告白に向いた時間
告白に向いた時間
街中で見つけた落ち着いた雰囲気のバーカウンターの端で隣り合って酒を飲み交わす。3杯目のグラスが空になり、甘ったるい空気が2人の間に流れている。もう何度目のデートだろうか。艇が停泊している時は頻繁に出掛けていて、クラポティで確認しないと数えきれないほどふたりきりの時間を重ねている。
シエテの目も酔いと眠気でとろりと蕩けてきている。目と目が合ったタイミングでテーブルの上に置かれた手を掴もうと伸ばす。
途端に、するりと逃げられた。
「じゃ、そろそろ戻ろうかー」
呆然としている間に手早く会計を済ませ、艇へ帰ろうとするのを慌てて呼び止める。
「待ってくれシエテ、いつになったらオレのものになってくれるんだ」
「だから、いい感じの告白が出来たら考えてあげるってば」
これまでもここだというタイミングで告白をしてきた。シエテからの答えはいつもノーだ。他は完璧なのに告白が酷過ぎるとの評価を受けている。
このチャンスを逃すわけにはいかない。今この場で決めたい。強引に手を取って指先に唇を落とす。優しげな瞳が見守る前で、何の準備もしていないが口説き文句を口にした。
「くはっ、もうそろそろいい加減にオレのものになってくれるね?」
焦り過ぎて早口になってしまったのは許して欲しい。
「はい、不合格」
今回は完全に準備不足だ。後少しが決めきれずに恋人未満から昇格できない。駄目だろうとは思っていたが食い下がる。
「はい、ということは肯定という意味だ」
「いやいや、違うって不合格って言ってるでしょう。無理むり。子供みたいな屁理屈言わないでよ。俺は誰かのものにはなれないから駄目だよ」
「くはっ、次はもっと別の言葉を考えてくるよ。キミに合う花を持って」
「……そう、楽しみにしてるね」
眼差しと口元を緩めた後、すぐに足早に前を歩いて行ってしまう。薄暗い夜道でも耳が赤いのが見えた。そういうところだ。諦めきれない。
ゆっくりと後ろを歩くと徐々に速度を落としてくれて、同じくらいの速度で距離を保って夜道を歩いた。
キスした指先を気にしている。すぐに駆け寄って抱き締めたいのを堪える。時折、風が吹いて酔った頭を冷やしていく。艇に帰るまでずっとシエテの髪やマントが揺れるのを眺め続けた。
部屋の近くでおやすみと言って解散する。いつもどおりの流れだ。あっさりとした別れは気安い友人同士のままで、変えたいのに上手くいかない。
部屋に戻って悶々とした気持ちを振り払う。もっと触れたかった。指先だけでなく、全身にキスがしたい。なによりも、もっとオレだけが聞ける声を集めたい。
雰囲気作りと告白の言葉、恐らくこれが合えば落ちてくれる。オレはもう我慢の限界だし、向こうも同じように焦れた目を見せてきている。告白さえ上手く受け入れてもらえれば何もかもが解決するのにどうして頑なに拒むのか。シエテはオレの告白が下手だと言うが、告白のタイミングで特別優しい目で見られると頭の中だって真っ白にもなる。こうなれば告白の言葉を暗記するしかない。なんだったらコンセールを使って録音した音声を流して話している振りをすればいい。
そうと決まれば迅速に計画を立てる。決行は次の夜明け前。用意するのは花束と告白の言葉だ。
時計で時間を確認してから鏡を見る。髪型はいつも以上に整っているし、装飾品だって選び抜いて真っ赤な薔薇の花束も用意した。準備は完璧だ。
これまでの告白は断られてしまったから、違った方法で告白しなければならない。なにもオレのものと限定しなくてもいくらでも幸せの形がある。とりあえず恋人になって、邪魔なものを全て消せば実質オレのものといえる。後のことはその場で考えればいい。時間のない中でも我ながらいいプランを思いついた。
外はまだ薄暗く、星が弱々しく瞬く。朝日が登るよりもずっと早い時間の廊下を歩き、目的地のドアをノックする。音の魔術の天才にとってはドアの中以外に音が響かないようにするのは簡単なことだ。7回目のノックでドアがうっすらと開いた。隙間にブーツをねじ込んで閉められないようにする。
