悪癖と躾 [R18]
悪癖と躾 [R18]
安宿のベッドがギシギシと下品な音を立てる。
「シエテ、シエテ、シエテッ!」
ひたすらに愛おしい相手の名前を呼ぶ。
「うっ、るさっ、あ、あぁ」
昂りが最高潮に達しそうになる。シエテも気持ちが良くなってくれているのがわかる。
喉仏が大きく動いた。生きていることを実感させるその部位に触れたくて、白く太い首を両手で掴み、指先に力を入れていく……寸前に背中を平手で思いっきり打たれる。バチンッという大きないい音が鳴って痺れるような痛みがじわじわと広がっていく。叩かれた衝撃でイッたことは相手もわかっているだろう。なんたって何も付けずに挿入しているのだから。
指の力はすっかり抜けている。それでも首から手を外していなかったせいで頭突きを食らってしまった。天星剣王サマは骨も強い。石頭だ。流石にほんの少しだけ涙が滲む。
「早くどいて」
「……ウィ」
冷えきった鋭い声に、再び元気を取り戻しそうな股間を手で隠してベッドの上に正座する。
「あのさぁ、わかってる?」
「ウィ、でも」
「でも?」
慌てて口を閉じた。口答えは許されない。わかっていてもついつい自己弁護の言葉が出てしまった。
正しい答えを解答する為に口を開く。間違えるとこの先がなくなってしまう。
「次は絶対しない」
「次ねぇ……」
顔を覗き込まれる。愛おしい空色の瞳と目が合う。独り占め出来ている幸せで自然と笑顔になる。
「ゆっくりするから、もう一回チャンスをくれ」
シエテは暫く考えてから、大きく息を吐いて応えてくれた。
「はぁ~、いいよ」
仰向けに横たわり片膝を上げる官能的な光景に、思わず喉を鳴らしてしまう。自然と言葉が溢れてくる。
「ジュテーム、シエテ。好きだ」
「壊したいほど?」
オレの悪癖の咎め方も含めて好きだ。胸の奥の柔らかい部分を擽る。
「いい子にするから意地悪はしないでくれよ」
覆い被さってキスをすると、くすくすと笑われた。振動が心地良い。
こうして会話を挟むと頭が冷静になる。達したせいかもしれない。余裕を持ってお行儀よくエレガンスに行為を堪能出来る。
明け方、安宿を出て艇へと戻る。徐々に昇ってくる朝日が黄色く目を刺す明るさだ。欠伸を噛み殺しながら隣で歩く男を盗み見る。眠たそうな顔も良い。
こうして肉体関係はあるが、残念ながら今はまだ恋人ではない。恋人同士なら手も繋げるのに、今は一人分を開けて歩くのが適切な距離感といえる。
それでも足取り軽く歩いているとシエテが口を開いた。
「いい子にしたら痛い思いしなくて済むんだから、いい加減に学習してくれないかなぁ」
「くはっ、次は最初から最後までいい子にするさ。誓うよ」
オレは今、好きな人に正しいセックスの仕方を教育されている。何故こんなことになったのか、少々ややこしい事情がある。
酔った勢いで盛り上がってイイ雰囲気になった。目の前の屈強な男を組み伏せ、一晩だけでも支配出来るチャンスをモノにしない訳がない。それはそれは慎重に性急に肌を重ねた。
これまで生きていて性行為をしようとしたことはある。誘われて、着いていって、2人きりになって、これはチャンスだと思いついて即壊してしまった。それを数回繰り返すうちに誘われてることもただ効率のいい生き物を壊す機会作りにしか考えられなくなってしまい、そのままずるずると性行為の経験がないまま生きてきた。
これまでと違うのは、今は団長のおかげで幸福の音には満ち足りていて他のものを壊す必要がないのと、壊そうと思って簡単に出来る相手ではないということだ。行為の終盤に胸が高鳴りが頂点に達し、ほんのちょっとした出来心で最中に相手の首を絞めようとして……半殺しにされた。
それがきっかけで本気で惚れてしまった。死の縁に立って、あまりにも強く美しい生命の神秘を感じたら惚れてしまうのも仕方がない。
