲しかったと責任転嫁しそうになって慌てて冷静に考えようとするが、考えたところでやってしまったのだから後の祭りだ。
ひとまず隣で眠っている相手を起こさないように片付け、痕跡は全て消した。残るのは全裸で眠っているロベリアだけだ。体を動かす気配がしたのでそっと様子を窺う。
「オーララ……あたま……いたい……」
声が掠れている。二日酔いのようで顔色が悪い。服を着させ、水差しに残った水をコップに注いで飲ませる。
髪を整えるついでに頭を撫でていると、眉間に皺を寄せて再び横になろうとしたので無理やり立たせる。
「ほらほらもっと水飲んで。自分の部屋に帰って寝ようね〜」
水を飲ませ終えると、周囲に人がいないことを確認してから部屋の外に追い出す。ふらふらと歩いて帰っていく背中を見守ってから部屋に戻る。なんとか大丈夫そうだ。なんとか……。
「……いやいやいや、だめでしょ。なにしてんだよ、俺っ!」
一人頭を抱える。嫌がるロベリアの初めてを無理やり奪ったなんてバレたら誰も喋ってくれなくなる。それどころか十天衆もこの団も追放されるんじゃないか。俺ってば天星剣王なのに?
「どうしよう、どうしよう、……あっ!」
そうだ、とりあえず逃げよう。艇を降りよう。
酷い二日酔いになっていたくらいだし、もしかしたら覚えてないかもしれない。時間が経てば記憶も薄れていくだろうし、自然と何もなかったことに出来るかもしれない。きっとロベリアだってこんなこと忘れたいだろう。お互いになかったことにしたらいい。
そうと決めると荷物をまとめ、鎧とマントを身に纏う。気持ちを入れ替えて世界の為に尽くそうと意気揚々とグランサイファーを後にした。
それから数週間、理由をつけて飛び回った。悪党を懲らしめて、困っている人を助けて、正直に言ってあの夜のことは忘れ始めていた。酒が見せた夢だったのかもしれない。そうに違いない。
「シエテさん、団長さんからお手紙を預かっていますよ~」
シェロカルテの店に物資を補給しに行くと手紙を渡された。薄い黄色の封筒は空色の花で縁取られており、可愛らしいがやけに分厚い。
「なになに、ひょっとして団長ちゃんってば、シエテお兄さんのことが恋しくなっちゃったのかな~……ひぃっ」
封筒を裏返して差出人名を見て背筋が凍る。団長が預かった手紙を更に預けただけであって、手紙の差出人は別の人物だった。ロベリア。その名前であの日の過ちを思い出してしまい変な汗が吹き出てくる。きっと恨みつらみが書かれているのだろう。もう艇に戻ってこないで欲しいと書かれていたらどうしよう。可愛いお手紙が急にずっしりと重たく感じる。
「読まないんですか~?」
「よ、読むよ!」
恐る恐る封筒を開けて中身を確認すると、中身はなんとも熱烈なラブレターだった。なにがどうなってこうなってしまったのかわからない。いつの間にか俺はロベリアのかわいいモナムールになっているらしい。モナムールってなんだ。金の髪の指通りがどうとか、青空を見ては瞳が恋しくなるだとか、脳が拒否するのか内容が全く頭に入ってこない。ただ最後に書かれている『あの夜の出来事を録音したものを繰り返し聞いて寂しさを紛らわしているが、早くオレの元に帰ってきて欲しい。』といった内容は理解した。
「う、うわぁぁぁ……」
その場に頭を抱えてしゃがみ込む。俺は何回頭を抱えればいいのだろう。
音の魔術を使う天才魔術師相手に、酷く酔っていたことだし時間が経てば記憶も薄まってお互いに暗黙の了解でなかったことにしていこうねっという手は通じなかった。通じないどころかがっつりと弱みを握られている。
録音ってなんだ。どこまで録音したんだ。ここで考えても仕方がない。一度確認しに行かないとならないが、すでにもう嫌な予感しかしない。
「送り主が暴走する前に早く出発した方がいいかと思いますよ~。プレゼントかレターセットを買っていきますか?」
「あはは、シェロちゃんは本当に商売上手だねぇ……あはは……はぁ……」
勧められるがままに菓子折りを二つ買い、グランサイファーに乗り込む。
