三千世界の烏も黙る
三千世界の烏も黙る
カゲハン♂の初夜とそれに至る過程。
「なんでこんなとこに置いてんだよぉ、里長……」
さらり、さらりと砂粒が流れ落ち、鈍く輝く帯を成す洞窟深く。カムラの里の『猛き炎』は、頭を抱えて項垂れたのだった。
◆
狙うは、角竜ディアブロス。ところ、砂原。
やたらと体格の良い角竜が大暴れしているとの報せがあり、依頼を受けて乗り込んだのが今日の朝方。今はもう、そろそろ日が沈むという刻。依頼の内容が内容なだけに、長丁場は覚悟していたので問題ない。そして、やたらと体格が良いと言っても、砂原周辺の民からの情報。本職のハンターの目で見れば、ありがちな大きさなのだろうと高を括っていた。が、対峙してみてその巨大さに瞠目してしまうなど。
相手の大きさが変われば、当然ハンターに求められる立ち回りも変わる。苦しい戦いとなった。それでも砂まみれになったり吹っ飛ばされたりしつつ、どうにか角をへし折り尻尾を千切り、ねぐら付近まで追い詰めることに成功したのだ。これは、日が沈んでしまうまでに決着をつけたい。その思いが焦りとなったのだろうか、砂地を潜行し始めた相手の動きに対する反応が、ほんの刹那、遅れた。追い詰めたとはいえ、此処は相手の本拠地。一瞬の油断も許されなかったのだ。足元に僅かな震動を感じた時には、既に遅かった。地中から飛び出した角竜に砂塵とともに巻き上げられ、吹っ飛ばされてしまったのである。そのまま砂漠の上に着地できればよかったものを、ご丁寧に近くの穴にすっぽり落ちてしまい、翔蟲の力を借りて体勢が整った時には空は随分と遠いところにあった。マジかよ、と思わず洩らす他なく。
砂原の地図と睨めっこし、相手のねぐらの方向を探る。かなり弱っていた。余程のことがなければ、ねぐらで休息をとるはずだ。翔蟲を飛ばし、崖を慎重に登っていく。その時、一緒に崖をよじ登っていたオトモガルクが忙しく吠えた。どうしたと問えば、反対側の崖を示してまた吠える。視線を走らせれば、何やら怪しい洞穴がぽっかりと口を開けているのが見えた。ハンターの勘、こういう場所には珍しい鉱石や植物、あるいは茸が眠っている。寄り道している時間は惜しいが、さりとて此処にもう一度来るのも面倒。翔蟲を対面の崖に向けて飛ばし、洞穴に転がり込んだ。
そうして、見付けた。見付けてしまったのだ。
「なんでこんなとこに置いてんだよぉ、里長……」
とまあ、ここで冒頭のセリフに立ち戻る。
洞穴の奥で発見したもの、それは百竜夜行の手記、最後の一冊だったのである。
「やったニャ旦那様! これで全部揃ったニャ!」
「ガウ!」
「あー……うん。そう、だな……」
カムラの里長、フゲンが書き残したと思われる、百竜夜行の手記。里の歴史を記す貴重な文献であり、百竜夜行の災禍を後世に伝えるものであり───カムラの里を拠点とする竜人族の商人、カゲロウが探し求めているものでもあった。そのカゲロウと、紆余曲折はあったものの「百竜夜行の手記最後の一冊が手に入ったら、正式にお付き合いをする」という約束を交わしたのが、昨日の話。
もう一度言おう。昨日の話である。
カムラの里周辺にある、様々な環境の広大な狩り場。その中にばら撒かれている、たった十冊の手記。九冊まで収拾するにも、大変な時間と労力を要した。残り一冊、簡単に発見できるとは思えない。むしろ、これまで以上に時間を要するかもしれない。それでも、それほど大変でも、絶対に見つけて見せますと、想い人に誓いを立てたのだ。なのに、なんでこんなにあっさり見つかるかな。
「どうしたニャ? 嬉しくないニャ?」
「いや、嬉しいよ。嬉しいんだけどな、心の準備みたいなものがだな」
オトモアイルーの「ニャア?」という声と、オトモガルクの「ガウ?」という声が見事に重なった。
「ッカ~~ッ! あんなこと言っといて今更何を抜かしてるニャ⁉︎」
「おまえ、それが主人に対する言いぐさか? あーもー里長~~~……」
「情けないニャ! こんなもん、とっととカゲロウ殿に渡して抱かれるなり掘られるなりしてこいニャ!」
「抱か……っ! 掘……っ⁉︎ あああぁ~~~……」
このオトモ達の辞書に「繊細」という言葉は無いらしい。
夕刻。
角竜ディアブロスとの激戦をなんとか日没までに制し、日が沈む前にカムラの里に帰還した。門の前で傘屋のヒナミに、通りでオトモガルクを撫でていたイヌカイに挨拶をする。ディアブロスの巨大な角を引きずりながらの帰還だ。討ち損じたわけではないことは、見ればわかる。だからこそ、なんとも言えない微妙な表情でのろのろと歩くこちらを見て、ヒナミもイヌカイも首を傾げていたのだろう。そう、狩猟の方には全く問題がなかった。問題、というか、この微妙な表情の原因は、別にあるわけで。
「旦那様、素材はボクたちでお家に持って戻るニャ」
「え……いや、いいって。今回は大漁だし俺も、」
「旦那様は行くところがあるニャ」
ぴしゃり。オトモアイルーは、もともとそう良いわけではない目付きを更に険しくしている。砂原でも色々とこき下ろされたばかりだ。何を考えていたのか、お見通しなのだろう。
「そんじゃあ、旦那様はちゃんと雑貨屋に寄るニャ。ほら、オメーはこのデカい角を持てニャ」
「ワンワン!」
「旦那様と一緒がイイ、じゃないニャ! 邪魔になるからとっとと行くニャア!」
どうも意思統一が図れていないようだが、オトモたちは一足先に戦利品を持って自宅へ戻って行った。日の傾いた往来に取り残され、途方に暮れる。手の中には、百竜夜行の手記最後の一冊。
「ハンター殿、お帰りなさいませ」
「おわっ……! か、カゲロウさん、今戻りました!」
「御無事で何よりです。戦果は上々だったようですな」
手に持っていた手記をサッと背中側に隠す。見られていなかっただろうか。正直なところ、このカゲロウ相手に隠し事ができる自信が一切ない。そ、そうですね、と答えるのが精一杯で、案の定首を傾げられてしまう。
「如何なさいましたかな?」
「い、いえ、別に……」
不味い。動揺していることに完全に気付かれている。ついでに言うと、後ろに隠したままの手が我ながら怪しい。カゲロウは無言で顎を撫でてから、ずいっと身を乗り出してきた。すんでのところで回避したが、いや、これもう、無理。
「ハンター殿」
「う」
「ハンター殿ー」
「ううぅ……~~これ見つけちまいましたァッッ‼」
山びこと共に、隠していた手記をカゲロウの前へ突き出す。声が大きかったせいで周囲にいた里の人々にも聞こえてしまったらしい。まあ、見つかったのですねうふふ、と笑うヒノエ。愛のなせる業だねぇ、とワカナ。やったじゃないか! と通りすがりに肩を叩いていくツリキ。なんで今通った。ていうかアンタここいつものルートじゃないだろ。
観念して手記をカゲロウに手渡すと、カゲロウは早速中身を改め始めた。ふむふむ…、これは…! といつものように読み進め、確かに最後の一冊、抜けていた部分だと興奮した様子である。
「ようやく全てが揃いました。ハンター殿の御尽力に感謝いたしますぞ」
ほくほくと嬉しそうなカゲロウに、袖の上から両手をしっかと握られる。あの甘い香の匂いと共に、可愛らしい小花まで飛び出しそうな様子に、なんだかんだ言いつつきちんと渡してよかったと思う。そして、カゲロウのこういうところはやっぱり可愛い。可愛いのだが、まさかあの約束を忘れているわけではあるまい。あまりに通常運転なカゲロウを見て、最後の一冊が見つかってこんなにドギマギしたのは自分だけなのだろうか、と少し不安になってくる。
「ああそうだ、ハンター殿」
「は、はいっ」
「御礼にこちらを」
どうぞ、と手渡されたのは、風神と雷神を模した立派な木彫り。ふと、木彫りだらけになってしまっている自宅の棚の様子を思い出し、唇の端が引きつりそうになった。これはどこに置けばいい。枕元? 寝返りをうった時に頭に刺さりそうだ。とはいえこれはカゲロウのれっきとした好意なわけで、無碍にできるわけもなく、礼を言って受け取った。その後もカゲロウには特に変わった様子もなく、いつものように足りなくなってきていた道具や薬を購入してから自宅へ帰ったのだった。
拍子抜けしながら自宅の引き戸を開けると、ちょうどアイテムボックスの整頓を終えたらしいオトモたちが住処へ帰るところだった。明日の予定を確認してから別れ、三和土に入るとルームサービスが笑顔で迎えてくれた。
「おかえりニャさいませ、ハンター殿」
「ああ、ただいま」
「おや、その木彫り……最後の手記が見つかったのですニャ⁉︎」
おめでとうございます! 今夜は間に合わないけど、明日の夕飯は赤飯ですニャ! とルームサービスがくりくりの目を輝かせる。喜んでくれるのはありがたいのだが、いつの間にルームサービスまでもがこの約束を知ることとなったのだろうか。アイルーたちの情報網は恐ろしい。
「そちらの木彫りはどこに飾りますかニャ?」
「んー、どうすっかな……」
先ほど思い浮かべた通り、棚はもはや木彫りでいっぱいである。その上今回貰ったものはやたらと立派だ。何度見ても風神と雷神を模したもので、ごく最近発見されたモンスターだというのに、カゲロウの仕事の速さには感心してしまう。細部まで繊細に表現されており、彫刻師の技術の高さも窺える。
「……んっ?」
まじまじと木彫りを見詰めていると、ちょっとした隙間に何やら丸めた小さな紙片が挟まっていることに気づいた。伝票か何かが滑り込んでしまったのだろうか。引き抜いて中を見てみる。
───今宵、それがしの宿においでくださいませ。二人きりの逢瀬と参りましょう。
「…………びゃッ⁉︎」
驚きのあまり、思わず木彫りを手放してしまった。落下してしまう前に、足元でルームサービスが受け止める。よかった、動揺しすぎて、とてもじゃないが自分では拾えなかっただろう。ついでに腰も抜けてしまい、へたり、と囲炉裏の前に座り込んでしまう。
「ハンター殿、どうニャさいましたか⁉︎」
なんでもないよ、と言うよりも早く、手の中の紙片を覗かれてしまった。
「……やっぱり、明日は赤飯ですニャァ」
◆
瞬く間に、夜はやってきた。
既にルームサービスは住処へ帰った後だ。カゲロウへの手土産にと、いつの間に材料を調達していたのか、よくできた美味そうなみたらし団子を手渡された。さすが、ギルドが派遣したルームサービス。
それはそれとして、雑貨屋はとうに店仕舞いしていることだろう。当然、カゲロウは宿に戻っている頃だ。手紙に気がつかなかったフリが出来なくもないが、元を辿れば「最後の手記が見つかったら」と言い出したのは自分の方だ。怖じ気づいている場合ではない。なるべく自然に、気負わず行こうと、着慣れた濃紺色の浴衣に腕を通す。
カゲロウが拠点にしている宿は、カムラの里の一角にあった。古めかしいが古くさくはない大きな門を潜り、玄関へ。三つ指を突いて頭を垂れる女将にカゲロウに会いにきたことを告げると、宿の別邸らしい離れに通された。女将は離れの入り口で、ごゆっくりおくつろぎください、と言い残して立ち去る。普通は、こう、引き戸を開けたり、襖を開けたりするところまで一緒ではないかと思うのだが……カゲロウに何か言われているのだろうか。
特に他意はないのだが、なんとなく、極力音を立てないようにして離れの引き戸を開けて、閉める。草履を脱いで玄関に上がると、すぐに襖があった。中から、淡く光が漏れている。すう、はあ、と深呼吸をして、そっと襖を開けた。
「今夜は、いらっしゃらないかと思いましたよ」
こんばんは、と柔らかな声色で言うカゲロウは、いつものように御札で顔を隠しつつも、部屋着らしい浴衣に身を包んでいた。室内を照らすのは、柔らかな橙色の光を抱く行灯だけ。そして視線を下げれば、一組の布団。カゲロウはその脇に正座をして、ふ、と微笑んでいる。あまりに様になる光景に、思わず息を呑んだ。
「どうぞ、こちらへ」
「あっ……はははい、あああああのこここれおみおみおみお土産でです……」
「そう緊張なさらず。捕って食ったりはしませぬゆえ」
「えっ、あ……」
しまった、と思った時には残念そうな声が漏れ出ていた。期待が全くなかった、と言えば嘘になる。そもそも心の準備がどうのこうの言っていたのは、「そういうこと」と想像していたからだ。もしや、食われたかったですか? なんて問われてしまえば、真っ赤になって俯く他なく。
カゲロウに勧められて、隣の座布団に腰を下ろす。改めて手土産のみたらし団子を渡すと、硬くなる前にいただいてしまおうと、カゲロウがお茶を淹れてくれた。量からして明らかに二人分の団子を、温かい茶と一緒に賞味する。
「これは美味ですな」
