可哀想なのは椿
可哀想なのは椿
壁尻。
濁点喘ぎ、♡喘ぎ注意。下品です。
「ハマッた……」
一日中ほとんど人気のない、居住区の裏通り。今を盛りと咲き誇る椿の木の間から、途方に暮れたような声がひっそりと響いた。ガサガサ、ミシミシと椿の並木が揺れる音、のち、失意の溜め息。
溜め息の主は、ここカムラの里で『猛き炎』と呼ばれる青年であった。青年の上半身は椿の並木の向こう、通り側には下半身だけ───つまるところ、青年の身体は椿の並木に突き刺さっている。青年は、何故かくも異様な姿になってしまったのか。事は四半刻ほど前に遡る。
◆
新しい年が明けて、数日。『猛き炎』の青年セジは、里の子供達と羽根つき遊びに興じていた。
「よっしゃ行くぜ!」
カコン、と羽根を羽子板で打つ音と、子供達の歓声の中、セジが大人げなく放った強打が決まる。
「兄ちゃんズルいよ~、強いんだもん!」
「ハハッ、なんなら三人まとめてかかってきてもいいんだぜ?」
セジがこれまた大人げなく挑発すれば、みんなでやっつけてやろうぜ! と子供達は躍起になる。セジの顔を落書きだらけにすべく一致団結した彼ら彼女らは、まだまだ子供とはいえハンター志望。三対一となると、いかに上位ハンターといえど余裕綽々というわけにはいかない。なのでセジは、体勢を立て直すために一度羽根を高めに打ち上げた。子供達は羽根が落ちる位置を見定めて右往左往するが、その子らより先に飛び出した小さな影が、ひとつ。
「え、」
あーっ! と子供達が声を上げる。庇の辺りまで上がった羽根に、ちょうど屋根の上で休んでいたらしい悪戯好きの野良メラルーが飛び掛かったのだ。メラルーはまんまと羽根を咥え、そのまま居住区の奥へ走り去ってしまう。それを見た女の子が、悲痛な面持ちで叫ぶ。
「どうしよう、ミノトお姉ちゃんに作ってもらったのに!」
そう言われては、放っておいて代わりの羽根を使うわけにはいかない。気まぐれなメラルーのこと、すぐに飽きて其処らに放っているかもしれないし、最悪奴らのガラクタ置き場を漁れば発見できるはずだ。
「よし。俺が探してくるから、お前ら此処で待ってな」
こうしてセジは、子供達に羽子板を預けて居住区へと向かった。
メラルーが逃げたと思われる方へ行くと、居住区の裏手裏手へと入り込むことになった。なるほど、人気は感じないし通りの音も届かない、いかにもメラルーが好みそうな雰囲気だ。目線を上へ下へ、メラルーが通り道にしそうな所を隈無く探していると、メラルーは見つけられなかったが、椿の並木の向こうにポツリと落ちている羽根を発見した。やはり、飽きて置いていったらしい。辺りを見るが、並木の向こう側にすぐに回れる道はなさそうだ。こちらから並木越しに手を伸ばせば、ギリギリ手が届きそうな距離でもある。いちいち回ってくるのが面倒に思えたセジは、程よく空いていた枝葉の隙間から腕を突っ込んだ。
「ん……あれ? 意外に遠いな……」
あと少しで届きそうだが、隙間の位置が少し高かったせいか、腕だけを伸ばしているのでは難しいようだ。セジは腕を入れていた隙間に更に顔を突っ込み、更にもう片方の腕、肩、と上半身を丸ごと突っ込んだ。結果的に羽根は回収できたものの、こんなことをするくらいなら回り道をしてきた方が良かったのかもしれない。そう思いながら、やれやれ、と椿の隙間から身体を抜こうとしたのだが。
「……、…………⁉︎」
動けない、前にも後ろにも。どちらへ動こうにも、枝葉がどこかに引っ掛かってつっかえてしまう。
「やべー、どうしよ……」
