いい子
いい子
「次に帰ってくるまでいい子でいたら考えようかなぁ」
何度目の告白だろうか。初めて色よい返事が返ってきた。思わぬサプライズに反応が一瞬遅れる。
「……くはっ!」
「ぬか喜びさせちゃったね。考えるだけだって」
「セボン、なるべく早く帰ってきてくれ」
「はいはい。帰ってきたらちゃんといい子でいれたか団長ちゃんに聞くからね」
シエテがこちらを見る視線は、出会った時の冷えきった眼差しから随分と変わった。
団長の言う事を聞く。破壊するのは魔物だけ。他の団員のことを手助けする。幸福の音は自分だけで楽しむ。夜遅くに大きな声はださない。他の団員の部屋に勝手に入らない。エトセトラ。時には難しい場面もあったがなんとかやってきた。
目尻を下げて慈しむようにこちらを見てくれるようになった。シエテの使う部屋には自由に入ってもいいと許可してくれた。膝の上に頭を乗せても怒らないし、夜遅くまで居座って同じベッドに寝ても許してくれる。
あと少し。もう少しで手に入る。
シエテが艇に戻ってきて軽い報告をする際、団長はいつも「ロベリアはいい子でいたよ」と言ってくれるから何の問題もない。いつもどおりにしていればいい。自分の幸福よりも他のことを優先しているのだからいい子に決まっている。
ぐちゃり。
「くはっ!」
人体の破裂音に笑みが溢れる。骨と内臓が綺麗に弾けた。赤い血が花弁のように広がっている。
「おい、なにやってんだよ!」
背後から聞こえた声に我に返った。
団長に言われた依頼を片付けてる最中だった。残念なことに団長とは別行動で、それでいて勝手なことをしないようにと監視付きで。
ついうっかり潰してしまった残骸を見やる。肉塊と血溜まりは元の形には奇跡が起こらない限りは戻せない。数えきれないくらいの破壊活動の中で、奇跡が起こったことなんて一度も見たことがなかった。
「オーララ……参ったなぁ……目撃者もいる……」
ちらりと同行者の様子を見る。目と目があってからどんどん相手の顔が青ざめていく。心音も早くなっている。余計な動きをしないように監視しながらも頭を動かし続ける。この状況をどうやって誤魔化そうか。
「や、やめろよ」
相手も状況をよく理解しているようだ。
「キミを殺さない代わりにこのことは黙っているというのはどうだろう?」
良い提案だ。同行者が提案を飲んでくれるよう、誠意を持って肩に手を置いて伝える。
この状況を隠してなかったことにしたい。団長にどんなことがあっても相手を殺すんじゃない、生きて捕まえるようにと厳重に注意されていた。団長の言うことが守れないのはいい子とは言えない。いい子でいないとご褒美が貰えない。それは困る。それどころかまた最初からやり直しになっとしたらどうしようか。もう我慢の限界だ。ご褒美をもらうまで黙らせようか、消してしまおうか。
そうだ、相手のせいで同行者が死んでしまい、敵を討ったという設定はどうだろう。
行動に移す直前に、複数の人物が近づいてくる音がする。別行動をしていた連中が合流しに来たのだ。
あぁ、目撃者が増えてしまった。ここまでくるとこの地域一体を潰すくらいのことをしないと誤魔化せない。それなら対象が仕掛けていた罠が発動したのか地盤沈下が起こったということにしたら……。
「ロベリア!」
とことんついていないことに、真っ先にやってきたのは団長だった。恩人である団長のことは潰せない。
「……オーララ」
打つ手がない。ぽつりと呟いて肩をすくめる。
「なにがあったかは後で聞くから。まずはこの場を離れよう」
団長の視線はしっかりと床に広がる肉塊を捉えていた。
「シエテにも全部言うから。暫くは部屋で謹慎してて」
「ウィ、わかった。だから機嫌を直してくれないか。やむを得なかったんだ。オレだって一緒にいた奴だって怪我をしたくなかったから先手を打っただけで……」
「全く反省してないでしょ。わかるんだからね」
懐柔は上手くいかなかった。しかし、力なく項垂れていると周囲には反省しているように見えるらしい。誰かに何か責められることはなかった。そんなことをされたら相手をうっかり壊してしまうかもしれない。憐れに見えて許されるならそれで構わない。
