学パロ 雨の日
学パロ 雨の日
つまらないことで学年が上の大好きな恋人と喧嘩をした。何が原因だったかも思い出せない。とても些細などうでもいい問題だったと思う。
恋人の前では感情をコントロールするのが難しい。エレガンスに振る舞いたいのに、いつだって子供みたいにわがままを言ってしまう。実際、まだまだ学校に通う子供なのだけど、大人ぶりたい年頃ということを理解して欲しい。格好良いと思われたいし頼られてみたい。身長だってオレの方が多少でかいのに、学年が下なことで子供扱いされるのには納得がいかない。
この頃、窮屈になってきたシャツの襟元を引っ張って一番上のボタンを外す。放課後は校則がどうのこうの言ってくるやつも少ないからこのくらいは許されるだろう。
本当だったら今日も恋人と一緒に帰るのに、昨日から顔を合わせていない。学年が違うからどちらかが会いに行かないと顔を見ることが出来ない。どうせオレが行かなくても、向こうは大勢のクラスメイトと楽しく過ごしている。そのことがまた感情を逆撫でる。廊下を歩きながら、窓ガラスを端から割っていきたい衝動を、恋人の声を思い出しながら我慢する。
恋人、そう恋人だ。喧嘩をしたって別れた訳じゃない。どれだけ人気があろうとオレのものだ。学校がなければオレだけのシエテでいてくれる。
雨が振っている。雨が地面を叩く音は嫌いではないが、湿気が多いのも濡れるのも大嫌いだ。前髪が湿気を吸って膨らむ。どうせなら大雨と強風で木々が倒れ、建物が破損するほどの大きな台風だったら楽しめるのに。
早く帰ろうと足早に昇降口まで歩く。靴を履き替えて傘を開くと骨が全て折れている。これは役に立たない。綺麗にたたみ直すのは諦めて雑にまとめた。この前の雨の時、暇を持て余して1本ずつ折ってしまったんだった。折ったらだめだと注意されながら恋人にたたんでもらった。その時は折ってもシエテの傘があるから大丈夫だと言い返した。今は隣にいない。全くもって大丈夫じゃない。
丁度、目の前を通りがかった生徒に声をかける。タイの色から一学年下ということがわかる。
「なあ、オレの傘と交換してくれないか?」
左に首を傾けると、右耳のチェーンピアスが揺れた。
それを見た下級生が息を飲む。続いて瞳と、首元のタイの色に視線が動く。オレに関してよくない噂が流れていることは知っている。それを知っているのだろう。周囲の生徒が遠巻きにこちらの様子を窺っていることもわかった。
下級生が傘を差し出す手が震えている。ありがたく受け取ろうと手を伸ばすも、直前で肩を掴まれた。
「こらこら、なにしてるの。後輩を困らせたらだめでしょ~」
後ろから聞こえる声もイイ。思わず、くはっと笑いが漏れた。
「ごめんね、こいつ冗談きつくてさ。注意しておくから許してもらえないかな? ほら、ロベリアも早く謝って」
肩を竦めて隣に立った相手の顔を見ると、赤い縁の眼鏡越しに睨みつけられた。肩を掴む手にも力を入れられる。
「ウィ、すまない。次からは気をつけるよ」
怯えた下級生が足早に去るのと同時に引っ張られた。そのまま腕を引かれていく。
「帰るよ」
シエテが傘を広げる。骨が長い大きな傘だ。外側は白く、内側は紺色で一部分だけが臙脂色をしている大層凝ったデザインで、オーダーメイドらしい。他に何人か同じデザインのものを使っているようだが、すぐに折ってしまうからとロベリアの分は用意されなかった。そういうところにもつい嫉妬してしまう。
肩を抱かれたまま、金色の露先から雫が落ちるのを眺める。
体は冷えているのに触れ合っている部分だけが妙に熱い。雨音の中、無言が続いているのが嫌で口を開く。
「そこまでしなくたって、オレは逃げない」
肩に置かれた手について言及する。肩を組まれているせいで顔と顔が近い。
傘とはまた別のお友達グループとお揃いだからとかけている赤い縁の伊達眼鏡が邪魔だ。どうしてこんなものが流行っているのか理解出来ない。ない方が顔がよく見れるのに。
「濡れるからくっついてるだけで、お前のことなんて何とも思ってないから」
機嫌を損ねたのか口を尖らせて、反対側を向かれてしまった。何とも思っていないだなんて酷い。胸が引き裂かれそうに痛む。辛すぎる。オレはこんなにも想っているのに。
「シエテが何とも思っていなくても、オレは好きだ。捨てないでくれ」
耳の近くでシエテが大きく息を吐いたのが聞こえる。
「あのさぁ、そういう話じゃないから。別に、昨日のことはもう怒ってないよってこと」
頬が赤くなっている。シエテは肌が白いから照れるとすぐに赤くなって美味しそうだ。体温も上がってきているようで眼鏡のレンズが曇っていく。
「怒ってないならいいんだ。……何が原因だったか覚えていないし」
腰に片手を回す。傘を持つ手も上から握った。曇った眼鏡では歩きにくいだろう。
「ちょっと、家に着くまで待てないわけ?」
「濡れないようにくっついているだけだ。それにその眼鏡だと電柱にぶつかってしまう」
傘を傾けて素早く頬にキスをする。学生のうちは節度を持って交際しようと強く言われていて、触れるだけの軽いキスまでしか許されていない。そのキスもお固い恋人は他の人には決して許しはしない。いくら仲が良くてお揃いの傘や眼鏡を持っていてもキスはオレだけだ。その事実だけで満たされていく。
「元気になったみたいだね」
随分と可愛く笑う。眼鏡が邪魔をして口にキスをするのは家までお預けだ。
「ああ、恋人と相合傘なんて、まさに青春の音がしている! トレビアンッ!」
雨が地面や傘を叩く音と、トクトクという鼓動が混ざって心地が良い。普段は外では近づき過ぎると注意されるのに、傘の中なら許される。音だけでなく体温も感じ取れて幸せだ。
「俺も、傘を用意するくらいには雨の日を楽しみにしてたんだ」
傘を見上げて嬉しそうに話す年上の恋人から目が離せない。今すぐに抱き締めたい。
「……シエテ、家まで走らないか? 競争は好きだろう?」
いつも不意打ちで競争だと言って競いたがる。一度も勝てた試しがないが今日は勝てる気がする。今すぐよーい、ドンで走り出せば自己新記録を叩き出せるはずだ。なのにシエテはこちらに少し寄りかかってきて走り出す気配が全くない。むしろ足の運びが遅くなった。
「もう少し相合傘デートしたいなぁ。……歩いているうちに昨日の喧嘩の原因も思い出すかもしれないし」
傘を握る手に軽く爪が立てられた。完全に根に持っている。何が原因だったか覚えていないと正直に言ってしまったのは迂闊だった。必死に記憶を手繰り寄せる。なんだったか、だいたい今まではオレからの嫉妬が原因だったから今回もそうだった気がする。
思い出そうとしても、昨日の怒った声も可愛かったとか、今日は迎えに来てくれたんだなとか、これから何をして遊ぼうかとか、全く別の良いことばかりが思い浮かぶ。
悩んで眉間に皺を寄せてうんうん唸っている顔を、ずっと眼鏡越しに見られているということには気が付かない。