「はい。うちのルームサービス、めちゃくちゃ優秀なんです。菓子だけじゃなく、飯もすげー美味くて」
「それは良きことです。食事は狩猟生活にとって大切ですから」
「よかったら、今度うちで一緒に飯どうですか」
他愛もない会話をするうち、だんだんと緊張が解れてきた。正座を崩し、甘辛いタレがたっぷりついた団子を豪快に頬張る。
「ふふ、ハンター殿」
「ん?」
ついておりますぞ、と言われたその瞬間、少しだけ御札を捲ったカゲロウの顔が目の前にあった。ちろ、と唇の端をなぞったのは、確かにカゲロウの舌で。え、と口を半開きにしたまま固まっていると、その唇にちゅ、と口づけられた。待ってくれ、今のは接───
「すすすすすんません、みっともないとこ見せて……!」
慌てて口の端についているらしいタレを拭おうとして、でもさっきカゲロウに口づけられたばかりで、なんだか拭うのは惜しくて、とわけがわからなくなっていると、可愛らしいですね、と追い打ちをかけられた。もう顔が熱くて、何がなんだか。そうこうしているうち、今度はカゲロウの指がスッと目尻を撫でた。
「あの紅、今も使ってくださっているのですね」
「えっ⁉︎ あ、えと……に、似合うって言ってくれたから、その方がいいのかなって……」
宿に向かう前、湯浴みは済ませてきていたが、その後わざわざ紅を引き直した。逢瀬の経験などないが、相手の好きな姿で出向くのが礼儀ではないかと思ったからだ。が、そう言うとカゲロウは黙ってしまった。もしかして、あざといとでも思われたか。
「カゲロウさ」
「あまり可愛らしいことを言うと」
「んむ、」
今度は、深く食むような口づけ。驚いて、思わず逃げ腰になってしまう。だが、頭の後ろをがっちりと押さえられてしまい、叶わない。抵抗を封じられたまま、上顎や歯列を舐られ、引っ込みかけた舌をつつかれ、絡められ、だんだんと身体に力が入らなくなっていく。
「んん、ん、んぅ……っぷは」
「ハンター殿、舌を」
「んんぅ!」
一度口を離され、言われるがままに舌を出すと、今度は勢いよく噛み付くように口づけられた。舌を舌で捕らえられ、絡めとられて、呼吸すら奪われていく。まるで生き物のように蠢く舌で口内を蹂躙されるたび、何かがぞくぞくと背筋を駆け上がった。同時、下半身にも熱が集まる。
「ふ、ぅ、ぷぁ……っ! あ、あッ⁉︎ す、みませ……」
気づいた時にはもう遅く、下腹部の熱芯は隠しようがないほどに浴衣を押し上げていた。接吻だけで、こんな。
「謝るようなことではありませぬ。好ましく感じていただけたということですから」
「う、はぃ……」
好ましいのは間違いないが、こんなに浅ましく反応してしまう自分の身体が恨めしい。
「ふふふ。ですが、そのままではお辛いでしょう」
「そ、ですね、ちょっと落ち着かせてきま……っ⁉︎」
若さゆえ、仕方がないといえば仕方がないのだが、恥ずかしいものは恥ずかしい。少し頭を冷やしてきた方がいいだろう。夜風に当たるか、最悪厠に行って処理を───と立ち上がろうとした瞬間、カゲロウに腕を引かれた。何を、と問うより早く、敷いてあった布団に押し倒される。見上げると、天井……と、御札で隠されたカゲロウの顔。いや、待って、この体勢。
「………ッ⁉︎ かかかかカゲロウさんッ⁉︎」
待ってください、と言う間もなく、カゲロウの手が浴衣の合わせをまさぐり、するりと下帯の方へ伸びた。
「ひゃ、」
「想い人と二人、こうしておりますのに……一人遊びで片付けてしまうなどと、寂しいことを言わないでくださいませ」
「まっ、ァ、やだッ」
今やしっかりと芯を持ってしまった自身をやわやわと揉まれ、思わず拒否の声を発してしまった。カゲロウの手の動きが、ぴたりと止まる。興が冷めたか、もしや不機嫌にさせてしまったか。いずれにせよ、御札のせいで表情は読めない。
「ぁ……すみ、ません、俺……」
「ふふ、謝らずとも」
思わず謝ってしまったが、カゲロウが発したのはいつもの優しい声で、ホッと胸を撫で下ろす。
「その、嫌とかじゃなくて。こ、こういうことをしたことが、なくて……」
実を言うと、接吻も初めてだった。幼い頃からウツシ教官のもと、ひたすらに狩猟技術を叩き込まれ、色事に興じる暇などついぞなかったのだ。そもそも、あの狩猟馬鹿の教官の近くにいて、そんな気を起こすということもなく……美しい女性を見て心躍ることがなかったわけではないが、それは今、カゲロウに対して抱いている感情とは全く別物だ。
「それは、少々性急でしたかな。怖かったでしょう」
「怖くない! です……カゲロウさんだから」
驚きはしたが、恐怖はない。これから全く知らない場所に行くのだとしても、カゲロウに手を引いてもらえるのなら。
「カゲロウさん、俺に……ぜんぶ、おしえてください」
「……」
カゲロウの白い手に、自分の日焼けした手をそっと重ねる。目、がありそうな位置をしっかりと見詰めて……なんだか固まってしまっているように見えるのは、気のせいだろうか。相変わらず表情は読めない。カゲロウさん? と覗き込むようにすると、ふー、と長めの吐息。
「まったく……事を急いてはならぬと思ったところだというのに、抑えが効かなくなってしまう」
「え?」
「はは、なんでもありませんよ」
カゲロウは笑って、重ねた手を取る。額にそっと唇を寄せられ、そのまま再び布団に押し倒された。銀の髪が行灯の淡い光に照らされ、ゆらゆらと煌めいていた。
「ん、ん……ぅ、ッ」
もともと着崩し気味だった浴衣は、今や帯で腰まわりに引っ掛かっているだけ。下帯はとうに解かれて、その内で熱を上げていた自身は、カゲロウの手の中。上下に扱かれるたび、とぷりと溢れた先走りが白い手を汚していた。
「ここを、こうすると」
「あッぁ、それ駄目、んあぁぅ……」
先端を握られ、親指の腹で少し強めに撫でるようにされる。待って、駄目と身をよじるが、カゲロウが作った指の輪に擦れるのがどうにも心地よく、独りでに腰が揺れてしまう。くちゅくちゅと厭らしい音と自分の乱れた息遣いが、やたら大きく聞こえる。カゲロウの手に包まれているという安心感と、急所を握り込まれているというある種の恐怖感。相反する感情が頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合い、思考は徐々に奪われていく。
「やっ、あ、もう無理……ッ!」
「よろしいですよ」
「んん、んッあっ、ああぁっ……!」
あ、と思った時には、カゲロウの手を欲で汚していた。慌てて懐紙を探したが、頭が回らない上に勝手を知らぬ部屋、見つかるわけもなく、謝ることしかできない。汚れていない方の手で頬を撫でられ、たくさん出ましたね、などと言われた日には、もう。
「ううぅ……」
「して、ハンター殿。普段お一人で致す時も、そのように可愛らしいお声を出されるのですかな?」
「なっ…⁉︎ そんっ……~~~もうッ!」
手近にあった座布団を拾い、思わずカゲロウの顔に押し付けた。ぼふ、と結構な力で抑え付けられたにもかかわらず、カゲロウの身体は一切ぶれないし揺れない。もちろん動揺しているはずもなく、座布団の向こうから笑いを含んだ「これは失礼しました」という声が聞こえた。そっと座布団を退けて覗き見れば、ん? と首を傾げる姿。
「もう……別にいいですケド……」
目を逸らしたままで言えば、尖らせた唇にカゲロウのそれが重なる。ちゅ、と軽く吸うようにされて、まあいいか、と頭の片隅で思ってしまっているあたり、完全にカゲロウのペースに乗せられてしまっている。今もほら、白い手はスルリと胸元を弄り始めていて……そんなところ、女のように柔くはないのに。鍛えてはいるのでそれなりに盛り上がりはあるが、所詮は筋肉の塊。触って楽しいものなのだろうかと思っていると、カゲロウの指先が不意に胸の先端を掠めた。
「ん、」
ぴく、と意図せず身体が揺れた。それを見たカゲロウは、ふむ、と独り言つと、枕元に置いてあった桐の箱の中から何かを取りだした。それは小さな透明の瓶で、中では薄い桃色の液体が揺れている。異国の意匠なのか、瓶それ自体にも細かな細工が施されており、行灯の光できらきらと輝く様が美しい。
「それ、なんですか?」
「香油ですよ」
蓋を抜き、瓶を傾ければ、香油はとろりとカゲロウの手のひらに落ちた。ふわりと広がったのは、カゲロウがいつも纏っている香と同じ香りだ。大好きな、安心する香り。ふにゃりと力が抜けてしまったところで、カゲロウが香油を纏った手で再び胸元を弄り始めた。ふにふにと揉むように、香油を塗り込んでいく。ぬるぬると滑る感触、なんだかおかしな気分になってくるのは、カゲロウに触れられているからなのか、それとも。
「………ひえ⁉︎」
胸の上を滑る手を見るともなしに見ていると、不意にカゲロウの指が胸の飾りを摘まみ上げた。思わず声を上げてしまう。
「痛かったですか?」
「いや、痛くは……そんなところ、触ったことないから」
「では最初はこうして、優しく」
飾りの周りから先端に向けて、香油を塗り込むように、丁寧に、カゲロウの指が動く。両方の飾りを同時にそうされて、むず痒いような、くすぐったいような……とにかく何だかおかしな気分になってくる。
「ん、ぅ……ふ、」
「いかがですか」
「ぁ、ふ、わかん、ね……なんか、ヘン……」
知らぬうちに口は半開きになり、そこから、は、は、と湿った吐息が洩れていた。たまらなくなってもぞ、と腰を動かすと、またゆるく兆し始めていた熱芯がカゲロウの腿を掠める。あ、と思ったのと、ふふ、とカゲロウが笑んだのは、同時。かああ、と顔が熱くなる。
「よいのですよ、ハンター殿」
御札の向こうにちらりと覗く薄い唇が、行灯の柔らかい光に照らされて、妙に艶かしい。
◆
その夜は、香油を纏った手指で身体中を弄られ、その度に勃起してはカゲロウの手で処理して貰う───ということを何度となく繰り返した。心身共に満ち足りたせいか知らぬうちに寝落ちしてしまい、気が付いたら朝日が昇る時間だった。目を覚ますと着乱れていた浴衣は綺麗に整えられており、これまた綺麗に整えられた敷布の中にいた。昨夜の記憶も曖昧なまま、いつも通りの姿になったカゲロウと朝の挨拶をかわした。
カゲロウの居室で風呂を借り、ついでに一緒に朝食も済ませた。カゲロウと女将に見送られて宿を出、ゆったりと家路につく。帰り際、今日の予定をカゲロウから訊かれていた。昨日の夕方の時点で大型モンスターの討伐依頼は寄せられておらず、緊急の依頼がなければ探索だけして夕方には戻ると伝えた。
───では、今夜もまた。
今夜。今夜もあんなことを。
昨夜から今朝まで、なんだか夢見心地でボヤッとしていたが、行き交う里の人々の姿を見るに、だんだんと現実感がわいてきた。昨夜はカゲロウと、あんなことをして。今夜もまた。
「……っ、」
どうしよう。突然恥ずかしくなってきた。昨夜のあれそれが一挙によみがえり、脳内で再生される。もちろん、カゲロウの優しい声も。顔に熱が集まるのを感じて、往来の人々に不審な目で見られるのにも構わず、猛ダッシュで自宅へ戻った。
「お帰りニャさいませ、ハンター殿」
「えっ、アッおかえり! あっ違、ただいま! おはよう!」
息を切らして自宅の引き戸を開け放つと、既に出勤していたルームサービスに笑顔で迎えられた。明らかに挙動不審な挨拶でしか応じられなかったが、ルームサービスは特に突っ込むでもなく、いつも通りニコニコしている。草履を脱ぎ、いまだ落ち着かない心臓を深呼吸で黙らせながら囲炉裏の前に座ると、どうぞ、と温かい茶と草団子を勧められた。朝食ではなく、軽食である。昨夜の時点で、朝まで戻らないと察しがついていたのだろう。良くできたルームサービスである。
草団子を頂き、少し休憩してから身支度を整える。髪を結い直し、カゲロウの宿で一度落としていた紅を引く。土間に足を降ろして具足の紐を結び、よし、と一声気合いを入れて立ち上がると、ルームサービスが昼食用の弁当を手渡してくれた。いつもの通り、大きなおむすびが三つに、シンプルな野菜の漬け物なのだろう。礼を言って受け取り、通りへ出た。
向かうは集会所だ。とうに動き出している朝の時間の中で、カゲロウもいつもと変わらず雑貨屋の前に出ていた。接客中のようなので、声はかけない方が良いだろう。横切る時に軽く会釈だけをすると、ふと目が合った。カゲロウの、袖に包まれた手がゆるりと上がる。見送ってくれている、らしい。昨夜の気配など微塵も感じさせないその様子に、どんな顔をしてよいか分からず、会釈とも言えないおかしな何かを返して小走りで通りを抜けた。
(これって……恋人同士、になったんだよ、な?)
