「マユミ、誕生日おめでとうー!!」
クラッカーの代わりに、類似した効果音をスマートフォンアプリで小さく鳴らす。店内に気を配りながら小さく拍手を送ると、周囲にいたカップルやサラリーマンからもささやかな祝福の声があがった。
米花町五丁目。喫茶ポアロの店内では、プチ誕生日会が行われていた。米花百貨店の大きな紙袋を受け取った本日の主役は、まつエクで盛られた瞳を輝かせ、高く結んだポニーテールを揺らす。
「え!? ちょっと何!? びっくりした。うわ、嬉しすぎ。ありがと〜!」
マユミは、「開けてもいい?」と興味津々に紙袋を覗き込んだ。「もちろん! あけてあけて」と三人は声を揃える。
カナ、リホコ、アヤ、マユミの四人は、喫茶ポアロの常連客である。この日のために数日前から店に連絡を入れて席を確保し、密かに計画していたのだった。
学校帰りにお店へ寄っては、ハムサンドをシェアし、ジュースを飲みながらだらだらとお喋りをする。そして、きっちり十八時前には解散するのが彼女たちのルーティン。時折話が盛り上がり、声のボリュームが上がりすぎてしまうことはあるが、基本的に礼儀正しく、周囲に気を遣える良い子たちだ。
安室は、事前に相談されていた通り、ポアロで提供しているケーキに『Happy Birthday Mayumi』と書かれたメッセージ入りのアイシングクッキーを飾り、さらにオレンジジュースを四人分、サービスで彼女たちのテーブルへと運んだ。
「マユミさん、お誕生日おめでとうございます」
灯されたロウソクの火が、ゆらりと揺れる。テーブルの中央へ置かれたホールケーキと安室の顔を交互に見比べてから、マユミは声を上げた。
「ジュースは僕の奢り。マスターには内緒ね」
「なになになに!? サプライズすぎるんですけどぉ!? 安室さん、いいんですか?」
「私たちの分まで本当にありがとうございます……! あむぴも、なんか欲しいものあったら言ってね」
「バカ、安室さんが欲しがるものをあんたが買えるわけないだろうが。安室さん、飲み物まで本当にすみません」
安室が柔らかく微笑むと、キャアと歓声が店内に響いた。楽しそうに騒ぐ高校生たちに、「くれぐれもはしゃぎすぎないように」と唇に人差し指を添えると、「はーい!」と返事をして一同は手持ちのスマートフォンによる撮影タイムに入った。カウンター席にいた男性客がイライラした様子で「お兄さんッ! スプーン落としちゃったんだけどッ!」と声をかけると、安室は曇りのない笑顔ですぐに駆けつける。
ロウソクが溶け始めていることに気付いたアヤが、マユミに早く火を吹き消すよう呼び掛ける。「爆速じゃん」「ウケる」と小さく笑いながら、自撮り棒を駆使してインカメで写真を撮った。
注文したナポリタンとケーキを食べ終わる頃には、ランチのピークタイムも終了し、店内は落ち着きを取り戻していた。オレンジジュースの氷をカランカランとかき混ぜながら、リホコはアヤが持っていたボタニカル調のショッパーを指差す。
「アヤの持ってるそれ何? かわいいじゃん」
「あ、これね。『パシフィック・ブイ』って知ってる?」
「少し前に事故かなんかで沈んだ海洋施設……?」
「違う違う。そっちじゃなくて、『カフェ・パシフィックブイ』の方。最近ハマってるんだよね。米花ヒルズの近くにできたんだよ。ほら、これ」
スマートフォンの画面を見せながら、指で画像をスイスイと切り替えていく。画面には、看板を含むお店の外観や食事の写真が映されていた。
「ここのクロックムッシュがマジやばい、絶品。あとなんか……居るだけでセラピー効果がある。肩こりとか治った気がすんだよね」
「てか待って。ここに来る前に寄ってきたん?」
「そうそう。今日発売のグッズがあって」
「ガチじゃん」
アヤはショッパーからガサガサと購入品を取り出すと、三人に自慢するようにテーブルの上に置いた。
「新商品が出るたびに、正午には完売になるの。やばいよね……今日出たやつも可愛くて色々買っちゃった。これとか超可愛くない? 他にもピンクとか何種類かあって迷ったんだけど」
ネイビーブルーに彩られたシンプルなマグカップに、円錐台形のマークが金色のラインで縁取られ、その上に小さくハートが描かれている。控えめに『PB』の文字が入ったそれは、お店のオリジナルロゴだろうか。表面全体に白く繊細なパールの粒が散りばめられ、光の角度によって色を変える。
カナがアヤからそれを受け取ると、マグカップを裏返して底面を確認した。何やら文字が書いてある。
「なんか……読めないんだけど」
「え、なにこれ。アラビア文字的な? 英語じゃ……ないよね?」
ま、いっか。とマグカップを小箱に戻す。
「あ、やべ、もうこんな時間じゃん。映画、何時からだっけ」
「あと十分で開場じゃね? もう行こ!」
つい長居してしまうのはいつもの癖だ。四人は身支度をして伝票を握りしめると、急いでレジへと向かった。
「安室さん、本当に今日はありがとう! また来週くるね!」
慌ただしく会計を済ませた四人は、安室に手を振りながらポアロを後にした。
安室がテーブルの片づけをしていると、椅子の上に小箱が置いてあることに気が付いた。先ほどの一人が購入品を袋から出した時に仕舞い忘れたのだろう。安室は瞬時に店の外へ出るが、既に視界の範囲に彼女たちの姿はなかった。
(遅かったか……)
困ったように笑うと、安室は手の中にあるそれを見つめた。
装飾や印刷の施されていない、無機質な白い小箱。安室は、その箱をレジ下の棚に仕舞い込んだ。