記憶を失ったとしても(付録)
記憶を失ったとしても(付録)
数週間ぶりに秘密の恋人に会えると少しばかり浮かれていた。いつでも関係を終わらせられる都合のいい恋人だ。人に隠れて逢瀬を重ねるのは刺激的で、深く愛されると心が満たされる。利害関係が一致した気軽な関係。ただそれだけ。
団長に不在の間に起こった出来事を聞いていると、ロベリアが記憶喪失になったけど特に問題ないんだよねと言われて一瞬だけ固まってしまった。すぐにいつもの調子で笑いながら友達いないやつは記憶喪失になっても支障がなくていいねーなんて返事をしたが、心臓はバクバクと大きな音を立てている。
団長の元を後にして、自室に入った途端に足の力が抜けて座り込む。これまでは帰ってくるとわかるのかいつも部屋で待っていて出迎えてくれた。それがいない。タイミングが悪くて来れていないだけで待っていれば来てくれるかもしれない。そう自分に言い聞かせて朝を迎えた。自分から確かめに行けばいいのに、食堂でたまたま見かけるまでロベリアが来るのを待ち続けてしまった。
ボンジュールと他人行儀に挨拶をされて、本当に忘れているんだと事実を目の当たりにすることになるとは思ってもいなかった。出会って少し会話した次の日には「サリュ、シエテ」と言って肩を組んできたじゃないか。交流があったかと聞かれると、あったもなにも恋人同士だっただろ、俺のことだけは覚えていろよと言いそうになって慌てて部屋へと戻る。
部屋には過去にロベリアがいた形跡が何もない。何も残させなかった。周囲にばれないようにして、お互いの部屋に何も置かない、録音もさせない。そうやって決めてから関係をはじめた。俺からそう求めた。この世界に形のあるものは何も残したくなかったし、俺に何かを残されても遠くない未来に無駄になってしまう。誰かの記憶に残っても、いずれそれも風化していくと思っていた。そういうものだと思っていたのに割り切ることが難しい。
これが別れる為のいい機会なのかもしれない。全部思い出にして、忘れてしまいたい。なのに彼を見る度に心臓がトクトクと早まって、熱が恋しくなる体が覚えている。いっそ泣き出して全て消してしまいたいのに、涙の流し方がわからない。