残響のキミ [R18]
残響のキミ [R18]
コンセールでシュッシュっと作った分身は今日も役に立ってくれている。最高の幸福の音と、生きていると実感する痛みは遠く離れた場所にいてもリアルに感じ取れる。
「ああ、あぁ……セボンッ……くはっ、くははっ! トレッビアンッ!」
自室のベッドの上に横たわり、幸福の音を聞いて浸っているとドアがノックされる。叩き方に特徴がある。これはアオイドスだ。クラポティをしまって立ち上がると服の裾を払って鏡で髪型を確認する。乱れてはいないのでそのままドアを開く。
バンドメンバーで飲みに行くから一緒にどうかという誘いだった。特に予定もなく、面識のある面子で飲むのは悪くない。二つ返事で了承して着いて行く。
バンドには加入するつもりはないし、相手もそれを承知の上で酒の席に呼んでくれる。あまりオレのことを歓迎していない者も混ざっているがそれなりに上手く話せている。控えめにとはいえ破壊の話が出来るのは楽しい。酒がすすむと音楽の話に熱が入ってきて、それを少し離れて眺めていると、女性2人組に声をかけられた。団に入ってからは久しくなかったが、1人でカフェやバーで女性に声をかけられる経験はあった。連れがいると断って輪に交ざる。
座るとすぐにアオイドスが小さな声で話しかけてきた。
「……いいのか?」
気を遣ってくれている。折角誘われて来ているというのに、野暮な真似はしたくない。
「興味がないんだ」
そう、なによりも興味がない。人間の破壊は禁じられているし、特に魅力を感じない。男が好きなのかと問われたが否定した。性的な接触そのものに興味がない。そういう人間もいると妙なフォローを入れられたが、特に気にしてはいない。経験がなくともオレは幸福なのだから。
少し飲みすぎてしまった。甲板の上で風に当たり頬を冷やす。歩きながら自身の分身がタワーに破壊されていく感覚に集中する。
足の指の先からじわじわと潰されていく。破壊の一つ一つをどう行ったのか記憶しているからわかる。これは足の先から指の先まで長時間かけたものだ。ほろ酔いの今の気分にぴったりだ。
向こう側に集中していたせいで感覚が引っ張られ、足の運びがほんの少しだけふらついた。
「大丈夫?」
離れた場所から声をかけられた。十天衆のシエテだ。人の良さそうな表情を張り付かせて、見かける度に話しかけてくる。行儀の悪い団員や、力の強い団員に気を配っているようで、どうやらオレも目をつけられている。
「オーララ、少し飲み過ぎてしまったようだ」
「俺もだよ。水、飲む?」
飲みかけの瓶を差し出されて受け取った。よく冷えていて瓶の周りが結露で濡れている。一口飲んで返すとローブの裾で手を拭った。
「メルシー」
喉が潤い、体温も下がった。この間に分身は膝上まで潰れている。
「お友達と仲良くやってるみたいだね」
「……友達、というのだろうか」
これまで友達という存在がいたことがないせいでよくわからない。団長の元に集った団員同士で、音が好きというくらいの共通点しかないと思っている。得意な属性が同じ人物ともミーティングと称して飲みに行くこともある。そう考えると、音に興味もなく得意な属性も違っているこの男と、それなりに会話をしていることは相当なイレギュラーだ。
「バンドメンバーなんだっけ?」
「ノン、バンドには入っていない。彼らとは好みの音の方向性が違うんだ」
「ああ、……なるほどねぇ」
方向性の意味をよく理解しているようで苦笑いしている。
会話が途切れた。シエテが水を飲むのを眺める。喉が波打つ。さっき飲んだのと同じ水だというのに、やけに美味しそうだと思ってしまう。
「キミとも飲んでみたいな」
考えたらすぐに口に出してしまう。なかなか悪くはない考えだと思うが、どうせ断られるだろう。きっと、この男は警戒する相手と酒を飲んだりはしない。
「じゃあ、今から飲む?」
予想外の展開に、黙って頷くことしか出来なかった。
あまり物がない部屋に通された。上品なルームフレグランスの匂いがする。手で示された椅子に座ると、デスクの端に置かれた高級そうな酒瓶を開けてくれた。琥珀色のとろりとした液体をグラスに少しだけ注いでくれる。
「飲み過ぎないようにちょっとだけね」
「ウィ、サンテ」
