その夜、未だ尻から抜けず
その夜、未だ尻から抜けず
媚薬を盛られてモブに襲われそうになったハン♂のカゲハン♂。
濁点喘ぎ、♡喘ぎ注意。下品です。
「なあ、あんた。あの雷神龍を追っ払ったんだろ?」
それは、今よりも少し前。ある夜の宴の席でのことだった。
その時分、百竜夜行の脅威はいまだ去らず、周辺でのモンスターの目撃情報が増えたこともあり、外部のハンターがカムラの里を訪れることが増えていた。若手のハンターにとって、他地域のハンターとの交流は知識を得る大切な機会になりうる。そういった名目で催された、若手ハンター達の交流会という名の、宴の席。冒頭の通り、龍宮砦跡で雷神龍ナルハタタヒメと対峙したハンターの青年、『猛き炎』こと俺は、宴会場の端っこでちびちびと酒を舐めていたわけだが。
「英雄様なら、そんな端っこにいないでさ。俺らに色々教えてくれよ」
こうして外から来たらしいハンターの男二人組に声をかけられ、顔を上げた。ちょうど、里の英雄だ何だと持て囃され流石に少し気疲れしていた、そんな折だった。二人組は酒瓶を手に、こちらの両側の席に陣取った。
「なあ英雄さん、話聞かしてくれよ。雷神龍? だっけ。討伐したんだろ?」
「いやあ、追っ払ったんだって。ねえ?」
で、雷神龍ってどんな奴だったんだよ? と男たちが問うが、先の言葉の通り、現時点で雷神龍を「討ち取った」わけではない。雷神龍は、まだ生きている。討ち取り損ねたと言われてもおかしくないようなこの状況で話を聞かせてくれと言われても、何を話したものかと閉口してしまう。それを飲み足りないと勘違いしたのか、男の一人が酒瓶を傾けた。しかし、飲んだからといって気が大きくなるわけでもなく。
「いや、今日はもう酒は……」
男が近づけてきた徳利を、思わず手で防いでしまう。瞬間、男が「あ?」と不機嫌そうな声を出したので、これはしくじったかもな、と思う。とはいえ、ここに一人で座っていたのも、元はと言えば気疲れして一人になりたかったからだ。正直言って、この男達の相手をしたい気分ではない。
「わりぃ、今ちょっと、話したい気分じゃなくてさ」
一言断って席を立とうとしたが、腰を浮かせたところで男に腕を掴まれた。
「おいおい、英雄様だからってお高くとまってんのかァ? 俺らみてぇな雑魚ハンターとは、口も利けねぇって言うのかよ」
「は? そんなこと言ってないだろ」
なるべく穏便に、冷静に、とは思うが、指が腕に食い込むほど強く掴まれ、思わず眉間に皺を寄せた。それが睨んでいるように見えたのか、続け様に胸倉を掴まれる。ガン飛ばしてんじゃねぇよ、という怒声付きで。そして、これだけでそんなに怒るかよと脳内で突っ込みを入れてから、気づく。こいつは、最初からそのつもりだったのだ。宴会場の隅でスカしている「英雄様」に、焼きを入れにきたのだろう。
「てめぇ、いい度胸じゃねーの……おいコラ、勝負しろや! どっちが上かわからせてやろうじゃねーか!」
いや、話がめちゃくちゃだが。勝負ってなんだ。
男の怒声が宴会場に響いたせいか、別の卓で飲み食いをしていたハンターたちがこちらをチラチラ見ている。「またやってるよアイツら」、「英雄様も大変だねぇ」なんてヒソヒソ声も。大変だと思うならコイツを止めて欲しい。まあ、「また」なんて言われるくらいだから素行の悪さは折り紙付き、誰も関わりたいとは思わないか。
「お、おい。あんまり問題起こさないでよ……僕までここにいられなくなるじゃないか」
どうしたもんか、と思っていると、意外にもこの男の相方のハンターが間に入ってきた。なるほど、自分が困るからやめてくれ、と。
一方、胸ぐらを掴んでいる男の方は相方の忠告に聞く耳など持たず、突き飛ばして黙らせる。それから、ありったけの酒を持ってこい、と凄んだのだった。
あー、面倒くせえ。
口をついて出そうになる言葉を呑み込み、空っぽの杯を卓に乱暴に置く。近くに置いてあったこれまた空の酒瓶にぶつかって、カチンと耳障りな音がした。ひいふうみ、何本あるだろう。最初から数える気もなかったが。
隣には、先ほど突っかかってきた男が前後不覚で突っ伏していた。無理して呑むからだ。素直に負けを認めていたら、こんなことにならずに済んだのに。
「おいおい、もう潰れちまったの? まだ呑めんだろ。まさか、ギブアップなんて言わねぇよな」
男の首根っこを掴んで、無理やり顔を上げた。赤ら顔の髭面。半分眠っているのか、口の端からは涎。そろそろ持って帰ってくれ、と言おうにも、この男の相方の姿は近くにない。探すのも面倒に思えて、手近にあった敏から男の杯にドボドボと酒を注いだ。
「ギブアップしないなら、まだ呑んでもらうぜ」
そういうルールにしたのはアンタだしな、と男の肩を叩くと、ゴン、という音と共に男の額が卓にぶつかる。それとほぼ同時、ドタバタと誰かが駆けてくる気配。
「ねえ、もうやめてよ! 悪かったよ、彼には僕から言い聞かせておくから、今日はもう……」
男の相方が、戻ってきたらしい。ようやくお戻りか、と視線をそちらに向けると、焦った様子の男の相方と、よく見知った顔───ウツシ教官。クソ、よりによって教官を連れてくるんじゃねえよ、教官を。小狡い野郎め。口の中で「やべ」と呟くと、教官は諭すように頷く。なんだよ、俺が悪いのかよ。
「……へいへい、そんじゃあコイツが最後の一杯、なっ!」
