コウノトリ
コウノトリ
表面上だけは部屋に2人きりの恋人同士の時間を楽しむ。実際には神を名乗るものたちや星晶獣が背後に控えているのだが、そこを気にしてはいけない。訳あり同士で寄り添い合うくらいは許して欲しい。
啄むようにキスをして、段々と深く舌を絡めていく。息が上がっていき口が離れた。腹を空かせた肉食獣のような凶暴な目がこちらをじっとりと見つめてくる。こういう関係になってからそこそこの時間が経っていて、受け入れる覚悟はとっくに出来ている。スムーズに事が運ぶように、ゆっくりと2人の時間を取れる時は事前の準備もしている。
「ロベリア」
今日こそはと思い、手を握って名前を呼んで再び顔を近づけると遮られた。
「シエテ、少し待っていてくれないか」
体を離して慌ただしく部屋を出て行ってしまった。
戻ってくるのを待っているうちに熱くなった体が徐々に冷えていく。向こうも滾っていたくせにどうしてかキス以上のことをしようとしてこない。今更、背後のアレコレが気になることなんてないだろうに。
ベッドに横たわって天井を睨みつけていると、ロベリアが帰ってきた。
「……おかえり」
「もう寝るのかい?」
ベッドに一緒に横たわって抱き締めてくる。このまま健全に仲良く寝るのがいつもの流れだ。
視線や言動から俺のことを抱かれる側として扱いたいことは伝わってきていて、拒絶せずに全て受け止めている。それなのに一線を越えようとしてはこない。男同士でセックスがしたいと思う俺の方がおかしいのか、それとも俺の性的な魅力が足りていないのか。
ロベリアはいつも勃ってる。一目でわかる状態なのにしない意味がわからない。隠すように処理しに行かないで、そのままぶつけてくればいいのに。ロベリアの奇行について理解が深まっているが、このことばかりは全くわからない。自分ばかりが浅ましくも邪な感情を抱いているようだ。後ろめたさにそっと息を吐く。
腹部を撫でられながら悲観的な考えが止まらない。こうして撫でられてるだけで落ち着かず、もどかしくて無理やりにでも迫りたくなってくる。でも、自分からセックスがしたいなんて絶対に言えない。言えるわけがない。十天衆の頭目だし、天星剣王だし、歳だって上だし、覚悟を決めていても少し怖い。もしも、そこまでする気はなかったと拒絶されたら立ち直れない。
ロベリアの顔を眺める。こちらの悩みも知らずに、今も楽しそうな顔をして子守歌を歌っている。こんなにも誰か一人と安らぎを感じる時間を過ごせるとは思ってもいなかったし、誰か一人を欲しいと思うことがあるなんてことも知らなかった。知らないままでいたかったという後悔の念から目を背けていると、ロベリアがぽつりと呟いた。
「コウノトリがシエテにも子供を連れてきてくれたらいいのに」
腹を撫でる手を止めて、額にキスをしてくるのを受け入れながら言葉を飲み込もうとするが上手くいかない。
「コウノトリ?」
キスし返したいという気持ちよりを行動に移すよりも先に、聞き慣れない言葉について思わず聞き返してしまった。
「くはっ、まさかシエテは子供がどうやってできるのか知らないのか?」
「えっ」
「男女が性交するとコウノトリという星晶獣が女性の腹に子供を連れてきてくれるんだ。常識だろ?」
当たり前だというように言ってくるがそんな話は聞いたことがない。冗談を言っているようには見えず、話を合わせるように頷く。
「う、うん」
「どうして男同士だと連れてきてくれないんだ。コウノトリに会ったら聞いてみたい」
「うーん、男女のカップルが好きな過激派なんじゃない?」
「やはり男同士だと性交が出来ないからか」
俺の意見はまるっきり無視して話が続けられる。冗談をスルーされたことよりも、その内容に驚いて思わず大きな声を上げてしまう。
「えぇっ」
何を言っているのか全く理解できなかった。性交というのは俺の知ってる性交とは違うのか、本当にそう思っているのか目を合わせて探る。何の企みも感じさせない澄んだ瞳が真っ直ぐこちらを見つめている。