一つは団長に渡した。ロベリアが毎日シエテがいつ戻ってくるのか聞いてきてうるさいからなんとかしてと注意を受けた。
ロベリアの部屋の場所を聞いて重たい足取りで向かった。ドアをノックするが不在のようだ。先延ばしになったことに安堵して、自分に用意された部屋に入るとそこにロベリアがいた。驚いて一度外に出て咄嗟にドアを閉める。
「なんでいるんだよ……」
どうして俺の部屋にいるのか。廊下で混乱していると、部屋のドアが開いて中へと引っ張られた。
「おかえり、オレのモナムール」
腕を掴まれたまま抱き締められそうになったので、菓子折りを突き出して距離を取る。嬉しそうに両手で受け取ってくれた。これがなかったら抱きつかれていたことだろう。買ってきて本当に良かった。
このまま菓子に気を取られている間に誤解を解かないといけない。状況を確認していこう。
「あ、あのさ、モナムールってなに?」
「くはっ! 最愛の人という意味さ」
「なんでそうなったのかなぁ」
途端に怪訝そうな顔をされる。
「……キミ、ひょっとして覚えていないのか?」
忘れ始めていて思い出したくもないが覚えている。
「い、いや、覚えてる。覚えてるよ」
あの最低最悪の出来事を覚えているからこそ艇から離れていたし、こんなにも動揺しているのだ。
「オレは覚えていなかったんだが、クラポティに録音していたのを聞いて思い出したよ」
ロベリアは覚えていなかったのか。録音なんて出来る魔術師が相手じゃなかったらよかったのにと悔やまれるが、録音されている箇所次第ではまだなんとか出来るかもしれない。色々と誤解なのだ夢でも見たのだろうと、押し通せるチャンスがあるかもしれない。
「ねぇ、録音ってどんな感じなのかな?」
「聞きたいのならここに座ってくれ」
ベッドの上に座らされる。真隣に座ったロベリアが指を鳴らし、取り出した白い巻き貝を持って囁く。
「ルジストル」
途端に、嬌声と水音、ベッドの軋む音が聞こえる。自分の喘ぎ声を聞くということを甘くみていた。下手な拷問よりよっぽど心を抉る。
「ひぃっ!?」
「くはっ、シエテはとても可愛い声を出すんだ」
それは本人に対して得意気に言うことだろうか。とても機嫌がいいので変に刺激は出来ない。
「この録音ってこのタイミングからだけ? もっと前はない?」
「ああ、残念だけどここからだ。おそらく一度達して落ち着いたタイミングで録音し始めたんだ」
「そ、そっかー」
冷静な分析をどうもありがとう。
これは勘違いするのも仕方がないだろう。あられもない大きな声で喘ぎ、呂律が回らずにしゅきしゅき言ってるし、名前を呼び合って絶頂を迎えている。その上でまた絡み始めている。恥ずかしい。穴があったら埋まりたい。
最初から何をしたかは覚えてはいた。ただ、この辺りまでくると具体的に自分が何を言っていたかまでは曖昧だった。こんな恥ずかしい声をあげていたのか。信じられない。
「オレたちは恋人同士なんだろう? 違うとは思えない」
「そ、そうだね」
熱烈な恋人同士としか思えない音声が続く。無理やり肉体関係を迫って勝手に盛り上がってるだけだなんて口が裂けても言えやしない。
「もっと前から録音しておきたかった。キミはオレになんて言葉を贈ってくれたんだ」
熱い眼差しとロマンティックな言い回しに胃がひっくり返りそうになる。
はっきりと覚えている。人として最低なことを言っていた。確か、お前にまともに恋人ができる可能性なんてないから今この場で童貞卒業しちゃえよとか、誰にも言わなきゃいいとか。思い出すだけでお腹が痛くなってきた。
「……い、言えない」
「どうして? 恥ずかしい? ああ、キミはとてもシャイなんだね」
こいつの前向きで思い込みの激しい性格がありがたい。災厄というだけの性格をしているが、こうやって良いところもある。罪悪感で吐きそうだ。
「あ、あのさロベリア。落ち着いて聞いて欲しいんだけど」
「くはっ! 赤くなってるね。ラフレーズのようだ」