なんだか頭にきて、酔い潰れた男の胸ぐらを掴んで持ち上げ、手にしていた酒瓶に口に突っ込んだ。今思うと、この頃は少し荒れていたんだろう。ただでさえ英雄だなんだと担ぎ上げられて気疲れしていたところ、雷神龍を討ち損ね、嫌な絡み方をされて、更にはこいつらが吹っ掛けてきたのに教官を呼ばれてカチンときたわけで。
結局この時は教官に腕を捻り上げられて、男に追加の酒を呑ませることは叶わなかった。それでよかったと思う。あそこで教官が止めてくれなかったら、俺はきっと男が再起不能になるまで……下手をしたら死ぬまで呑ませていたかもしれなかった。里の英雄様が、というか、一般人を守るハンターが人殺しなんて洒落にならない。
◆
そんな「事案」があって、しばらく。
詳しい経緯はここで語っても仕方がないので割愛するが、俺はどうにかナルハタタヒメを討ち取ることができた。おかげで百竜夜行は徐々に落ち着いていき、里の観光事業にも活気が戻りつつあったが、時おり姿を現す大型モンスターを追い払ったり、古龍を狩りに行ったりして慌ただしく過ごす日々は今も続いている。里の穏やかな空気の中で親しげに「英雄さん」と呼ばれることにも慣れ、難しい狩りをこなしていくうち、集会所でのあの出来事のことなんてすっかり忘れ去っていた。
この日は、古龍との連戦で薬の在庫に不安があったこともあり、大社跡でオトモたちと採取だけをこなして集会所に帰還した。時は夕刻。そろそろ晩飯が恋しくなってくるような、よく晴れた空の夕焼け色。
「旦那さん、これが今日の収穫だニャ」
「ん、ありがとな。今日は働き詰めだったから、おまえらもしっかり身体を休めろよ」
オトモたちから薬草やキノコを受け取り、その場で手を振って別れる。別れてから、今日はルームサービスの休日だったことを思い出した。軽いつまみや食事を自分で作ることくらいはできるが、家の食材の在庫が思い出せない。考えているうちにだんだん面倒くさくなってきて、集会所で晩酌まで済ませて帰ることにした。
酒と料理を注文してから、屋外の席に座って待つ。いつもならこの辺りにウツシ教官がいて元気に話しかけてくるのだけど、今日は任務で里を離れているのか、凛々しく逞しい姿はない。オトモも帰してしまったし、暇を持て余して舞い散る桜の花びらをぼうっと眺めていると、視界の隅の方にクエストから帰還したらしい二人組のハンターが見えた。どうやら彼らもここで晩酌まで済ませるために空いた卓を探しているらしいが、あいにく満席だ。見るともなしにその二人組の様子を見ていると、一人と兜越しに目が合った。軽く手を挙げて、こちらに近づいてくる。
「なあ、あんた。ここ相席いいか?」
「ん? ああ、いいぜ」
狩りでも里でも、困った時はお互い様だ。快く了承して、少し端にずれた。二人組は礼を言って、空いた場所に腰を降ろす。そうして、兜を脱いだ二人と、何とはなしに顔を見合わせたわけだが。
「……あっ」
「え? ……あっ、げッ⁉︎」
いや、「げっ」て。こっちだってそう言いそうになったところ、なんとか抑えて「あっ」で済ませたのだから少しは自重しろと言いたい。それはともかく、この二人組、あの時の宴会で酒飲み勝負を吹っ掛けてきた男とその相方だった。こちらは兜で気づかなかったが、そっちは遠目で見て気づかなかったのだろうか。やれやれと思うこちらを他所に、当の二人組は「なんでよりによってこの席に」「ここしか空いてなかったから仕方ないだろ」などと小競り合いをしている。
「えーと……俺、席変わろうか?」
恐らくこうするのが一番良いだろうと、申し出た。相方はともかく、あの時潰された方の男は間違いなく嫌だろうと思ったから。だが男は相方の手を「もういい!」と雑に振り払うと、こちらの正面にドスンと腰を降ろした。また酒飲み勝負でも挑まれるのかと身構えたが───
「あの時は、本ッッッ当に、すまんかった‼」
「……へっ?」
予想だにしていなかった言葉に呆然としてしまい、ゴン、と男が卓に額を打ち付けた音で我に返る。
「その、あの時は酒で気が大きくなって、ちょっと英雄とか言われてる奴を試してみたくなったというか……情けない話、ハンターとして敵わなくても酒でならイケるんじゃないかと……」
やはりというか、先日のことを詫びられている。こちらが驚いて言葉を失っていると、男は申し訳ない、すまない、と何度も言葉を重ねた。その様子には男の相方も驚いていて……何故こいつまで驚くのかは知らないが、とにかく謝りっぱなしの男を宥めて顔を上げてもらった。
厳つい髭面の上で、情けなく八の字になった太い眉。今にも泣き出しそうな顔だった。
「カムラの周辺には面白いモンスターが多いな。あの、柿を投げてくる猿面の……」
「ビシュテンゴか? アイツは悪戯好きで厄介だぜ」
「そうなのか! 明日狩りに行こうと思ってたとこだ、楽しみになってきたな!」
「柿が落ちてたら食ってみろよ、旨いから。紫のと黄色いのは駄目けどな」
あの後何度も頭を下げられ、こちらも非礼を詫びて、なんやかんやで三人相席のまま晩酌をすることになってしまった。まあ、一応仲直りをした形ではあるし、こうして後腐れを無くしておくのは良いことだ。
これからどのくらい滞在するのか尋ねてみれば、具体的なことは決めていないとのこと。まだ行ったことのない狩り場もあるようで、タイミングが合えば連れ立って採取や狩猟に行くのも悪くない。そんなハンターらしい話で盛り上がっていると、相方の男が徳利を掲げて差し出してきた。
