一目惚れの結果
一目惚れの結果
窓の外を眺めている人物に目を止めた。
整った顔が気怠げに空を見つめている。サイドの髪を後ろに流しているため、耳を飾る鎖の付いたピアスが目立つ。口元を覆う手が綺麗で武器を扱う職業ではない。ローブを纏っていることから魔術師。おそらく、新しく加入した問題のある賢者というのが彼なのだろう。
彼と仲良くなりたい、こっちを向かないかなと頭に過ったことに驚く。早まる心臓の音がうるさい。顔が熱くなってきたのを深呼吸して制した。今まで生きてきた中で初めての感覚だ。
一人でうだうだ考えていると声をかけられた。
「オレに何か用かい?」
深い緑色をした瞳はこちらを向かない。空を見たまま独り言のようだった。
「いいや、見ない顔だなぁって」
「そう」
そこで会話は終了した。団員同士の自己紹介だとかそういう雰囲気は一切ない。彼のお眼鏡にはかなわなかったようだ。こちらに興味がないのなら残念だけど仕方がない。しくしくと胸が痛み出すのを、珍しいこともあるものだと他人事のように思う。これが世にいう一目惚れというものなのかもしれない。
その場を後にして、空の青さと彼の姿を思い出す。少しだけ聞いた声は無機質で心ここにあらずといったようだった。何か悩みがあるなら相談に乗ればよかった。もっと話が出来たらよかったのにと悔やんでも仕方がない。
気持ちを切り替えて日常に戻る。個人の感情よりも優先すべきことがある。いつもどおりのシエテで、いつもどおり動き回らないといけない。
彼とは得意な属性が違うため、一緒に活動することはない。名前はロベリアということは知ったが呼ぶ機会はないのだろう。たまに共同スペースにいれば遠巻きにほんの少しだけ見る。相手には認識されないように、見すぎないようにちょっとだけ。初めて見た時のように憂鬱そうな表情をしていることはなく、口元を緩めて楽しそうな、にやけたような顔をしていた。
団長と一緒にいると笑っていたり、時にはウィンクをしたりしていてドキドキしてしまう。身振り手振りが大きい。話している声だって最初に聞いた時と全然違う。リズミカルで跳ねるように話していた。
ソーンと共に十天衆としての依頼を受けた。1人でも充分だったが、ソーンも俺も体を動かしたい気分だった。2人で手分けして殲滅すると想定よりもずっと早くに終わってしまった。まだ太陽が高い場所にある。
グランサイファーの停泊地からそう遠くないこともあり、だらだらと喋りながら歩いて騎空艇へ向かう。ソーンとの会話は優しくゆったりと進むから完全に気を緩めていた。艇が見えると自然と胸が高鳴ってくる。
「シエテ、あなた恋をしているのね」
不意打ちについ大きく息を飲んでしまう。どう取り繕うか頭を回す。
「えーなんのことかなー? まぁ、俺もモテるし恋なんて四六時中してるよ」
へらへらと笑ってみせるが、ソーンの顔を見ることが出来ない。彼女の目を見て話すには勇気がいる。
「あなたでも恋に悩んだりするのね」
目を合わせずとも鋭い言葉を容赦なく放ってくる。自分でも誰かを想う気持ちがあっただなんて思いもしなかった。
「……恋なんて、そんなんじゃないよ」
ろくに話したこともない相手だ。恋といっていいのかもよくわかっていない。ただ目を引いて、ずっと考えてしまう相手。
いつもだったら茶化してうやむやにするのに出来なかった。ソーンも少し驚いている。
「ごめんなさい」
今まで十天衆同士でプライベートな話に踏み込むことは、俺からしかなかった。団長たちの影響が上手く出ている。
「美味しいケーキをご馳走してくれないと許さないよ~」
「ふふっ。もう、シエテってば」
二人でケーキを食べに行って、ソーンにシルヴァの話を聞くのもいいかもしれない。和解して幸せな関係を築いている二人の話はきっと気持ちを温かくしてくれるだろう。
「ねぇ、どんな人なの?」
「さぁ? 知らない。ちゃんと喋ったこともないし」
「じゃあこれから知っていくのね」
「だからそういうんじゃないと思うんだけどなぁ」
「進展があったら聞かせて」
「あはははっ、そんなことはないと思うよー」
特になんでもないことで会話が弾む。お互いに普通の人間っぽい会話が出来てとても楽しい。
