振り回される
振り回される
ひとつの島に長く滞在する時だけ、手の空いている団員でグランサイファーの一区画でレストランを開いている。副収入と団の知名度を上げる為という目的だったが、ほぼ団長の趣味のようなものだ。時期を区切って常駐メンバーを変え、そのメンバーが考案する限定メニューもあり、開催場所が転々としてもそれなりに集客が続いている。中にはわざわざグランサイファーを追ってまで通う常連もいた。もちろん、団長も働くことがあるし、客としても通っている。いつもと違うコスチュームや団員たちが考案するメニューを味わうのが良いらしい。
期間限定の常駐メンバーとして十天衆からフュンフとシスが選ばれていたこともあり、半年ほど通っていた。普通の店員として働いている姿は微笑ましくあり、各々の限定メニューもよく考えられていて何度も注文した。
だから、2人の常駐期間が終わってからも足を運ぶのは習慣のようなものであり、半端に貯まっている来店スタンプや特典収集もあって特に深い理由はない。強いて言えば今回のメンバーに六竜が2人もいて、しかも料理の腕が竜基準だったり、なんだって食べるような子なので様子を見ておきたいのもある。
予約のできるその日最後の時間帯に、帯剣せずにラフな格好でやってきた。あまり人に見られたくなくて、パーカーのフードを被って店内に入るとすぐに店員が寄ってきて名前を呼ばれた。
「サリュ、シエテ! 待っていたよ」
予約して来ているので待ち構えていたのだろう。他の店員に案内されるように祈っていたが、効果はなかった。腰に手を回されて席へと案内される。
「ちょっと距離が近過ぎない?」
「これはキミへの特別対応だからね、他の人にはしていないよ」
ウインクをしてくるのを見てみぬふりをしてやり過ごす。爽やかな色合いの衣装がよく似合っている。合わせているアクセサリーもシンプルでセンスが良く、薄手のシャツで体格の良さが際立っていて男らしさもある。ロベリアのことをよく知らない人間は見た目に騙されて惚れてしまうのではないかと頭に過ったところで席についた。あまり他の席から見えないように奥の方に座る。
近くのテーブルに見知った顔が見えた。店員以外の六竜とオロロジャイアの御一行様に、女性団員のテーブルはニーアと仲が良いグループなのだろう。各々がホールを行き来する店員を目で追っては楽しそうに話をしている。
「いらっしゃいませ。こちらのテーブルの専属、ロベリアだ。なんでもオレに言ってくれ」
他所を見るのを防ぐようにロベリアが立ち塞がり、メニューを広げて見せる。
「この店で専属なんてついたことないんだけど」
手の空いている者で臨機応変に店内を回しているようで、身内だからといって毎回フュンフやシスがオーダーを取りにきてくれるわけではなかった。料理だって手分けして運んでいたし、勝手に専属と言っているだけだろう。
「では、当店の利用方法について……」
「何度も利用してるからいいよ。早く注文とって下がってよ」
メニューを広げて目を通している間に、サロンエプロンからオーダー票とグリーンのペンを取り出して何やら書き込み始めた。
「ブリュレと、ティータイムセットと、レモネードだろ? すぐに用意するよ」
「いやいや、なに勝手に決めてるの!」
ロベリア考案のメニューフルセットがオーダーされてしまう。
「ああ、ラテもだね」
それまた書き込むと、わかっているといった顔をしてキッチンに下がっていってしまった。
「ちょっと……ロベリアっ……ま、まぁ、仕方ないか」
勝手に注文が通ってしまったのだから仕方ない。通常メニューは殆ど食べたことがあるし、甘いものが食べたい気分だったし、食べ物に罪はないからきたら食べるだけだ。
改めてメニューを見る。ロベリアらしい華やかさと不穏さが混ざった内容になっている。
注文が出来るまでは、俺の席の自称専属店員も他のテーブルのオーダーを取ったり料理を運んだりしている。思ったよりまともに働けている。心配でつい視線がいってしまうがたまに視線が合って、その度にウインクされるから落ち着かない。
ロベリアに対して熱い視線を送る女性客もちらほら見える。外見に騙されるのも仕方ない。男から見ても格好良くてモテそうな外見なのだから。
「お待たせしました。全メニュー、拘りを説明していこうか?」
一度に全て並べられると圧巻だ。追加で入れられたラテには当然のごとくロベリアの顔が浮かんでいる。対面に座って話そうとするのを両手で制止した。
「いいから戻りなよ。いや、待って。このマドレーヌ、メニューと違くない?」
マドレーヌは2個乗っているはずだが、1個はマドレーヌではなく見覚えのある白い巻き貝になっている。
「だってキミ、夕食を食べてから来てるだろ? 減らしておいたよ。特別サービスさ」
