静かに集中する日 [R15]
静かに集中する日 [R15]
近頃、暇な時間がない。
己のすべきことや、依頼の量は減っても増えてもいないが、共に時間を過ごす人が出来たせいだ。
今までは誰かを食事や遊びに誘っても断られることが多かった。誘っても断らない相手というものはとてもいい。断らないといっても全てを受け入れる訳ではない。乗り気でない話なら別の提案をしてくれる。向こうから誘ってもくれるし、こちらに予定があって誘いを断ったとしても気まずくなることがない。
都合のいい暇つぶし相手だと思っていた。
それ以上の存在になってしまっていると自覚した頃には逃れることができなくなっていた。周囲のつきあっているんだろう分かってるぞという対応が気恥ずかしかった。だってその時はなんとなくそんな雰囲気になることはあっても、正式には言葉にしていなかった。周囲から深い仲だと勘違いされているみたいだと軽く言ったら、そのつもりで周囲に話していたと真剣な表情で返された。完全な藪蛇だった。自身の幸福の為ならなんでもするような男を完全に舐めきっていた。こんなはずではなかったのに、そのまま流されてお付き合いすることになってしまった。一緒にいると楽しくて関係を見直すことをずるずると後回しにしてしまった。今こうして後回しにしていた書類の山に囲まれてしまったように。
騎空団のトップは細々した仕事も多い。十天衆の性質上、専門家を雇ったり外注する訳にもいかない。
契約書類にサインをして、簡単な挨拶文と共に封筒に入れる。控えは地域別に分け、日付順に整頓した。
ウーノに手伝って欲しいとは言えなかった。こんなに溜めていたとわかれば関係に口出しされそうだから。自らこの関係を終わらせるならともかく、誰かに引き離されるのはなんとなく嫌だった。
言い訳をいくつ重ねようが結局は惚れた弱みということに尽きる。
本性は常識という枠からはみ出ているような奴に、大丈夫なのかと言われるくらい山のように積み重なった書類だったが、半日集中したおかげでかなり減った。
余裕が出来ると気になるのは同じ室内にいる存在だ。手を止めて様子を見る。邪魔しないで静かにしていてという注文に完璧に答えてくれている。珍しい。本当に珍しい。真夏のアウギュステに雪が降るかもしれない。
いつもはずっと喋っているか、一人で笑っているか、タワーに話しかけているか、鼻歌を歌っているか、クラポティを聞いて若干音漏れしているかで、とにかく自室にいる時は騒がしい。普段なら構わないが、書類仕事中は煩わしい。特に計算中でも関係なく話しかけてくるから作業が滞る一方だった。それがこんなに大人しくしているなんて。
今度埋め合わせになんでもするからと朝から強引に外出してもらっていたが、昼過ぎになって黙って本を抱えて戻ってきた。テーブルの上に分厚い本を積み、数冊の本をいったりきたりして真剣な表情で頁を捲っている。集中していて黙ったまま何も喋らない。
部屋の中は静まり返っている。
頭と手は順調に動き、書類を捌いていく。
「ええと、ひぃふぅみぃ……よしっ!」
ウーノに確認してもらう書類だけをまとめて別の袋に入れてタグを付ける。あとは根回しの手紙を数件書くだけだ。急ぎではない。
「そんなに熱心に何の本を読んでるの?」
どうせ物や人体を効率よく破壊するための医学書や凄惨な歴史書だろう。感覚で魔法を使っているせいか魔術書を読んでいるところを見たことがない。
返事がないので話し続ける。ずっと黙って作業をしていたせいで喋りたくて仕方がない。
「ねーねー、こっちもう終わりそうなんだよ。あの量を終わらせるってすごくない? やっぱり頭目はやればできるってことだよね。あいつらも俺のありがたみってやつをもっと知ったほうがいいよな。そう思わなーい?」
口の動きもペンの動きも止めて見つめるが、こっちを一切見ない。
「ねぇ、」
「シィッ! 少し黙っていてくれないか。今まさに閃きそうなところなんだ」
「えぇぇぇ……」