椿の枝を折って脱出できなくもないのだが、花が咲くまで椿の木を育てるのは簡単ではない。裏手とはいえ、誰かに大切に世話をされてきたものを折るのは、セジには忍びなく思えた。なんとか穏便に抜け出せる方法はないか。椿の木に突き刺さったまま首を捻っていると、背後にふと、人の気配を感じた。
「セジ殿、ですかな?」
「…………えっ、カゲロウさん⁉︎」
振り返る……と、椿の花が目の前に。突き抜けた側に顔があるため、通りの側を見ることができない。だがこの声と、香のかおりを違えるはずがなく。
「ああ、やはりそのお尻はセジ殿でしたか」
「尻でわかるんすか」
何故このタイミングで? と思わなくもないが、まさかの助け舟だ。聞けば、セジを待つ間に暇をして雑貨屋に飴を買いにきた子供達から、事情を聞いたらしい。セジの戻りがあまりにも遅いため、ゼンチに店番を任せて探しにきた、と。セジとしては、こんな滑稽な姿を見られて恥ずかしい思いもありつつ、気心の知れた人物が来てくれたことに安堵していた。
「ところで、セジ殿はそんな所で一体何を……」
「あー……この向こうに羽根があって、横着したら抜けなくなったんですよ」
「なるほど」
セジが後ろから引っ張るように頼むと、カゲロウは快諾してセジの脚を後ろから抱えた。ひとまず、よいしょ、と引っ張ってみるが。
「いてててて、枝が刺さる……!」
「おっと失礼! ……これは、なかなか難しそうですな」
枝葉が着物や帯につっかえており、力任せに引っ張り出したのでは椿の木を傷めてしまいそうだ。そこでカゲロウはセジの真後ろに立ち、枝を避けつつ腰を抱き込んで引っ張ってみるが、着物同士が滑ってしまい上手くいかない。
「仕方ありませんな」
「え、ちょっ……⁉︎ ちょちょちょ何してるんですか⁉︎」
「布が滑ってうまく引っ張れないので、こちらの方がよろしいかと」
カゲロウはセジの着物の裾を掴むと、躊躇なくベロンと腰まで捲り上げた。屋外で突如褌を丸出しにされたセジは当然焦るが、理由を聞いて大人しくなると、それじゃあお願いします、とポツリ。カゲロウは再びセジの腰を後ろから掴み、引っ張ってみるが、一番悪さをしているのは帯のようだ。
「ふんっ……! ううむ、これは……」
「かっ、カゲロウさん、これ、ちょっと……」
この体勢なんとかなりませんか、とセジ。褌を着けているとはいえ、尻は丸出し。しかも後ろから腰を掴まれて、まるで後ろから「致している」かのような体勢なのである。あらぬ想像をしてしまい、セジは逃げようと腰を捩る。
「これ」
「いっ、」
そこで、ペチ、と乾いた音。カゲロウが、セジの尻を軽く叩いた。
「暴れてはいけませんぞ」
「だ、だってなんか……!」
この体勢なんか嫌なんです、とセジ。なんとかカゲロウの手から逃れようとモゾモゾ尻を動かしていると、お静かに、という言葉と共に再びペチ、と乾いた音。
「んあ!」
絶妙な位置を叩かれたせいか、玉の辺りに振動が伝わり、セジの口からやや高い声が上がった。カゲロウは、ふむ、と顎に手を当てると、空いていた方の手でツンツンとセジの玉袋をつつく。
「ちょっ、やめてくださいくすぐったいですって……!」
「くすぐったいだけですかな?」
「~~~っっ! わかってるならやめてください!」
セジはもー! と憤りながら、脚をバタバタと動かす。カゲロウはセジの脚が当たらない位置からふむふむ、とその様子を見た後、無言で強めにセジの尻を叩いた。べちん! と肌同士がぶつかる音が、裏通りに響く。