去り際にウインクをされても全く嬉しくない。ここに来てから何回ウインクしてくるんだ。
食堂でみんなと夕食を食べてから来ているのは事実なので言い返せない。わざわざ期間限定の開始初日に来ているとは団長や十天衆などの身内に知られたくなくて普段どおりに夕食は食べた。それでもデザート2皿くらいは平気だと思っていたのに。そもそも勝手にオーダーを決めたロベリアが悪い。
全く調子が狂う。ため息を吐いてからレモネードに添えられた飴細工を摘んでパリパリと音を立てて食べていると、両手に別のテーブルの料理を持ったロベリアがものすごい勢いで戻ってきた。
「ノンノンッ! どうしてそれから食べるんだ? 録音出来なかったじゃないか」
「え、えぇ?」
「まずクラポティを聞いてからだ。いいね?」
迫力に押されて頷く。非常にめんどくさい。食べる前に気色の悪い音など聞きたくはないが、店や別の客に迷惑をかけたくはない。マドレーヌの隣に置かれたクラポティを手にとって耳に当てる。
『サリュ、シエテ! 予約票にキミの名前を見つけた時、とても嬉しかったよ。決まってからずっと来て欲しいと言っても首を縦に振ってくれなかったからね…………』
予想外にもクラポティにはロベリアの話し声しか録音されていなかった。メニューに込めた想いなんかを語っている。やけに長い。飲み物が温かいものと炭酸なので飲みながら聞くがとにかく長い。もう食べてしまったが、キャンディを食べる時はロベリアを呼んでから食べるようにとも言っている。ようやく終わったようなので巻き貝をテーブルの上に置いた。
終盤は関係なくジュテームだのなんだの愛を囁く言葉になっていた。なんてものを聞かせるのか。頬が熱い。店や料理に関係ある話があるかもと最後まで聞いてしまった。頭を冷やすためにレモネードを飲み干してブリュレにフォークを刺す。
食べ進めていると硬いものに当たった。掘り出してみると指輪が出てきた。頭を抱えてから大きく息を吐き、少し離れた場所でこちらの様子を窺っているロベリアを手招きする。
「ねぇ、異物混入してるんだけど」
上に乗せるだけならまだいいが、中には入れないで欲しい。フォークで指輪を指して苦情を入れているのに、笑顔を浮かべて指輪を布で拭きはじめた。
「サプライズさ」
俺の左手を手に取る。装備は外してきているから指輪はすんなりと薬指に収まってしまう。
他の店員たちの視線がこのテーブルに集まっている。そのせいで客たちもこちらを見始める。咄嗟に左手をテーブルの下に隠した。
「こういうのは二度としないで。もう、恥ずかしいなぁ」
「ウィ、キミ以外にはしないよ」
ウインクだけでなく投げキスまでされる。いつもは隠れている前腕の筋が、腕まくりをしているせいでよく見える。指先の角度まで完璧な投げキスだった。周囲から黄色い声が聞こえる。居た堪れなくなって急いで食べきると会計を済ませて店の外に出た。
入口から離れた場所でロベリアが出てくるのを待つ。添えられていた巻き貝が、今日中に伝えたいことがあるから待っていて欲しいと言っていたからだ。それに左手に居座っている指輪を返さないといけない。それだけ、ただそれだけだ。
閉店後、ワムデュスたちが出てくるのを待っているだろうフェディエルが「なんだ番がいたのか!」と大声で言っているのが聞こえた。ロベリアが「そうなんだ!」と調子よく返事をしている。慌てて「まだ番じゃないよっ!」と大声で言ってやった。
言ってから言葉を間違えたと気がつく。まだもなにもその予定はないはずだ。その場にいた全員に生暖かい目で見られる中、ロベリアの左手を掴んで走って逃げた。ロベリアも、さっきまでは付けていなかった指輪をしている。
「もっとタイミングとかあったでしょ。普通に食事させてよ」
「もう我慢が出来なかったんだ。今日こそ首を縦に振ってくれ。指輪をしていてくれるってことは期待してもいいんだね?」
抱き締められて、物理的に振り回される。
「うーん、キッチンでの勤務が終わる頃までには考えておくよ」
回っていた動きがピタッと止まった。
「それは、今すぐ返事をするのと何が違うんだ?」
ロベリアが珍しく笑みを浮かべずに口元を引き締め、真っ直ぐ射抜くような目でこちらを見つめている。いつにない真剣な表情で問いかけられ、3か月後に何が変わるのか懸命に考える。返そうと思った指輪も握りしめているのに何が変わるのか。答えは出ているが言い出せない。こうして悩んでいる間にロベリアに惚れる女性が大勢出てくる可能性がチラつく。それこそ若くて美人のお似合いの子だって出てくるだろう。これだけ振り回され続けているのになかったことにされても腹立たしい。
痺れを切らしたロベリアが口を開きかけた。これ以上追求されるのを防ぐ為に唇を重ねる。すぐに離れようとしたのに唇が追ってきて逃げられない。
再び振り回されるのを、顔を赤くして待った。