恐怖!ヤドカリの呪い!
恐怖!ヤドカリの呪い!
「シエテ!シエテ!」
部屋の入り口からは死角になっている棚の隅に置いてある巻き貝が震え、名前を呼ぶ声がする。ロベリアから預かっている通信用の巻き貝――メサージュのクラポティ――は緊急時にしか使わないことで部屋に置くことを同意している。
「なんだよ、うるさいな。夕食の後にそっちに行くって言っただろう」
緊急時用とはいっているが、主に部屋を訪ねるタイミングの打ち合わせ用にしか使っていない。恋人同士ということは団内には隠したい為、非常に有効な連絡手段になっている。
「シエテ……大変な事態になったんだ。魔術も使えなくて……オーララ、これとは繋がったが……とにかく、今すぐこのクラポティと鍵を持ってオレの部屋に来てくれ」
部屋にいるのに鍵を持って来いとはおかしな話だが、あまりにも声に余裕がないので素直に従うことにする。
元々、後で行く予定だったし、たまには夕食を一緒に食べても他の団員たちには俺たちの関係はバレないだろう。
麻の袋に鍵と巻き貝と黒いフード付きのマントを入れ、気配を消して部屋を出る。ロベリアとは身長がほぼ同じくらいだから部屋の出入りの時にフードを被れば見られても本人だと思われる。
人のいない場所でサッとマントを羽織り、堂々と鍵を使ってロベリアの部屋に入った。
「……ロベリア? いないの?」
呼んだくせに部屋に灯りがついておらず薄暗い。サプライズか何かだろうか。待っていると麻袋が震える。中の巻き貝を取り出すと声が聞こえてきた。
「シエテ、足元だ、足元にいる」
「えっ?」
足元を見ると空き瓶がカサカサと動いた。
「うわっ、なんだこれ。気持ち悪っ!」
瓶の中に何か生き物が詰まっている。得体の知れない甲殻類だ。瓶が透明なせいで中身が丸見えになっていて気色が悪い。
「酷いなシエテ、オレだって傷つくんだぜ」
「は?」
瓶入りの甲殻類がこちらに抗議するようにハサミを向けてくる。
「オレだよ、ロベリアさ。ヤドカリの恨みを買い過ぎてヤドカリになってしまったんだ」
「あ〜、これは手の込んだサプライズだねぇ」
足元のヤドカリを無視して隠れられるような収納家具を開けていく。ベッドの毛布の下にもいない。狭い部屋の中には隠れられる場所は少ない。この部屋の中ではなく別の場所から話しかけているのか。
「違うんだ、サプライズならもっとユーモアのあるエレガンスな演出にするさ。そうだな、キミの部屋をオレのお気に入りのクラポティで埋め尽くすのはどうだろう」
足元にずっと追いかけてくるヤドカリは、確かに普通のヤドカリの動きとは違うように思える。
「うーん?」
瓶を持ち上げて中身をよく見る。どうみても立派なヤドカリだ。
「シエテ、あまり見ないでくれ、恥ずかしいじゃないか」
全体的に赤みがかってはいるが触覚は茶色く、緑色の目をしている。ヤドカリとしては見たことのない色味だが、ロベリアを連想させる色だ。
「どうしてヤドカリに恨みなんて買うかなぁ」
アウギュステのトンチキ生物ならまだしもヤドカリだなんて。まだンナギや牡蠣の方が話がわかる。
「アウギュステの浜辺中の貝を破壊する遊びをしてたんだが……」
「うん、もういいよ。だいたいわかった。それより元に戻る方法を考えないとだね」
「シエテ」
手足がモゾモゾと動いている。ひとまず蹴っ飛ばさないようにテーブルの上に置くと灯りをつけた。夕日の入る窓のカーテンを閉めて向かい合う。
「魔術か医療か、それとも呪いに詳しい人に聞くのがいいかなぁ」
「いや、まずはこの体に合う貝殻を探したい」
「はぁ?」
「このままだと恥ずかしいだろう」
瓶の中に体を全てしまったが丸見えではある。ただし、この姿のどこが恥ずかしいかは理解出来ない。
「別にそんなのどうでもいいじゃない」
「ノンノン、キミ以外には裸を見られたくない。キミだって他人に恋人の裸が見られたらイヤだろう?」
「う、うーん?」
今はヤドカリだし別に裸だとも思わないし、これが逆の立場でも元に戻る方法を探すことが最優先だと思うが、本人がそう言うなら付き合うしかない。ロベリアはこだわる部分に関しては決して意見を曲げない頑固なところがある。
「なにかいい感じの貝を探してくれ」
いい感じの貝と言われても、ヤドカリの感じる良し悪しなんてわからない。
「えー、じゃあこれは?」
めんどくさくなって預かっている連絡用のクラポティを差し出す。
「これはダメだ! 話せなくなったらどうするんだ!」
