■第2話「大津絵ブームの舞台裏、欲しい!欲しい!の理由」
■第2話「大津絵ブームの舞台裏、欲しい!欲しい!の理由」
『もうひとつの江戸絵画 大津絵』(東京ステーションギャラリー)2020年9月19日(土)~11月8日(日)
大津絵とは、江戸時代の中頃より現在の滋賀県大津周辺で東海道の旅人に護符として販売された土産物の絵画である。伊勢参りのブームも相まって人気を博し大量に生産されたものの江戸末期には衰退し、文明開化とともに消滅してしまった。現代は「ヘタウマ」という概念が世間一般に浸透しており、大津絵もこれに類するだろう。しかしながら、与謝蕪村のような南画が教養や技量を隠しきれないのに対し、大津絵はだいぶ「ヘタ」に傾いている。
大津絵が美術品として注目されるようになったのは、浅井忠、山村耕花、梅原龍三郎など著名画家や美術愛好家が蒐集するようになり、柳宗悦によって民藝という地位が確立されたことによる。今回の展覧会では作品の所有者の来歴が掲載されていたが、このような解説を逐一している例は見たことがない。Ⅰ-21『鬼の行水』は、柳宗悦が入札に参加したが山村耕花に競い負け、再び売立されることを知ると実業家の大原孫三郎に依頼して落札してもらい、大原の没後に柳が作品を譲り受けたというエピソードが紹介されていた。江戸時代に大津絵販売していた人が知ったら腰を抜かす事態である。また、今回の展覧会は、「Ⅰ章 受容の始まり~秘蔵された大津絵~」、「Ⅱ章 大津絵ブーム到来~芸術家のコレクション~」、「Ⅲ章 民画としての確立~柳宗悦が提唱した民藝と大津絵~」、「Ⅳ章 昭和戦後の展開~知られざる大津絵コレクター~」と全て蒐集する側の視点に立っている。大津絵は『コレクションされていく中で価値が構成されていった』点に大きな特徴がある。
大津絵が評価されるようになったのは、無論それ自体に美術的価値が内在しているからであろうが、熱狂的とも言えるコレクターを生み出すことになった外形的な要因について考えてみたい。
まず、大津絵は土産物として大量に作成されたものの、日用品であることから現数が限られる。市場に大量に出回っていれば熱心に蒐集する必要もなく、反対に少なすぎればコレクターを生み出す余地がない。明治中頃から昭和初期は、大津絵は丁度良いくらいに出物があったと思われる。また、大津絵はもともと護符であり、高級な素材を用いているわけでもないため、大切に保管されることはなく、時が経つにつれ失われてしまう。今のうちに蒐集しなければという使命感がコレクション熱を煽ることになる。
次に、江戸時代後期になると「鬼の念佛」、「外法と大黒の梯子剃」、「藤娘」など大津絵十種と言われる代表的な題材に集約されていく。いずれも洒落が効き、ユーモアに溢れ、旅人に人気があったが故に残ったのだろう。コレクターであればこの十種は揃えたいと思うだろうし、何より同じ題材でも出来の善し悪しにかなりの差があることがポイントである。今回の展覧会では、「鬼の念佛」が多数展示されていたが、図録の表紙になっているⅡ-1が最も見応えがある。Ⅱ-8も良品である。これに比べるとⅣ-29、30、31は粗雑なのは否めない。足の爪や服のシワなどを見比べると簡潔が故に違いが目立ってしまう。Ⅱ-43は鬼らしい怖さもユーモアもなく、薄汚いおっさんである。と、このように見比べることで大津絵の魅力にはまってしまうわけだ。コレクターの好みもあろうが、同じ題材を比較することで面白みは倍増する。さらに、十種に含まれない題材は希少種として扱われることになる。特に初期の大津絵は丁寧な仕事ぶりが多く、コレクターの評価も高い。Ⅱ-22「傘さす女」は梅原龍三郎が所有した逸品とされるが、いわゆる美人画としても見劣りしない魅力がある。また、Ⅲ-1の「阿弥陀仏」Ⅲ-2「阿弥陀三尊如来」は大津絵初期の民間信仰を伺わせ、歴史的な価値も見出すことができる。大津絵十種を中心に、初期から晩期までの時間軸、希少種といった形で体系化できるのも大津絵がコレクションとして発展する土台となる。
大津絵は、いわゆる「まくり」の形態で売られているため、そのままでは美術品として保管するのに適さない。そのため、表具を仕立てる際に、コレクターの感性が問われる訳である。あえて高級な素材を用いるもよし、諧謔性を引き立たせる珍奇な図柄を用いるもよし。表具の図柄や生地によって大津絵の印象は大きく変化する。残念ながら図録は本体のみが掲載されている作品がほとんどであるので、機会があれば大津絵を生で鑑賞することをお勧めしたい。今回の展覧会のチラシには「欲しい!欲しい!欲しい!何としても手に入れたい!」というキャッチコピーが与えられていたが、その気持ちが分かるだろう。(2021年4月20日)
東京ステーションギャラリー http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202008_otsue.html