昨夜カゲロウは、『想い人』と呼んでくれた。想い人。……想い人? 自分が、カゲロウの、想い人。思うにつけ、またもや顔に熱が集まる。一瞬で朱に染まったであろう顔を道行く人たちに見られるのが恥ずかしく、先ほどと同じく猛ダッシュで集会所へ向かった。途中、オトモボードの前で待ち合わせていたオトモたちに気づかず走り去ってしまい、後で怒られた。
集会所で依頼の確認をしたが、この日はやはり大型モンスターの討伐依頼は寄せられていなかった。昨日は砂原で激戦を繰り広げたこともあり、回復薬や火薬の在庫が少し心許なくなってきていたので、大社跡で素材や特産品を集めて気楽に過ごした。とは言え、カゲロウとの夜の約束を思うと上の空になってしまうところもあり、モンスターと遭遇した時はいつも以上に集中した。人里近くに降りて来そうなモンスターを何体か追い払い、夕刻を迎えてカムラの里に帰還した。
「そんで、結局カゲロウ殿とはどうなったのニャ?」
帰りの道すがら、オトモアイルーが下から顔を覗き込んできた。そういえば、手記が見つかった時に何やら下品なことを言っていたのを思い出す。閉口していると、オトモガルクがわふわふと足元にじゃれついてきた。オトモアイルーは、「ガキは黙ってろニャ!」とその尾を引っ張って引きはがす。
「もう掘られたのニャ?」
「掘ら……ッ⁉︎ ああもう、何言ってんだよ!」
「ニャア? あんなでっかい赤飯おむすび持たされておいて、よく言うニャ」
赤飯? そう言われてみれば今日の昼飯のおむすびは、華やかな色に適度な塩加減、ふっくらと仕上がった小豆の食感が好ましい……赤飯だった。夜には戻らないことが多くなりそうな主人のため、機転を利かせて昼食にしたのだろうか。やはり、よくできたルームサービスである。
日没後。今夜は手土産の大福を持って、カゲロウの宿へ向かった。昨夜と同じく女将に迎えられ、昨夜と同じくカゲロウが使っている離れの居室に通される。襖を開ける瞬間はやや緊張したが、昨夜と同じくカゲロウが迎えてくれたこともあり、こんばんは、と自然に挨拶をすることができた。
まずは、カゲロウが淹れてくれた茶とともに手土産の大福を頂いた。もっちりとした薄皮に包まれた餡は上品な甘さで、ほんのりと苦い茶によく合う。
「ルームサービス殿は、まこと優秀な御方なのですね」
「そうなんですよ。俺が夜カゲロウさんとこうしてるのも全部知ってて……まあ、わざわざ説明しなくていいんで助かってます」
「それはそれは」
暫く談笑しつつ大福を頬張ったり、今日は粉がついていると頬を懐紙で拭われたりしているうち、カゲロウがコト、と湯飲みを卓に置いた。不意に訪れる、沈黙。あ、これは、と思うとほぼ同時、カゲロウの手が伸びてきて、結い上げていた髪に梳くように触れた。
「時にハンター殿は、なぜ御髪を伸ばしておられるのですか?」
「んー……理由ってほどの理由はないんですよね。なんとなくっつーか。結っちまえば邪魔にならないし」
「以前から思っておりましたが、凜々しいお顔立ちによくお似合いですよ」
「へへ、そうですか? カゲロウさんがそう言ってくれるなら、一生この髪型でもいいかもな」
「それに」
髪を梳いていたカゲロウの手が、ふと止まった。どうしたのだろうと様子を窺っていると、はらり、髪紐を解かれ、髪が落ちる。
「こうして解いた時の艶やかさも、また格別」
カゲロウの白い指に、赤い髪紐が絡む。その手が更に黒い髪を梳く様は、あまりにも。
「……っ、こんな風に解くのは、カゲロウさんだけですから、っん、」
唇を塞がれ、肩を押される。抵抗する間もなく、後ろにあった布団に押し倒された。白い敷布に散った黒髪を、カゲロウが愛おしげに指で梳くのを見て、どくりと心臓が跳ねる。カゲロウさん、と言いかけて、また唇を塞がれた。舌先で突かれてうすらと口を開くと、隙間から舌が滑り込んだ。少し身体が強張ってしまったが、昨夜と同じように、否、今夜はこちらからも拙いながら舌を絡ませて、深い口づけを受け入れていく。
甘く蕩かされて、ほわりとカゲロウを見上げると、その手の中に香油の瓶があることに気づいた。今日はもう使うのだな、と思うにつけ、昨夜のことがよみがえり、ぴく、と腰が跳ねる。同時、浴衣をゆるく押し上げる自身が見えてしまい……絶対にカゲロウも気づいているだろう。なんとも恥ずかしい。
「……ひぇっ!」
カゲロウの顔を見ていられず、目を逸らしていると、胸の上にひやりとした液体が落ちてきた。見れば、香油の瓶を傾け、胸元にとろりと零しているカゲロウの姿。視線が合う。
「……アッ。す、みません、冷たくてちょっと、びっくりしました」
「わかっていますよ、わざとですから」
ん?
「ぇ、え? カゲロウさん、ホントそういうとこ……」
「意地悪なそれがしは、お嫌いですかな?」
「…………すきです」
そんな訊き方は狡い。嫌いだなんて、言うはずがないとわかっているだろうに。もう、と唇を尖らせると、頬にそっと口づけられた。鼻の下辺りで擦れる御札がもどかしいが、それもまた、相手がカゲロウであることを改めて知らしめ、高揚感に繋がる。一方でカゲロウの手は、香油でぬるつく鎖骨や首筋、脇腹を掠めるようにして、絶妙にもどかしい。もっと決定的な刺激が欲しくなり、もぞもぞと身を捩ると、カゲロウの指先が胸の頂を掠めた。ん、と吐息が洩れてしまう。それに気を良くしたのか、カゲロウの指がきゅ、と胸の頂を摘まんだ。
「あっ」
「痛くはありませんか?」
「痛くはない、ですけど……変な感じが」
「ふむ、ではもう少し」
カゲロウが、香油を手のひらに注ぎ足す。指先でぬるぬると馴染ませ、今度は両の胸の頂を摘まんだ。だが滑りが強すぎたのか、控えめな大きさの飾りを摘まみきることができず、ぬるん、と指先から抜けてしまう。
「んあ!」
瞬間、聞いたこともないような高い声が洩れた。今のは、自分の口から出た声か? にわかには信じられず、思わず口を手で塞ぐ。恐る恐るカゲロウの方を盗み見れば、御札の向こう、確かにニヤリと笑った気配が。手、退けましょうか。言われて、なす術もなく口を覆っていた手を退けた。それを見届け、満足げに微笑んだカゲロウは、またぬるつく指で胸の頂を捕らえる。
「昨夜から思っておりましたが、ハンター殿はここがお好きなようで」
「お、お好きっていうか、やッ、アンタが変な触り方、する、んぁ、からッ」
「変な触り方とはどんな? と訊きたいところですが」
今宵の意地悪はこのくらいにしておきましょう、と、さも楽しそうに笑う。そうしてすっかり芯が通って凝ってしまった胸の飾りをきゅ、と一度摘まみ、手を離した。やっぱり意地悪な自覚あったんだなぁ、と思いながら少し乱れた息を整えていると、今度はカゲロウの手が下肢に伸びた。片手で浴衣の合わせを乱し、器用に下帯を解いていく。丁寧な動きは、事を急かずに進めてくれているのを感じると同時、今は少しもどかしい。早く触れて欲しくて思わず腰が揺れ、熱を帯びた自身をカゲロウの腿に押し付けてしまう。下帯が取り払われたとわかった途端、自ら脚を開いて間にカゲロウを招き入れた。
「いい子ですね」
「う……はや、く」
恥を忍んで先を強請れば、カゲロウはあの香油の瓶を再度手に取った。すっかり勃起した熱芯の先端に向けて、とろりとろりと香油を垂らす。冷たさに腰が跳ねるが、抑えきれない熱と溶け合い、すぐに気にならなくなった。加えて、香油の量が多いせいか、先端から竿を伝ったそれは尻の方へもゆっくりと流れていく。その感覚が、どうにももどかしく。
「カゲロウさ、なんか、尻まで流れて……ぅおわあッ⁉︎」
ごそごそと腰を動かしていると、ふいにカゲロウの手が膝を掴んだ。あっという間に脚を膝で折り曲げられ、股を開かれる。前も、後ろも、全てをカゲロウに向けて晒すような体勢に、カッと顔が熱くなる。
「ちょ、」
「今宵はこちらにも、少し触れましょうか」
こんな格好させないで、と言うより早く、カゲロウの指が尻のあわいの奥まった場所に触れた。へ? と間抜けな声を出して硬直していると、つぷ、と何か───いや、何かなんてわかりきっている。カゲロウの指、が、穴の、中に、入っ……
「ちょちょちょちょっと待って待ってください何やってんすか汚いですって⁉︎」
「男同士のまぐあいでは、ここを使うのですよ」
「へぇ」
しれっと返され、納得するしかない。そうか、オトモアイルーが言っていた『掘る』というのは、こういう意味合いもあったのか。うん、気づきたくなかった。
「ここを使う、っていうのは……」
「ここからハンター殿の中に、それがしが」
つ、とカゲロウの指先が、腹の中心を下から臍の方へ向けてなぞる。カゲロウが、そこから、この腹の中に。
何故だかわからないが、カゲロウの指が触れた場所の奥がきゅっとなる。
「やめておきますかな?」
「ぃ、え……いえ、続けて、ください」
言えば、カゲロウはふと笑って、頬を撫でてくれた。未知の領域へ行く不安は、ある。それを和らげようとしてくれたのだとしたら。頬を撫でる手が心地よく、すり、と自ら頬を擦りつけた。
一度抜けていた指が、再び中に侵入してきた。香油の滑りのおかげか、想像していたよりもずっと滑らかに入るようだが、それでも違和感は拭えない。息を詰めて、無意識に逃げようとしてしまうが、カゲロウの腕はそれを許さない。まずは指を一本、根元までゆっくり挿入し、ゆっくりと引き抜く。入り口が擦れるとなんとも言い難い、ぞわぞわとした感覚が背筋を駆け抜け、次第に息が上がってくる。
「はっぅ、ん……ッ」
違和感は相変わらずなのだが、カゲロウに腹の中を犯されているのだと思うと妙に興奮してしまう。香油まみれの自身はそれを示すようにしっかりと勃起しており、快を得ていることは隠しようがなかった。
「痛みはありませぬか」
「ん、今のところ平気、です。ちょっと気持ちいい、かも……」
「それは何より」
では、と言いつつ、カゲロウが胎内に含ませた指をくい、と曲げる。ちょうどそこにあったしこりのような場所にカゲロウの指先が食い込み、瞬間、電流が走ったように身体が跳ねた。
「うあぁ⁉︎」
これが何で、突かれた場所がどこなのかもわからないまま、何度も、何度も。そのたびに腰が跳ね回り、あられもない声が押し出されるように口から溢れた。
「待っ、あぁッ、まって、あ、ああっ、俺ッおぁ、おかしいっ!」
「力を抜いて、息を吐いて」
耳元でだいじょうぶですよ、と優しく囁かれ、ついでに耳をちろりと舐められて、ようやく少し力が抜けてきた。あまりの衝撃に全く自覚がなかったが、いつの間にかカゲロウの指をぎちぎちに締め付けてしまっていたらしい。痛かったのかもしれない。すみません、と息も絶え絶えで言えば、よいのですよ、と優しい声。
「んぁッ、ひっ!」
まあ、指での責めは全然止まっていないわけだが。くいくいと指先でしこりを突く動きが、ぐりぐりとしこりを押しつぶして苛める動きに変わってくる。
「ここには、快を得られる器官があるのですよ。おかしなことなどないのです」
「ひあ、ぁ、それ、んぅ、あう、ああぅッ」
ぬぷぬぷと抜き差しを繰り返しながら、徹底的にしこりを苛められる。そのうち、ごく自然に挿入する指の数を二本に増やされ、くぱ、と穴を拡げるような動きも織り交ぜられた。もう片方の手は、前で震える熱芯にかかる。容赦なく扱かれて、悲鳴のような声が洩れた。
「ああぁもうッ、そぇ、それむり、ぃ、ッ……~~~ッ!」
前も後ろも苛められて、わけもわからぬまま吐精感がこみ上げてくる。こんな感覚は知らない、こわい。こわいのに、やめてほしくない。縋りつくようにカゲロウの腕を掴むと、噛み付くようにして唇を奪われた。呼吸もままならず、されるがまま為すがまま、意識が白むと共に欲望を撒き散らした。
「んんぅ、う、ふむ……っぅ、ぷあっ!はあっ、はぁ、ぁう、あー……」
びくびくと跳ねる腰も、洩れ出る声も抑えられない。あ、あ、と声を洩らしながら震えていると、ぬぽ、といやらしい音を立ててカゲロウの指が尻から抜けていった。それさえ快となり、あぅん、と犬のような声が出た。
「少し無理をさせましたな。申し訳ない」
言いつつ、指先は少し開いたままの穴をくにくにと弄り回している、のだが……こちらもすっかり善くなってしまったのだから、何も言えない。それに、だ。
「は、ふぅ……っ、続き、しないんですか……?」
これだけ慣らして穴が柔らかくなったのなら、その、入るのではないだろうか。カゲロウはしかし、首を横に振った。
「まだまだ、もっとしっかり慣さなければ。男の身体は女人と違って濡れませぬゆえ、こうして少しずつ、優しく拡げていきましょう」
ですからそう、物足りなさげな顔をなさらず、と。そんな顔をしていただろうか。思えば先の自分の言葉、「早く挿入してくれ」と言っているようなものでは……急に恥ずかしくなってきた。カゲロウの顔を見られず目を逸らすと、目尻に溜まっていたらしい涙を指でそっと拭われた。
「も、物足りないわけじゃない、ですけど……」
「はい」
「その、も、もうちょっと、シてくださ、ぃ……」
「ふふ、仰せのままに」
それから、夜の逢瀬を何度か重ねた。
最初は違和感が大きかった後ろの方は、手順さえ追えばカゲロウの長い指を容易く呑み込めるようになり、挿入される指の数は知らぬ間に二本から三本に増えていた。夜カゲロウの宿で逢う時は弄られることがわかっているので、なるべく自分で準備をしていくようにもなった。
そんなことが続いていた、ある日。
カムラの里の集会所に、急を要する討伐依頼が舞い込んだ。討伐対象は、迅竜ナルガクルガ。大社跡で行商の者たちが襲われ、怪我人が出たらしかった。大社跡近くには、カムラの里の人々も出入りする。何より、人を襲うモンスターを放置することはできない。危険度の高いモンスターであるとして、上位ハンター宛にギルドから指令があったらしく、迷わず請け負った。
大社跡は、生い茂る竹林と切り立った岩場、そして朽ちた建物が多く、身を隠す場所には困らない。普段はその環境を存分に活用するのだが、今回の相手は身を隠すことに関してはかなりの手練れだ。長期戦になることを想定し、道具や薬は多めに持ち込む。二ヵ所あるキャンプを拠点に相手の動向を探り、何度か交戦にはなったが、あと一歩を踏み込む前に身を隠されてしまうことが続いた。
「あの野郎また逃げやがったニャ。嫌な奴ニャ」
「まあそう焦るなって。傷は与えてる。不利なわけじゃねぇよ」
「捕獲しちゃいけないのニャ? 罠なら得意ニャ」
「いや、アイツは殺るしかねぇ。人を襲うクセがついてやがる」
昨日の夜、大社跡に乗り込んで相手の痕跡を探していた時、人と見るや物影から襲いかかってきた。行商人を襲い、旨い食事にありつけたことがあるのだろう。人間の食い物の味を覚えたモンスターは、その味を忘れられず何度も人間を襲う。捕獲では済まされない。
緊張する時間が続いた。昨日の朝里を発ち、何度か斬り結ぶうちに夕方になり、夜には一時撤退した。夜は相手の独壇場だ。不利な時間帯にわざわざ喧嘩を売る必要はない。だが、逃げられてしまうと面倒でもある。次の夜までに決着をつけたいところだ。ここは、搦め手で勝負に出る。オトモたちと作戦を練り、相手がねぐらにしている場所で機を伺った。
日没前、岩場の上で待機していると、空を斬るような羽ばたきが聞こえた。間違いない、刃翼で滑空する音だ。
「旦那様、奴が来たニャ!」
「わかってるって。……やりますか」
時間帯からするに、ひと狩り終えて休むつもりなのだろう。ほとんど音を立てず静かに地に降りると、周囲の様子を窺いながら繁みの方へ向かっていく。大型モンスターの来訪に驚いたジャグラスたちが、ギャアギャアと忙しく騒ぎながら逃げていく。一方、ナルガクルガはジャグラスたちに一瞥もくれず、悠然と柔らかな繁みの上に陣取ると、一つ唸ってから腰を落とした。長い尾を身体に添うように丸め、前肢を枕代わりにして目を閉じる。寝息を溢し始めたのをオトモガルクの耳で確認してもらい、蔦を伝ってスルスルと下へ。目覚めの一発をやるには火薬の残りが心許ない、とオトモアイルーがぼやくが、それならそれで別の手段を取るまで。猟具生物を入れた籠から、真っ赤なカエルを掴んで取り出す。
「頼んだぜ」
極小ボリュームで声をかけ、そっとナルガクルガの頭の近くに離す。避難する前にツンと指でつつくのを忘れない。
「離れろ!」
オトモたちに号令をかけ、自らはボムガスガエルが可燃性のガスを撒き散らしたのを見届けてから距離を取る。地面を蹴って飛び退いた直後、爆音とともにナルガクルガの叫び声が響き渡った。やったか、と様子を窺うが、煙幕の向こうでジタバタともがく影が見えて舌打ちする。まだ斃れていない。
「やったニャ! ざまあみろニャ!」
「おいおいまだ終わりじゃねえぞ、次の作戦準備!」
「わかってるニャ!」
オトモたちが準備に取り掛かる。その間、こちらは時間稼ぎをしなければならない。寝込みを爆破され、起き上がった後も目を白黒させていた相手は、既にこちらを敵と見なして牙を剥いていた。薄暗い竹林の中、赤く光る眼が凶星のごとく尾を引く。怒らせた、らしい。寝込みを襲われれば当然か。
背に携えた双剣を引き抜き、腰を落として逆手に構えた。相手はこちらを見据え、今か今かと睨みをきかせている。刹那、跳んだ。バネのように宙に踊り上がったと思うと、次の瞬間には棘だらけの尾が眼前に迫る。ギリギリで身を躱す。跳び跳ねた小石に目をやられないよう、双剣で庇う。カツン、コツンと刀身が小石を弾く音。それに混じった、鞭のような何かが空を切り裂く音。見上げると、赤く残る眼光。そしてまたも迫る、棘まみれの黒い尾───二発目!