すぐに愛の言葉を綴って求めて、こっぴどく振られてしまった。セックスまでしておいてそれはない、お互いに初めてだったのだから運命を感じないかと縋ったが、セックスの度に死の危険と隣り合わせなのはごめんだと言われてしまった。
そこで閃いた言葉を咄嗟に口にした。この先、他の人と付き合った時に相手を壊してしまう。そうならないように最強のキミでなければダメなのだ、それにキミと関係を持った相手に対して嫉妬でどうしてしまうかわからないと真摯に訴え続けた。架空の誰かの命をちらつかせるとシエテは暫く悩んだ。
そこまで他人の面倒は見られないと言いつつも、矯正を終えるまでは練習に付き合ってくれることになった。粘り勝ちである。
こんな酔狂な提案を飲むだなんてシエテはお人好しにも程がある。これはオレが一生側にいて守ってあげないといけない。
この先の流れはこうだ。セックスが普通に出来るようになったらオレたちは晴れて正式に恋人同士になる。もうセックスの度に死の危険と隣り合わせにはならないから断る理由がなくなる。
なのに、何故か、普通にセックスが出来ない。全く予想外の事態だ。
久しぶりにシエテの部屋に入れてもらった。それもよくなかった。つい興奮して腕を少し捻ったせいで床に投げ飛ばされた。骨の軋む音が聞きたくなって我慢出来なかったのが敗因だ。そのまま床に正座している。
「なぁ、もう諦めない?」
「クワッ!?」
突然の言葉に驚き聞き返してしまった。随分と冷めた目で見られていることに気がついて背筋を伸ばしてから丸める。
「謝る。反省もしているから見捨てないでくれ」
すぐに謝ればシエテは許してくれるはずだ。ちらりと顔色を窺うと目と目が合う。空色の瞳がこちらを値踏みするように見下ろしている。
「ロベリアくんは普通に出来るようになって、恋人を作りたいんだもんねぇ~」
やっぱり、シエテはオレのことを深く理解してくれている。オレの努力を認めてくれている。
「ああ!」
力いっぱい返事をすると、にっこりと微笑み返してくれた。その前に一瞬だけ、酷く傷ついたような表情をした気がして瞳を見つめ続ける。青く澄み切った湖畔のように、波もなく真っ平な眼球がこちらを映す。
急にどこか遠くを見ているように変わってしまい不安になってくる。
「……なんだよ」
ほんの少し苛立ちを含んだ声が問うてくる。流石にこう何度も繰り返していると怒りもするのか。
「いいや、続きをしても?」
手を取り指先に唇を落とす。早く普通に出来るようになってシエテと恋人になりたい。
「……別に、構わないよ」
こうやって許してもらえるうちに、なんとかしたい。
好きだと伝えたいのを唇を噛んで耐える。同じく首に手を回しそうになるのをぐっと我慢して、体格の割に細身の腰を掴んだまま行為に耽る。シエテも感じているはずなのにどうも反応が悪い。瞳を覗き込みたいのに、ずっと目を瞑って何かに耐えているようだ。
どうしてもこちらを見て欲しくて思いっきり肩に噛み付いたら、ピアスを外していた方の耳を抓られた。あまりに力が強くて耳の根本から千切れるかと思った。
「ちゃんと出来そうだったのに、急になんだよ」
「シエテがこっちを見ないから悪い」
言い返してからまた怒られると思ったが、鼻で笑われるだけですんだ。どうやら機嫌が良いらしい。ゆっくりと何度も唇を重ねると頭を撫でられる。
「いい子にしてよね」
とても優しい声なのに、胸が締め付けられるように痛む。よくわからないが、これが恋情というものなんだと思う。
「ウィ」
いい子の返事をしながら、ただなんとなく、いい子でいない方が正解な予感がしている。
拍がズレたまま演奏を続けているような気持ちの悪さを感じながらも、止める訳にはいかない。どこかでピッタリと合えばいい。
「ロベリア、街に行か……」
「行く!」
シエテからのお誘いに食い気味に返事をすると、楽しそうに笑ってくれる。急いで艇の窓の前で身だしなみを整える。
「そんなに気にしなくても、いつもいい男だよ」