急に耳にキスされた。顔と顔の距離が近い。体を離そうとして手を伸ばすが、徐々にベッドに押し倒される形になってきている。
「待て待て、待てってば!」
腕に力を込めて顔の接近を拒むと、流石にムッとした表情になった。
「どうして長い期間放置した上に拒むんだ。オレのことが嫌いになったのか? オレはキミになにか酷いことをしてしまったのか?」
何も言えずに黙っていると徐々に悲しそうな顔に変わっていく。かと言ってこのまま騙し続けるのも無理そうだ。押しの強い相手をのらりくらり躱し続けることは出来ないし、もう耐えられない。
「ごめん、本当にごめん! 全部話すから!」
そう言って洗いざらい喋った。無理やり関係を迫っただけで俺たちは恋人同士ではない。ロベリアは被害者で悪くないと。あと出来れば内密に済ましてもらいたいと。
話し終えても暫しの間、沈黙が続いた。
「くはっ、くはははっ! あははははっ!」
「えぇ……ちょっと笑いすぎじゃないかな」
「くはっ。だってキミ、それで逃げるだなんてって頭おかし……くははっ」
笑い過ぎて涙まで出てきたらしく目元を拭っている。
「本当に申し訳なく思ってるんだけど、そこまで笑われるとショックだね。あとお前に頭おかしいって言われるのも地味に効く」
笑い泣きしても綺麗な顔をしている。泣きたいのはこちらの方だ。
「……はぁ、それで責任を取ってくれる、と」
大きく息を吐いた後に続いた言葉に思わず顔を顰める。どうしてそうなるのか。やっぱり性格が合わないと思う。
「そんなことは言ってないよね」
「くはっ、それならそれで構わない。団長に酒の席で暴力被害にあったと訴えるだけだ」
「う、悪かったってばぁ。団長ちゃんたちには言わないでよ〜」
証拠が残っていて圧倒的に不利だ。こんな音声を公開されたらもう誰とも顔を合わせられない。
なんとかなかったことにしたいが素直に聞いてくれる相手ではない。
「結論を出すのは今じゃなくてもいいんじゃないか、モナムール?」
手を握られて向かい合う。あの時の出来事を全て話したというのに、モナムールと呼び続けるなんてやっぱりこいつの方が頭がおかしい。愛されるような存在ではないだろう。
「それは……お付き合いをするってこと?」
「ウィ、だってキミはオレのことが好きだ。そう言っていた」
先ほど聞いた音声を思い出して頭が痛くなる。
「酔った勢いだよね」
「酔っただけで何とも思っていない相手にあんなことは言わない」
「そうかなぁ」
「そうだ。絶対に、キミはオレのことが好きだ」
胸を指で指されながら強く断言される。どうしてそう言い切れるのか、こんなにも必死なのかはわからない。なかったことにしたくないのだろうか。
「そうなのかなぁ」
胸には全く響かないが、ここまでハッキリと言われると自信がなくなってくる。本当にロベリアのことが好きなのだろうか。決して嫌いではないが、恋愛感情を抱いているかと言われるとわからなくなる。
「責任を取るべきだと思わないか?」
ギラギラとした瞳が目の前に迫ってくる。背を反らして逃げようとするが手を掴まれているのであまり効果がない。
「う、う~ん」
「シエテ、頷けばそれですむ話だろう?」
手を強く握り締められる。こちらの煮えきらない態度に段々と苛立ち始めているようだ。口も尖り始めた。
口元を見てふと思いついて手を引き寄せて唇を掠め取る。
「なっ!?」
ロベリアはすぐに手を離して唇を両手で抑えた。信じられないといった顔でこちらを見てきて、徐々に顔も手も真っ赤に染まっていく。ぐいぐい攻めてきたくせに、酷く動揺しているのが可愛らしく思えてしまう。
「まぁ、嫌ではないかも」
手入れをしているのか唇がツヤツヤしていて、唇を重ねても全く嫌悪感がなかった。
「キミは……本当に……」
肩を掴まれて今度は逆に唇を奪われる。貪るように舌を入れてくるからされるがままに受け入れる。気持ちがよくて目を閉じてこちらからも舌を絡める。
息が続かなくなったのか口を離して息を整えるロベリアに問いかける。
「そんなに俺のことが好き? あんなに酷いことをしたのに?」