一発目が妙に軽かったと思ったが、本命はこれだったらしい。牙を剥き出しにしたナルガクルガの顔が、ニイ、と笑みを浮かべたようにも見えた。だが、これで獲ったと思うなよ。モンスター以上にモンスターなハンターが本領を発揮するのは、いよいよ追い込まれたその時だ。
双剣を握る手に、力を籠める。歯を食い縛り、限界まで拳を握り締めたその時、ブツンッ! と鉄鎖を食い千切るような音が頭蓋の中で響く。瞬間、燃え滾るような熱が身を包んだ。赤く明滅していた視界は一度の瞬きで透明度を取り戻し、全てをスローモーションにして映し出す。目にも止まらぬ速さで迫っていた尾の動きは、今やコマ送りのように、手に取るようにわかった。フッ、と僅かに身を横に反らし、回避。棘まみれの凶器が大岩をかち割ったことで弾け跳んだ破片の一つ一つすら躱し、返す刃で渾身の一撃を尾に叩き込んだ。長く強靭な尾が、半ばから裂け千切れ飛ぶ。
甲高い絶叫が、大社跡の竹林を揺らす。鼓膜を劈かんばかりの大騒音の中、オトモガルクの吠える声が混ざった。準備が整ったようだ。
「オラ──ッ‼ 大人しくしやがれニャアアアア───ッ‼」
激しく吠えるオトモガルクの隣で、オトモアイルーが雄叫びを上げている。アイルーがその小さな身体全部を使って地面に設置したスイッチを作動させると、輝く緑白色の鉄蟲糸が数本、空を裂いて飛び出した。糸の先端に装着されていたクナイがナルガクルガの漆黒の体毛に次々に食い込み、自由を奪う。ナルガクルガは激痛に喘ぎ、自慢の得物を千切られた怒りで狂ったように咆哮する。
「悪く思うなよ……!」
憤怒を宿した赤い瞳に怯んでいる暇など、ない。翔蟲の力を借りて跳んだ。全体重をかけた双剣の一撃を、相手の眉間にお見舞いする。その刃を力ずくで抉り振り抜き、血飛沫を撒き散らし、全身を錐揉み回転させながら背まで斬り裂いた。浴びた返り血は、身を、理性を、神経をも灼き斬らんとする灼熱。獣のごとき苛烈と里を守る使命との狭間で振るわれた刃は、ついに恐るべき迅竜の命を奪った。
地に降りて双剣の刃を流れる血を払い、ふう、と身体から力を抜く。目を閉じて深呼吸を繰り返すうち、身を包んでいた灼熱は徐々に退いていった。双剣を鞘に納め、振り向く。影色の竜の亡骸が、赤い水溜まりの上に臥せっていた。何かを一つでも掛け違えていたら、こうなっていたのは自分たちだっただろう。
「……っし! おまえら、お疲れ!」
「さっすが旦那様だニャア!」
「ワンワン! ワン!」
「え? おまえの鉄蟲糸縛りも見事だった? ……ううううるさいニャ誉めても何も出ないニャ!」
「クゥーン……」
ナルガクルガの討伐後、頂けるものはきっちりと頂戴し、一度キャンプへ戻った。水辺で身体と装備品を清め、売却できる素材とそうでないものを選り分け終える頃には、すっかり陽は落ちていた。夜間に大荷物で動き回っては、モンスターの格好の的だ。今夜はキャンプで過ごすことになり、オトモたちは夕飯用の魚を釣ると言ってテントから出ていった。オトモガルクがわふわふ吠える声と、魚が逃げるから吠えるニャ! ついて来んニャ! と叫ぶオトモアイルーの声が、小さくなってやがて聞こえなくなる。相変わらず微笑ましいなと、テントの中で失笑した。
さて、大物の討伐も終えたし、今は夕飯までの一時をのんびり過ごすことにする。慣れた手付きで火を起こし、薬草とアオキノコを擂り潰して混ぜた香を炊いた。ふー、と深く香を吸い込んで、ひと息。無事に終わった今だから言えることだが、今回の狩猟はかなり骨が折れた。上位ハンター、しかも、聞くところによるとほぼ名指しで届いた指令だっただけに、実力を認められていると思えると同時、失敗できない重圧もあった。今はそれから解放され、大物を仕留めた達成感と高揚感が強くなってきていた。
(……あ)
ふと視線を下ろすと、下衣を押し上げる熱の塊が。
これまでに、こういうことがなかったわけではない。特に大物を仕留めた後などは熱を持て余してしまい、オトモたちを先に帰してテントで処理することもあった。今夜はそうもいかないので、彼らが戻る前に処理してしまおうと手早く装備を外してインナー姿になる。下帯を外し、床に座って、今やすっかり勃ち上がっている自身を掴んだ。
「んっ、く……」
ほとんど作業のような要領で扱き上げると、もともと興奮していたこともあり、熱はすぐに放出された。ねとねとと濃く粘つく白濁を指に絡めて見ていると、「あー、俺何やってんだろ……」という感想とも自己嫌悪とも言える何かと共に、賢者の時間がやってくる、はずなのだが。
(なんか、足りねー……)
熱を吐き出したはずの自身は、元気に勃ち上がったままだ。もう一度扱いてみるが、なんだか違う。触りたいのは、ここではない。
───ハンター殿は、ここがお好きなようで。
「ふ、ぅっ」
先走りと白濁でぬるつく指で、自らの胸の飾りを摘まむ。あっ、と掠れた声。いつも香油を纏った指先でそうされるように、くにくにと白濁を塗り込んだ両の胸の飾りを摘まんで、爪の先で引っ掻いて───
「ぁッは、あ、ぅん……」
指が止められない。だらしなく口を半開きにして、そこから漏れるのははあはあと犬のような吐息。弄り倒しているのは股の間で勃起しているものではなく、少し前までは性感帯ですらなかった場所。そんな自分の情けない姿に思いを馳せる余裕などなく、カゲロウはいつもどうしていたかを思い出し、ひたすらに記憶を辿る。途端、きゅんと腹の奥に何かが走ったような気がして、前を扱いていた手をそろりと後ろへ伸ばした。前から流れた先走りと白濁で、ぬるついている。拙い指先で、ぷくりと縁が膨らんだ穴を見つけた。この後、いつもカゲロウはどうしていたか。
「ん、ン……っ!」
束の間、躊躇はした。だが腹の奥の疼きは治まらず、どうにかしたくて中指を押し込む。滑りを借りているせいか、存外痛みも抵抗もなく、あっさりと根本まで埋まった。ぞくり、背筋を快が駆け上がる。
「はあっ、ぁ、ん」
こうなれば、すぐに次が欲しくなる。ぬぷぬぷと抜き差しを繰り返して、しこりを探した。
「っく、あ、あッ!」
毎夜散々に苛められた場所、すぐに見つかった。しかし、興奮しているせいか、単純に自分で触れたことがないせいか、上手く刺激を与えることができない。人差し指も挿入して弄くってみるが、カゲロウの指ほど器用に快感を引き出せないし、そもそも奥まで入らない。気持ち良くないわけではないが、とかくもどかしい。
「ん、ぐ……っぅ、あぁクソ……ッ!」
カゲロウの指なら、もっと奥まで届くのに。あの白くて長い、無骨だけどどこか美しい指を、入れて、抜いて、また入れて。時折入り口の縁を引っ掻かれると堪らなくて、思わず腰を引いて逃げようとすると、また根元まで押し込まれて、しこりをぐりぐりと押しつぶして苛められて……目を閉じて、息を吐いて、カゲロウの指の動きを拙い手つきで辿る。
「あ、はぁ、はッ……カゲロ、さ……っ、んん」
責められて、もうつらいと浅ましく腰を揺すれば、あの白い手が前ですっかり勃起している魔羅を掴んで、とびきり優しく、だけどとびきり意地悪な手つきで追い込んで、死ぬほど気持ちいいと思えるところで射精させてくれるのだ。その時はもう、白濁と一緒に意識も弾け飛んでしまって、溢れる情けない声を恥ずかしいと思う余裕もない。
「あっぁ、あ、もうでる、でる、カゲロウさぁッああァ……ッ!」
手のひらの中に、熱い欲が溢れる。腰をがくがくと上下させて、そのたびに白濁が吹き出した。二度目とは思えない量だが、大量に吐き出してもなお、鈴口からとぷとぷと半透明の粘液が零れ、あ、あ、と腰を震わせる。一人遊びでこんな絶頂を迎えたのは初めてだった。狩猟後の高揚感と一人遊びの後ろめたさ、そしてカゲロウをオカズにしてしまった罪悪感さえも興奮材料となったせいか。
「はぁ、は……はあぁ……」
少しはすっきりしたが、まだ腹の奥で何かが燻っているような気もする。脳裏に浮かぶのは当然カゲロウの姿で、今はもう、とにかく早く里に帰って逢うことしか考えられなくなっていた。
「はぁぁぁ~~……カゲロウさぁん…………」
「はぁ~、今夜は大収穫だったニャア~」
「ワン!」
「ニャァン? しょーがねーからオメーにも恵んでやるニャ。感謝しろニャ」
一方こちらは、テント付近の川辺で夕飯にする魚を釣っていたオトモたち。夕飯にするには充分過ぎる量が釣れたため、そろそろ頃合いかと川岸から引き上げてきたところだった。サシミウオにチャッカツオ、ドスキレアジまで釣り上げることができたオトモアイルーは、上機嫌で尾をふりふりしている。日が沈んでそれなりに時間が経っているし、狩猟でひと暴れした主人は、それはそれは腹を空かせているだろう。キャンプへ続く坂道をえっちらおっちらと魚を担いで登る。その、途中。
「…………んニャ」
あと数メートルでテント、という辺りで、前を歩いていたオトモアイルーが立ち止まった。鼻をひくひく、耳をぴくぴくさせ、何かを感じ取っている。ああ、これは今、絶対に入らない方がいい。鋭い嗅覚と聴覚で状況の全てを察したオトモアイルーは、釣り道具を一旦地面に置いた。
「わふっ」
「……おおおおおい待て待て待つニャ! このニオイがわからんのニャ⁉︎」
しかしオトモガルクは一切をものともせず、お魚釣れた~とほくほく顔でテントに突進しようとする。オトモアイルーが尻尾を引っ張って連れ戻すと、なんでそんなことするの? と抗議の目線。
「ガウ! ガウガウ!」
「え、なニャ? 大きいお魚を旦那様に早く見せたい? ……オメーはホンットにガキだニャ~~!」
オトモアイルーはしつこくテントに入ろうとするオトモガルクの鼻先にネコパンチを食らわせ、テントから引き離す。とにかく、今このテントに入ってはいけない。優しくおおらかではあるが、オーバーリアクションでもある主人のこと、『最中』にテントに突撃しようものなら、とんでもないことになってしまうだろう。大好きな主人に褒めてもらいたかったらしいオトモガルクは、鼻先にひっかき傷を作って寂しげにキュンキュン鳴いていたが、ふと、その大きな三角耳をそばだてて顔を上げる。
「……ガウ!」
「あ? 旦那様の声ニャ? ……。……………あ~~~」
「ワン、ワンワン!」
「え? モンスターに襲われてるかもしれニャいから助けに行こう……違う違う違うそうじゃニャいそれじゃないニャアアア────ッ‼‼」
◆
「そんなわけで、なんとかして欲しいんすけど」
「と、言いますと」
大社跡で凶悪なナルガクルガを狩猟した、翌日の夜。いつも通り、カゲロウの宿に邪魔をしていた。だが、空気はいつものそれとは違う。敷いた布団の上に正座し、二人で向き合っている。語るのは、昨夜の出来事だ。
「昨日、ナルガクルガを狩りました」
「噂に聞き及んでおります。かなりの大物だったとのこと……大変お疲れ様でした」
「その後ムラムラして一人でシコってたんですけど」
「それはそれは」
「自分で尻に指突っ込んでも、なんか満足できなくて」
「ふむふむ」
「二、三回めっちゃ出したんですけど、尻っつーか腹の奥がムズムズして仕方ないんです。そんで尻も魔羅も丸出しで弄り倒してたらデカい魚くわえたオトモたちがテントに飛び込んでくるし、おかげでテントは汚れたり壊れたりで張り直しになるしウツシ教官に叱られてテントで魔羅触るの禁止にされるし狩りの後でムラムラしたら俺はどうすりゃいいんですかこのままだと俺の魔羅爆発しますよテオ・テスカトルみたいに‼‼」
「それは由々しき事態……ハンター殿の魔羅がすぅぱぁのう゛ぁとなっては、里の家屋にも被害が出ましょう」
「そうでしょ⁉︎ 第二の故郷が俺の魔羅の爆風で滅亡したら嫌でしょ⁉︎」
そんなわけでなんとかしてください、と先の科白に戻る。対して、顎に手を当ててしばし考え込んでいたカゲロウは、それはつまり、と顔を上げた。
「ハンター殿は、いつものような自慰行為では満足ができなくなってしまった、と」
そう言われてしまうとなんだか恥ずかしいものがあるのだが、要するに、そういうことになる。カゲロウの手技でこれまで知らなかった快楽が目覚めてしまったのは事実で、魔羅だけでなく、尻も一緒に弄らなければ満ち足りない身体になりつつある。それに……臍の下辺りを、浴衣の上から押さえる。
「し、尻だけじゃなくて、なんか、腹の奥の方もきゅんきゅんするっつーか……」
「……」
「……カゲロウさん、今笑ってますよね?」
「そのようなことは」
「笑ってますよね」
断定口調で問い詰めれば、カゲロウの口からくふふと抑えきれない笑いが洩れた。
「ひどい! 俺の魔羅なんか爆発すればいいと思ってるんだ!」
「いえいえ、決してそのようなことは。ハンター殿の御身体が、それがしを受け入れるために変わってくださったのだと思うと嬉しく、つい」
笑みを零しつつ、申し訳ない、とカゲロウは頭を下げる。そう言われてみれば、これはカゲロウを腹の中に受け入れるために始めたことだった。受け入れるため、受け入れる……ため………なんだか恥ずかしい。拡げるだけなのかと思っていたが、きちんと快を拾えるよう、ゆっくりと手順を追ってくれていたのだろう。
「そ、その……だったらもう、入る、と、思いま、す、け……ど……」
