■第4話「ユーモアこそ芸術の最高峰 葛飾北斎、世界を駆ける」
■第4話「ユーモアこそ芸術の最高峰 葛飾北斎、世界を駆ける」
『新・北斎展 HOKUSAI UPDATED』(森アーツセンターギャラリー)2019年1月17日(木)~3月24日(日)
1998年、アメリカの雑誌「LIFE」で「この1000年でもっとも偉大な業績を残した世界の100人」と題する記事が掲載され、日本人で唯一、葛飾北斎が選ばれた。日本人ならば誰もが誇らしく思うだろう。しかし、葛飾北斎がそんなに凄い人物なのか疑問に思う人も多いのではないか。
まず、葛飾北斎の凄さは、少ない線で人間の動きや表情までも正確に表現できる筆さばきにある。「北斎漫画」の完成度の高さに驚かされる。いわゆるデッサンとは全く異なる表現方法であり、西洋人が初めて葛飾北斎の作品を見たときは虚を衝かれたに違いない。また、「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」のような大胆な構図に圧倒されたはずである。そして、葛飾北斎が世界で評価されたのは、従来のアートの概念を覆し、ユーモアを芸術の最高峰に仕立てたことではないかと、今回の展覧会を通じて実感した。
ところで、西洋美術史では、宗教画を最上位に歴史画、肖像画、風俗画、風景画、静物画という階級があり、市民社会の形成と成熟、アカデミズムの批判により、次第に階級が崩れていくとされる。教会は宗教画、国王や貴族は歴史画や肖像画、有力商人は静物画とその時代のパトロンの属性を反映しているとも言えよう。ただ、何を描くかという主題の階級は崩れても、どのように描くかという感情や意識は長い間、変わらなかったように思える。
例えば、風景画は、神話としての風景から、クロード・ロランのような理想画、領主が支配する風景、さらにはバルビゾン派へと続いているが、絵画から受ける感情は、自然の雄大さ、崇高さを基調としている。都市の風景が描かれるようになっても、個々の人間を圧倒する都会を描けば、やはり畏怖すべき感情が引き出される。また、オランダの静物画においても、ヴァニタスの概念に結びつくもの、異国情緒を掻き立てるものが主流である。肖像画は国王や貴族が、毅然とした理性を象徴する姿を求めたのはもちろんのこと、現代においても笑顔の名画というのは殆ど語られない。絵画のジャンルとして、風刺画はいまいち低い地位にあるように思える。先に述べた絵画の階級が説明される場合でも、風刺画が入ることは普通はなく、枠外といった感じである。このように見ていくと、崇高さや畏怖を頂点とした絵画における感情の階級というのは、主題の変遷に関わらず存在し続けたように思う。
葛飾北斎の作品の魅力は、ユーモアがあっても芸術としての気品が失われていないことである。この展覧会では、春朗期、宗理期、葛飾北斎期、戴斗期、為一期、画廊狂人卍期と時代に応じて葛飾北斎の作品を通覧できる素晴らしいものであった。宗理期では、「大仏詣図」(図録125)は奇をてらう構図だけでなく、大仏を見上げる姿に上手さがある。「人を待つ美人図」(126)はいわゆる美人画ではなく、素朴な人間味のある雰囲気が伝わってくる。葛飾北斎期では、「茶筅売り図」(223)、「蛸図」(226)を挙げたい。北斎を象徴する時代と銘打たれた為一期は、やはり「富嶽三十六景」だろう。富士山を雄大さや神々しさの象徴ではなく、特徴ある姿を活かし、臨場感を巧みに演出している。「尾州不二見原」や「遠江山中」は斬新さから展覧会のパンフレットに取り上げられやすい。構図として有名なのは、「諸国瀧巡り 木曽路ノ奥阿弥陀ヶ瀧」である。本来は視界に入らない滝口を川の流れとともに円で表現するさまは、誰しも前衛的なキュビズムが思い浮かぶ。「百物語 お岩さん」(381、382)や「百物語 さらやしき」(383)のように怪談話であっても、葛飾北斎の手にかかれば、怖さと面白さが融合しつつ、芸術性が損なわれることはない。西洋絵画には見られない芸術感覚である。
さて、日本画には池大雅や与謝蕪村に代表される文人画という「ゆるい絵」がある。確かに文人画もユーモアを重要な要素としているが、中国の北画に対する南画というようにお堅い絵画があってこそ評価される面も否めない。つまり、ファインアートに対するアンチテーゼである。一方、葛飾北斎はユーモアを芸術に昇華させている点で傑出している。「田植図」(447)、「狐狸図」(456)、「紅葉掃除の童図」のように卓越した技量を全面に出しつつ、ユーモアを感じさせる作品も枚挙にいとまがない。
今回の展覧会で最も興味をもった作品は、「向日葵図」(455)と「弘法大師修法図」(462)である。崇高さを頂点とするヒエラルキーを超越した作品であり、葛飾北斎は日本が誇る世界のアーティストであることを実感した展覧会であった。(2021年6月13日)
森アーツセンターギャラリー https://macg.roppongihills.com/jp/exhibitions/hokusai/