「……だれぇ?」
「ボンジュール、シエテ。眠たそうな声も魅力的だね。ただ、相手を確かめずにドアを開けるのは不用心だ。気をつけた方がいい」
「ここでは命を狙われることはないよ。ここじゃなくても平気。俺、強いから」
シエテがそのままドアを閉めようとするが、当然ブーツを挟んでいるせいで閉まらない。視線を下ろして足元を見て諦めたのか、大きくため息を吐いてからドアを開けて中に招いてくれた。ランプの小さな灯りだけが部屋の中を仄かに照らす。
「キミが強いことはよく知ってる。あぁ、ナイトウェア姿もかわいいね。よく似合っているよ」
真っ白な柔らかい生地のフードつきのパーカーとショートパンツといった女性が好んで着そうな格好をしている。白い脚が艶めかしい。水着姿よりも晒している肌面積が少ないのに、ぐっとくるものがある。薄暗い部屋のせいではっきりとは見えないのが残念だ。
あまりに見過ぎたからか、ショートパンツの裾を下に引っ張っている。この人物が今から自分の恋人になると思うと顔の表情筋がだらしなく緩んでしまう。シエテはこちらを見てはいないが、照れ臭くて口元に手を当てて隠す。
「これね、ソーンが選んでくれたんだよ。肌触りがいい生地でお揃いなんだ」
嬉しそうに言いながらベッドに横たわり目を瞑ってしまった。毛布で脚が隠れたのが残念だ。
「寝るのかい?」
「……うん。ランプ消して帰って」
「待ってくれ。話がある。オレのものにならなくてもいいから、聞いて欲しい」
ベッドの端に腰をかけ、このまま眠ってしまわないように肩を揺さぶる。
「も~、なんでこんな時間にくるんだよ〜」
「獲物は弱っている時を狙うものだ。そうだろう?」
また大きなため息を吐かれた。目を閉じたままこちらを見てくれない。眉間に皺も寄っている。
「オーララ、また失敗か」
今度こそ上手くいくと思っていたのに、告白にすら辿り着けなかった。放置して寝てしまうのなら、キスくらいして帰っても構わないかと様子を伺っていると口が開いた。
「そうだねぇ。それより眠くないの?」
「しっかりと昼寝をしてきたんだ」
「ふふふっ。それなら3時間後に起こしてよ。ほら、おいで」
シエテがベッドの片側に寄って毛布を捲り、空いた箇所を叩く。
「えっ?」
「まだ寒いでしょ。花はその辺に置いて。ローブはそっち」
両手に抱えた薔薇の花のことも認識していたのか。言われたとおりにテーブルに薔薇を置き、ローブは壁にかかっているシエテのマントの隣にかけた。
本当にこのままベッドに入ってもいいものか。悩んでいるとシエテがぐずついた声をあげる。
「早くしてよぉ。お兄さん寒いんだけど~」
「あ、ああ」
急いでランプの灯りを消す。ベッドに横たわると毛布をかけられ、抱き枕のように抱きしめられた。
「起きたら応える。俺から言うから、今は寝かせて」
「なにを答えるって?」
「いいから、黙って」
言われたとおり黙っていると、暫くしてすぅすぅと寝息が聞こえる。いつもよりもずっと緩やかに動くシエテの心臓の音も、身じろぎに合わせて微かに軋むベッドの音も、録音したいのに身動きが取れない。暗闇の中、温かいどころか暑いくらいの熱量を感じる。今からきっちり3時間、好きな相手に抱きしめられながら夜明けを待つ。
朝日を浴びて目覚めたシエテになんてことないようにさらっと「好きだよ」と言われて、これまでの告白で好きだと言葉にしていなかったことに気がついた。ジュテームですら言っていない。それだけ余裕がなかった。未熟さを実感したことと、好きだと言われたことで顔中が熱い。
真っ白なナイトウェアと毛布を身に纏って、優しい目をしてこちらを見ているシエテを抱き締めて愛を囁く。
「好きだ、シエテ、ジュテーム、愛してるよ」
「まぁ、お前にしたらいい告白なんじゃない?」
「キミには負けるよ。オレの完敗だ」
陽の光を背負ったとびきりの笑顔が眩しい。目を瞑ったタイミングで顔を寄せ合う。
勿論、全身にキスをするのも忘れなかった。