そういうことであれば、既に十分尻で気持ち良くなれる身体になったわけで。若干尻すぼみになってしまったが、意を決して伝える。だが、カゲロウは首を横に振った。
「お気持は大変嬉しゅうございますが、まだまだ不十分。もう少し我慢を」
「我慢、とかじゃないん、です、けど……」
ふふ、と笑われて、更に顔が熱くなる。前にも同じようなことを言ってしまったが、早く挿入してくれと言っているようなものだ。
「……っていうか、これ以上の準備ってどうするんですか?」
「ふむ。では今宵はこちらを」
カゲロウがスッと前に差し出したのは、立派な桐の箱だった。箱、そのものを使うわけでもなく、中に何か入っているのだろう。チラ、とカゲロウの方を見ると、開けてみてください、と促された。紫色の紐を解き、そっと蓋を開けると。
「うお……!」
白い絹布に包まれて鎮座していたのは、どう見ても魔羅を象った───木製の、張り型だった。行灯の柔らかな光のもとでてらてらと光る様は、やたらと卑猥に見える。だが目を逸らすこともできず。
「これを、挿れるんですか?」
「はい。ごく標準的な寸ゆえ、よく慣せば挿入できるかと」
「はぇ……」
いわゆる淫具の存在は知っていたが、実物を見たのは初めてである。女性が一人遊びのために使う物、というイメージがあったが、なるほど男が尻をそういう目的に使うのであれば、ここで登場してもおかしくはない、のか。これからこの張り型が尻に入るのだと思うと、不安もあるが……その眼差しの中に混ざる期待の片鱗に、当人は気が付いていない。
「では、まずはいつものように」
「んむ、」
カゲロウの手がするりと伸びてきたかと思うと、腰を抱き寄せられ唇を奪われた。その性急さに少し面食らいつつも、昨夜は逢うことができなかったので求めてもらえたのかもしれないと思うと、こちらからも応えなければと思う。逢いたかったのは、こちらも同じなのだから。自らも舌を絡め、呼吸を奪い合う。口内を蹂躙される心地よさに夢中になっていると、唇を合わせたままそっと布団に押し倒された。同時に髪紐を解かれ、黒い髪がパサリと敷布に広がる。ちゅ、ちゅ、と名残惜しげに軽い口づけを繰り返し、ようやく離れると銀の糸が互いの唇を繋ぐ。
「ん……」
口づけが終わると見るや、自ら浴衣の前を肌蹴させた。日焼けしていない肌と、ツンと勃ち上がった胸の頂が露わになる。
「おや、随分と積極的ですな」
「い、いつものようにって言うから……」
「これは失礼」
カゲロウの手が、胸に触れた。鍛え上げられた胸筋をふにふにと揉みつつ、意地悪な指先は既に硬くしこった頂を捕らえる。きゅっと摘ままれると、耐えきれずに吐息が零れた。いつもならここでそろそろ香油が登場するのだが、今日は触るだけだ。どうしたのだろう、と首を傾げていると、カゲロウがふいに胸の飾りの片方に唇を寄せた。吐息がくすぐったいと思う間もなく、パクリと口に含まれる。
「ひえぇッ⁉︎」
それだけでなく、ちうちうと吸われたり、舌先でつつかれたりして腰が跳ねる。かと思えば、見せつけるように舌全体でねっとりと舐られたり。
「ん、んんぅ、カゲロウさ……!」
「お気に召しませんでしたかな?」
気に入るとか気に入らないとかじゃなく、あのカゲロウが自分を乳を吸っているという衝撃と破壊力がとてつもない。ちゅぱ、と唇を離され、かくんと腰が浮く。
「やっ、」
「ふふ、こんなに熟れて可愛らしくなっておられるのに」
「あっん、それ……!」
片方は舌でしつこく舐られ、もう片方は指先でくにくにと苛められる。ぬるついた柔らかい刺激と、ぴりりと痛みが走るような刺激。相反する感覚のはずが、どちらもぷくりと膨らんで濃い桃色に色付いている。こんなもの、男の自分には無意味についているだけだと思っていたので気にしたこともなかったが……唾液に濡れて鈍く艶めく姿は、思わず目を逸らしてしまいそうなほど卑猥だ。前からこんなだっただろうか。それともカゲロウに苛められたくて、こんなにも媚びたかたちになってしまったのだろうか。
回らない頭で考えていると、いつの間に出したのか、香油を纏ったカゲロウの指が下肢に伸びた。浴衣の合わせを器用に掻き分け、下帯は外さず、少し横にずらして秘孔をつつく。触れてもらえない前は胸の飾りを弄られただけでしっかりと反応しており、下帯の白い布を押し上げていた。窮屈な布地から解放されたくて腰を軽く揺するが、カゲロウは前には目もくれず、秘孔にぷちゅりと指を挿入した。
「あ゛ぁぅ、んッ」
十分に香油で滑りをつけたとはいえ、始めから容赦なく抜き差しをされて腰が浮く。ぬちゅぬちゅと差し入れを繰り返すうち、二本、三本と指の数は増える。指が増えるたびに圧迫感が増し、息を詰めながらも受け入れていくうち、ただでさえ窮屈だった前は今にも弾け飛びそうはほどに勃起し、白い布に淫らな染みを作っていた。
「はあ、あ、あっァ、あぅ」
ずぽずぽと秘孔を三本の指が出入りし、時折具合を確かめるかのようにくぱ、と開かれる。粘膜に空気が触れて、ぞわりと肌が粟立つ。
「そろそろ、宜しいですかな」
にゅぷ、と指が抜ける。後ろも、乳首も散々に苛められたが、前にはいまだに触れてもらえない。既に痛いほど勃起している。白い布は透けるほどぐしょ濡れになり、自身のかたちがくっきりと浮かび上がっていた。カゲロウは指先で、ツツ、とそれをなぞる。
「ひゃっ⁉︎ あ、ぁ、出……ッ!」
背を弓形に反らし、下腹から爪先にぐっと力を入れて耐える。触れられただけで達する失態は犯さなかったが、次に同じことをされて耐えきる自信は全くなかった。は、は、と浅く呼吸しながらカゲロウを見ると、腰骨を擽るようにその指先が動き、ゆっくりと下帯を解く。丁寧に解いて取り払うと、先端から半透明の粘液が糸を引いた。
「汚れてしまいましたね」
「ん…は、ぅ」
ぷるぷると震える勃起の向こうで、カゲロウがさきほどの張り型に香油を塗り込んでいる。
「では」
準備が終わったのか、カゲロウがこちらに向き直る。ぐい、と腿を押し上げ、膝を曲げさせて秘孔を晒すと、張り型の先端を押し当てた。思わず、身体が強張る。
「大丈夫ですよ、十分に解れています。さあ、ゆっくりと息を吸って、……吐いて。そのまま力を抜いて」
「ふぅ、ぅ、ぁ、あ……はぁ……っ」
ぐ、と異物で孔を拡げられる。未知の感覚に喘ぎながらも、言われた通りに力を抜く。御上手ですよ、と囁かれ、唇の端に口づけされると同時、ぐにゅりと孔が拡がった。張り型の先端を呑み込む。んうぅ、と呻くが、思っていたほどの苦しさはない。
「痛みや苦しさはありませぬか」
「ん、ぅ……平気、です。もうちょい、いれても大丈夫、たぶん……」
「では」
カゲロウの手が、ゆっくりと張り型を隘路の奥へ進めていく。『ごく標準的な寸』らしいが、どこまで深く入るものなのだろうか。長さも太さも、今のところ平気ではあるが。
「あ゛っ、」
そのうち、張り型の先端が胎内のしこりを掠めた。指でも散々感じさせられた場所だが、指のように加減をしながらではなく、無遠慮に押しつぶされるような感覚。そこばかりを狙って張り型を抜き差しされ、押し出されるように声が洩れる。
「あっあッ、あぁっぅ、あう、そこ、ん゛あぁッ」
じゅぽじゅぽといやらしい音の合間に、自分の喘ぎが混じる。口を塞ごうとした手を掴まれ、敷布に縫い止められると、入っているのはただの張り型なのに、カゲロウに犯されているような気になってくる。
「くっ、ぁ、ああ、あ゛ッも、もうっ」
「こちらも触れますかな」
「ひぃっあ゛あぁッ!」
こちら、と前で震える勃起を掴まれ、思わずカゲロウの腕を掴む。だが全く力が入らず、抵抗らしい抵抗もできないまま二、三度扱かれただけであっさり絶頂してしまった。真っ赤に充血した先端から白濁が噴き上がり、腹の上にぼたぼたと垂れる。量が多く、臍や腹筋の窪みを伝って流れ落ちては敷布を汚した。
「あ、ぁ……出ちまっ、たァ……」
「どうでしたか、初めての挿入は」
「ふ、ぁ……なんか、しゅごい、れす……」
こうして張り型を使って身体を慣らしていくことが続いた、ある夜のこと。
「ところでカゲロウさん。これだけやってもまだ入らないって、カゲロウさんのってどんな逸物なんすか」
前々から疑問に思っていたことだった。今までは自分ばかりが浴衣を剥かれ身体中をまさぐられ、カゲロウが着衣を乱すことはついぞなかったのだ。ルームサービスが持たせてくれた団子を二人で頂き、少し食休めをしていた折だった。丁度良いくらいに気も抜けており、何とはなしに訊いてみた。
「ていうか、カゲロウさんって俺で勃つんすか」
「勿論。毎夜愉しませていただいております」
「でも、その……勃ったのって、どうしてるんですか」
「それは秘密、でございます」
しー、と人差し指を立てて言う。可愛い。
これまでのことを振り返るに、毎回好きに弄られて寝落ちするか、絶頂が深すぎると気絶してしまうこともあった。いずれにせよ、気がついたら朝になっているのだ。ゆえに、カゲロウが自分を見て勃起しているのか否かも、勃起したとしてそれをどう処理しているのかも、よく知らない。
「一度くらい勃ってるの見せてくださいよ」
「それはできませんな」
「なんで⁉︎」
「ならぬものはなりません」
頑固だ。む、と唇を尖らせると、顎を掴まれ口づけられた。深く食み舌を絡めてくる様子に、このまま快楽浸けにして誤魔化すつもりなのだろうと察しがつく。そうはさせるかと、カゲロウの下肢に手を伸ばした。がさごそと着物の合わせを探り、隙間から手を入れる。
「こら、ハンター殿」
「んむ、ちゅ……へへ、ちょっと勃ってる。俺のせいですか?」
そのままずるずるとカゲロウの身体を伝って下へ下がり、下腹部に顔を寄せた。頬ずりするように着物の上から鼻先を突っ込み、すんすんとにおいを嗅ぐ。かすかな雄のにおいに、興奮が深まる。
「見せてください」
「まったく……」
仕方のない御方だ、と言いつつ、カゲロウは正座を崩し、着物の前を軽く寛げた。よっしゃ! と色気も何もないようなかけ声と共に、四つん這いになって待つ。瞬間、べち、と何か暖かいもので頬を叩かれた。へ? と固まって視線だけを横に向け、そこにあった規格外の逸物を見てまた固まる。
「…………………でっっっ……、か……」
「ほら、怖くなったでしょうに……」
「え、半勃ちでこれ……?」
冗談でしょ? 言いつつ、カゲロウの逸物をまじまじと観察する。
先ほど呟いたようにまだ半勃ちのようだが、赤黒く太い竿にはこれまた太い血管がのたうち、天を衝こうとでもいうように長く高く反り上がる。張り出した先端は、いかにも硬く弾力がありそうだ。そして根元。竜人族ゆえであろうか、ところどころに鱗のような凹凸があり、性器というよりは凶器である。
(これ……腹のどの辺まで入るんだ? つか、このデコボコで入り口んとこ擦られたら……)
あれこれと想像してしまい、ゴクリと生唾を呑む。つい見入って先端に顔を近づけてしまうと、吐息が掠めてしまったせいかカゲロウが小さく息を呑んだようだった。そのまま、すん、とにおいを嗅ぐと、さきほどよりもずっと濃い、むわりとした雄の香り。いつもカゲロウが身に纏っている甘い香の匂いとは似ても似つかないが、これもまたカゲロウのにおいなのだと思うと、妙に興奮した。においに引き寄せられるように唇を寄せ、カゲロウが制止するよりも早く、ぱくりと先端を口に含んだ。ハンター殿っ、と珍しくカゲロウが動揺を見せる。
「なりません、そのようなこと……!」
「んむゅ、いいじゃないすか別に。いつも意地悪されてるから、今日は仕返しです」
雄臭さが口内に広がるが、意外なほど嫌悪感はない。一度口から離し、はむ、ともう一度咥える。咥えてはみたが、勿論こんなことはしたことがなく、この後どうすればいいのやらわからない。だが、自分にも同じものがついている。とりあえず舌で先端を舐め回したり、鈴口を舌の先で突いたりしてみる。勇気を出して少し奥まで口内に迎え入れてみるが、規格外のサイズを全て収めるのは無理があった。仕方なく、できる範囲で咥えて唇で挟み、唾液で濡らしながらぬこぬこと扱いてみる。そのうち更に成長したモノを咥えていられなくなり、裏筋をツツ、と舌で上下に辿ってみると、上にいるカゲロウと目が合った、たぶん。
「まったく、このようなことを何処で覚えたのやら……」
最初は止めさせようと頭を掴んでいた手だったが、今は優しく髪を梳いている。
「もご、こんなこと、ちゅ、誰にも仕込まれてませんって、んむぅ」
「左様ですか。危うく悋気を起こしてしまうところでしたよ」
口の中で、カゲロウが更に大きさを増す。どこまで大きくなるのだろう。流石に顎が疲れてきて、ぷは、と離れる。最初に見た時よりも一段とどころか二、三段は立派に成長したモノが、ぶるんと震えて鼻先を打つ。
「すっげ……」
思わず感嘆の声を上げてしまう。すごい、以外の感想が思い付かない。涼しい顔をして、こんな逸物を隠し持っていたとは。
「ハンター殿、これ以上の無理はいけません」
確かに顎が外れそうだった。こちらへ、と促され、素直にカゲロウの胸に顔を預ける。それから向かい合うように膝の上に座ると、すっかり反応してしまっている自分自身が下布を押し上げているのが目に入った。