「お、わりぃな」
「本当に酒に強いんだな、君……」
カムラの地酒は結構キツくて僕にはとても……と、相方の男は苦笑いだ。無理に呑む必要はないと言いつつ手元から徳利を奪って手近の猪口に注いでやれば、口元が引き攣る。本当に苦手なようだ。
「ハハハ、こいつぁ酒には滅法弱いからな! どれ、俺が代わりに呑んでやるよ」
「ちょっと、また酔い潰れても僕は知らないからね」
相方の手元から猪口を掠め取り、髭面の男が一息で飲み干す。以前潰されたことを忘れたわけではないのだろうが、酒で気が大きくなるタイプというのは間違いないようだった。
それから、一刻ほど。
正面には、やはりというか酔い潰れて大いびきをかく髭面の男。その前で、こちらはウトウトと今にも眠りそうになっている。なんだろう、妙に頭がふわふわするというか……
「流石の英雄さんも、呑みすぎかな?」
「いや、そんなことはねぇんだけど、なんか今日はちょっと……」
相方の方が声をかけてくるが、まともに応えられない程度には眠かった。これまで、酒でこんな風になったことはない。それに、今夜は飲み慣れたカムラの地酒しか飲んでいないわけで……明らかに異常だ。やっちまった、と内心一人ごちる。一服盛られたのだろう。髭面の男が寝こけているところを見るに、首謀者は恐らくこの相方の男だ。目的は何なのか知れないが、これ以上同席していてはきっとロクなことにならない。もう帰るわ、とかなり怪しい呂律で相方の男に告げ、適当に卓に金を置いて立ち上がろうとしたが、膝から力が抜けてまた座り込んでしまった。
「おっと……そんなんじゃ家まで帰れないよね。送っていくよ」
確か家は水車小屋だったよね、と。誰もが知る「英雄」であることが災いしてしまったようだ。触るな、と言いたいところだが、口にも身体にも力が入らない。全く抵抗できないまま、肩に腕を回され引っ張られ、飲みすぎて立てなくなった酔っ払いに仕立て上げられてしまった。
[newpage]
本日も、雑貨屋は盛況であった。
百竜夜行の根源が絶たれ平穏が戻りつつある今、外から来るハンターや観光客が増え、カムラの里の商人たちは嬉しい悲鳴を上げている。各地の珍しい品や福引きなどの「いべんと」を取り扱う雑貨屋も、例外ではない。最後の来店者に対応し終えた後、手がつけられずにいた帳簿の後始末、在庫の確認などを済ませていたら、すっかり日が暮れていた。ふう、と吐息で面布を揺らしながらトントンと腰を叩き、荷車の扉に鍵をかける。さて、宿に帰ったら少なくなってきている鼈甲飴を作って補充しておかなければ。
と、ぽっかり空に浮かんだ白い月を見上げながら思っていると、不意にガタガタと何かを揺らすような音が聞こえた。視線をそちらにやると、水車小屋の引戸を乱暴に開ける背中が。彼、ではない。いや、彼はそこにいる。だが、眠っているのだろうか。見知らぬ誰かに肩を支えられたまま、ぐったりと俯いていた。
「おや……」
狩り場で彼が怪我をしたという話は聞いていない。もしそんなことになれば、彼の優秀なオトモたちがここにすっ飛んで来るはずだ。となると、泥酔しているのか。しかし、彼に限って。
そうこうしているうち、彼と見知らぬ何者かの姿は水車小屋の引戸の向こうへ消えた。
◆
乱暴に畳に放り投げられ、うう、と呻く。何しやがる、と言いたいところだが、笑えるほど身体に力が入らず唇を動かすのも億劫だ。
「ハッ、こうなっちゃあ英雄様も形無しだねぇ」
こちらを見下ろす相方の男の顔には、いかにも卑しそうな笑みが浮かんでいる。まあ、酒や食事に一服盛るような奴だ。ロクな性根ではないだろう。
「どうする、気だよ……」
「どうするってぇ? 大勢のハンターの前で赤っ恥かかされたこと、僕はまだ納得しちゃあいないんだよ? 謝って仲直りしてハイ終わり! なんて上手くいくわけ、ねぇだろッ!」
背中を蹴飛ばされ、仰向けにされる。痛みでまた呻くが、それよりも気になることがあった。身体に力が入らないだけではなく、妙に熱が籠っているのだ。加えて、仰向けになったことでより目立つ、身体の中心で主張するモノ。
「……ようやく効いてきたか。ハンター相手じゃ半端なクスリは効かないかと思ったけど、多めに盛って正解だったねぇ」
「クソ……何、入れやがった……っ!」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ、毒とかじゃないからさぁ! ちょ~っとだけ従順になるおクスリだよ~」
男は親指と人差し指で隙間を作るような素振りを見せて、卑しそうな笑みを更に深める。顔を近づけられた拍子に酒臭く生暖かい吐息がかかり、思わず眉を顰めた。それが気に食わなかったのか、男が手を振り上げる。
「ムカつくんだよ、その目つきがッ!」
頬に焼けるような衝撃が走り、一瞬遅れて叩かれたと知る。いてぇな、クソが。罵られようが殴られようが抵抗できないのが腹立たしい。その上、覆い被さるようにのしかかられては成す術もなく。
「オラっ、せいぜいイイ声で鳴けよ」
男の膝が、ぐりぐりと下腹部を刺激してくる。おかしな薬のせいだとはいえ、明らかに色の入った吐息が洩れてしまい、死にたくなってくる。