グラスを掲げてから口をつける。すっきりと甘く、果物の香りが鼻に通る。思った以上に度数が高く喉が焼けるように熱くなった。
「くはっ、キミはいつもこんな強い酒を飲んでいるのか?」
同じようにグラスを傾けている男は平然とした顔をして飲んでる。
「眠れそうにない時に少しだけだよ」
「今日は眠れない日ということだ」
指摘が当たったのか、シエテはグラスを口に運ぶ手を止めた。
「……そうだねぇ」
苦笑いしながら返事をしてグラスの酒を飲み干した。シエテの喉が鳴るのをぼんやりと眺めながら、グラスの酒をちびちびと舐める。
「キミでも悩んだりするんだな」
「そりゃあ、まぁね」
今、詳しいことを尋ねても打ち明けてくれることはないだろう。いつかこの先、悩みの一部だけでも相談にのれるような仲になれたらいいのにと、現実的ではないことを思い描く。
シエテは特徴的な髪の先から足の先までバランスが良い。ただ座って酒を飲んでいるだけなのに絵になる男だ。酒を飲みながらずっと眺めていられる。初めての感覚に戸惑いながらも見つめ続けた。
ちょっとだけと言われたとおり、一杯だけ飲み終えると席を立つ。
「帰れる?」
「くはっ、このくらいどうってことないさ」
とても気分がいい。苦手意識を持っていた相手と穏やかな時間を過ごすことが出来た。酔いも良い感じに回って、今横になればすぐに眠りにつけそうだ。
「そう。じゃ、おやすみ」
ドアの前まで見送ってくれるシエテの顔を見ると、肌が仄かに赤らんでいて普段と印象が違う。酒でぼんやりとした頭で、この笑顔はいつも見るものよりもずっと柔らかく、とても綺麗だと思った。
「メルシー、ボンソワール」
感謝の言葉を口にすると、自然と顔が笑顔になった。
自室に戻ってシエテの姿を思い出す。張り付いた笑顔ではない自然な表情と、優しげな瞳をしていた。酔っているせいか桃色に染まった耳も、指も、唇も触れたかった。こんな風に思ったことは今までにない。
楽しい時間を過ごしていた間にも、タワーは次の破壊に移っている。
――残響で、シエテの分身を作れないだろうか。
自分以外の存在を作るのは難しく不可能だと思っていたが、さっきまでじっくり観察していたシエテなら出来るかもしれない。指を弾いて試してみる。目の前に現れた人体に呼びかける。
「シエテ?」
ベッドの上に横たわるシエテは目を瞑ったままぴくりとも動かない。喉に手を当てる。太い血管が脈打っている。
「オーララ……嘘だろ……ここまで、こんなにも、パルフェだとは!」
自分のことは天才魔術師だとは思っていたが、まさかここまで出来るとは。我ながら自身の才能に恐れ慄く。
「トレビアンッ!」
横たわるシエテの頬に触れ、耳を食み、指と指を絡めて、唇を舐めると満足して寄り添って眠りについた。
ただし、自分自身とは勝手が違い、朝には跡形もなく消えてしまった。しかも再度生成しようとしても上手くいかない。残響が残っていないせいか、形になってくれない。
また一緒に飲んでじっくりと観察するしかない。
誘い続けると上手い具合に何度か2人で飲むことが出来た。他の団員とも飲みには行くが、シエテと短時間飲む回数の方が多い。どんな予定よりも優先させた。
服の下も再現出来ているのか見るために、服の裾を捲って白い腹が見えたその瞬間、カッと頬が熱くなった。全て脱がせた時は背徳感から見ていられずに毛布で隠した。それも次には慣れてしまって、普段なら絶対に触れられない箇所に触れて舌を這わせた。
童貞ではなくなったのも時間の問題だった。
何度目かの接触の後、首の後ろに吸い付いて赤い痕が残ったのを見て急に虚しさを感じてしまった。これはシエテの残響で作った分身であって本物ではない。反応も殆どなければ、閉じたままの瞳はオレの姿を映さない。
ただ、いくら虚しくとも、甘美な誘惑を簡単にはやめることなんて出来ない。
誰かと性的な接触をすることなんて興味なかったのに。触れたくて頭がおかしくなりそうだ。
今日もよくよく観察する。碧い瞳がずっとこちらを見ている。おかしい。こんなにも目が合うことがあっただろうか。
「……シエテ?」
「ねぇ、いくらなんでもこっちを見過ぎだよ」
流石に観察し過ぎた。気づかれていたか。
「はしたなかったね、つい」
「つい?」