「その時はヤドカリとして生きていけば?」
「シエテっ! キミ、めんどくさくなってるだろう!」
お見通しだというように、瓶を揺らして抗議してくる。普段の言葉の掛け合いを思い出して可愛く思えてきた。動作が大袈裟で、揶揄うとこんな感じに動く。ヤドカリになっても同じだ。
「あははっ、わかったから。とりあえず俺の部屋に来てよ」
いい感じの貝殻のあてを思い出して場所の移動を提案する。
「い、いいのか? しばらくは行ったらダメだって言っていたのに」
そわそわと期待するかのように動いている。ヤドカリの姿で部屋に来ることに何を喜ぶことがあるのか。
「それはお前がなかなか帰ろうとしないからだろ。ヤドカリなら言うこと聞かなかったら窓から放り出せばいいだけだし」
「シエテ……」
「冗談だってば。そんな悲しげな声を出さないでよ。早く行こう」
麻袋にロベリアを入れてマントを被る。
鍵をかけてから自分の部屋に戻ると、テーブルの上にロベリアを取り出した。
「くはっ、シエテの匂いがするね」
「その姿でも匂いがわかるんだ」
喜びを表現しているのかカサカサと踊るように動いている。喋っていなくても騒がしいやつだ。
踊るヤドカリのことは放っておいて、部屋の隅に置いた箱から大きめの巻き貝を取り出してテーブルの上に並べていく。
「これは?」
ロベリアが喜ぶかなと思って拾ってきたはいいものの、渡すタイミングもなく溜まっていった貝殻だ。そのうち星屑の街にでも持って行こうと思っていた。
「これは……星屑の街の子どもたちへのお土産だよ。ひとつくらいなら譲ってやってもいいよ」
「メルシー! どれもいい巻き貝だ。どれにしようか」
カサカサとテーブルの上をヤドカリが移動する。ひとつひとつ巻き貝の入り口を慎重に調べては移動していく。
全てを調べ終えて、どれにするか決まったのか中に入っていった。真っ白で表面がつるつるとしたものだ。ロベリアが愛用しているクラポティのようにトゲの多いものではないのは意外だった。
「どうだい?」
「よく似合ってるよ」
「くはっ! メルシー、シエテ」
貝を揺らして喜んでいるを眺めていると、ドアがノックされる。
「はーい。誰だろう」
部屋の中を見られないようにドアを少し開く。団長だ。
「シエテ、ロベリアを見なかった?」
「えっ!? えーっと、ロベリアを? な、なんで?」
出会い頭に出された名前に動揺してしまう。ここにヤドカリの姿でいると言うのは色々と説明が難しい。
「頼みたいことがあるんだけど、見当たらないんだよね」
「さ、さぁ? 俺に言われてもねぇ」
俺とロベリアの関係は誰にも言っていないのでしらをきる。恋人という関係のことも、ヤドカリになっているということも内々で処理したい。
「シエテってロベリアと付き合ってるんでしょ?」
「……な、なんで」
「みんな知ってるよ。シエテは隠したがってるみたいだから言わないけど。ロベリアが顔や態度で匂わせてるからバレバレだよ」
衝撃の事実だ。団長がみんなと言うことはみんななのだろう。知ってて知らないふりをされていたのか。これまで隠すためにやっていたあれこれが全て無駄だったとは。頭がくらくらしてきた。
「そっか」
「じゃ、見かけたら教えてね」
「うん」
恥ずかしさで全身が熱いが、団長は俺の顔が赤くなっているのを見ないふりしてくれた。
ドアを閉めてからテーブルの上に詰め寄る。
「ロベリアッ!」
貝の中に入って隠れているが、どの貝だったかは覚えている。白いつるつるの貝を持ち上げると中から顔を覗かせた。
「オーララ、みんなにバレてたなんて知らなかった。それならもう隠す必要ないんじゃないか?」
「嫌だよ、最悪だ」
テーブルにそっと置いてから突っ伏すと、ロベリアが顔の近くに近づいてくる。
「オレと付き合ってることを人に知られるのは、そんなにイヤか?」
誰にも知られたくなかった。
好きな相手がロベリアなことが悪いのではない。恋愛関連の話題そのものが恥ずかしいと思ってしまうのと、大切な存在がいると知られることが怖い。いくらロベリアが反則的に魔術に優れているとはいっても、個人的にな怨恨に巻き込みたくない。
「……ヤドカリだしなぁ」
誤魔化すように貝をつつく。
「絶対に元に戻るから、考えて欲しい」
真剣な声に意志が揺らいでくる。
「バレちゃてるなら仕方ないのかなぁ」
ロベリアは俺の諸々の事情を理解して、十天衆関連の依頼の過酷さと、帰ってこれない可能性についても覚悟をしてくれている。