「んい゛ッ、」
「聞き分けのないお尻ですな」
「俺は尻じゃねぇって……あーもう、そういう触り方ッ!」
叩かれたことで少し赤くなってしまったセジの尻を、カゲロウは優しい手つきで撫でる。だがその手は、優しいだけではない。やわやわと玉袋を揉みしだき、極めつけには褌の上から穴の辺りをぐにぐにと弄る。
「こ、こんなところで何やって……!」
「しー。余り声を出すと、人が来ますぞ」
「だったらやめて……んん、ちょっ、」
カゲロウの指が褌と肌の隙間に入ったかと思うと、布を横にずらして玉袋と穴を丸出しにする。唖然としているセジの鼻をくすぐるのは、甘い香油の香りだ。
「……なんで持ってきてるんですか⁉︎」
「こんなこともあろうかと」
「こんなことは通常ないです‼」
とにかくやめてくれ、とセジは可能な範囲でジタバタと暴れるが、先程からカゲロウは巧く位置取っており、セジの反撃は掠りもしない。そうこうしているうち、カゲロウは兆し始めていたセジの前をスルリと撫でた。
「ひぇっ……!」
「ここをこんなにしたまま、子供達がいる広場まで戻れますかな?」
セジはぐっと言葉に詰まる。少しの間の後、すぐに終わります故、と言いつつ、カゲロウは更にセジの褌をずらした。ぶるん、と勢い良く飛び出した魔羅を握り、ゆっくりと扱き始める。香油の滑りに先走りが混じり、ぬちゃぬちゃと粘膜が擦れるような音が漏れ始めた。
「んん、ん、ぅ……うぅ、ん……っ!」
「そうです、声は抑えて……」
竿を強めに扱き上げられ、セジはいとも簡単に追い詰められていく。誰に見られるかわかったものではない屋外、身動きが取れず、逃げることも抵抗することもできないままで……ということも興奮材料となってか、あっという間に限界を迎えてしまう。
「う、ぐ……っ、かげ、ろさん、もぉ……っ!」
セジは背後にいるカゲロウを振り返るが、椿の枝葉に遮られて姿を見ることは叶わない。だが、カゲロウがくふ、と含み笑いを洩らしたことだけはわかった。瞬間、魔羅を握っていたカゲロウの指が先端にかかり、ぐり、と鈴口を一撃。
「お゛ぁッ⁉︎」
セジは電撃を受けたかのように腰を震わせ、椿の木に向けて溜まりに溜まってた子種を撒き散らした。
「赤い椿が白くなってしまいましたな」
「っ、はぁ、は……ッもー、サイテーだよアンタ……」
言葉では抗議しつつも、はあはあと洩らす吐息は熱っぽく、冬の空気をぬくめるようですらある。蜜金の瞳にも確かに熱が籠ってはいるが、視線で訴えることは椿の枝葉のおかけで叶わず。
「それでは、この辺にしておきましょう」
「へ?」
「早いところ、此処から脱出しなければ」
セジの無言の訴えに気づいているのかいないのか、カゲロウは「よっこいせ」という掛け声と共に、何事もなかったかのようにセジの腰を抱えて引っ張り始めた。セジは、え? と何とも言い難い感情を含んだ声を発するが、どこ吹く風だ。物欲しげな視線をくれようにも、二人の間には椿の木。
「か、カゲロウさん、カゲロウさんっ」
「はい、何でしょう。枝が刺さりますかな?」
「ち、ちがっ……ぇ、え? おわり、ですか?」
「……と、言いますと」
カゲロウは、セジの腰を抱えたまま首を捻った。しかしセジからその仕草は見えず、怪訝そうな声だけが聞こえる。対してカゲロウには、必死なセジの声だけが届く。
「だっ、だからぁ……その、物足りないというか……」
「……ふふふ」
「あっ……! くそッ、わかってるじゃないですか!」
してやられた悔しさから脚をバタつかせるセジの尻を、カゲロウは宥めるように撫でる。