赤く蒸気した頬、微かに震える金の睫毛、喉仏も鎖骨もどの骨も太くしなやかで肌だって滑らかで、粘膜は熱く纏わり付いて離さない。どこもかしこも美しく好ましく思う。それに、美しい空の色をした瞳は今じゃなきゃ見れない。
「つい……キミは綺麗だから、見入ってしまう……」
自分勝手な痴態をあれこれを思い出し、恥ずかしくなってしまいグラスを一気に呷る。
「あははは、そんなに一気に飲んだら寝ちゃいそうだね」
度数の高いアルコールが喉から全身にかけて巡り、カァッと燃えるように熱くなる。ただでさえシエテが微笑みかけてきて顔が熱いのに、激しい血流で脳がくらくらとしてくる。
「ノンノン、いやだ、寝ない……寝たらキミと……」
「俺と?」
眠ってしまうと残響が霧散してしまう。分身を作り出せない。それは困る。朝から今日はシエテと一緒に眠る気でいたのに。いくら虚しさを覚えたって、触れたい気持ちは抑えきれない。
「……なんでもない」
本人に向かって朝まで一緒に眠りたいと言いそうになった。嫌われて飲んでもくれなくなったら触れられない。
「もう少し飲む?」
頷くと、ほんの少しだけ注いでくれた。グラスを受け取る時に、テーブルの上に乗った瓶の蓋を弾いて落としてしまった。蓋が床を転がっていくのを眺めながらグラスに口を付ける。
「ちょっと~、ペース早いよ。完全に酔ってるでしょ」
シエテが屈んで拾う。首の後ろが一瞬だけ見えて、小さな赤い痕が目に入った気がして心臓が大きく跳ねる。全身、特に顔が熱い。回らない頭でシエテのことをずっと眺める。綺麗だ、触れたい、好きだ、ジュテーム。ずっと、こうして眺めたいのに目蓋が重たく視界が狭まっていく。
目が覚めると自分の部屋のベッドの上だった。やってしまった。折角のチャンスだったのに何も覚えていない。自室に戻って眠ってしまったようだ。寝返りを打つと隣で誰か眠っている。
「シエテ?」
昨日見たままのシエテの分身が生成されている。声をかけても動かない。シエテがオレの部屋に来る理由もない。いつも夜に見る光景だ。カーテン越しに見える窓の外はまだ薄暗く、どうやら消える前に目が覚めたらしい。昨晩の自分に感謝する。消えてしまう前にしたいことが山ほどある。
頬に触れ、首から胸に手を滑らせる。
「シエテ、シエテ」
唇に吸い付いて舌を捻じ込む。
「んっ」
口の端から漏れる小さな声はいつもより少し高くて情欲を煽る。
「ジュテーム、愛してるよシエテ」
「……あっ、だめ」
「くはっ、可愛い声だ」
チュッチュと顔から首、胸へとキスを落としていく。服の裾から手を入れて腹筋のなだらかな丘をなぞる。
「もう、くすぐったいってば~」
身を捩らせて、頭を撫でてくる。おかしい。明らかに意思のある言動をしている。
「シ、シ、シエテ?」
「なに?」
指を鳴らす。消えない。残響で作った分身じゃない。今出している分身はタワーに代償を払っているオレのものだけで、目の前にいるのは本物のシエテだ。本物に対して性的な接触をしてしまっている。
「シエテ」
謝った方がいいのか表情を窺う。シエテは青い瞳を輝かせ、優しく慈しむように微笑みかけてくれる。
「まだ寝ぼけてる?」
「あ、ああ」
「もう少し寝る?」
目の前で起きている状況が信じられない。まだ夢を見ているのかもしれない。随分と自分に都合の良い夢だ。
「いや、その」
例えこれが夢の続きだとしても、こんなに魅惑的な姿を目の前にしたら喉が鳴ってしまう。シエテが鼻で笑った。
「……する?」
何を、と聞くほど無粋ではない。唇を寄せるとそのまま受け入れてくれる。舌と舌を絡め合わせて性急に体を求める。初めてした時よりもずっと興奮してしまい笑われた。あまりにがっつきすぎて両頬を抓られて、ほんの少しだけ痛かった。これは夢ではない。
眠るシエテを背後から抱きしめる。首の後ろに小さく赤い痕がうっすらと残っている。
いつもの癖で分身の感覚が本体と繋がっていたのかもしれない。つまり、勝手にしていたあれこれはシエテ本人にも伝わっていた、と……だとしても感覚が繋がっていて感じていたかだなんて、直接本人には聞けない。痕に吸い付いて濃く戻すと目を瞑る。
腕の中にいるシエテは、再び目を開いた時に消えはしない。どうして許してくれるのか、ゆっくりと探っていこう。