マタタビ反応の謎

80年後に解明

話は60年前の昭和30年代初期に遡る.薬学部の有機化学(薬化学)の講義で使った教科書(Introduction to organic chemistry (Fieser, Louis F., and Fieser, Mary))の巻末のトピックにネペタラクトンの話が載っていた. 環状エステル,ラクトンの章に関連した追補資料であったと記憶している.マタタビで猫が恍惚状態になることを講義で説明した教授の姿が忘れられない.動物園のトラ(ヒョウ?)を使ったマタタビ実験の話であった.注)猫族のあられもない姿の詳細については追記を参照,画像については「マタタビ猫」による Google検索結果が参考になる.

ネペタラクトン

ネペタラクトール

論文の図を引用

マタタビの成分研究は,1914年東京帝大医科大学の清水茂松氏がマタタビの麻酔作用成分としてマタタビ酸 (C28H40O8) を得たと発表した時まで遡るとのことである. その50年後に, 目武雄氏(阪市大)らが, マタタビ抽出物から複数の化合物を単離し分子構造を明らかにしたと言われているが詳細がわからない.講義で聴いたのは, わが国にはまだ核磁気共鳴装置が存在しない頃の話であり, 化学会や薬学会で大きな話題になっていたことによると思われる.

今更と思われるかも知れないが,内外の投稿論文の履歴をたどってみた.その結果.1960年に目氏はネペタラクトンの合成に成功している.その論文の最後では,合成したものが天然から単離したものと一致することを証明するため,McElvain氏がネペタラクトンの赤外線スペクトルを提供してくれたことに感謝する記載されている.McElvain氏らによるネペタラクトンの単離がアメリカ化学会誌に報告されたのは1941年であるので,同時期に米国が先行するかたちで日米両国でネコ誘引植物(イヌハッカおよびマタタビ)の研究が行われていたということになる.Fieser, Louis F & Fieser, Maryの教科書の記載内容の背景が分かり納得した次第である.

それから60年後の今年(2021年)になって, マタタビ反応の意外な真相が明らかになったネコにマタタビ反応を誘起する活性物質は,ネペタラクトンのカルボニル基が水酸基になったネペタラクトールであり,この物質を使ってネコの反応を詳細に解析した結果ネコのマタタビ反応に関与しているμオピオイド系(多幸感や鎮痛作用に関与する神経系)の阻害薬であるナロキソンを注射したネコではネペタラクトールを提示してもマタタビ反応を起こさないこと明らかになった.また,ネペタラクトールはを忌避する活性を有することから,ネコのマタタビ反応は寄生虫伝染病を媒介する蚊から身を守るための行動であると述べている.この成果は,岩手大学と名古屋大学英国リバプール大学京都大学との共同研究によるものであり,この作用をうまく利用すれば蚊に刺されない薬剤(蚊の忌避剤)の開発が可能になるかもしれないと付記されている.

今回の発見に関連して,長年にわたるマタタビ成分研究の詳細を調べる機会を得たが,核磁気共鳴装置,質量分析装置,液体クロマトグラフィーの存在しない時期の化合物同定の困難さを改めて知ることとなった.最終的には最新機器による再検討が実施され以下のような結論になった.5がネペタラクトン.6がマタタビラクトン(混合物)である.強力な誘引作用を有するネペタラクトールに対応する化合物として,10の-6乗γの強い誘引活性を示す真の誘引物質ネオマタタビオール(51)の存在も確認されている.しかし,今回のネペタラクトールの論文ではふれられていない.

ネペタラクトン ---- ネペタラクトール

ネオマタタビラクトン? ---- ネオマタタビオール

参考資料 マタタビの化学的研 究 (1959年 第3回天然有機化合物討論会要旨集より編集 )

Hyeon, S. B., Isoe, S. and Sakan, T. The Structure Of Neomatatabiol the Potent Attractant For Chrysopa From Actinidia Polygama M1q. Tetrahedron Lett., 51, 5325-5326 (1968).

追記「マタタビ反応」

ネコにマタタビを与えると,いや,ネコはマタタビの香で引寄せられてくるようで ,はじめかんでいるうちに ,よだれを出だし ,口の辺を経く痙攣させながら ブレーメンという笑いに似た表情をはじめ ,放尿したり,のどを鳴したりし出す 。そのうちに瞳孔の拡大がお つて,眼がすわってくる。こうなるとマタタビ以外 に関心を示さなくなり,マタタビ踊りをはじめる。そ のあとはぐっすり眠 り,さ めると何もなかったような常態に復する。これを私どもはマタタビ 反応とよぶこ とにした。 マタタビの研究から(目 武雄)「化学教育」第 12巻 第 1 号 24-30.