艇の近くまで来ると、入口に立っている人物に気がついて心臓が跳ねる。ロベリアだ。いつもなら普通に通りすがることが出来るが、ソーンと話をしたばかりだから妙に意識してしまって緊張する。不自然にならないよう気をつけて歩く。
すれ違う瞬間、ソーンに向かって手が伸びてきた。ソーンが身を翻して避けたので、二人の間に入って背後に庇う。
「おい、何のつもりだ」
団員同士の挨拶にしては掴みかかるような勢いだった。ソーンも警戒して後退りしている。
「失礼、マドマーゼル。怖がらせるつもりはなかったんだ。ただキミの心臓の音を聞かせて欲し……くはっ!」
こちらは見ない。ソーンだけを見つめて話しかけている。剣の柄に手をかけて警戒していると突然笑い出した。
「くはっ、あははっ! デゾレ、あぁ、すまない。オレとしたことが人違いだった」
ひとしきり笑い終えると俺に向かって視線を合わせる。突き刺さるような眼差しに体が硬直する。心臓がドクンドクンと早鐘を打つ。
「キミの方だったんだね」
言うな否や抱き着かれる。両手で力強く、心臓のあたりを握りしめるように拘束されて動けない。
ロベリアに抱きしめられている。上品で清涼感のある匂いの奥に、微かに鉄の臭いがする。顔が赤くなってしまっていると思う。耳まで熱い。どうしていいのかわからず後ろにいるソーンに助けを求める。
「ソーン、なんとかして」
「ちょっとあなた、シエテから離れなさい!」
全く動けないし、剣拓や剣神を呼び出すことも上手くいかない。ソーンの注意も全く効果はなく、男の熱い吐息が耳にかかって腰の力が抜けそうになってしまう。
「キミはシエテと言うんだね。トレビアンッ! オレのシエテ! マドマーゼル、シエテのことは諦めてくれ。シエテのハートはキミじゃなくオレを想って必死に動いているんだ」
確かに、心臓はバクバク鳴っている。それが相手に伝わっているのだとわかって恥ずかしさが増す。
「なっ! な、なにを言っているのかなー、そんなことないよ。違うんだよソーン!」
「シエテ、もしかしてこの人のことを?」
「ち、ちがうよー! ちがうちがう、ちがうって」
盛大に目が泳ぐ。ソーンも何かを察したようで両手を頬に当てて「わぁ~、まるで恋愛小説の出会いのシーンみたい」だなんて物騒な感想を呟いている。
「ふたりっきりでキミの心音を聞きながら話そう」
ずるずると引きずられていく。ソーンが笑顔で手を振ってくれているのを遠目に確認した。こんなにもおかしな男だなんて知らないまま見ていた。ロベリアの歪さを今更知ったとしても、胸の鼓動は速度を落とすことはない。
人の気配のない艇の片隅まで連れて行かれた。壁で区切られて入るが扉すらない荷物置き場だ。今まで合うことのなかった目が真っ直ぐにこちらを見つめている。思わず顔を背けると、顎を掴まれ強引に目と目を合わせられる。
「やめろよ。なにがしたいんだよ」
「キミの瞳は綺麗な色をしているね。この目でずっとオレを見ていてくれたと思うと……トレッビアン! 全て暴いて記憶しよう。もっと深く最後まで聞かせて、オレを幸福で満たしてくれ」
立て続けに流し込まれる情報の渦に耐えきれず目を瞑った。危険人物から目を反らしてはいけないというのに。はじめからずっと負けていた。
「誰か来たら困るから離してくれない?」
「暫くは誰も来ない。オレはそういう場所を見つけるのが得意なんだ」
得意気に言うが、犯罪者の発想という気がしてならない。本当に艇に乘せていて大丈夫な人間なのだろうか。
「せめて鍵のかかる部屋にさぁ」
「くはっ! 性急だな。それだけオレのことを愛していて待てないということだ」
「違うってば」
「愛しているのは紛れもない事実だろう?」
胸の中心を指されて心臓がバクバクと音を立てる。目を逸してからずっと顔を見ることができない。
好ましく想っていたが、愛しているかと問われるとまだわからない。
言い返せずに黙り込んでいるとマントの端を引っ張られる。訳も分からぬままマントを外すと床に放り出された。
「いやいや、なにしてんの」
破損させたり汚すことも多いが思い入れのある大事なマントだ。慌てて回収しようと手を伸ばすが体を押さえつけられ、鎧の継ぎ目とベルトの金具を爪でカリカリと掻かれる。
「はぁ、鼓動を聞くのに鎧が邪魔なんだ。……壊してしまうか」