団長はシエテに、いい子にしてたとは絶対に言わない。だからと言ってシエテに会わない訳にはいかない。なんと言おうか。罪のない子供が危険な目にあうところだったんだとか、団長のことを狙っていたとか、十天衆の誰かを馬鹿にしていたとか、シエテの嫌がりそうなことを思い浮かべる。
部屋で謹慎とは言っていたが、どこの部屋とは言っていなかったのでシエテの部屋に入る。物があまり置いておらず、がらんとしている。ベッドに座ってクラポティに新しく録音した音を聞きながら、この瞬間に戻れたらなと空想する。やっぱり同行者も同タイミングで消すのがよかったと結論付けてベッドに横になって帰りを待つ。
最善手が打てなくて失敗するのは久しぶりのことだった。全て破壊してしまえば問題はなくなる。考えることは得意ではない。団長やシエテに会う前はこんなに考えなくてもやりたいことをしているだけでよかった。
頭の中を空っぽにして音に集中する。新たに取り出したクラポティは、シエテが剣の手入れをしながら鼻歌を歌っているのをこっそりと録音したものだ。破壊の音とはまた違う、がじんわりと温かくなってくる良い音だ。
ドアが開く。この部屋の主が陽気な声をして帰ってきた。
「たっだいまー」
とびきり哀れに見えるような表情を作るが、彼に通じる気はしない。音に集中していてこれといった対策は思い浮かんでいない。
「……おかえり」
起き上がってベッドの片側にに座り直すと、空いた側にシエテが座った。
断罪されるのを待つのは思っていたよりも緊張する。落ち着かずについ前髪を弄ってしまう。自分らしくない。
「いい子にしてたって聞いたよ」
「クワ?」
座ったまま抱きしめられる。帰ってきたばかりだからか匂いが濃い。心音はいつもどおりで、顔は見えない。鎧を着たままでも抱きしめられると温かいんだなとぼんやりと思った。
「依頼は成功したんだろう。活躍したって」
「くはっ、勿論だ。この全空一の天才魔術師にかかればこのくらいなんてこともない」
団長は言わないでくれたのだろうか。ひょっとしてこのままご褒美がもらえるのか。シエテの心音を聞きながら反応を窺い続ける。本当のことを知って駆け引きしている様子でもなさそうだ。それなら問答無用で説教がはじまり、こうして抱きしめてはくれるような甘い性格ではないことはわかっている。
では、後からバレたらどうしよう。全てバレないようにどうすればいいだろう。どうしても離れることが出来ないように先に体に教え込んでしまえばいいか。録音したもので脅そうか。
「あぁいう連中は捕まえても反省しないから消しちゃって問題ないよ。団長ちゃんや団員に怪我をさせなかったのは偉かったね」
続いた言葉は予想もしていなかった。団員のことはむしろ消そうとしていたのが不運にも消せなかった。この場合は幸運だったのか。なんてついているんだろう。想定外のことに言葉が上手く出てこない。
「……だ、団長は、だめ、だって」
必死に考えても何が正解なのかわからない。
抱きしめられた体を離して顔を見る。とても綺麗に笑っている。
「今度からはわからないようにやるんだ。今までどおりに」
今までどおり。隠れて誰にもバレないように殺しても問題にならない奴を狙って痕跡は残さない。もしくは死を望む者の後押しをして音だけを貰う。グランサイファーに来てからもひっそりと続けている習性。自身の破壊される音だけでなく、たまには別の音もつまみたい。ただそれだけの、知られたら許されないこと。
「この俺が気がついてないと思ってた?団長ちゃんは優しいからさ、誰かが代わりにやらないとね」
わかっていて見逃していて、わかっていて受け入れてくれていた。
目を合わせていると頬が赤くなってきて目を逸らした。考えるなんて曖昧に言ったのも単なる照れ隠しだったのか。
「くはっ! いい子にはご褒美をくれるものだろう」
仄かに赤らむ耳に唇を落として甘咬む。
「こらこら、悪戯しない」
胸元を弱く押されて体を離される。目を合わせると照れくさそうに笑っている。全てが愛おしい。
「トレッビアンッ! 今日はなんて素晴らしい日なんだ!」
「大袈裟だって」
そう言って頭を撫でて額に唇を落としてくれた。
ありのままでいて、いい子だと理解してくれる相手が手に入ったのだとわかったのだから、素晴らしい日に決まっている。