「ぅ、ん……ッ!」
「ハハッ、こーんなボロ屋じゃ何もかも表に筒抜けだよなぁ。カワイソーに、明日から恥ずかしくて外歩けないなぁ」
「え? いや、そういうことはこの小屋でも何回かしてるし今さら何も……」
「なんて?」
大変残念ながらと言っていいのか、「その」時の「そういう」声なら表に聞こえてしまっていたことは一度や二度ではない。恥をかかせるためにわざわざここまで大の大人を担いできたのだとしたら、この男はとんだ見当違いをしていたことになる。まあそれは別として、男を連れ込んでいると思われるのも、コイツに犯されるのもまっぴら御免なわけだが。フクズクに助けを呼んでもらおうかと天窓の辺りに目をやるが、指笛で合図をするより先に小屋の引戸がガタガタと揺れた。ややもせず、バキッという音と共に、スラリと引戸が開く。
「おい、誰だ……⁉︎ 開かないようにしてたハズだぞ⁉︎」
コイツ、詰めが甘いな。そんなことを言っては、「これから人には言えないようなことをします」と宣言しているのと同じだ。いや、それよりも。
「失礼いたします。何やら争う声が聞こえましたもので」
「えっ……?」
耳触りの良い穏やかな声。思わず名を口走りかけたが、言うまでもなくその人で間違いない。顔を上げて玄関を確認しようとしたが、それより先に男の方が立ち上がった。
「なんだぁお前?」
男はドスドスと畳の上を歩き、突然現れたその人───カゲロウさんに詰め寄る。カゲロウさんもまた、三和土まで入ってきて男に詰め寄った。
「おや……流れのハンターの方、ですかな? カムラの長は里内での諍い事に厳しい御方故、」
「諍いなんかしてねぇよ、合意だ合意」
「……それがしには、到底そのようには見えませぬが」
カゲロウさんは男と、それからこちらを交互に見た。声のトーンが二段階ほど下がっている。こりゃ相当怒ってるな、と普段の経験から。一方、興が削がれたらしい男は隠しもせずに舌打ちすると、カゲロウさんの肩を右手で小突いた。おい、
「商人風情がいい気になるなよ?」
てめぇ、おい、
「こっちはハンターだぜ? お前ら商人のお得意様だってんだ」
…………、
「誰のお陰で商売できてんのか考えたことあ」
「てめぇゴルァ‼ カゲロウさんに手ェ出してんじゃあねぇェ───ッッ‼‼」
気づいた時には、両手が男の襟を掴んでいた。え? とか、ちょ、とか何か聞こえたような気がするが、そんなことはどうだっていい。渾身の力で腕を振りかぶり、男を小屋の外に向けて投げ飛ばした。男は残っていた引戸ごと外に吹っ飛び、叫び声と一緒に夜の闇に消えた。
「…………」
「…………」
男が吹っ飛んで行った方を暫し無言で見ていたカゲロウさんは、だが何事もなかったかのように外れた引戸を外から持ってくると、これまた何事もなかったかのように丁寧に嵌め直して閉めた。それを見て安心した……からというわけではなく、普通に盛られた薬の効果が残っていたせいで、へにゃりと三和土にへたり込む。
「セジ殿……!」
倒れてしまう前に、カゲロウさんが背中を支えてくれた。その瞬間、恐らく身体が異様に熱いことがわかったのだろう。カゲロウさんは息を呑む。
「これは……⁉︎」
「へへ、しくじっちまいました……」
「何があったのですか」
御札で隠されていても、カゲロウさんが焦っているのがわかる。情けない話なので気は進まなかったが、素直に話した方がきっと安心してくれる。だから、事の次第を包み隠さず伝えた。
「それがしの宿に行けば、解毒できる薬草があるかもしれませぬ」
さあ、とカゲロウさんはこちらに背中を向けてしゃがむ。もしかしなくても、おぶって連れていくと言ってくれているらしい。まだ身体に力は入らないし、自力で歩ける状態でないことは確かになのだが。
「や、い、いいですっ、歩きますから」
「遠慮なさらず。セジ殿の重さなら、心得ておりますゆえ」
「そういうアレじゃなくて……」
「ん?」
「そ、そ、その……た、勃ってる、のが、その……」
皆まで言わずともわかってほしい。こんな状態で背におぶさったら、脚の間にあるモノは嫌でも背中に当たってしまう。硬くなっているので、誤魔化しもきかない。だがカゲロウさんはコテンと首を傾げ、それからくふふ、と笑った。
「そういうことでしたら、尚の事おぶって行った方がよいでしょうに」
「う、」
実際のところ、足腰はまだぐにゃぐにゃ。立てたとしてと、フル勃起した魔羅を隠せるわけがなく。他に手はない。
そんなわけで仕方なく、俺はカゲロウさんの手を取ったのだった。
カゲロウさんの宿に向かう道すがら、日も落ちていたせいか誰にも会わなかったのが救いだった。何せ、身体は水車小屋にいた時よりも熱くなり、主張するモノもとんでもない状態になってきていたのだ。人に見せられる顔は、していなかっただろう。
カゲロウさんの宿に着いたら、装備を緩めて敷布に寝かせてもらった。少しでも落ち着くようにと深呼吸を繰り返していると、カゲロウさんが水差しと湯呑みを持ってきてくれた。
「事件を起こせば彼のハンターも追われる身になるゆえ、毒や危険な薬は使っていないとは思いますが」
「だとしても、早いとこ外に出しちまった方がいいってことですね……」