流しているサイドの髪を指でなぞる。耳にも少しだけ触れられて背中がゾクゾクと震えが走る。
「くはっ」
艇から離れる前にこんなに接触されたことは今までにない。ほんの少しずつ距離が縮まっている。
近頃思うことがある。このままの方が良いんじゃないかと。シエテも半ば諦めているのかあまり激しく怒らなくなってきた。恋人同士になれば絶対に楽しく幸福に決まっているが、人間関係は突如終わりを迎えることもある。
だが、今のこの躾られる者と躾る者の関係はオレが普通に出来なければずっと続く。
ずっとシエテとこうやってじゃれ合っているだけで幸せだって――。
「おい、聞いてる?」
「ウィ!」
物思いに更けている最中の問い掛けに、反射的に返事をした。
また、首に手を回したせいでやベッドの上に正座をさせられている。シエテはベッドの端に足を下ろして座っていて、横を向いているせいで視線が合わない。
「……ねぇ、わざとしてない?」
「なんのことだ?」
疑われている。首に手を回さずに出来そうだったから、関係を維持するために態と首を絞める振りをした。演技は上手い方だし、シエテも感じている様子だったから気が付かれないと思ったのに。
「もう普通に出来るんでしょ。俺はもうお役ごめんだよねぇ」
「ノンノン、出来ない。出来てないだろ。ダメだ。シエテじゃなきゃイヤなんだ」
腰に手を回し、太腿に頭を乗せて縋る。髪を撫でてくれるが、こちらを向いてはくれない。
取り敢えず謝ろうと口を開く前にシエテが話を始める。
「ロベリア、よく聞け。お前は何度もしている相手に愛着を感じているだけなんだ。ましてや初めてだったから特別に思ってるのかもしれないけど、もう普通に出来るんだからちゃんと相手を探して恋人を……」
よくない。非常によくない会話の流れだ。
「ノンッ!」
体を起こして正面に立つ。肩を掴んで目線を合わせる。
「オレは最初からキミが好きだと言っている!」
気持ちが全て勘違いだと言われるのは心外だった。ずっと好きだった。否定されたくない。
「言ってたけど……、でも最近は言ってなかっただろう。それに、壊したいとは思わなくなったんだからさ……」
シエテが顔を背ける。首や耳がほんのりと赤みを帯びている。
好きだと言うと暴走してしまうから、言うのを控えていたのが仇となったようだ。
「どうしてキミはそんな面倒な性格なんだ。好きに決まってるだろう、シエテ。ジュテーム、愛してる、どうしたら伝わるんだ。キミの恋人にしてもらう為にこれまで努力していたのに伝わっていなかったのか?」
その努力が改善ではなく継続にブレてしまったのが悪かったのだろうか。それにしても伝わっていない訳がない。意図的に理解しようとしていない節がある。やっぱり、オレが一生側にいてあげないといけない。
肩を強く掴んで無理やりこちらを向かせる。
「ちょっと、痛いって」
「痛くしているんだ。躾が必要なのはキミの方だ」
「なに言って」
目を合わせて唇に喰らいつく。舌を捻じ込み口内を嬲っていると、控えめに舌を絡めてくる。優しく絡め合わせると気持ち良さそうに声を漏らし、睫毛が揺れる。息苦しそうになったところで顔を離して宣告する。
「危害は加えないさ。壊して欲しいんだろう? それなら別の平和的な方法で壊すだけだ」
「……べつの?」
脳に酸素が足りていないのか呂律が回っていない。瞳がとろりと蕩けて、こちらを見つめてくる。
「シエテ、我慢していたのは骨を折ることだけじゃないんだ。いつも会話を楽しんだ後はゆっくりと一度だけしかしたことがないだろう? 朝までイキ続けたらどうなると思う?」
シエテの顔が引き攣り、喉が鳴る。恐怖と期待がまぜこぜになった目を閉じさせる為に再び顔を近づける。
「愛しているよ……、壊したいほどに、ね」
言葉を耳の中に流し込む。零れ落ちてシエテの中に残らないとしても、わからせるまで流し込み続ける。
愛されることを素直に受け取れない悪癖を、躾直すには時間がかかりそうだ。