年上の恋人
年上の恋人
恋人と喧嘩をした。
そのせいか数日帰って来ない。
艇内の食堂でお茶をしている時、「舐める時に邪魔だから肌にクリームは塗らないで欲しい」と言ったことがきっかけだった。
美味しそうにケーキを食べている姿を、エスプレッソを飲みながら眺めていた。口の端についた生クリームを舐めとったのを見て思い出したから言っただけなのに、顔を真っ赤にして時と場所を考えてから口を開けとものすごい剣幕で怒り出した。
近くにいた団長もオレが悪いと言っていたが、そのままでも綺麗な肌をしているのにわざわざクリームを塗る意味がわからない。
まぁ、多少は声がでかかったかもしれないし、舌の先を見て僅かに下心が滲み出たかもしれない。そこは悪かったと思うので謝ってもいいのだが、謝罪する相手がいない。そろそろ次の依頼で艇を離れるとは聞いていたが、気がついたら荷物がなかった。
メサージュで連絡を取ろうにも居場所がわからないとどうにもならない。
何事においても調子がよくない。何もない場所で躓く。いつの間にかローブの裾に変な皺が出来ているし、お気に入りのピアスが1つ見つからない。髪の毛は跳ねてほしくない場所が跳ねて言うことをきかない。タワーに愚痴を言うも興味がないのか素っ気ない。
ストレス発散の為にやや強引に団長が受けた討伐依頼について行って、魔物を思う存分に破壊して少しだけ気分が上がった。ロベリアのおかげで早く終わったと団長もご機嫌だ。それがまた調子を元の状態に近づけた。
艇が近づいてくると駆け出したくなる。
今回の依頼でどれだけ活躍したか、どれだけ良い音が聞けたか話したい。早く褒めて欲しい。早く、早く、早く。
足の動きは団長と同じスピードになるように合わせる。急いでいるとは思われたくない。あくまでエレガンスに余裕があって格好良いと思われたい。年下扱いどころか、犬みたいだと笑われるのはごめんだ。シエテとは対等でいたい。
艇に着いて出迎えてくれる団長の仲間達の中にシエテがいないか探す。団長と一緒に帰ってくる時はいつも真っ先に出迎えてくれるのに、今日は姿が見えない。
「僕たちの方が帰ってくるのが先だったみたいだね」
がっかりしたことが団長に伝わってしまった。肩をすくめて返事をすると、自室に戻ろうとしたが見慣れたマントが見えて立ち止まる。
「シス、おかえり!」
団長が白いマントの男に大きく手を振った。
シエテは出掛ける前、エルーン独特のシルエットのフードを被ったこの仮面の男と、ヒューマンの女性を連れて十天衆の依頼に行くと言っていた。
団長をじっと見つめると、嫌そうに眉間に皺を寄せた後、オレが今一番必要な情報を聞いてくれた。
「えっと、シエテとソーンは一緒じゃないの?」
「泊まってくるから明日帰ると言っていた」
聞き捨てならない言葉を聞いて会話に割り込む。
「……2人で?」
「よくあることだ」
気分が一気に下降する。いくら同じ団に所属していたとしても、男女2人で泊ることがよくあることで済まされていいのか。恋人のオレとは泊りがけで出かけたことがないというのに。戻ってきた調子が崩れていく。
部屋に戻って横たわっても眠れない。オレの骨が折れる音を聞いても、内蔵が破裂する音を聞いても、気持ちは安らぐことがない。
今、何をしているのだろう。女性と、2人きりで、泊りがけで……。
心臓が痛い。このもやもやとした気持ちは国を一つ破壊したところで晴れそうにない。
明け方にやっと眠れて、目覚めると太陽が高い位置に昇っていた。流石にもう帰ってきたかと部屋を訪ねても戻っていない。艇の中を歩いて聞いて回っても、音を探ってみても帰ってきていないようだ。他にすることもなく、落ち着かないので入り口で待ち続ける。
ようやく日も落ちてきた夕方に女性2人に囲まれて上機嫌で帰ってきた。話に聞いていたよりも1人増えている。
シエテがこちらをちらりと見たが、何も言わずに艇の中に入っていく。こちらから声をかけるか迷いながら後をつける。
帰ってきた3人組は団長の元に近寄っていった。
「団長ちゃ~ん、お土産を買ってきたよぉ」
「わー、なになに?」
「お肌にいい美味しいお茶とお菓子だよ。あまりの効果に5歳は若返っちゃうよ」
団長がシエテに礼を良いながらこちらを一瞬だけ見てくる。シエテも団長もこちらを見るのに何も言ってこない。
「両手に花だね、シエテ」
「そうだろうそうだろう。ソーンもシルヴァもいつもよりずーっと綺麗だもんねぇ」
団長に言われて、でれでれと緩んだ顔で笑っている。胃がムカムカとして気分が悪い。
「もう、シエテったら」
シエテの肩を軽く叩く女性の頬が少し赤らんでいるのを見て、心臓が潰れた時のように痛む。もうここにいない方がいいのかもしれないが、どうしてもシエテから離れたくなくて足が動かない。
