諦めない男と諦めた男
諦めない男と諦めた男
突然、親しくもなんともない相手に告白されたのでその場でお断りした。
名前は確かロベリアだったか。彼は酷くショックを受けたようで、顔面は悲壮感に満ち溢れ可哀相なくらい真っ白になった。暫く無言で息もしていないようだったので心配になってきたところで口が開く。
「……断る理由を聞きたい」
絞り出すように細く続いた言葉に端的に答える。
「いやいや、君のことよく知らないし」
本当に知らなかった。名前と顔くらいは要注意人物として覚えてはいるが、なんなら初めて話をしたくらいだ。知っていることは音の魔術を使うこと、人体を破壊する音を好むこと、その為に大量殺人犯だったが今は団長の為に力を使うと誓って大人しくしていることくらいだ。団に所属する殆どの人間と同程度のことしか知らない。
「それならちゃんと知ってから断って欲しい」
ほんの少しだけそれもそうだなとは思ったが、それよりも早くこの面倒な状況から立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。
「はいはい、またねー」
適当に言って手を振りながらその場を後にした。なにかの機会があればまた顔を合わせることもあるだろう。その程度にしか気にしていなかった。知ってもらおうと思ってと、毎日付き纏われるなんて予想もしていなかった。
彼の情報をなかば強制的に知っていく。使える魔術、パパとママのこと、会話の端々に出る聞き慣れない言葉の意味、年齢、好きな音、団に来た詳細な経緯、団長のことをどう思っているか、魔物を上手に壊すコツ、好きなもの、嫌いなもの、俺のどこが好きなのか、俺と行きたい場所、俺としたいこと、俺にしたいことあれこれ。
「あのさ、ロベリアのことをいろいろ知った上でお付き合いはお断りしたいんだよね。だからもう来ないでくれないかな」
多くのことを知ったせいで断りにくくなるだなんて考えていなかった。どれだけ俺のことが気に入っているのかよくわかった後だと、なんだか申し訳ない気がしてくる。
「オレは……キミの好みじゃないということなのか……」
前回断った時よりも苦しそうな顔をして胸を抑えているのが痛ましい。
「う、うーん。なんて言ったらいいのかなぁ」
特に付き合う上でこれといって好みのタイプというものはない。出来れば可愛くて頼ってくれる方がいいかなぁというぼんやりとした希望はある。なによりも己の信念の邪魔にならなければいいのだが、そういった考えを持ってお付き合いするのは誠実ではない。それに誰にも言うことのできない秘密も多く抱えている。だから誰であろうと全てお断りするというのが本音だ。
「キミの好みを教えてくれればそうなると言っても?」
利己的な男が形振り構わず縋ってくる。そこまでしなくても他に探せばいいというのに、よくわからない男だ。
「出来るとは思えないんだけど」
「可能な限り尽くす。誓うよ」
眼差しは真剣そのもので、このまま断り続けることを躊躇ってしまった。
「うーん、じゃあお友達としてならこれからも来ていいよ」
「くはっ! メルシー、シエテ!」
俺の部屋で寛いで、ぺらぺらと喋る存在に慣れてしまった。部屋に上げるつもりもなかったが、友達としてなら断る理由もなかった。書類を書いている近くで話すロベリアが昨日見た魔物の脳の大きさを手を広げて説明した時に違和感を感じた。
「なんかいつもと匂いが違うね」
手首を掴んで顔を寄せると柑橘系の匂いがする。
「トワレを変えたんだ。キミは爽やかな香りの方が好きだろ」
確かに甘ったるかったり重たい匂いよりは爽やかな匂いの方が好きだ。好きな香りの話なんてしたことがないのに、好みに合わせようとしてくるだなんて。こちらに好意を持ったままなのだと、目を背け続けていた事実を思い出してしまう。
「……前の方がロベリアって感じがしてよかった」
「ウィ、明日から戻そう」
気分が急降下してしまった俺とは逆に、ロベリアは上機嫌で今にも鼻歌でも歌いだしそうな浮かれっぷりをしている。
「ちょっとにやけすぎじゃない?」
目尻が下がって長い睫毛が影を落としているのを眺める。
「だって、キミはすぐに気がついてくれた」
相手の香りがわかるくらい距離が近くて、香りが違うことにすぐに気がつくくらい頻繁に一緒にいる。そう言われているのだ。
「離れて。いや、もう帰ってくれ」
両腕を伸ばして距離を取る。
「いったい何が不満なんだ?」
「いやぁ、男同士だしさ。もっと距離を置こう」
ロベリアが眉間に皺を寄せる。