声は真剣そのもので、やはり目線は本のままだ。目も合わせずに話すことは珍しい。なにをそんなに集中して考えているのか。眉間に皺を寄せて、口元に手を当てている。こんな格好いい表情や仕草も出来るなんて知らなかった。見惚れてしまっていることを自覚してそわそわと落ち着かない。目の前の作業に無理やり意識を集中させ、最後の手紙を書き終えて封をする。箱にまとめ終えると、窓の外は夕日が沈みかけていた。凝り固まった筋肉を伸ばしてから立ち上がる。
「終わったから郵便物を出してくるよ。お茶も淹れてくるから待っててね」
聞いているかどうかわからないが、念のために声をかけてから箱を袋を担いで部屋を出る。
郵便物と代金を指定の場所に置いた後、食堂でポットいっぱいにお茶を淹れながら夕飯のメニューを尋ねる。カップを2つ持って部屋に戻った。
ロベリアは全く同じ位置に座って頭を抱えている。
「まだなにか考えてるの?」
広がっていた本は全て閉じられて一つの山に重ねられているので、調べ物は終わっているようだ。
「シエテ! オレを置いてどこに行っていたんだっ!」
いつもどおりの声量と勢いに戻っている。視線を合わせ、こちらに掴みかかる勢いで迫ってくる。
「いやいや、お茶淹れてくるって言って出たじゃない」
「ノン、聞いてない!」
「知らないよー、それだけ集中してたからでしょ。結構話しかけてたんだけどなぁ」
カップにお茶を注いでテーブルの上に置く。ロベリアが近くでずっと見ている。
「……キミに逃げられたかと思った」
控えめな声で拗ねたように責められてもこちらとしては笑うしかない。まるで置いていかれた子供のようだ。
「俺が書類仕事があるから黙ってて欲しいって言ったのに、愛想をつかすわけないでしょ」
ベッドに腰掛けてお茶を飲む。隣に座るように手招きすると、こちらの顔色を窺うようにじっと見つめたあとに少し離れて座った。
「んんっ? んー、くはっ、そうだった。あ、あぁ、なんて美味しそうなお茶だ。メルシー。キミの淹れるお茶が世界で一番美味しいよ。オレはなんて幸せ者なんだろう」
言い淀んだくせに急に早口になった。やけにこちらを褒めてくるのも引っかかる。
「何か俺に隠してることない?」
「ない」
「即答過ぎて信じられないんだけど」
「……それよりも仕事は全て終えた?」
「うん、おかげさまで。いやぁー、大変だったぁ」
「それはよかった。それで、埋め合わせになんでもすると言っていたね? しっかりと録音してある」
指を鳴らして巻貝を取り出すが、言った内容に特に異論はないので押し返す。
「そうそう、それなんだけど今度一緒に温泉に行く? それとも海か山か……ロベリアは海の方が好きなんだっけ? 海にしよっか。費用は俺が出すし、1泊くらいなら団長ちゃんもいいって言うから」
「いいや。今すぐに埋め合わせて欲しい。今日1日言うとおりに静かにしていたのだからそれくらいは許されるだろ?」
「えぇー、お腹空いてないの? 夕飯のメニューは煮込みハンバーグだって」
「……もちろん、ディナーの後でも構わない」
にっこりと目を細めて肉食獣のような笑みを浮かべている。ああ、これは夜のお楽しみというやつだ。一日静かにしてもらったし、仕事を終えた自分へのご褒美にもなる。多少の無理は聞いてあげよう。
言われてみれば腹が空いていたと、急かされながら食堂に移動した。やっぱり子供みたいでかわいいところがある。そんなにシエテお兄さんのことが恋しいのかと温かい気持ちになってきた。
向かい合って食事をしているとやけに視線を感じる。
「……そんなに見つめられると顔に穴が空いちゃうよ」
「セボン! 肉片にトマトソースを絡めて口に運ぶ姿も綺麗だね、シエテ」
「黙って食べてくれないかなぁ」
食事には集中できなかった。ロベリアがやけにこちらに微笑んでくるわウィンクしてくるわで落ち着かない。この後の埋め合わせの激しさが容易に想像ができて照れくさくなってくる。
団長には「ロベリアの機嫌が良すぎて気持ち悪いから早く部屋に帰って」とまで言われるし、他の団員にもロベリアって普段は大人しいのに、恋人の前だとあんな感じなのかと微笑ましげに見られてしまった。