先程より身体は動かしやすくなった。だが、熱さと妙な興奮は退かないどころか、更に強くなってきている。多めに水分を摂れば、それだけ薬の成分が体外に出るのも早くなろう。カゲロウさんから湯呑みを受け取り、飲み干す。酒を飲んだり叫んだり暴れたり、色々あって乾いていた喉に、冷たい水はよく沁みた。もう一杯もらって飲み干して、カゲロウさんに礼を言う。
「さて、それがしはこれから薬草の在庫を見ますので、少し横になって休んでいてください」
言われて大人しく敷布に寝転び直すが、仰向けになると股間で主張しているものが目立って仕方がない。
「自分で言うのもなんだけど、すげぇ勃ってんな……」
「辛くはありませぬか」
「んー……暫く放っときます。ちょっと落ち着いたら、風呂場貸してください」
熱いのなら、冷たい水でもかければ鎮まるだろう。そんなことを考えながら、主張するモノを隠すように敷布の上で横を向いた。
半刻ほど、そうしていたか。予想に反して、熱が退いていく気配はない。敷布の上で右へ左へ寝返りを打ち、うー、とか、んー、とか唸っていると、流石に見かねたのかカゲロウさんがやって来た。
「御加減は如何ですかな」
「んー……あんまり……」
あんまり変わらない、なのか、あんまり良くない、なのか。どちらでもいいが、言ってしまえばどちらもである。はあ、と洩らした吐息はやたら熱い。
「効果のありそうな薬草が見つかりましたが、これから調合しますゆえ……一度簡単に『処理』してしまいませんか」
「いや、遠慮します」
即答すると、カゲロウさんは手をこちらに伸ばしかけたまま固まった。少しして、ススス、と手を引っ込める。
「このままでは落ち着きそうにもありませぬ」
「そのうち収まります」
「朝になってしまいますぞ」
「なりません」
あっち行っててください、と寝返りを打ってカゲロウさんに背を向ける。カゲロウさんが「むう」と唸った気配。怒ってるのかな。ぎゅ、と布団を引き寄せて身体を丸めると、優しい声色でセジ殿、と呼ばれた。怒っているわけではないらしい。
「セジ殿」
もう一度、呼ばれる。無条件で安心できる、優しく柔らかな声。振り返って縋ってしまいたくなる、けど───
「どうか、なさったのですか」
「……」
「教えてくだされ」
「………………俺が、」
こんなこと、言っても仕方がない。言葉に詰まってしまうが、カゲロウさんが優しく頷いてくれた気がして。
「俺が、油断して下手こいたせいなんです。カゲロウさんにこれ以上手間取らせるわけにゃいきません」
「手間だなどと……」
カゲロウさんの手がもう一度伸びてきたのが気配でわかって、更に背を丸める。そうしていると、自分のみっともなく湿った吐息が籠って余計に情けなく思えてくる。一方、カゲロウさんは、うーむ、と唸っていたが、やがて薬草の調合をしに奥の部屋へ戻っていった。
◆
それから更に半刻ほど。
薬研で擂り潰した薬草を炙って乾かし、適量を調合して薬包に包んだ。とりあえず、三回分ほど。湯呑みと白湯も用意し、彼が休んでいる座敷へ向かう。
「さて、解毒剤ができましたよ」
声をかけると、彼の肩がピクリと動いた。眠っていたわけではなさそうだ。荒い息も先ほどと変わらず、耳も頬も真っ赤なまま。状態は、良くないらしい。
薬包から湯呑みに薬を移し、白湯を注いで薬湯に。細めの茶筅で混ぜてしっかりと溶かし、もう一度彼に声をかける。
「さあ、セジ殿」
返事はない。飲みたくないのだろうか。確かに旨くはないだろうが、そうは言っても。湯呑みを一旦盆に置き、彼の肩をそっと掴んだ。こちらを向かせようと軽く引っ張ると、明らかに逆方向に力を入れて抵抗してくる。苦い薬は苦手かと問うが、うんともすんとも言わない。仕方なく、無理やりこちらを向かせた。
「これ、我が儘はいけませぬ」
さあ、と覗き込むと、そこにあったのは今にも泣き出しそうな真っ赤な顔。潤んだ瞳も、ぐすぐすと鳴る鼻も泣くのを堪える子供のそれで、思わず笑ってしまう。
「まったく、こんなになるまで意地を張って」
「意地なんか、っ、張ってねぇし……」
鼻水を啜りながら言ったとて、説得力はない。幼子を宥めるように髪をすいてやると、うう、と唸る。
「なんだか、情けなくて仕方ないんです……全部自分で蒔いた種なのに、自分じゃどうにもできねぇんだもん……」
「ですから、それがしがお手伝いすると」
「こんなことでアンタの手を煩わせたくねぇ」
「煩わしいとも、手間だとも思っておりませぬよ。貴方の泣き顔は愛いですが、辛そうな様子を見ているのはそれがしも辛いのです」
ほら、と薬湯入りの湯呑みを差し出すと、彼はもそもそと身体を起こす。辛そうにしているので湯呑みからは飲ませず、口に含んで少しずつ口内に流し入れてやる。
「にげぇ……ちょっとしょっぱいし」
「それは涙のせいではありませぬか?」
「もう……つか、俺の泣き顔可愛いと思ってたんすか」
悪趣味、と彼に額を軽くつつかれる。それから、面布を鼻の下辺りまで捲られ、彼の方から口づけ。よいのかと面布の内から目配せをすれば、ん、と頷いた。
処理、と一口に言っても、今宵の目的は良くない薬を身体の外に出してしまうことだ。吸収されてしまったものは解毒剤の効果に期待するしかないが、これ以上辛い時間を長引かせないためにも、熱を放出することを考えた方が良いだろう。
彼の装備を全て外し、下衣と褌も緩める。緩んだ傍から最大にまで膨らんでいるであろう立派な勃起が飛び出してきて、元から赤い彼の頬が更に濃く染まったようだった。