「シエテ、今日はどうしたんだ? いつものキミとは様子が違うようだ」
「そっ、そんなことないよー」
心配するような顔でこちらの表情を窺ってくるから慌てて目を逸らす。性交が出来ないとはどういうことだろうか。物理的な話なのか、それとも宗教的な話なのか。聞いてもいい話なのか判断がつかない。動揺していることがバレないように目を瞑った。
「シエテ?」
「こっ、コウノトリの話は、パパとママに教えてもらったの?」
「ああ! 性交の部分は大人になってから周囲を観察していてわかったんだ。パパとママも幼いオレに、性交のことは言えなかったんだろう」
「うんうん、そうだよねぇ」
おそらく性交そのものは理解しているようだ。男女でするのもだと思い込んでいる。動揺を抑え、ロベリアの頭を撫でてやると純粋無垢な笑みを浮かべた。言えない。言えるわけがない。
いろいろ勘違いしていることには触れないでおこう。親御さんたちの気持ちはよくわかる。幼い子どもに聞かれた時に、なんて説明をすればいいのか困ってファンタジーな作り話をしてしまうやつだ。俺だって星屑の街の子どもたちとアウギュステに行った後からは、海で大きな貝を拾ってきて貝から生まれてくる説を使っている。それまでは夜の畑で子供の欲しい夫婦が星に祈ると野菜が光って赤ちゃんのいる場所を教えてくれると言って、過酷な環境で生きてきたエッセルとカトルには失笑された。今後はコウノトリが腹に運んでくるという話を積極的に使わせてもらおう。そういう星晶獣がいる、というのは空の世界では非常に説得力がある。
もうひとつだけ、これを機に確認しておきたい。
「あのさぁ、俺って魅力ないかな?」
「今日は本当にどうしたんだ? オレはシエテほど魅力的な人間を他に見たことがない」
こちらを心配している優しい目が好きだ。
「……うん、そうだよねぇ」
両手でロベリアの頭を抱えて顔中にキスを落とす。またロベリアの瞳が熱を帯びたのを確認すると手を離して仰向けに並んで寝た。
ひとまず、ロベリアから見て魅力がないわけではないということが判明した。手を出してこない理由もわかった。これで安心して眠れる。なかなか寝付けないようで隣でもぞもぞと動いている恋人のことは放っておく。
男同士でも出来るのだと教えてあげてもいいが、もう少し俺が我慢して待っててあげよう。自分がしたいからって教えるのは気恥ずかしい。
ロベリアは体は大人で自分本位な考えで行動するが、子供のように無垢な部分も残っている。時間をかけて人と関わり、少しだけでもまともに成長すればいい。キスをして抱きしめ合って眠りにつくだけでも満たされるものがあるのだから。
その日、俺の部屋にやって来たロベリアは力なく項垂れて暗い顔をしていた。ベッドの上に並んで座っても床ばかり見つめてこちらを向かない。団長の元に十賢者が集められて連携を深める話し合いをすると聞いていたから、きっとその集まりでなにかあったのだろう。
「シエテ」
弱々しい声で名前を呼ばれると胸が締めつけられるように痛む。頭を抱いて髪を撫でると、腰に腕を回して抱きついてくる。
「誰かに何か言われた?」
「……ああ」
肯定したあと、そのまま黙っているロベリアになるべく優しく問いかける。過去にいろいろとあった者ばかりが集まっているというが、ロベリアに関しては特に問題がある。
「俺には言えないようなことを言われたの?」
誰だ。いつも楽しそうに笑っているロベリアがこんな状態になることを言うなんて。可哀想に。事と次第によっては話し合いに介入したい。最近では恋人というよりも、保護者のような気持ちが芽生えている身からしたら許し難いことだ。改心しているかどうかは置いておいて、まともな生活を送っていることは評価して欲しい。
話してくれるのを辛抱強く黙って待つ。
「シエテ……、キミは男同士でも性交が出来ると知っていたのか?」