「酔っていても嫌なら拒絶するさ」
ロベリアがパチンッと指を鳴らすと離れた場所に置いてあるグラスが割れた。胸元にある赤い石も鈍く光を発する。
力があることは確かだ。嫌だからと流される性格でもない。
「……馴れ初めは、誰にも言わないでよ」
きっと、すぐに飽きて終わる。それならここで一旦言うことを聞いてもいいだろう。どう考えても俺が悪いのだから。
「勿論だ。ようやく受け入れてもらえた。トレビアンッ!」
やけにはしゃいでいるのが気がかりだ。周囲に言わないで欲しいが、すでに団長やシェロカルテには勘違いされているのだろう。どうせすぐに終わる関係だから、後々気まずくなるのは御免だ。
「変に言いふらしたりしないでよ」
「くはっ、大丈夫さ。誰に聞かれても上手く話せる。あの宴会の夜、キミが寂しそうな顔をしていたから、オレは放っておけなかったんだ」
「いやいや、逆だっただろう」
一人で寂しそうに艇の廊下を歩いていたのはロベリアの方だ。
ロベリアは、俺の言葉を無視して喋り続ける。
「前々から気になっていたんだ。強くて美しい天星剣王と仲良くなりたくてずっと機会を窺っていた。シエテを探して艇の中を歩いていた。一緒に飲むために転がっていた酒瓶を持って……なんと言って話しかけるか迷っていたら、キミから声をかけてくれた」
うっとりとして語る内容が、やけにすらすらと出てくることに言い知れぬ不安を感じ始める。手のひらに汗が滲んでくる。
「やけに作り話が上手だね」
「くははっ、昔からこういうのは得意なんだ」
にっこりと微笑みかけてくるが、目が笑っていない。
「……作り話、だよね?」
「さぁ、あの日のことは飲みすぎて忘れてしまった」
澄ました顔で軽く肩を竦める。白々しい態度も様になる。
作り話であって欲しい。前から目を付けられていたとしたら厄介だ。すぐに飽きるだろうという目論見が外れるかもしれない。
「あのさ、酒でも飲みながらゆっくり話し合おうか?」
「今日は最初から録音しているぜ」
得意気に言ってきた顔を両手で掴む。瞳を覗き込むと再び顔が赤くなっていく。どうやらこの男は、タイミングはどうであれ本当に俺のことが好きなのかもしれない。
じゃあ、俺は……?
活路を見出して自然と笑みが溢れる。
「圧倒的に優位な状況だと思ってるかもしれないけど、こういうのは先に惚れた方が負けなんだよ」
額にキスをしてベッドに押し倒す。期待するような目で見上げてくるのを片手で覆う。耳元に口を寄せて長く息を吹きかけると小さく震えている。
付き合うのは仕方がない、完全に俺のミスだ。でも関係の主導権を握るのは俺だ。まだ負けてない。負けてなんかいない。
「ウィ、それならオレの負けだ。ジュテーム……オレのモナムール、大切にするよ」
空いている方の手を握られ、指の先にキスをされる。誓うようにゆっくりと囁かれる言葉に心臓が跳ねる。ロベリアの視線を塞いでいてよかった。今、ロベリアと同じくらい顔が赤くなっていると思う。悟られないよう後ろを向いて、暑いからと言って服を脱ぎ捨てる。
お付き合いを始める上で、力関係の上下は最初にはっきりさせておくべきだ。例え後ろめたいことをして証拠を握られていても、抱かれる側だとしても、それはまた別の話で、俺の意志で抱かせてやるのだ。決して、脅迫に屈した訳では無い。
酒が入っていなくても何の問題もなく受け入れられたし、フュンフに「なにかいいことあった? 」と聞かれるくらいには調子がいい。団長の生ぬるい視線にも耐えているし、シェロカルテからすすめられる手土産は常に買うようにしている。
未だにロベリアが恋人だということは認めたくなくて頭を抱える。
今日もまたぐるぐると考え込んでいるとロベリアと目が合う。嬉しそうに微笑みかけられると自然と頬が緩んでしまう。
責任を取ったのだから不名誉な言動が広まることはない。ふとした瞬間に人恋しく思うこともなくなった。万事良しのこの状況で、絶対に負けてはいないはずなのに、なんだかどうにも腑に落ちない。