青白い魔法陣を展開しようとしたので慌てて止めに入る。マントを奪われるどころの話ではない。
「じ、自分で脱ぐから壊すのはやめてよっ」
胸の鼓動を聞く為だから全て脱ぐ必要はないはずだ。腕と上半身だけ装備を外した。危険人物を前にインナーだけになると心もとないが、ロベリアは上機嫌に微笑んでこちらを見ている。対応としてはこれで合っているらしい。
俺の胸に手を当てて、熱い息を吐いた。
「あぁ、セボン……素晴らしい……」
暫く黙って耐えていたが指が動く。音を聞かれているというよりも、胸を揉まれている。
「くはっ。思ったよりも、柔らかいね?」
困惑しながら感想を言わないで欲しい。恥ずかしい。
「筋肉の柔軟性を高めるのは、運動能力の向上と怪我の予防に効果があるんだよ。天星剣王は並の剣士とは鍛え方が違……いたっ!」
自慢の筋肉について解説していると乳首を摘まれる。
「あぁ、加減がわからなくて。……へぇ、小ぶりで吸い難そうだ」
力を込めずに指の腹でやわやわと擦られる。経験したことのない感覚に背筋がぞくぞくと震えだす。
「あっ……ちょっと、いたいって……はぁんっ」
なんだか変な声が出てしまった。驚いて逃げるように体を捻る。体に力が入らず床に座り込む。
「くはっ! トレビアンッ! 良い声も出せるじゃないか! 心音と合わせて素晴らしいアルモニーだ」
距離を置こうとして尻をついたまま床を後ずさると、壁に背がついた。逃げ場がない。
「ああ、そろそろ人が来る。やはりこの場所は二人に相応しくないから、オレの部屋に行こう。キミの望みどおり鍵もかかる」
ロベリアが俺のマントを拾って背を向ける。置いていかれると困る。
「ちょ、ちょっと待って鎧を着るから」
「どうせすぐ脱ぐのだから持っていけばいいだろう? どうせ誰にも会わないさ。早くしてくれ、我慢が出来なくなる」
逃げるなら今だというのに言う事を聞いてしまっている。惚れた弱みとはこうも強いものなのか。
鎧とガントレットを抱えてロベリアの後を追う。誰かに出会ったらこの状況をなんと説明すればいいのか。いっその事、助けを求めるのが正解なのかもしれない。誰かがいてくれたら、十天衆の頭目としての自分を取り戻せる。
足を止めようか迷った瞬間、ロベリアが振り返り、深い緑色の目がこちらを捕らえる。ゆっくりと口角を上げて笑いかけてくるのを見て、心臓が締め付けられる。胸の痛みから逃げたくて、足の動きを早めた。
ロベリアの言ったとおり、誰にも会わずに部屋までたどり着いた。短い時間で随分と気に入られてしまったようで、マントと鎧だけでなくインナーまで剥ぎ取られるのは時間の問題だった。
上半身裸でベッドに横にさせられ、胸に耳を当てたロベリアに初めて見た時から今日までのことを洗いざらい話しきる頃には、すっきりと凪いだ気持ちになってきた。心臓の鼓動も落ち着いて痛みもない。
「……そういうわけで、一目惚れだったのかもしれないなぁ。ねぇ、話し終えたからもう帰ってもいい?」
問いかけに対して笑顔を返してくれる。怖いくらいに口角を上げて満足気だ。
「次は、オレの話を聞いてくれないか?」
こちらだけ話して終わりはフェアじゃないし、なにより上目遣いで言われると断りづらいものがある。黙って頷くと同時に、ロベリアの指先が肌を撫でる。体を離そうとするが首筋に噛みつかれて上手く動けない。
「くぁっ」
胸と脇に走る刺激に声が漏れた。くすぐったいだけじゃない、熱い。
「これが終わったら話をするよ。その方がいい」
太腿に硬くなったモノを押し付けられる。話をしていただけなのにどうしてこんなことになっているのか。疑問を抱いたまま流される。目を閉じて上手く回らない頭の中で、こんなこと誰にも話せないなとぼんやり考えていると、唇を塞がれて舌を捩じ込まれた。舌の先で口蓋を刺激されて苦しい。
「ん、んぅーっ!」
目を開くと、ロベリアしか見えない。緑色の瞳がこちらを映す。見ていられずに目を固く閉じる。顔が離れて、息を整えている間も視線を感じる。
「やっぱりキミの瞳は綺麗な色をしている、ね」
「……そんなに見ないでよ。穴が開いちゃうよ」
「くはっ、それならオレはとっくに穴が開いてるな」
心臓が大きく跳ねて、ロベリアが嬉しそうに笑う。話したら余計に好きになってしまうなんて、狡い。