「こんな場所で及んでいては、誰かに見咎められるかもしれませぬ。せめて今夜、ということでは?」
「いやらしい触り方してからかったのはカゲロウさんなのに?」
「それは……そうですな」
「俺、もうカゲロウさんがちんぽ入れてくれるまで此処から出ねー」
最初は厭がっていたのに仕方ない御方だ、とまたセジの尻を撫でて、カゲロウは再び懐から香油の瓶を取り出した。常とは違う想い人の姿を前にして、何だかんだで乗り気なのだ。香油まみれの指で尻のあわいを撫でるのもそこそこに、外気に晒されてひくつく穴へぬぷりと指を沈めていく。まずは一本、具合を確かめるように。焦らされた穴は、何の準備もしていないはずなのに熱くぬかるんでいる。何度か抜き差しをして、次は二本。一本目のように一息で根元まで挿入するようなことはせず、入口から少しずつ拡げるように。
「んん、っ、くぅ……」
二本の指が抵抗なく抜き差しできるようになるまでに、そう時間はかからない。随分と期待してしまっているらしい姿を見下ろして、カゲロウはくふふ、と笑う。
「あ、あぅ……」
羞恥と興奮できゅうと締まった内壁を掻き分けるようにして、三本目の指が沈む。半ばまで沈められた指がぷくりと膨らんだしこりを捉えるのは簡単なことで、トントンと軽くつつくように刺激すれば、セジの口から上擦った声が漏れる。
「んあっあっ、やぁっ」
「厭ですか? 止めましょうか」
「ううぅ、ばかやろー……」
意地悪しないで、と快楽でドロドロに蕩けた声で訴えるセジに気を良くしてか、カゲロウは三本の指を深く胎内に沈めた。
「んおぉ、ぉ……♡」
ただでさえ蕩けた声が更に蕩けていくのを感じて、顔が見えないのが惜しい、とカゲロウは思う。今のセジは、男に犯されてなお快楽を追う浅ましさ、その快楽に抗えない口惜しさと、こんな場所で及ぶ羞恥とが入り交じった極上の容を晒しているに違いない。ぬるりと指を引き抜くと、刺激を失った欲張りな穴がひくひくと震える。
カゲロウは念のために周囲に人の気配がないか確認してから、既に充分育っていた逸物を着物の中から取り出した。期待に震えるセジの尻を、ひと撫で。
「失礼しますよ」
一声掛けてから、カゲロウはセジの尻のあわいに指をかけてぐにぃ、と拡げた。くぱくぱと開閉する穴に、先端をあてがう。瞬間、吸い付くような動きを見せた襞を捩じ伏せるように、逸物を押し込んだ。
「ん゛あ゛あぁッ♡」
椿の向こうから、歓喜の声が聞こえる。肉づきの良い尻を揉むように撫でながら、カゲロウは更に奥へ、ゆっくりと傷つけないように侵入していく。この辺りか、というところでしこりをいたぶるように何度も擦り上げると、ただでさえ折れそうなセジの膝がガクガクと震えた。
「ん゛、あッ、あぁ、そこぉ……っ♡」
きゅう、きゅう、とセジの内壁が締まり、カゲロウの砲身に絡みつくようにうねる。放りっぱなしの魔羅からは白濁混じりの先走りが糸を引いて零れ、椿の根元を汚す。こりこりとしこりを虐め続けていると、椿の枝葉越しに「お゛ッ♡」と獣のような短い叫び声。見れば、赤い花が新しい白濁で濡れていた。胎内は搾り取るように蠢き、カゲロウはくっと息を詰める。
きゅんきゅんと締まる内壁が少し落ち着いたところで、カゲロウはセジの尻を掴み直した。奥まで入りますよ、と一言断り。最奥を目指して熱の楔を沈めていく。
「お゛っ、ぁ、っんお゛ぉあ゛あぁ~~ッ♡♡」