大きくため息を吐く。正直、心配だ。今だって無力なヤドカリになっている。
「ジュテーム、シエテ。こんな姿になっても優しくしてくれるキミが好きだよ」
ハサミで頬を突かれた。刺さらないように弱く突いてくるもんだからくすぐったい。
「あははっ」
ロベリアは姿が変わっても言動はそのままで、ヤドカリになったとしても愛おしく想う。
ハサミにキスをすると生臭い生き物の匂いがする。
「くはっ、本当にキミは可愛いな」
キスがよほど嬉しかったのか巻き貝を顔に擦りつけてくる。つるつるした表面の貝を選んだおかげで痛くない。こういう気遣いをする男だ。問題も多いけれど、自分には勿体無いくらいのいい男だと思う。
「早く元の姿に戻ってよ。今日はすごくしたいのに、その体じゃ何もできないでしょ」
ヤドカリの体が茹ったかのように赤くなっていく。
「シエテ、キスしてくれないか? 手じゃなくて、口に」
「口? ……どこ?」
「ここだ、ここ」
微妙に動いている箇所がそうらしい。そこに唇を寄せてやる。チュッと音を立ててキスをする。
「満足した?」
「ノンッ! してない! キミから口にキスをしてくれたのは初めてだ! 今すぐにでも戻ってキミを抱き締めたい!」
指摘されてそうだったかと考える。確かにそうかもしれない。こんなに喜ぶならもっと早くしてやればよかった。
テーブルの上で忙しなく動くヤドカリが青白い光を纏っていく。
「ヤドカリなんかに全空一の天才魔術師が負けるものか!」
ロベリアが吠えると、強い光りが部屋いっぱいに広がり、ポンッという音と共に煙が上がって人間の姿に戻った。
「シエテっ!」
巻き貝や空の瓶が押し出されて床に転がる。テーブルの上に全裸の男が座っている姿は、いくら恋人といえどもなんとも言い難い光景だ。
それよりも先に執念だけで強引に自力で元に戻ったことを褒めてやりたい。
「流石だね、全空一の魔術……」
喋っている途中で唇を塞がれる。舌を捩じ込まれて蹂躙され、やっとのことで解放されるとロベリアは眉を顰めている。
「ほんの少し……生臭かった。キミ、よくヤドカリなんかとキスできたな」
そう言われて思わず頬を叩いてしまったのは、仕方ないことだと思う。
服を渡して着替え終えると抱き寄せられた。戻れてよかったと耳元で呟く声が切実で、胸が締めつけられる。抱き締め返して改めて、俺からキスをした。
このままアレコレ始める前に団長の用事を片付けて、一緒に食事を取ることにした。今日は始めると朝まで止まりそうにない。そんな予感がしている。
「ああ、部屋を出る時はマントを被るんだったね。オレが先に部屋を出ようか?」
ロベリアが黒いマントを身に着けようとするのを止めると、マントを椅子に向かって放る。
「いいよ、もう。無駄なことはやめる」
みんなにバレているというのだから、別々に部屋から出ようが、2人一緒に部屋から出ようが同じことだ。むしろこのまま隠している方が恥ずかしく思えてきた。
「くはっ! キミがオレの部屋に入ってくる時の顔、他には見られたくないから隠したままでもいいぜ」
嬉しそうに笑いながら言ってくるが頬が赤く腫れあがっている。
「……そう、考えておくよ」
一体、部屋に入る時にどんな顔をしているというのか。自分ではわからないが、恐らく情けない顔をしているのだろう。いつもロベリアの部屋のドアを開ける時は緊張しているから。慣れるまではマントは被ったままでいよう。
左頬を腫らしたロベリアと並んで団長の元に向かう。用事ついでにお付き合いしていると正式に報告するためだ。手を繋ごうとしてくるのでこちらから握ってやった。
もうヤドカリに呪われたりしないように、今後は近くで見張ってないといけない。アウギュステでは何が起こってもおかしくないし、側にいれば暇潰しに物を壊したりはしないだろう。
団長の部屋の前でドアをノックをする直前、耳元で囁かれる。
「今日はキミの望み通りたくさんしよう、シエテ」
体の動きが完全に止まって全身が赤くなっていくのがわかる。何か言いたいのに口を開け閉めすることしかできない。
「くはっ、オレが報告してくるよ」
ロベリアがノックをして一人で団長の部屋の中に入っていく。
廊下で頭を冷やしながら待つ。不安は残るが上手いこと伝えてくれるだろう。……恐らく。
ビィやルリアもいてくれればいいが、団長しかいないと暴走気味になる。頼むからいてくれと祈るが、ドア越しに薄っすらとトレッビアンッ!と言う馬鹿でかい奇声が聞こえてきて既に嫌な予感しかしない。