「……キミは子供が欲しいのか?」
話が飛躍していて混乱してしまう。そんな話はしていない。
「いや、そんなことはないけど」
「ならどうして今更っ……いいや、今はエレガンスな振る舞いができそうにない。出直すよ」
ロベリアは一瞬だけ激情に駆られた様子だったが、すぐに落ち着いて部屋から出て行ってしまった。一人で再び書類に向かうが、静かな空間に集中出来ない。いてもいなくても調子が狂う。
翌日はこれまでどおり部屋に来て隣に座っている。ただし一人分の距離を空けて、適切な友達同士としての距離感だ。どうやらこちらの希望をわかってくれたらしい。
「シエテ、キミは空の民と星晶獣の恋愛をどう思う?」
「本人同士が納得してるんなら別にいいんじゃない」
確かにロベリアには俺よりもタワーの方がお似合いだと思うよと軽口を言う前に、自信満々にどこからか紙を取り出して読み始めた。
「空の民と星晶獣の恋愛を認めているのにヒューマン同士を認められない理由がない。子供が出来ないという条件は一緒で、むしろ体の造りが同じで寿命が変わらない時点で近しい存在だ。性別くらいなんとでもなる。むしろなんとでもしてみせる。……だろう!」
「そんなの誰に書いてもらったんだよ」
紙を取ってみてみると、可愛らしい文字で力強く書かれている。
「くはっ、団長さ」
「団長ちゃんらしいなぁ」
仲の良い相手のことを優しい目で見つめるジータを思い浮かべる。
目の前の人物がこちらを見る目はそんな優しいものではなくなってしまった。意図せずそれだけの時間を待たせてしまっている。完全に拒絶すればいいのに出来ていない。
「これで問題が一つ解決した。それで、次は?」
何を言ってもこの調子で全て力技で解決するのだろう。諦める気配が全くない。折れた方が楽だ。こいつのしたいことは既に知っていて、考える時間はあった。
「次ねぇ……ほら、俺たちが付き合うことに反対する人がいるかもしれないし」
「例えば?」
「そうだなぁ、ウーノとか、エッセルとカトルとか、それこそ団長ちゃんとかー」
「団長と十天衆には許可を得てきた」
また別の紙を取り出してきた。交友関係に口を挟む気はないとか、テメェらで好きにしろとか、別にいいんじゃない?とか、丸印とか、好き勝手に書き殴った隣にサインが書いてある。確かによく知っている筆跡に顔を顰める。昨日今日で集められるものではない。最悪、ウーノだけでも反対してくれるだろうと思っていたのに完全にアテが外れてしまっだ。
「事前に一筆書いてもらっているとは用意周到だね。こんなことしてたんだ」
どれだけの時間をかけたのだろう。同じことをしようとしたらかかる時間と労力、むしろ出来るのか確証がない。
「他には?」
前のめりで尋ねてくる。視線が熱い。絶対に諦めない意志が込められている。胸が苦しくて、逃げ道を上手く探すことが出来ない。
「俺がこれ以上言い逃れ出来ないように無理やりして欲しいなぁ……なんて」
言ってすぐに選択を間違えたかもしれないと後悔の念が過る。思ったとしても言ってはいけないことを言ってしまった。
「くはっ! オレの得意分野だ。任せてくれ」
力強くベッドに押し倒される。無理やりと言ったのに、時間をかけて優しく体を開かれた。
「こういうことしてから言うのもなんだけどさー」
思ったよりも悪くはない時間を過ごした後、隣でしたかったことができて満足そうな顔で横たわる相手に声をかける。息を飲む音がはっきりと聞こえた。
「まさか、良くなかったのか?」
悲壮感たっぷりにこちらの表情を窺う顔を思いっきり笑い飛ばす。
「はははっ……そうじゃなくて、俺が道を踏み外しそうになったら殺して欲しいんだよね。それくらいは頼んでもいい?」
「ウィ! 任せてくれ。実はオレはそれが一番得意なんだ」
力強い返事に安堵して寄り添う。万が一の時の保険はいくらあってもいい。強い力を持ち、想いを寄せてくれる相手は他にいない。願わくば、そうさせないよう全力で回避したいと思い返せるといい。
「知ってるよ。本当、調子がいいなぁ」
「トレビアンッ! シエテから情熱的なプロポーズが聞けるなんて夢みたいだ。オレもキミに壊してもらいたいくらい愛してるよ」
顔中にキスをされながら、やはり選択を間違えてしまったとぼんやりと思った。いくら相手のことを知っても、相互理解には繋がらない。今後も分かり合えることはないのかもしれない。ただ、それでも一緒にいたいと思わせてくる熱量に負けてしまった。
「……ロベリア」
名前を呼ぶ。負けたという言葉が悔しくて、顎を掴んで唇を奪ってやった。