「ホント情けねぇ……」
「そのようなこと。とても猛々しく立派ですよ」
「そういうことじゃなくてですね……」
呆れ顔を見せていた彼だが、こちらから熱く猛ったものに触れるとくっと息を詰めた。既に溢れて流れ伝っていた先走りを絡めながら、ゆっくりと扱く。
「くっ、……ぅ、あ、あー、出る……っ!」
随分と早い……と言いかけて、何だかんだで二刻近くこの状態が続いていたのだったと思いとどまる。我慢する必要はないと一気に扱き上げれば、あっさりと精を放った。散々耐えたせいか、指で摘まめそうな程濃いものが手を汚し、更には彼の腹にも飛び散る。
「はっ、ぅ……うぅっ……」
「まだまだ元気ですな」
「あっ、ちょ」
手の中のものは、一度出した程度で足りるものかとばかりに脈打っている。鎮まるまでには、まだまだ時がかかりそうだ。続けて扱くと、彼の腰が跳ねる。その様を見てふと笑うと、ぐっと耐えるように彼の腹筋に力が籠ったようだった。耐えてしまっては意味がないのだが、築いた牙城を突き崩すのもまた一興、か。ぷくりと先走りを零す先端を指先で捉え、指の腹で擦るようにして苛めてやる。
「ぐっ、」
「今宵は我慢をしてはならぬのですよ」
「で、でもっ……ん゛うぅ……!」
可哀想なくらいに流れてくる先走りを絡め、熱い砲身に塗りつけるように下から撫で上げると、ひ、と彼の喉奥から引きつったような声が洩れた。もうひと押し、と先端を軽く引っ掻く。
「お゛ッ♡」
背を仰け反らせ、腰を突き上げると同時に白濁を噴き上げる。ぱたぱたと敷布に散ったそれは、やはり濃ゆく。手の中の猛りもまだまだ熱を失ってはおらず、ふむ、とひとつ。
「かっ、カゲロウさんっ、カゲロウさんもういいです!」
「しかし、まだまだ元気な御様子」
「いやっ、だからっ、自分でやりますから!」
「なるほど。では、どうぞ」
彼の猛りから手を離し、軽く布で拭いてから少し離れて正座する。彼は「へっ?」と間の抜けた声を上げたが、再びどうぞと促せば、どこか腑に落ちないような顔をしつつも股間の猛りに手をかけた。何もここでせずとも、厠なり風呂場なりに行くと言ってよいものを。薬で判断力が落ちているのか、それとももしや、見られたいのか。
しばらく無言で見詰めあっていたが、やがて彼はゆるゆると自身を慰め始めた。くちゅくちゅと厭らしい水音が立ち、座敷の空気を淫靡なものに変えていく。
「セジ殿は、どの辺りが御好きなのでしょう」
「はっ? そんなこと言うわけ……」
「そうですな、言わずとも解ります。雁首ばかりを撫でておりますゆえ」
「んぐっ……!」
図星を突いたようだ。まあ、普段の行為から解りきっていることなのだが。言い当てられたのが悔しかったのか、彼は触れる場所を少し変え、裏筋の辺りをごしごしと擦り始めた。好きな所を触ればいいのに、おかしなところで強情だ。面布の下で思わず笑んでしまうが、自慰に夢中な彼は気づいていない。
「ぅ、ぐッ、出る……ッ!」
びゅ、と白濁が迸る。量も濃さも最初と遜色ない。もともと絶倫気味ではあるが、薬のせいで底無しになってしまっているのだろう。案の定、足りなかったようで、彼は間髪入れずに自慰を再開した。
「はぁっ、はぁっ……あっ、ぁ、うぅ、まだ出る……」
「ふふ、そこばかりで宜しいのですか?」
もっと御好きな所があるでしょう、と煽れば、彼の手は少しずつ先端近くへ移動していく。少しずつならバレないと思ったのだろうか。まったく、愚かである。愚かで、堪らなく可愛らしい。
「あっ、ぁ、あっ」
「さあ、もう少しですぞ。先っぽの……そう、そこ」
「ん、んっく、くぅ、ゔうぅ~……っ!」
「指先を、そう、差し込んでみてはどうですかな?」
「ん、ぅ……んぉお゛ッ♡♡」
彼は言われた通り、はくはくと開閉している鈴口にぐりゅ、と人差し指の先を押し付けた。切り揃えられた爪の先がつぷんと埋まった直後、鈴口と指先の隙間から噴き上がるようにして白いものが飛び出す。発情した獣のように荒い息を吐き、腰をへこへこと揺らす様の、何と浅ましいこと。どろりと蕩けた蜜金色の瞳に浮かぶのは熱と欲で、まだまだ足りぬと何よりも雄弁に語る。
それならば、その期待に応えてやらねば無作法というもの。
「さあ、もう一度触れて見せてください」
それから、またも半刻ほど。
目の前で恥じもせず自慰を続けていた彼の手が、ついに止まってしまった。とはいえ魔羅は……驚くべきことにまだまだ元気なままだ。こうなってくると、薬の効果もあろうが、見られて興奮する彼自身の素養の問題もあるようにも思える。敷布だけでなく、畳や脱いだ装備品にまで飛び散った白濁を見て、ううむ、とひとつ。
「うう……」
「如何なさいましたかな」
「い、ぃ……、いてぇ……っ」
「えっ?」
思わず聞き返した。少し近寄って聞き耳を立てるように手を耳に添えると、彼はぐす、と鼻を啜る。
「う、ぅ……も、ちんぽ、ちんぽ擦れていてぇよぉ……」
「あー……」
先端ばかり擦るから、とは思いつつも、煽った方としては何も言えない。だが立派に勃起したものを見るに、とても収まったとは言えない様子。
「それがしが触れても?」
彼は首を横に振る。
「い、いてぇのに、まだ出るし……でも触るといてぇし、もうやだ、こんなん……」