ごちゅ、と突き当たりを仕留めると、セジの腰が陸に打ち上げられた魚のように跳ねた。また、軽く気を遣ってしまったようだ。弾みで膝が崩れそうになるのを支えてやり、カゲロウはゆっくりと奥を責め始める。
「あ゛っ、あっ、ん゛ぁっ、おく♡ おく、あゔぅ♡」
セジは、もっと強く、とでも言いたげにカゲロウの逸物に尻を押しつける。同時、椿の枝がミシリと一際大きな音を立てた。カゲロウは一度腰の動きを止め、落ち着かせるようにセジの尻をさする。
「やっ……ゔぅ、うごいてくらひゃいぃ♡」
「枝が折れては椿が可哀想ですから」
盛りの最中に花が落ちるようでは気の毒だ。カゲロウはよしよし、とセジを宥めてやりながら、ゆっくりと深い抜き差しを繰り返す。
「んぅ、ぐ……っ、お゛ぉ、おォッおお゛お゛ぉ♡♡」
「これ、声は抑えねば……」
「お゛っ、ほ♡ むりぃ、ちんぽ、ちんぽきもぢい゛い゛ぃぃ♡」
ずろろと入口近くまで引き抜いては、ずっぷりと突き当たりまで挿入する。これはこれで好きなようで、しつこく同じ動きを繰り返すと、セジはぎちぎちとカゲロウの楔を締めつけた。パンパンに張った玉がぐっと競り上がり、今にも絶頂しそうだと全身で訴える。
「ん゛あ゛ぁ、あ、ああぁすっげ♡ ぇ、え゛あ゛あぁ、あああァ~~~♡♡」
奥まで入れて腰を回すように抉る動きを混ぜると、セジの声が更に高くなった。無意識に逃げを打つ腰を引き寄せ、緩みかけた胎内の弁のような部分を抉じ開けるように楔をねじ込む。うねる襞と、獣のような声。
「お゛っ♡ お゛ォッ♡ お゛ぅッ♡ きたッ、きたきたきたぁあ゛ぁ♡ あ゛あ゛あ、あっ、あッ、イく♡ イ゛ぐッ♡ い゛ぐううぅっ♡♡」
またも椿に向けて子種を撒き散らし、ついにセジの身体が膝から崩れ落ちる。カゲロウは咄嗟に支えようとセジの腰に腕を回したが、しっかりと支えるより先にセジの上半身が椿の枝の間から抜けた。
「おっと、と……」
「んお゛お゛ッおああぁァ~~~ッ♡ ふかっ、ふかいい゛ぃっぎイ゛ィッ♡♡」
二人揃って尻餅をついてしまわないよう、カゲロウは慎重にセジの体重を支えながら通りに腰を降ろした。安堵したカゲロウに対し、自重で更に深く楔を打ち込まれたセジは、快楽と苦痛の間のような咆哮を上げる。
「良かったですな、抜けましたぞ」
「うぁ、あ゛……あ、ぉ……ッ♡」
「こちらは抜けてはおりませぬが」
腰を回すように揺すって突き当たりを抉ると、胎内の奥の入口がふわ……と開くような動きを見せた。それをわかっているのかいないのか、セジは尻をカゲロウに押しつける。
「もっとおく、おくまでくらひゃい……♡」
「ふぅ……仕方ありませんなぁ」
子種にまみれて赤と白の斑模様になってしまった椿の花を見ながら、二人はようやく口づけをかわした。
◆
「───というのが、それがしの今年の初夢でした」
「もういいっす」
「初夢は正夢になる、と言いますな」
「なってたまるかァ‼‼」
三和土に足を降ろして具足の紐を結んでいたセジは、出掛けにしょうもない話で引き留めないでください! と背を向けたまま叫ぶ。何やら急いでいるようだ。カゲロウは書き物をする手を止め、セジがいる方に向き直る。
「お約束でも?」
「近所の子供らと、羽根つきする約束してるんですよ」
夕方には戻るんで、と言いながらセジは立ち上がる。お気をつけて、とカゲロウが応じれば、セジはいってきまーす、と笑顔で応じて水車小屋を出ていった。
「……ふむ」
まさかとは思うが、一応持っておくか。
カゲロウは文机の抽斗を引き、奥できらりと光る小瓶を取り出すと、懐にスッと仕舞いこんだのだった。