「おや、それがしのものを咥えて興奮されましたか」
「あ……いや、まあ、……はい」
においを嗅いだ時点で……というか、なんなら最初の最初、カゲロウが自分との口づけだけでそれなりに興奮していたのだとわかった時点で、既にこうなっていた気がする。隠しようもなく、顔を赤くして俯くと、カゲロウの方からそっと口づけ。あ、さっきまで咥えてたのに、と思わなくもないが、カゲロウの方は意に介していないらしい。慣れた手つきで浴衣の合わせを乱し、手を差し入れて器用に下帯を解いていく。そうして飛び出してきた熱芯と、先の口淫で十分に育っていたカゲロウ自身を突き合わせるように。いわゆる兜合わせ、という体勢だ。
「なんつーか、比べるとやっぱすごいですね……」
「やはり怖いですか?」
「全然。可愛いですよ、俺に咥えられてこんなになっちまうんだから」
「これは参りましたな」
カゲロウが根元辺りを、自分が先端辺りに手を添え、互いに腰を揺らして自身を擦りつけ合う。指先で裏筋をなぞられると堪らず、思わず腰を退いてしまいそうになるが、自身の根元を押さえられていてはそれもできない。
「ほら、ご自分の善いところを触ってみてください」
「あ、ぁ、ん」
本当なら、カゲロウの方だって善くしてやらなければなるまい。だが、余裕がない。は、は、と熱い吐息が零れ、指先は自身の快楽を追うのに必死だ。手は二人分の先走りでもうぐしょぐしょで、少し擦るだけで耳を覆いたくなうような厭らしい音が洩れる。
「はっぁ、も、もう無理、っでそう……!」
「よろしいですよ」
ぐり、とカゲロウの指先が鈴口を抉る。ひっと喉が詰まり、次の瞬間には先端から白濁を噴き上げた。いつもと違う体勢だったせいもあり、勢いよく飛び散った白濁は自身の腹や腿だけでなく、カゲロウの着物まで汚してしまう。
「あっ、あ、あぁァ……っ! すんませ、汚しちまっ……」
「ふふ、お気になさらず。お好きなだけ善くなってください」
はあはあと乱れた呼吸。それが整うまでもなく目に入ったのは、いまだ硬く勃起したままのカゲロウ自身だ。二人で高め合おうと始めたことだったのに、自分だけが先に達してしまい、なんとも申し訳ない気分になってくる。
「すん、ませ、俺だけ」
「……ふむ。ではお尻をこちらへ」
「はい……」
言われるがままにカゲロウに尻を向けてもそもそと四つん這いになり、浴衣の裾を捲る。するとカゲロウはふふ、と愉快そうに笑った。どうしたのだろう。虫刺され痕でもあっただろうか。
「それがしは何も言っておりませんのに……絶景、ですな」
「……、……えっあっ!あ、ぅ……だって、うぅ……」
下帯はとうに解かれているので、全てをカゲロウの眼前に晒していることになる。それも、自ら。あまりの恥ずかしさに浴衣の裾を掴んで隠そうとするが、その手をカゲロウに取られ、叶わない。そのまま、空いた方の手で尻を撫でられる。
「脚、しっかり閉じておいてください」
何を、と問う前に、太腿の間にカゲロウの逸物が差し込まれた。へ、と固まっていると、ずるんと後ろへ抜けていく、また差し込まれる。その度に熱の塊で自身が擦れ、なんとも言い難いぞくぞくとした感覚が生まれる。挿入されているわけでも何でもないのだが、後ろから腰を掴まれてそんな動きをされると、なんだか本当に犯されているような気になってしまう。
(あ、これまた勃つ)
単純に刺激されたから、というにはあまりにも興奮が深い。カゲロウさん、と思わず名を呼ぶと、意地悪な手が不穏な動きを見せ始めた。
「こちら、少し寂しそうですな」
くにゅ、とカゲロウの指が秘孔を捕らえる。待って、そこは、今弄られたら大変なことに───
「んあ゛あ゛あぁッ⁉︎」
にゅぶぶ、と卑猥な音と共に、二本の指が一気に根元まで沈む。いつの間に香油を使ったのか、滑りをしっかりと帯びており、痛みは全くない。痛みが全くないということは、ただただ気持ちいいということで。
「あっあっカゲロ、さ、ぁんッあっ」
にゅぽ、ぐぽ、と抜き差しをされるたび、あられもない声が口から飛び出た。背後から腰を打ち付ける動きも変わらず、ぱつぱつと肌がぶつかり合う音も混ざって、頭の中がぐちゃぐちゃになってくる。
「んっあ、あ、あっあァッ」
ずるん、と腿の間からカゲロウのモノが抜け出たかと思うと、小さな呻きと共に尻に灼けそうなほど熱い何かをかけられた。何か、なんて言ってしまったが、わかりきっている。カゲロウが、達したのだ。この身体に興奮して、この身体を使って、欲の権化をぶちまけたのだ。あのカゲロウが。
「あ、すげ……カゲロウさんのいっぱい……」
じわり、腹の奥が熱くなる。これを腹の奥深くでぶちまけられたら、ああ、どうなってしまうのだろうか。想像だけでもトんでしまいそうだ。はぁ、と恍惚の吐息を洩らして惚けていると、秘孔に入ったままだった指がずるりと抜けていった。はぅ、と声を上げて振り向くと、そこにはあの張り型を手にしたカゲロウの姿が。
「では、次はこちらを」
「ん……はいぃ」
むにゅ、と自ら秘孔を拡げると、カゲロウはさも愉しげに笑ってみせた。
毎夜愉しませてもらっている、というのは、わかってはいたが事実らしい。
そんな折、珍しい品の買付けのため、カゲロウが数日間カムラの里を離れることとなった。カゲロウは里を拠点にしているとはいえ、あくまでも商人だ。これまでにこういうことがなかった方が珍しい。
カゲロウが発つ前夜は変わらずいつものようにカゲロウの宿で夜を過ごし、変わらずいつものように出発当日の朝を迎えていた。
「カゲロウさん、今日から遠出ですよね」
「はい。二、三日の間ですが、里を離れます」
「俺が護衛で一緒に行けたらよかったんすけど、ちょい急ぎの依頼が入っちゃって」
「ハンター殿がご一緒なら、これほど心強いことはありませぬが、致し方ないこと。それがしのことは気にせず、依頼を優先なさってください」
こればかりは、仕方ない。お互いに仕事があるのだから。カゲロウの顔(見える、見えないは置いておいて)がしばらく見られないのは寂しいが、二、三日くらい我慢、我慢。そんな気持ちをカゲロウに気取られないよう朝食の味噌汁を掻き込んだら、熱くて噎せた。
朝食後、お互い仕事に行くには少し早かったので、離れの居室でゆったりと過ごした。書院の障子を開けると枯山水と桜が目に飛び込んでくる。遠くの山や空が良く見えるように造られていて、方角的に朝早ければ日が昇るのを見られそうだ。
「ハンター殿、こちらへ」
庭の眺めを楽しみながら、食後の茶の時間をのんびり満喫していると、カゲロウに呼ばれた。振り向くと、正座してぽんぽんと膝を叩く姿。望まれていることを何となく察した。畳に横になり、カゲロウの膝に頭を乗せる。
「へへ、硬い」
「ハンター殿は温かいですね」
お世辞にも気持ちのよい膝枕とは言えないが、この後しばらく会えないのだと思うとできるだけ触れ合っておきたい。カゲロウもそう思ってくれていたのなら、単純に嬉しかった。
「あ、そうだカゲロウさん」
しばらく会えない、と思ったところで、カゲロウが出立する前に一つ頼み事をしなければならないことを思い出した。
「そうだ、カゲロウさん」
「はい、なんでしょう」
「あの張り型、俺に貸してください」
「え」
膝枕の体勢のまま、カゲロウが固まる。
「カゲロウさんに会えない間、自分で慣らしときます」
「それは……一人遊びの御予定をそれがしに告白していることになりますな」
「あっ……! いや、その、だって……縮むかもしれないし、穴……」
「ぶふッ」
言ってから、これもまた「早く挿入されたい」と言っているのと変わらないと気づいてしまった。珍しく吹き出したカゲロウを見て、瞬時に込み上げる恥ずかしさ。
「ちょっ、笑わないでくださいよ!」
誤魔化したいがどうすることもできず、カゲロウの膝をバシバシと叩いた。いたたた、と笑うカゲロウを見て、無駄な抵抗と知る。まあ、膝枕されながら下から抗議しても、甘えて駄々を捏ねているようにしか見えないか。
「これは失礼。しかし、可愛らしい恋人がまぐわうための努力を惜しまずにいてくれるのです。こんなに喜ばしいことはありませんよ。ふふふ」
「もう、笑ってばっかり……気を付けて行ってきてくださいよ」
「ええ。ハンター殿も、お気をつけて」
二、三日と言っていたが、予定の上ではカゲロウが里に戻るのは三日後の午後になるらしかった。その間は、依頼を片付け、薬や道具の素材を調達し、必要な武器防具は買い揃えて、余裕があれば鍛練をこなす───まあ、いつも通りに過ごすだけだ。
この日は集会所に来ていた急ぎの討伐依頼をこなし、夕方には里に帰還した。
「今日も首尾が良かったニャ」
「まあな」
「カゲロウ殿がいなくて、てっきり落ち込んでるかと思ってたニャァ」
「ワンワン!」
どうやら、心配されていたらしい。オトモアイルーが言う通り、本日の狩猟も首尾は上々だったのだが。実は今日は里を出る前から、ヒノエには「今日から寂しいですね」と声をかけられ、イオリには「寂しいときはアイルー吸いがいよ」と勧められ、ヨモギには「こういう日にはサービスサービス!」とうさ団子を一本おまけされ、ウツシには「愛弟子‼ 俺は寂しいときもモンスターに吹っ飛ばされたときも狩猟中に間違って骨塚漁っちゃったときも壁走りで上に行きたいのに何故か横に走っちゃったときも常に君の味方だ‼ 負けるな愛弟子‼ いけるぞ愛弟子───ッ‼‼」と激励を受けた(ついでに耳をやられた。アヤメに「うるさい!」と何故か自分まで怒られた)。
「そんなにこぞって心配されなくても、自制できてるつもりなんだがなぁ」
「ですが、全く寂しくなかったと言われてはカゲロウ殿も立つ瀬がないのではありませんか」
「うっ、そういうもんなの……?」
「はい。私も姉様にそう言われては悲しいですから」
ミノトのそれは、少し違うんじゃないか? と思いつつ、集会所を後にした。自宅へ向かう道すがら、往来の見通しが妙に良く思ったのは、あの見慣れた派手な牛車がないせいだったのだろう。
「お帰りニャさいませ、ハンター殿」
オトモたちと別れて自宅へ帰ると、ルームサービスが夕食の準備をしていた、膳の上、ずらりと並んだ今日の献立は、ドスチャッカツオのタタキに逸品タケノコの煮物、特産キノコと若布の味噌汁、ガーグァの卵で作ったふわふわだし巻きに、キュウリの浅漬けを添えて……全て大好物である。こんなことは珍しいなと思っていると、良いお酒も御用意しましたニャ、とルームサービスが徳利とお猪口を差し出してきた。
「なあ、これ……目出度いことでもあったのか?」
「いえ、そういうわけでなニャいのですが……お食事で寂しさが紛れればと思いまして」
「あ~~~そういう……」
ここでも気を遣われていたようだ。俺そんなにカゲロウさんにべったりだったかな。べったりだったな、うん。
まあ好物は好物なのでありがたく頂くことにした。
ルームサービスには、そんなに気を遣わなくても大丈夫だと言い聞かせてから退勤してもらった。三日だけとはいえ、毎回あんな豪勢な食事を用意させるのは気が引ける。ルームサービスは気遣いが素晴らしいアイルーだが、主人の言を聞かないほど頑固ではない。明日からは通常に戻るだろう。
さて、明日は何をしようか。一度集会所に行って、緊急の依頼が入っていなければ、回復薬と解毒薬の材料でも探しにいこうか。それとも、大型モンスターを狩って得物を新調しようか。
「……」
武器や防具の手入れはもう済ませてしまったし、特にすることもない。敷布の上にごろんと寝転び、天井を見上げる。近頃は少し蒸し暑く、開け放った天窓からよく晴れた星空が見えた。聞こえるのは、水車が回る音と虫の音だけだ。思えば、こうして自宅で夜を過ごす機会もめっきり少なくなった。ここ最近は、カゲロウの宿で朝を迎えるか、狩り場のキャンプで過ごすかばかり。自宅に戻ることは戻るが、戦利品をアイテムボックスに片付け、ルームサービスからカゲロウへの手土産をもらって、風呂に入って身支度するくらいだ。家に寄り付かなくなってしまい、あんなに献身的なルームサービスにも悪いことをしている。今度タマミツネの滑液でシャボン液でも作ってやろうか。三日後からは、またカゲロウの宿に通うのだろうし。
「三日、かぁ」
長いようで短い。短いようで長い。なんとも言えない、三日。ぼーっと天窓を見上げたまたでいると、窓から入った風に乗って蚊遣り香のにおい。カゲロウの香のにおいとはまた違うな、と思う。
「……、」
もそり、と敷布の上で身体を起こす。手を伸ばしたのは、普段布団を仕舞っている棚の隅っこだ。そこに隠すように置いてあったのは、手触りの良い綺麗な縮緬生地の袋。手元に引き寄せて、紐を解いた。中に入っているのは、薄桃色の液体が入った瓶と、桐の箱。まず瓶の方を袋から出し、手に取った。異国の意匠らしき美しい細工が施された瓶に入っているのは、香水でも化粧水でもない。淫らな夜を愉しむための、香油だ。きゅぽ、とガラス製の蓋を開ければ、カゲロウの香と同じ香りが広がる。離れて一日も経っていないのに、妙に懐かしく感じてしまう。
香油の瓶は一度畳の上に置き、今度は袋の中に残っていた桐の箱を取り出す。そっと蓋を開ければ、そこにあるのは白い絹布に包まれるようにして鎮座するあの張り型。やたらと上品に収納されているが、どこからどう見ても魔羅だ。