28.77kcal

27.97kcal

計算構造(追記)

MMFF94力場計算

右側の方が僅かに安定.

参考資料

ネコのマタタビ反応の謎を解明!~マタタビ反応はネコが蚊を忌避するための行動だった~” (プレスリリース), 岩手大学

“The characteristic response of domestic cats to plant iridoids allows them to gain chemical defense against mosquitoes”. Journal List>Sci Adv>v.7(4); 2021 Jan>PMC7817105

Sci Adv. 2021 Jan; 7(4): eabd9135.

Published online 2021 Jan 20. doi: 10.1126/sciadv.abd9135


The Synthesis of dl-Nepetalactone,

Sakan Takeo, Fujino Akira, Murai Fujio, Suzui Akio, Butsugan Yasuo

Bulletin of the Chemical Society of Japan . 1960, Vol.33, No.12, 1737-1738. Open Access PDF

https://doi.org/10.1246/bcsj.33.1737

S. M. McElvain, R. D. Bright and P. R. Johnson, J. Am. Chem. Soc., 63, 1558 (1950).

J. Meinwald, ibid., 76, 4571 (1954).

R. B. Bates, E. J. Eisenbraun and S. M. McElvain, ibid., 80, 3420 (1958).

マタタビの有効成分のはなし【更新】 | Chem-Station (ケムステ)

マタタビ成分の化学的研究(第1~3報) (昭 和35年2月9日 受理 〉 目 武雄 ・藤野 明 ・村井不二男 (第1報) 有効成分,マタタビラクトン および アクチニジンの単離

(第2報)マ タ タ ビ ラ ク ト ン の 化 学 構 造

(第3報)ア ク チ ニ ジ ン の 化 学 構 造

マタタビの化学的研 究 (1959年 第3回天然有機化合物討論会要旨集より編集 ) (阪 市 大理 ) 目 武雄, 藤野 明 , 村井不 二 男 , 鈴井 明男 , 仏願保男

マタタビ反応を惹起する化合物群

1 アクチニジン

2 ネペタラクトン

3a イリドミルメシン

3b イソイリドミルメシン

研究概要(折りたたみ記事)

国立大学法人岩手大学は、国立大学法人東海国立大学機構名古屋大学、英国リバプール大学、国立大学法人京都大学との共同研究で、ネコのマタタビ反応が蚊の忌避活性を有する成分ネペタラクトールを体に擦りつけるための行動であることを解明しました。これは岩手大学農学部宮崎雅雄教授、同大総合科学研究科上野山怜子大学院生、名古屋大学大学院生命農学研究科西川俊夫教授らのグループによる研究成果です。

ネコがマタタビを嗅ぐと葉に体を擦り付けごろごろ転がる反応「マタタビ反応」は、マタタビ踊りとも言われ江戸時代から知られているとても有名な生物現象の一つです。しかしなぜネコがマタタビに特異な反応を示すのか、その生物学的な意義については全く分かっていませんでした。本研究では、まずマタタビの抽出物からネコにマタタビ反応を誘起する強力な活性物質「ネペタラクトール」を発見しました。次にこの物質を使ってネコの反応を詳細に解析して、マタタビ反応は、ネコがマタタビのにおいを体に擦りつけるための行動であることを明らかにしました。マタタビに含まれるネペタラクトールは、蚊の忌避効果があることも突き止め、ネコはマタタビ反応でネペタラクトールを体に付着させ蚊を忌避していることを立証しました。以上の研究成果は、なぜネコがマタタビに反応するのかという長年の謎に一つの重要な解答を与えるものです。またネペタラクトールは、人類にとっての天敵である寄生虫や伝染病を媒介する蚊の忌避剤として活用できる可能性を秘めていると考えます。本研究は、アメリカ科学振興協会が出版する科学雑誌「Science Advances」に令和3年1月21日午前4時(日本時間)に電子版で公開されました。

2021.10.20

ネペタラクトン

ネオネペタラクトン

ジヒドロネペタラクトン

マタタビラクトン

マタタビオール

ネオマタタビオール

イソネオマタタビオール