ひとしきり会話が盛り上がった後、部屋に戻っていくのを黙って付いて行く。シエテは部屋のドアを開け、先にオレのことを中に入れてからゆっくりとドアを締めた。
「それで、お前はなにをそんなに拗ねてんの?」
「……拗ねてなんかない。いつもどおりだ」
抱きしめられて頭を撫でられる。肩に顔を埋めて匂いを嗅ぐ。
「ただいま。急いで出たから行ってきますって言わなかったね。心配させちゃったかな」
いつもだったらこれで気持ちは落ち着く。落ち着くどころか気分良く過ごすことが出来る。なのに今日はシエテから甘ったるい女性が好むような匂いがするせいで胃のムカつきの方が強い。今すぐ腹を掻っ捌き、臓物をぶちまけて血の臭いで満たしたい衝動を手を強く握って抑える。
「……どうして早く帰って来てくれなかったんだ」
おかえりと言いたいのに、責める言葉しか出ない。
「俺だって仲間と一緒に羽を伸ばしたい時もあるんだよねぇ」
「オレにはない」
「十賢者で温泉に行ってみたら? 楽しいかもよ?」
「絶対ない」
想像するまでもない。シエテと行くならともかく、どうしてわざわざ恋人と離れてまで十賢者で温泉に行かないといけないのか。オレのことを全然わかっていない。
シエテが大きくため息を吐き、セットしている髪型が乱れるくらい頭を撫でてきた。それでも頭をあげない。顔を見たくない。
「羽を伸ばしてきたのを見せてあげようか」
強引に体を離し、上半身の服を脱いで背中を向けてきた。滑らかな白い肌に肩甲骨がくっきりと浮かび上がる。
「どう?」
「セボン、とても美しいよ。……触れても?」
「いいよ。今日は特別大サービス」
背骨に指先を這わせる。いつもより滑らかな肌触りだ。
肌が綺麗だということよりも、こちらを信用しきって無防備に背中を向けていることが情欲を煽る。
「いつもよりすべすべでしょ」
「ああ」
「マッサージとエステ付きの温泉施設でスペシャルコースを受けてきたんだ。シスくんが帰っちゃったけど、たまたま近くにシルヴァが来てて上手く合流できてさぁ。ソーンもすごく喜んでて俺も嬉しくなっちゃった。エステってサウナで整えるのとは違った良さがあるんだねぇ」
「うん」
「やっぱりいくつになっても若々しく格好良くいたいって思ってさ。今までそこまで興味なかったけど美容も大切なんだって実感したよ。剣の強さにも繋がりそうな部分もあって勉強になったなー」
背を向けたままいつもよりずっと饒舌に話すのを、相槌を打ちながら聞き続ける。
「若くて無駄に肌の綺麗な奴が隣にいると、気になってくるものだよねぇ」
鼻で笑う音がした。オレをからかっているのではなく、自分自身を嘲るような笑い方で気がつく。
「……オレのため?」
「そうだよ。年下の恋人を持つとお兄さんもいろいろ考えちゃうもんなんだよ。ボディクリームは嫌がるし、手間のかかる恋人を持つと苦労するなぁ」
オレの為にシエテがわざわざ肌の手入れをしている。そう自覚すると一瞬で血がぐつぐつと沸き立つ。
シエテが深くため息をついてから言葉を続ける。
「それで?」
これまでの態度のことを問われているのだと思い、言葉にしていく。
「キミがなかなか帰ってこないし、マドモアゼルたちにジェラシーを……」
「そうじゃなくてさぁ。それはわかってるんだよ」
嫉妬しているのがバレバレだったと指摘されるのは少し照れくさい。全く大人らしい行動が出来ていなかった。格好良い恋人でいられない。
「こっちは誘ってるんだけど? 肌にクリームは塗ってないよ」
寒くなってきたから服を着ようかな~と言う背中が仄かに赤く上気している。この状況で冷静に対応出来るほど大人にはなれない。誘いに応えるように思いっきり抱き上げて、ベッドに転がりこむ。
自信満々の顔をして触られているが、肌の触り心地よりも反応が敏感になっていることが気にかかる。余裕だった顔が次第に真っ赤に染まり声も抑えきれていない。まだ上半身にしか愛撫していないのに。
「シエテ、声は外に聞こえないようにしているから、我慢しなくていいよ」
そう入っても羞恥心が残っているのか控えめに喘ぐ。抑えきれずに漏れる声だって官能的なことには変わらないというのに。
「なんで……エステでは平気だったのにっ、ロベリアに触られると……あぁっ、あっ」
「シエテ、いつもよりずっと綺麗だよ」
キスをして乳首を摘み上げたところで簡単に果ててしまった。エステとやらの効果は絶大だ。
足の先から特徴的な長い髪の束の先まで全部を堪能しきる頃には、窓の外は明るくなっていた。
翌日、食堂で団長相手にシエテの肌がいかに張りがあって白く滑らかで吸い付くとすぐに赤くなって官能的なのかと説明しているのが見つかって思いっきり怒られた。
年上の恋人に相応しいエレガンスな男になるには、まだまだ先が長いようだ。