「……ん、この箱、もう一段?」
開けてみて気がついたが、この桐の箱は二段重ねになっているらしい。そっと一段目を上げると、なんと二段目にも絹布に包まれた張り型が鎮座していた。ただし、一段目のものより明らかに太く長い『ご立派様』である。
「ええ、カゲロウさんこれ何だよ……」
こんなものをまだ隠し持っていたなんて。二段目の張り型を取り出し、上から下から眺めてみる。カゲロウの逸物には遠く及ばないが、いつも使っているものより相当『ご立派』だ。ゴクリ、と喉が鳴る。これを尻に挿れたら、どうなるだろう。腹の奥、臍の下辺りが、きゅんとうずいた。
「……よし」
せっかく借りたのだ。使わなくてどうする。
少し悩んだが、意を決して浴衣を脱いだ。褌一丁になり、壁を背にもたれて瓶から香油を手のひらに出す。ぬちゃぬちゃと両手の指に絡めていると、カゲロウの香と同じ香りに包まれる。それだけで夜の逢瀬のことが脳裏をよぎり、体温が上がるような気がした。
左手は魔羅、右手は尻へ。軽く前を扱きながら、後ろへ中指を挿入した。一本から二本、二本から三本───易々と呑み込んでいく。自分の身体は本当に変わってしまったのだなと思うと共に、カゲロウに抱かれるための身体になりつつあるのだと思うと息が上がった。発情期の犬のように荒く息を吐きつつ、もう十分だろうと指を抜いた。桐の箱に、手を伸ばす。一段目の張り型を取りかけて、少し迷って二段目のものを手に取った。見れば見るほど立派だが、これが入らなければカゲロウの逸物は絶対に入らない。
「ふー……」
細く長く息を吐いて、十分に身体から力を抜く。左手の指でくに、と穴の縁を拡げ、あてがった張り型をぐっと押し込んだ。
「ぅっぐ、あ、あぁ……ッ!」
ぬぷん、と一息に先端を呑み込む。いつもの張り型よりも圧迫感は強いが、痛みはない。先端さえ挿入ってしまえば後は奥まで入れるだけで、ずぶずぶと隘路を掻き分けて押し進めていく。
「ん゛ぐ、ぁ、はあっ、はっ、はいっ、たぁ……っ」
太い杭に、みっちりと入り口を拡げられている。恐る恐る拡がった孔の縁を指先でつついてみると、びりりと電流が背筋を駆け上がったような感覚に襲われ、目を白黒させて息を詰める。少し遅れて、これは快感だと理解した。
「んっぅ……ッ」
張り型の下を持ち、手で出し入れできるギリギリの深さまで挿入する。腹を内から押される感覚が、苦しいような、気持ちいいような。少し落ち着いたら、今度は張り型をゆっくりと引いて抜いていく。
「ぅあ、あはあぁ、ぁ……」
そうしたら次は、一気に奥まで。
「ああ゛うッ! あ、ぁ、アッ」
刺激の強さに、びくびくと腰が跳ねる。挿入してから一度も触れていない自身は、香油と先走りに濡れて完全にいきり立っていた。気持ちがいい。自分で自分の尻を犯すことに夢中になっていく。胎内のしこりを押しつぶして、引き抜いて、入り口の敏感な場所をぐりぐりと擦って、また奥まで。
「ふあ、ぁ、あ゛! あ゛ぁっ、んん、ぅあッ!」
香油をつぎ足してぬめりを加えると、手も腰もいよいよ止まらなくなる。ぶちゅぶちゅ、ぐちゅぐちゅと厭らしい音を恥ずかしいと思う余裕もない。むしろそれすら興奮材料となり、最も感じるところを狙って自分を追い上げていく。
「んっう゛、あっ、あ゛ぁッカゲロウさ、んんぅ、カゲロウさぁッあぁん……!」
ここにはいない想い人の名を呼んで、ここにはいない想い人の手と声を思い出して、重ねて───声にならない声を上げながら、絶頂した。
「ひぁ、あ、っ、ぁー……」
絶頂の余韻で小さく喘ぎ、ひくひくと震えながらも、気持ちのよい場所を探ってまだ手は動く。だが、一番疼きが強い腹の奥には、この張り型をもってしても届かなかった。耐えきれずき臍の下辺りを指先で撫でたり押したりしてみるが、それでどうにかなるわけでもなく。
カゲロウのモノなら、きっとここまで届くのに。
もどかしさを少しでも満たしたくて張り型を抜き差ししてみるが、空しいだけだ。
「こんなんじゃ届かねぇよぉ、早く帰ってきてくれよぉ……」
こんな声も、離れた想い人に届くはずがなく。
天窓から見える星が、じゅわりと滲んだ。
◆
三日後の午後。
カムラの里の往来に、派手な牛車が戻ってきた。買い付けた商品と明日からの特価の予告も兼ねて、カゲロウはいつもの場所にいつもの要領で牛車を停めた。
「ご苦労様ニャ。目当てのもんは手に入ったのニャ?」
「ゼンチ殿、ただいま戻りました。勿論、首尾は上々ですとも」
腰を叩きながら顔を見せに来たゼンチに、カゲロウはほくほく顔で答える。
「これは大変に珍しい品で、特にカムラの里付近では滅多に流通しないものです。武具の素材にもってこいで、里に出入りするハンターたちに売り捌けば一攫千金、」
「あー、わかったわかった。わかったからちょっと静かにするニャ」
「おや、どうかなさいましたか。本日はもう遅いので、特売日の宣伝はまた後日、」
「じゃなくて、後ろ。後ろを見るニャ」
「うしろ」
ゼンチが示した方向を、カゲロウは素直に振り向く。そこにあったのは、果たして赤いオーラを全身から立ち昇らせ、同じく赤く光る目でゆらぁ……と佇む『猛き炎』の姿であった。
「カゲロウさん……」
「……」
「カゲロウさん、やっと見つけましたよ……」
「……完全に鬼人化しているようですが、何があったのでしょうか」
「おまえさんを待ちきれなくて昨日からコレだニャ」
「それは由々しき事態」
「馬鹿言ってないでとっととなんとかするニャ」
◆
ところ変わって、カゲロウの宿。
時刻は、既に夜になっていた。あのあと往来でカゲロウに宥められ、人目も憚らずよしよしと抱き締められ、なんとか正気を保った状態で身支度を整えてここを訪れた。
カゲロウが不在の間の狩猟は散々……なんてことはなく、むしろ会えない寂しさやもどかしさを感じないよう、いつも以上に狩りに集中して戦果を上げた。おかげさまでギルドチケットを有り余るほどもらった。しかしそれは解消しきれない熱を身体に溜め込むことにもなり、テントを破壊してウツシに叱られたことを思い出して萎えたりもしていたのだが、二日と少し経つ頃にはすっかり鬼人化してしまっていた、らしい。ゼンチやヒノエ曰く、モンスター相手と違い双剣を振り回して暴れるなんてことはなかったので放っておいた、とのこと。もし暴れていたら、ヒノエやミノトに成敗され縛り上げられていたのだろうか。そうならなくて本当によかった。
「よもや、正気を失うほどそれがしを待ち焦がれてくださっていたとは」
「いや違……わない、です、けど」
ことの顛末を話せば、カゲロウはハッハと声を上げて笑った。そりゃそうだろう。欲求不満が高じて鬼人化するなんて、誰がどの角度から聞いても笑い話だ。貴方のせいです、なんてとても言えず、もごもごと口ごもって俯くしかない。それに今は、カゲロウを前にして落ち着いているのが難しい。臍の下辺りを、手で擦る。
「おや……今宵は体調が優れませぬか」
「じゃなくて……この辺がなんか、ムズムズして……」
「店の在庫に、よく効く塗り薬があったかと」
「いや、腹が痒いとかじゃなくて」
「ん?」
「どっちかっていうと腹の中が痒いっていうか……」
ふーむ、と顎を撫でたきり、カゲロウは何も言わない。敷布の上に向かい合って正座したまま、なんだか気まずい時間が続く。これはもしや、もっときちんと説明しろ、ということなのだろうか。
「その……借りた張り型で、ええと、色々やってみたんですど、痒いところには届かなく、て……」
「なるほどー」
「……カゲロウさん、絶対わかってて言わせましたよね」
「ははは、そのようなこと」
ありますね、と。やっぱり、と思いつつ結局口にしたのは自分で、赤くなってまた俯くしかない。
「申し訳ない。ですが、素直に告白いただけてよかった。大事な御身体のことですからな」
「う……今のところ狩猟や探索には影響ないですけど、これ以上はあんま自信ないです……」
何せ、自分でも知らないうちに鬼人化していたくらいだ。今後同じことが起こる可能性はあるし、暴れ出したとして近くに止められる人がいるとも限らない。
「ハンター殿」
俯いて膝の上でぎゅっと拳を握り締めていると、不意に名を呼ばれた。顔を上げると、こちらへ、と手招きするカゲロウの姿。言われるがままに手を伸ばすと、その手を取られ、ふわりと抱き寄せられた。
「カゲロウさ、」
甘い香のにおいに包まれ、頭がクラクラしてくる。そうだ、この香りだ。香油も同じく香りがしたが、やっぱりこの人の香りじゃないと駄目だ。
「カゲロウさんの手で、触って」
首筋に腕を回し、肩口に鼻先をぐりぐりと押しつけて、精一杯甘える。するすると背中を撫でるだけだったカゲロウの手がふと止まったかと思うと、ちろ、と耳を舐められた。
「あっ、」
「仰せのままに」
甘く蕩けるような声にあてられて、躊躇するのが馬鹿馬鹿しくなったのは言うまでもない。
半刻ほど、経ったのだろうか。
敷布の上に一糸纏わぬ姿でだらしなく転がり、はふはふと熱い吐息を洩らす。あちこちを手でまさぐられ何度となく達かされ香油と白濁にまみれた肢体は、行灯の淡い光に照らされ、さぞ浅ましく見えていることだろう。ぷくり、と勃った胸の頂に指先で悪戯をされれば、かくんと腰が跳ねる。
「あっ! ん、はぅ……」
「ふふ、此方もすっかり感じるようになりましたな」
「ん……も、カゲロ、さんのせい、だって……」
「それは光栄の至り」
カゲロウは少し笑ってそう言うと、膝の下に手をするりと入れてきた。曲げて、前に倒す。濡れそぼった秘部が余すことなく露になる。秘孔は、十分に慣らされた後だ。指で散々に苛められたそこは、カゲロウの視線に晒されひくりと疼く。
「では、そろそろこちらを」
カゲロウが、枕元に桐の箱を引き寄せる。蓋を開け、二段組の箱を一段ずつ畳の上に置けば、そこに鎮座するのは木製の張り型。
「ハンター殿は、どちらの張り型がお好みですかな?」
「あ……ぉ、おおきい、方……っ」
「ふふ、では」
カゲロウは望み通り、『ご立派』な方の張り型を手に取り、秘孔にあてがった。息をゆっくり吐いて、力を抜いてください、といつものように言われ、解いた髪を撫でられ、軽く口づけ。はあ、と言われた通りに息を吐いて力を抜くと、ぐっと張り型が秘孔を拡げながら侵入してきた。
「はぁっ、ぁ……」
「随分と容易く入る」
「んっあ、あ! あッ!」
いつの間にこんなに慣らしたのですか、と笑うカゲロウ。口調は穏やかだが、張り型を持った手は意地悪に動き、雁首の段差でくにくにと入り口辺りを刺激してくる。おかげで、言い訳をする余裕もない。少しこなれてくると見るや、ゆるゆると抜き差しが始まった。焦れったくて、もっと強くとねだると、無理はいけないと優しくたしなめられた。
「むずむずする、というのはどの辺りですかな」
「う、ぁあ、あ、もっと奥ぅ」
「ふむ……」
この張り型では、一番欲しいところに届かない。カゲロウが不在の間、何度も自慰に使ったのでよくわかっていた。カゲロウだって、そんなことはわかっているんじゃないのか。困りましたな、と顎に手を当てて考え込むカゲロウの膝を、つ、と指先でなぞる。
「ね、カゲロウさ、もう挿れて」
「しかしこれ以上は、」
「ちがう、カゲロウさん、の」
「……」
膝をくすぐる手を握り返してはくれたが、カゲロウは黙して動かない。ねえ、と更にねだると、ふう、とひと息。
「それがしの魔羅、以前お見せしたでしょう。あんなものを挿れては、貴方の身体が壊れてしまいますよ」
だったら、今までしてきたことは何だったというのだろう。そのために準備をしてきたのではないのか。
「もう平気、です、こんな太いのも挿いるし……それにこんな偽物じゃ届かないんです、カゲロウさんのがいい」
カゲロウはまた一つ、ふう、と息を吐く。それから、胎内に挿入していた張り型を、ぐいっと奥へ押し込んだ。
「んあ゛ぁっ、」
「それがしの魔羅は……、これよりもずっと、奥まで届くのですよ」
張り型でいっぱいになっている下腹部を指先で撫で、くるくると臍の周りをなぞる。こんなに奥まで。想像するだに興奮してしまい、あ、あ、と小さく喘ぎが洩れる。
「怖くはないのですか」
「こわくない、ほしい、です……カゲロウさんのちんぽ、おれのなかに、くださいっ……!」
はあ、と吐いた溜め息は、呆れているのではなく、興奮を抑えるような、湿った吐息だった。はやく、とねだると、唇を熱い吐息が洩れるそれで塞がれる。深く食むようにしながら、カゲロウが着物の合わせを乱した。取り出したのは、すっかり反応しきった逸物。
「こんなことは言いたくありませんでしたが……ねだったのは貴方ですよ。後悔しても、泣いても、止めて差し上げることはきっとできない」
言いながら、カゲロウの手が張り型を引き抜いた。代わりに、熱くぬめる杭の先端をあてがわれる。受け入れやすいように自ら秘孔の縁を指で拡げると、ちゅ、と先端に吸い付いた。それを皮切りに、カゲロウがぐっと腰を押し込む。逸物を呑み込むにはあまりにも小さな孔が、ぬぐ、と口を開く。
(あ……っ、くる、くる……カゲロウさんの、ちんぽぉ……っ!)