食後の運動として剣の素振りでもしたかったけど、連れ去られるように部屋へと戻る。つられるように足早になっているのは期待しているからではない、周囲の視線が恥ずかしいからだと自分に言い聞かせる。
「そんなに2人になりたかったんだ」
「ああ、恋人同士の時間がどれほど待ち遠しかったことか」
「大げさだなぁ」
年下の恋人に甘えられると弱い。全身で嬉しいと表現されるとこちらもそれ相応に嬉しくなってくる。
「座って? 少し話たいことがあるんだ」
「はいはい」
ベッドの上に横並びで座って目を合わせる。すぐに始めると思ったのに、話たいこととはなんだろうか。
「こう、オレの余韻を残すことで、こちらの世界に戻ってきていることは知っているね。コンセールを使ってシュシュっと」
「前に聞いたよ。説明が下手過ぎて原理はわからなかったけど」
タワーとの契約の代償を今も払い続けていることは知っている。平然としていて、気にしなくていいと言われているから気にしていない。
「余韻を残すというのを利用してもっと別のことが出来るとは思わないか?」
「うーん、分身して攻撃したり回避をするみたいな? あぁ、攻撃魔法の威力を数倍に出来るのか!」
今よりも強くなったらどうなってしまうのか。魔術の才能は認めているので更なる成長に期待してしまう。
「はあ……シエテ、キミは戦うことよりももっと日常生活を大切にした方がいい」
大げさにため息を吐き、呆れた目で見られる。魔術を活用するとしたら戦闘に活かすと思うが、そういえばロベリアは録音、収納、連絡、移動、温めと器用に生活を便利にする魔法もよく使っている。
「いい活用方法があるんだったら勿体ぶらずに早く教えてよ」
これだけ期待を煽るのだから相当便利な応用方法を考えついて実現化したのだろう。感覚だけではなく、本を読んで集中して考えるくらいだ。
「くはははっ、キミがそこまで言うなら教えてあげるよ。快楽を、」
「却下!」
言葉だけでなく両手でロベリアの口を塞いでそれ以上先を喋らせない。
子供みたいに無邪気な顔をしてかわいいところあるよなー、年下ってかわいいなーなんて言ってはいられない。どんなに分厚く皮を被ろうが、基本的に思考が捕食者側なのだ。とんでもなく恐ろしいことを考えついたに違いない。聞きたくない。快楽という単語が聞き間違いならいいが、この男は絶対に快楽と言った。
なんとか止める方法をと考えているうちに塞いでいた掌を舐められ、驚いてロベリアの口元から手を離してしまう。
「ノンノン、まだ何も言っていない!」
「だめだめ、なんでもとは言ったけどそれはだめでしょ。旅行にしようね。2泊してもいいから」
「なにも心配することはない。脳が耐えられる限界値も計算した。安心してオレに身を任せてくれ」
「いやだ」
「お願いだよ。……ジュテーム、シエテ」
今日一番の笑顔で近づいてくるのが恐怖を煽る。ロベリアの計算を信じられる人がこの空の世界に存在するのなら連れてきて欲しい。絶対に都度反応をみて調整するに決まっている。以前にも弱い電流を流したい、大丈夫だからと言われて気を失ったことがあるのに。意識が戻った時には全て片づけられていたが、絶対にいろいろと漏らしていたと思う。
「むりむり、こわい。やめよう?」
説得を試みながら後退りして、ベッドから転げ落ちそうになる。いっそ部屋から逃げ出そうか。ドアの方を見るが手首を掴まれる。魔術師のくせに握る力が強い。
「大丈夫、気持ちがいいだけだ。剣神も剣拓も出したらだめだ」
手を捻りあげて逃げようとすると、顔を寄せて頬と頬をすり合わせてきた。
「無理だってば……ひぅっ!?」
ほんの少し触れただけの頬から甘い衝撃が走る。
「……いっ、いま、何したんだよ」
慌てて問いかける。ロベリアは満足そうに目を細め、にっこりと微笑む。
「なにも? ただ頬が触れ合っただけだ」
「嘘だろ。だって……」
ただ頬と頬がほんの少し触れただけで立てなくなるくらい腰が砕ける訳がない。
「だから少し余韻を重ねただけで」