ううむ、と唸る。解毒剤を飲んでから時間が経っていることもあり、薬の成分はかなり抜けていると思われた。あとひと押し、というところなのだが。何か良い案はないか、と首を捻る。触ると痛むのならば、触らなければいい。だが、まだ達する必要はある。
「触れなくとも達する方法……ふむ」
立ち上がり、奥の座敷へ。そこで両手に収まる程度の桐の箱を取り、彼の所へ戻った。
「セジ殿、こちらを使ってみては如何ですかな」
桐箱を開けて紫色の布を開き、ス、と股を開いた彼の前へ差し出す。彼は欲で潤んだ瞳のまま、だが差し出された「それ」が何かは解らないようで、ポカンとしている。無理もない。
「それ」は、なんとも形容し難い形をしていた。一見すると丁字のようだが、三股になったうちの一本だけが太く、括れを伴いながらも先端にいくほど太くなっている。残る二股もくねくねと捻れるように曲がっており、指を引っかけて持つには苦労しなさそうな姿をしていた。
「なんですか、それ……」
「それがしお手製の玩……医療器具です」
嘘ではない。この器具は元々、病の治療のために開発されたものだ。ここにある「それ」がどういう経緯と意図で作られたかは、まあ別として。箱の中から「それ」を取り出し、指先で撫でて研磨が甘い場所がないか、改めて確認する。木を削り出して作ったものだが、挿入しても問題はなさそうだ。清潔な布でよく拭いて、彼に近づく。
「……どうやるんすか?」
「この部分を、お尻に挿入しまして……」
「え、ちょ……んんッ」
まずは具合を確かめるために、指を挿入する。物欲しげにひくひくと蠢いていたそこは、触れてもいないのに充分ぬかるんでいた。こちらへの刺激が足りないことも、熱が抜けきらない原因だったのかもしれない。
指を引き抜き、先の器具を尻穴にあてがう。彼は不安げに瞳を揺らしたが、その奥に確かな期待の欠片があったのは気のせいではない。
「ん、ふぅ……♡」
ゆっくりと穴を押し拡げ、器具の一番太い部分を挿入する。普段からもっと大きな物を呑み込んでいるせいか、難なく根本まで挿入することができた。身体の外に残った突起が蟻の戸渡りに当たるように位置を調整し、曲がりくねった部分に指をかけて持つ。
「このまま、こうして動かすと」
「んお゛ぉッ⁉︎♡♡」
くい、と持ち手を引くように動かすと、丁度良い部分を抉ったのか彼が腰を突き上げた。彼専用にと寸を考えて作ったものだったが、間違いはなかったらしい。
「こうすると」
「あ、あ゛っ♡ そこ♡」
「善いところに、当たるようになっておりまして」
「ん、い゛……ひぎッ♡」
くい、と持ち手を引き上げると、彼は喉を仰け反らせる。大きく腰が跳ね、勃起し通しの立派なものがぶるんと揺れた。そのまま少しの間硬直し、脱力する。
「触れずとも達けましたな」
「ふ、ぇ……こ、こぇ、これ、出ねぇし……♡」
舌足らずの言葉足らずだが、「これでは達しても肝心の精液が出ないので意味がない」、と言いたいのだろう。しかし、彼はもう頭が回らないのだろうが、人間が出す体液は精液だけではない。ふ、とひとつ笑んで、くいくいと持ち手を上下に動かしてやる。
「あ゛あぁ~~ッ♡ やめ、そこ♡ そこぉ、ぐりぐり……んっぐ、ん゛お゛ぉおお゛ォッ♡♡」
「こちらも善いでしょう」
ツン、と指先で蟻の戸渡りをつついてやると、彼は「んい゛ッ♡」と声を漏らし、続けて軽く達したようだった。立て続けの絶頂で力が入らなくなったのか、くったりと敷布に身体を預けてしまう。が。
「お゛んッ♡♡」
「おや」
「まっ、……ぇ? なん、で、ぇえ゛あ゛あァッ♡♡」
こちらの指は、器具の持ち手から離れている。とは言え、彼自身がそれを動かしているわけでもなく……恐らくは、達して収縮する襞が悪さをしているのだろう。感じ入っている様子を見るに、悪さ、というのが正しいのかは別として。
「あ゛っ♡ あ゛っ♡ なん、これぇッ♡ やめっ、やめれえぇ♡♡」
「それがしは何もしておりませぬぞ」
「お゛おぉあッ♡♡ しり、しりがぁ~~……きゅっ♡ てするたびに、ごりっ♡ てぇッ」
彼は当然知らないだろうが、これはそういう器具だ。尻を締めたり緩めたりするだけで快を拾い、ついには絶頂してしまうという。手製のため上手く動くか分からなかったが、彼にとっては何もかもがピタリと嵌まるものだったらしい。
「お゛ほぉっ♡ ナカぁ♡ ナカきもちぃ♡ ぎもぢい゛い゛ィッ♡」
きゅっ、きゅっ、と尻穴が蠢いて締まる度、彼ははしたない声を上げて甘い絶頂を味わっている。尻への待ち望んでいた刺激のおかげか、色々と吹き飛んでしまったらしい。こちらが見ていることなど忘れているのだろうと思っていたが。
「あ゛ッあッッ♡ あ゛あぁ~~~……ッ♡ かげっ、かげろーさぁん♡♡ おれがイくとこ、みてくだひゃい♡」
……などと言うものだから、面布の下でほくそ笑んでしまう。お言葉に甘えて距離を詰め、彼の蜜金色の目をじっと見詰める。そうすれば、彼が浮かべるのはふにゃりと、蕩けるようなだらしない笑み。狩り場を駆け抜け得物を振るう猛々しい姿からは、とても。
指先で顎を捉え、こちらを向かせて唇を吸う。彼の方からは、むしゃぶりつくように。だが舌を絡め取って吸い上げてやると、ふ、と力が抜けていく。結い上げた髪をすいて、背を撫でてから唇を解放してみれば、とろんと熔け落ちそうな瞳。じわり、膨らむ独占欲と優越感。
「さあ、セジ殿」
上手に達ってみせてください。