はやく、と声に出しかけた瞬間───ごちゅっ! と隘路を押し拓かれ、文字通り串刺しになった。
「お゛ぉッ……⁉︎」
意図せず背が弓形に反り、衝撃に耐えるようにそのまま硬直する。それが落ち着くのを待つことなく、カゲロウは腰を引く。狭い肉壁と入り口が、ごりごりと擦れるのが堪らない。
「ひぃっ⁉︎ あはぁっああぁん!」
再び、どちゅんっ! と奥へ。
「お゛あ゛あぁあッあ゛あ゛ぁァ⁉︎」
「いかがですかな、奥に届いた気分は」
「あ、ぁ、んぉ……ッ」
舌を突き出し、はふはふと浅い呼吸をするだけで、応えることなどできやしない。内壁はぎちぎちに締まり、胎内が痙攣する。触れられていない前は、力なく萎れているようでいて、先端からはとろとろと涎のように白濁混じりの粘液を零していた。
「初めてナカだけで達けましたね。偉いですよ、ハンター殿」
「ぇ、あ、俺、イッ……? あ、あ、これッ」
意識しているわけでもないのに内壁がカゲロウの砲身を締めつけ、その存在を感じるたびに尾てい骨から背筋へ向けて暴力的ともいえる快感が駆け抜ける。これまでに経験のない感覚。戸惑いを隠せず、待って、なんか変、とカゲロウの肩を押すが、
「止めて差し上げることはできないと、言ったでしょうに」
力の入らない腕で抵抗したとて、全くの無意味。カゲロウにその手を掴まれ、敷布に縫い止められてしまう。待って、と言いかけて息を吸い込んだと同時、半ばまで抜けていた熱杭の先端にごりゅ、と胎内のしこりを仕留められ、獣のような叫び声と共にまた絶頂する。
「ほお゛ぉッ⁉︎」
「ここもお好きでしたか」
「お゛っあっあ゛ッあ゛ぁっまって、まってくらひゃ、ぃ、イッてる! イってううぅっ!」
しこりを擂り潰されるたび、へにゃりと萎えた自身の先端から白濁が噴き出す。イき癖がついてしまったらしく、ほんの少し責められるだけで何度も絶頂してしまう。
「あ゛ー、あ! あッ! あッ、そこむり! む、い゛ッ、あ゛ああぁ……ッッ‼」
しこりを捏ねるように腰を回され、目を剥いてまたも絶頂───臍の窪みに溜まった白濁が脇腹や腰骨を伝って流れ落ち、敷布を汚していく。
「こんなに汚して……悪い子ですね」
「ぁふ、あ、ぁ……っ」
カゲロウはさも愉快といった口調で詰ると、白濁にまみれた臍に指先を突っ込んだ。窪みから溢れる白濁を掻き混ぜるように、ぬちゃぬちゃと指を動かす。
「ひゃ、う、ぅ、んんぅ……」
「では、もう一度此処まで失礼しましょうか」
「へぁ、あ? そこ、そこは、ぁ……あああ゛あ゛ぁッがぁ……っ‼」
覚悟も準備も何もないまま、また最奥を突かれて息が詰まる。腹を内側から圧迫されて息の仕方すらわからなくなり、かは、はひゅ、と下手くそな呼吸でなんとか意識を繋ぎ止めた。今にも白く霞みそうな視界の中に浮かぶカゲロウは、満足げにこちらを見下ろし、ごつ、とまた最奥を抉る。
「あぐっ! ぅ、うあ、あああ……」
「ほら、貴方がむずむずするとおっしゃっていた処に」
届いていますね、と、カゲロウの手が腹を撫でる。臍の周りをゆるゆると辿り、時折指先を押し込むように。
「んぁ、あ、あっ、おさ、ないでっ」
腹の中を深く、みっちりとカゲロウに犯され、少しでも余計な刺激が加われば、内側から突き破られてしまうのではないかと恐怖を覚える。指先が押し込まれるたび、いやだ、いやだと首を振るが、どうやら変なスイッチが入ってしまったらしいカゲロウが聞いてくれるはずもなく。これ見よがしに一際強く臍の下に指先を押し込まれた後、ずるん、とひと息に逸物を抜かれる。
「はあぁあ゛ぁんッ!」
胎内を深く犯していたものが、抜けていく。瞬間、腹の中から想い人がいなくなってしまった喪失感に襲われ、思わずカゲロウの腰に脚を巻き付けてしまった。
ああもう、苛められて、苦しいくらいの快感を与えられて今にも意識が飛びそうだというのに、もっともっと苛めてくれと、口走ってしまいそう。
「ハンター殿」
「ん、ぅあ……ぁ、カゲロ、さ……」
もっと、なんて恥ずかしくて言えない。でも身体は正直で、抜けそうになったカゲロウを繋ぎ止めようと、ゆるゆると腰を揺らしてしまう。仕方のない御方だ、とカゲロウが笑う。そうして、優しく髪を梳き、頬を撫でていた白い手が、がしりと腰骨の辺りを掴んだ。そうして、甘く、低く───ぞくりと腰がわななくような声で囁く。
「お覚悟」
「へ、ぁ? あ、まって、んあッあぅあ゛あ゛ぁア~~~……ッ‼」
一度抜けていたものに、またも腹を満たされる。最奥に到達すると同時に快楽を極めてしまい、前でぶらぶらと揺れてばかりだった魔羅が白濁を零す。もうほとんど透明に近い。それでもまだ、もっと、もっと善くしてくれと、泣いているようで。
「動きますよ」
「……あっお゛っ⁉︎ んおぉッ! おおあァッお゛っおぉッ! ほおぉんッん゛お゛おぉッ!」
どちゅ! どちゅ! と胎内の突き当たりを激しく責め立てられる。加虐の限りを尽くされているはずの内壁は、それでもなおカゲロウの砲身をぎゅうぎゅうと締め付け、先端に吸い付くように蠢いている。もっと奥へ、もっと強くと誘い込んでいるかのように。聞き分けのないそれを黙らせる強烈な一撃で最奥を仕留められ、喉奥から押さえ切れない悲鳴が洩れた。反して、脚はいまだカゲロウの腰に巻き付いたままで、挙げ句カゲロウの動きに合わせて腰を振っている。カゲロウはその腰を抑え付け、爪が食い込むほど強く掴んでまた奥を突く。
「あ゛っお゛っおおッ、」
「ああ、ハンター殿。情けないお顔……愛らしい」
カムラの里を守る『猛き炎』の凜々しい姿は、そこにはない。喘ぎが止まらず、だらしなく開ききった口の端から呑みきれない涎が零れる。カゲロウはそれも、涙も、鼻水も、愛い、愛いと繰り返しながら舐め取る。優しく頬を撫でて、額に、鼻先に、瞼に、唇に、何度も口づけを繰り返して。その優しさ、繊細さとは似ても似つかぬ、激しい下半身の責め。
「いぎっひぃ、ひっイく、いぅ、い゛ぐうぅっ……!」
「ん……っく、それがしも、そろそろ……ッ」
ハンター殿、と熱い吐息混じりの掠れた声で名を呼ばれ、同時に一際強い突き上げを食らう。声も出せずに、絶頂。視界がぐるんと半回転し、チカチカと白い星が弾けた。耳元で聞こえる、くっ、というカゲロウの耐えきれない愉悦の呻き、そして腹の奥に感じた灼熱の奔流。犯され蹂躙され、敏感になった内壁に灼熱を叩き付けられるたび、あ、あ、と声が洩れ、ひくひくと腹が痙攣する。それが落ち着く間もなく、ずるり、と長大な逸物が腹の中から抜け出ていった。
「ん゛あ゛ぁんッ、」
「ふぅ……奥に出してしまいましたね」
規格外のモノで埋められていた秘孔は、ぽかりと開いたままになってしまっていた。擦られて真っ赤に充血したそこは呼吸に合わせてひくひくと蠢くが、胎内に放出されたはずの白濁は一滴も溢れ出てこない。随分と奥に出されてしまったらしい。
「ふむ」
「へ、ぇあ……? カゲロウしゃん……?」
しばらくご満悦でその様を眺めていたカゲロウだったが、何かを思い付いたらしい。尻と腰を掴まれ、敷布の上にうつ伏せになるように身体をひっくり返される。何を? と問う暇すら与えられないまま、尻を高く上げさせられ、犬の交尾のような体勢にされる。
「ではもう一戦、お付き合いください」
「ぁ……? ちょ、まって、もぉむり、」
なんだか恐ろしい言葉が聞こえた、気がする。それが気のせいではないとでも言うように、カゲロウの手が後ろから頭を敷布に押さえ付けてくる。嘘だろ、おい。
「まっ、ぉッ、ん゛お゛お゛ぉッ⁉︎」
そして奥まで、一息に挿入。
「さあ、いきますよ」
「ひいぃッ……⁉︎ うそ、もうむり、しぬぅ……!」
◆
「カゲロウさん」
「申し訳ない」
「カゲロウさん」
「すみません」
「カゲロウさーん」
「面目次第もございません」
こんもりと盛り上がった布団に向けて声をかけるが、何度やっても返ってくるのは蚊の鳴くようなボリュームの謝罪だけ。もう、とわざとらしく溜め息も吐いてみたが、結果、変わらず。
「カゲロウさん、俺怒ってないから大丈夫ですって」
改めて声をかけるが、今度はもぞもぞと布団の中で動くだけで声すら発しない。頑固だ。
なぜこんなことになっているのか。事は数時間前に……いや、細かい説明など今更不要か。端的に言って、抱き潰された。昨夜、日が沈んで幾何もしないうちに始まった逢瀬は、実のところほんの一刻ほど前まで続いていた。最初は挿入を渋っていたカゲロウは、一度挿入して開き直ったのか箍が外れたのか、とかく激しかった。前から後ろから下からめちゃくちゃに突き上げられ嬲られ、これでもかと胎内に子種を植えつけられた。途中気絶するかと思うことも何度もあったが、ハンターの頑丈さとは恐ろしいもので、こちらの体力も尽きることはなく、気付いたら空が白み始めていたのである。お陰さまで記憶が飛ぶなんてことはなく、最中のことは全て覚えていた。言われたことも、されたことも、全て。
流石に疲弊したこともあり、一刻ほどは寝入ってしまったのだが、起きて目が合うなりカゲロウは布団の中に閉じ籠ってしまい、今に至る。
「ねえカゲロウさん、そろそろ出てきてくださいよ」
「……」
「はぁ……もー!」
怠い下半身に鞭打って起き上がり、布団を鷲掴む。そのまま毟り取ってやろうと力を籠める……が、微動だにしない。ものすごい力で抵抗されている。頑固だ。
「顔を見せてハンター殿を怖がらせるわけには……!」
「もともと顔見えてないでしょ! ていうか、なんでアンタの方が犯された生娘みたいになってんだよ⁉︎」
べし、と背中がありそうな場所を叩く。少し間を置いて、本当に怒ってないし、怖くもないですって、と改めて言うと、ようやく観念したのかカゲロウが布団の中から出てきた。こんな時でも御札しっかり装着されており、表情を窺うことはできないが、しゅん……と落ち込んでいるのは明らかだった。
「申し訳ない、年甲斐もなく抑えが効かなくなってしまい……」
「怒ってないって言ってるでしょ」
また謝るカゲロウの、珍しく乱れた白い髪を撫でて、笑う。
「欲しいって言ったのは、俺の方なんすから」
「ですが……はあ」
カゲロウは、がく、と音がしそうなほど申し訳なさそうに項垂れる。確かに、こちらの身体は惨憺たる様ではある。数えきれないほどの鬱血痕と咬み痕はどんな防具でも隠しきれないだろうし、腰骨辺りには食い込んだ爪の痕が赤紫色になって残っている。下腹部周りを中心にどちらのものとも知れない白濁がこびりついているが、尻から内股はもっと酷い。
「あっ……ちょ、」
起き上がって動いたせいか、昨夜腹の中に出されたものが零れてきた。こぷり、秘孔から零れる白濁を見て、カゲロウは「ああ……」と天を仰ぐ。そんなに気にしなくてもいいのになあ、と思いつつ、零れてきたものを指に絡めてカゲロウに見せつけるように差し出す。
「ん……どんだけ出したんですか、これ。俺のカラダ、そんなにヨかったですか?」
「ハンター殿……」
そのようなことを言うものでは……と言いかけ、そもそもの原因は自分にあると思ったのか、カゲロウはまた項垂れる。
「へへ、だって落ち込んでるカゲロウさんなんてレアじゃないすか。かわいいから苛めたくなっちまう。それに俺、今めちゃくちゃ嬉しいんです。我慢してたのが俺だけじゃなかったってわかって」
「まったく……敵いませんよ」
降参です、とカゲロウは両手を上げる。そこに、ん、と顔を近づけると、ちゅ、と軽く口づけられた。互いに見詰め合って、ふふ、と笑う。
「……時にハンター殿。本日の御予定は」
「ん? んー……今日はこのまま、のんびりします」
「では、少し休んだら湯浴みをして……腹拵えにでも参りましょう」
「おっ! じゃあ俺、うさ団子屋がいいです! 運動の後なんで!」
「ふふ、ヨモギ殿の店が開くにはまだ早いですよ」
あれだけ動いたのなら、色気より食い気だ。醤油の焼ける香りを思い出し、涎が出そうになるが、確かにまだ日も昇っていない。わかってますって、と言いつつ、今は何刻頃だろうかと書院の障子を開ける。薄紫色の美しい空が、朝の訪れを告げていた。
ちょうど昇り始めた朝陽に照らされ、黒い髪が金糸のように輝く。蜂蜜色の瞳は陽の光にとろりと蕩けるようで。歴戦のハンターであることを示すかの如く、身体には目立つ傷跡もあるが、それでもなお。
「……、」
もちろん、当人はそんなことに気づいてなどいない。ただただ、カゲロウだけが息を呑んだ。
「カゲロウさん?」
「いえ。貴方は本当に、美しいですね」
「……う」
「ハンター殿?」
「もう……敵わないのはこっちですよホント……」