ロベリアの親指が手首に円を書く。ぞくぞくと全身が震え、熱を帯びていく。このまま性感帯を触れられたらどうなってしまうのか、期待と不安で何も考えられなくなってしまう。
「いっ……あぁっ……だめぇ」
「くはっ、はははっ、セボン! トレビアンッ! 一緒に限界まで気持ちよくなろう」
退路を塞がれて貪り食われる。耐えられたのは最初の数秒だけで、後はずっと快楽の波に蹂躙されて嬌声をあげ縋り付くだけだった。何度も意識が途切れては戻り、その度に許しを乞うが聞き入れられることはない。このまま死んでしまうという程イキ続けて完全に意識を手放した。
「うっわぁ……」
目が覚めると、ベッドはシーツだけでなくマットレスまでびしゃびしゃに濡れていて、顔や腹の周りにカピカピに乾いた精液がこびりついている。
「最悪だ」
今まで生きていて最悪の目覚めの光景だ。野宿していて野生生物や野党に囲まれていた時よりも酷い。剣ではどうしようもないことには弱いのだと実感する。
「おい、起きろよ。このクソ野郎」
隣で同じように酷い状態で気を失ったように眠る男の頬を引っ叩く。
「ボンジュール。……もう少し寝かせてくれないか。あとでもう一度叩いてくれ……もっと強くだ」
薄く開いた瞼はすぐに閉じてしまう。
「いいから起きてこの状況をどうにかしろ」
強く叩いて喜ばせるのは癪に触る為、ぺちぺちと弱く何度も頬を叩き続ける。
「……ああ、まだ片づけてなかったか。くはっ、情事の跡を色濃く残したキミも素敵だよシエテ」
この惨状を見て真っ先に出てくる感想がそれなのか。今更ながら羞恥心にかられる。自分で片付ければいいものを、この状況にした相手を頼ってしまった。しかし、いつもは目覚めたら全て綺麗になっていてどこから手を付ければいいのかわからないのだから仕方ない。
「いいからなんとかしてよぉ。こんな姿を誰かに見られたら恥ずかしすぎて死んじゃう」
「くはっ、それは困る。まだまだキミで試したい音や魔術がたくさん残っているんだ」
パチンっと指を鳴らすといろいろな液体やらなんやらの残骸が消えた。数秒の出来事に驚くが、ロベリアは出来て当然といった様子で横たわったままだ。
「えっ……いつもこうしてたんだ」
さらっとしたシーツに横たわり体の力を抜く。抱き寄せようとしてくるのでこちらから寄り添った。
「後始末を怠るなんてマナー違反だ。次からは気をつけるよ」
落としてくるキスをされるがままに受け入れる る。疲れきっているせいかだんだん眠たくてきた。
こちらからも唇を寄せて答えると、ロベリアは嬉しそうに笑った。
「くはっ、キミからしてくれるのは珍しいな。朝はいつも態度がつれなくなる」
「んー、なんかこういうことする相手がお前でよかったなぁと思ってさ」
強引に事を進めてきて、朝になったら片付いていてオンオフを切り替えられるような相手じゃないとお付き合いなんてできやしない。
「でも昨日のやつはもう禁止」
もう一度キスをしてから目を瞑る。流石に体がもたない。脳が溶けるかと思った。まあ、たまに少しくらいならご褒美に許してあげてもいいけれど。
「ああ、最後に自分にも試してみたらあまりにも刺激が強すぎて死にかけた。出力の計算を間違えていたのかもしれない」
「はあっ!?」
眠気が一気に覚めて飛び起きる。ロベリアは半分眠っているようで目を閉じたまま寝言のように喋る。
「オレのモナムールは頑丈でよかった」
「そういう問題じゃないだろぉ」
本当に死ぬところだった。死因が腹上死になるのは勘弁して欲しい。
「……キミじゃなきゃ……だめなんだ」
幸せそうな寝顔になにかもどうでもよくなって寄り添って眠る。死なないようには調べて考えてくれたのだし努力だけは認めよう。あの時の真剣な表情は、まぁ良かった。思い出して頬がほんのりと熱くなる。
今日は午前中の予定がないからこのまま二度寝してしまおう。時間の使い方が変わってしまった。
己のやるべき事はやっているのだし、その時がくればこの身を世界に捧げる決意は変わらない。だから、ほんの少しだけ許された自由な時間は好きな人に捧げたい。例えそれが他から見ればろくでもない男でも。