本当に誰だ。余計なことを言ったやつは。絶対に許せない。とりあえずここは一旦、引こう。体を離そうとするが、ロベリアが抱きしめている腕に力を込めてきた。逃がさないという固い意志を感じる。
「う、うーん」
「知っていたんだ、ね」
そんなに絶望したような声を出さないで欲しい。
「いやぁ、まぁ、そりゃあねぇ」
「オレとはしたくないから教えてくれなかったのか?」
「いやいや、そういう訳じゃないんだけど」
むしろしたかった。お兄さんが教えてあげるとはとてもじゃないが言えなかった。なんて説明したものか。悩んでいるうちに次の質問がくる。
「男としたことは?」
「ないよ、ないない。ある訳ないでしょ」
もし、これで経験があったら骨の1本や2本は危なかったかもしれない。抱き締めている力が強い。顔を埋めているから、表情が見えないのが怖い。
「……でも知ってはいたんだね。オレは知らなくて、とても恥ずかしい思いをした」
「ごめんごめん」
「いつもシエテに欲情してしまうのは、異常なことだと思ってずっと我慢していたのに」
「あー……」
それでいつも勃ったことを隠して処理していたのか。単に処理してることが恥ずかしいのではなく、こちらに配慮しての行動だったのだ。
「キミに、嫌われたくなかった」
自分の欲求を思うがままに求めてきそうな性格をしているのに、嫌われたくないと我慢することも出来ただなんて。知らなかった一面に胸が痛む。
ロベリアは腹部に頭を押し付けて泣いているのか、声と体が小さく震えている。
「ごめんね、俺が悪かったって。俺も嫌われたくなかったんだ」
頭頂に軽くキスをして許しを乞う。言わずにいたことで傷つけてしまった。泣かせてしまうのは初めてのことだ。
「なんでもするから許してよ。ねぇ、顔を見せて?」
ロベリアがゆっくりと顔を上げて、目と目が合う。にんまりと口角を上げてから片手で顔を覆って笑い出した。全く泣いてなどいない。笑いを堪えていたのだ。
「くっはっ! くはははっ! 今まで以上に幸せになれる方法があるだなんて。トレビアーンッ!」
ベッドに押し倒される。ああ、とうとう抱かれるその時がきたのだ。したかった。したかったけど、もっと流れとか雰囲気とかがあるだろう。
「どうしたらいいのかも聞いてきたんだ。全部オレに任せてくれ」
誰に何をどう聞いたのか、考えるだけでも恐ろしい。でも逃げられない。こちらは無抵抗だというのに押し付ける力が強い。
「……なぁ、シエテ……なんでもしてくれるんだろ?」
そこそこの期間お付き合いしている経験上、ロベリアが怒っているのが伝わってくる。それでも衝動を抑えて紳士的に振る舞おうとはしている。なんとか機嫌が良くなるように喜ばせるような言葉を搾り出す。
「初めてだからさ、優しくしてよね」
恥ずかしくて顔が熱い。ロベリアは目の前で見たことのない笑顔を浮かべている。
「ウィ、できるだけ善処はするよ。なるべく奥で、抜かずに連続して出して、擦り付けるようにするとイイらしい」
初心者向けの助言ではない。想像しただけで背筋がゾクゾクする。
ロクでもないアドバイスを間に受けないで欲しいが、なんでもすると言った手前、このまま身は委ねる。決して期待などしていない。
カーテン越しに窓の外が明るくなってきているのが見える。体を動かそうとすると節々が軋んだ。満足感と倦怠感に浸っていると、ロベリアが真剣な表情で口を開いた。
「シエテ、オレはコウノトリを探し出す。タワーと一緒に説得するよ」
「ロベリア……」
違う。コウノトリはいない。それにタワーと一緒にというのは説得じゃなくて脅迫だ。
口を開きかけて、閉じる。声を出しすぎて喉が枯れているし、疲れていてものすごく眠い。名前を呼べただけ褒めてもらいたいくらいだ。力なく微笑むと、満足そうに笑い返してくれた。
翌朝、ロベリアが団長と十賢者を巻き込んで騒ぎ出すのは俺の責任ではない。