耳殻を舐るようにして言えば、彼は小さな悲鳴とも、喘ぎとも取れるような声を洩らした。それから、頷いて。
「んっ、く……ぁ、あ゛ッ♡ ん゛あ゛ァッ♡」
「そう、締めて、緩めて……くっふふ、御上手ですよ」
「あ、あ゛……♡ っあ、キたッ、なんかキたぁ♡♡」
「あと少し……」
そろりと、彼の腹に指を這わせる。痙攣するように震えている腹筋の凹凸をなぞり、臍をくすぐりながら下へ、下へ。捉えたそこを、くっと指先で押し込む。それが丁度、彼が尻穴を締める動きと重なったようで。
「お゛ゔッッ⁉︎ ♡♡お゛ぉぁああ゛ぁイぐっ♡♡ でるっイぐうゔゔぅああ゛ァ~~~ッ♡♡♡」
ぷしゃあああっと彼の魔羅から透明な液体が迸った。
「おお……! たくさん出ましたなぁ」
よしよし、偉い偉い、と髪を撫でてやる。彼の方はと言えば、なお絶頂の最中にいるようで、尻穴をきゅうきゅうと締めつける度に胎内の器具で快を得ては、ぷしぷしと潮を吹き続けていた。
その飛沫が面布にまで飛び散っていることに気づいて思わず微笑んでしまったことは、彼には秘密にしておこう。
さて、今日はどんな依頼が来ているだろう。
集会所の受付の隣で札を一枚一枚確認してみるが、どうやら緊急性の高い依頼はなさそうだった。となると、武器は防具の新調を考えて───
「おっ、『猛き炎』! また会ったな!」
依頼を物色していると、後ろから威勢の良い声が聞こえた。振り向くと、真後ろに見覚えのある大男が立っている。宴会で喧嘩をして、先日仲直りをしたあの男だ。辺りを見るが、あの相方の姿はない。一人らしい。そりゃまあ、そうだろう。何せあの男、どうやらカゲロウさんがゴコクの爺ちゃんに事の次第をチクったらしく、ハンターズギルドにまで報告が届いて見事にカムラの里から放り出されたのである。今ここにいるはずがない。ざまあ見ろとは思うが、この男にとっては相棒のハンターだったことに変わりはない。事情を知っているのだろうか、それとも。
「ええと、その、あんたの相棒なんだけど……」
「先日は俺の相棒がやらかしちまったみてぇで、悪いことをした! この通りだ!」
「はっ?」
聞けば、この男はあの相方とカムラの里で会ったのだという。奴は先日、三人で晩酌をした時にこの男の酒にも強烈な睡眠薬を盛っていた。ゴコクの爺ちゃんやウツシ教官から事の次第を後日聞かされて初めて、奴が曰く付きのハンターだったことを知ったらしい。
「というわけで、あの野郎とはスッパリ縁を切ったってわけだ」
「その方がいいと思うぜ。つーか、それならアンタが謝ることでもないだろ」
「そうはいかねぇ。あの時奴はまだ、俺の相棒だったからな」
義理堅い男である。先日共に飲み食いしてわかったことだが、この男は言動が粗暴で少し短気だが、悪い人間ではない。
「それよりも、奴が盛った妙なクスリのせいで酷い目に遭ったんじゃあねぇのか? 何ともなかったか?」
「え? あー……」
なんともなかったということはないし、酷い目に遭ったと言えば遭った。それはまあ、クスリのせいではあるが、奴のせいとは言い切れないというか、カゲロウさんのせいというか。実際、あの夜は大変だったのだ。尻に入れた妙な道具を一向に抜いてもらえないまま、精液と潮を交互に噴き続ける生き地獄ならぬイキ地獄を味わったのである。自分は途中からトんでいたし、カゲロウさんはカゲロウさんで熱を抜くという目的を忘れて……いや、多分忘れていなかったんだろうけど、とにかく愉しそうにしていたので、地獄が朝方まで続いた。落ち着く頃にはすっかりクスリは抜けていたが、それ以上に魂が抜けていた。その後正気に戻って道具を抜いても尻の感覚がおかしいままで、とにもかくにも尻が由々しき事態だったのだ。ちょっと同業者と酒を飲んだだけで尻があんなことになるなんて、誰が思うか。しばらく忘れられない経験になってしまったことは、言うまでもなく。
「……ぃ、おい!」
「あ? ……あー、なに?」
「大丈夫か? 魂が抜けたみてぇなツラしてたぞ」
思い出すだけで抜けかけていたらしい。首をぶんぶん横に振って、頬をバシバシ叩く。いかんいかん、これから狩りに出るというのに。
「ええと、あっ! そっそういやアンタ、何を狩りに行くのかもう決めてるのか?」
「おお、今日こそ例の、ビシュテンゴか? アイツを狩りに行こうと思ってな」
そう言えば、以前三人で卓を囲んだ時にそんなことを言っていたか。睡眠薬を盛られたり相方が消えたりで、結局今まで狩りに行けず仕舞いだったのかもしれない。思えばこちらも、ビシュテンゴの素材で強化できる弓が装備品の奥で眠っていた記憶がある。
「なあ、俺も一緒に行っていいか? 何処に行こうか、決めかねてたんだ」
「本当か⁉︎ 『猛き炎』が来てくれるとは百人力だな!」
是非よろしく頼む、と手を差し出されて、がっちりと握り返す。今更確認してどうする、と自分でも思うが、この男の得物はヘビィボウガンのようだ。こちらが今日担いでいるのは、いつもの双剣。相性は、まあ悪くない。男の肩をポンと叩き、頷く。
「よし、頼んだぜ。そいつで一発、ぶちかましてやってくれ」
「任せとけ! コイツであのぶっとい尾っぽが生えた尻に特製の弾をぶち込んでやらぁ!」
「えっ……? 尻はやめてやれよ……」
「なんでだ⁉︎」
理由を説明できなかったのは、言うまでもない。