タイトル:夢酔う魚
作家 :今川 朋実
場所 :日本橋三越
展示会 :今川朋実-少女細胞-
購入日 :2023年9月6日
サイズ :38×7.2cm
種別 :磁器
タイトル:夢酔う魚
作家 :今川 朋実
場所 :日本橋三越
展示会 :今川朋実-少女細胞-
購入日 :2023年9月6日
サイズ :38×7.2cm
種別 :磁器
《夢酔う魚》は2023年9月に日本橋三越で開催された今川朋実さん個展「少女細胞」に出品されていた作品です。作者が名付けた「少女紋」は一見するとポップで華やかな印象がありますが、どこか哀しさや切なさを感じさせます。それでいてある種したたかな強さをも纏っています。この複雑な感覚をもたらす「少女紋」は何を意味しているのでしょうか。作品を観察していきます。
この作品の顔や後ろ姿が明確に描かれている少女を数えていくと、63個の赤丸がつきました[1]。ただし、脚だけ描かれている少女も多くいるため、正確な人数は分かりません。そして、気づいたことが二つあります。一つは『少女たちは似ているようでどれも違う』ということです。髪型も単純にロングかショートかではなく、前髪をそろえたり、おでこを出したり。ふんわり髪をなびかせる少女もいれば、きっちり縛っている少女もいます。髪留めの使い方も様々。タイツをはいたり、キャミソールを着たりとバラエティが豊かです。ティアラをつける少女もいますね。表情はどうでしょうか。不安げな面持ちの少女もいれば、何かを見つめて思案するような少女も見受けられます。瞳を閉じている少女が多いのは安らぎを求めているのかもしれません。こちらを向く女性はどこか芯の強さを感じさせます。姿勢からもその少女の気持ちを推し量ることができるでしょう。背中をかがめてうずくまったり、寝そべったり、さらけだしたり。とは言え、みな心の内に何か隠しているようにも見えます。『少女たちは似ているようでどれも違う』とは、違いだけではなく、似ているという点にも意味があるように思えてきました。何かに属することは安心感をもたらす半面、そこで生きていかねばならない辛さを包摂しているように感じました。似てはいる、されど違う。
少女紋に赤丸をつける
二つ目は、思いのほか少女が描かれていないスペースが多いということです。逆に言うと少女たちは集中して描かれていることになり、そこに何らかの規則性を感じ取ることができます。少女が描かれている部分に大まかに黄色いラインを引いてみました。器は中心に向かって緩やかに沈んでいきます。呉須の濃淡も考慮してみましょう。すると渦を巻くように少女たち中心へと流れるように配置されていることに気が付きました。少女たちは自由に泳いでいるように見えながら、大きな流れにも身を任せています。流れに逆らうことはできないとした方が正確かもしれません。そっと眠りにつく、されど意思は示す。
少女紋は脚、特に足先に文様としての共通性があります。どの少女もつま先をキュッと伸ばしています。しかも体に比べて足先が長い。鋭いナイフのようにすら感じてきます。自分を守るための武器のようでもあり、美しさの象徴でもあるのかもしれません。また、誇張された睫毛もポイントです。金色に塗られているものは珊瑚の欠片のようにも感じますね。
少女紋から見る画面の流れ
魚・草花・気球・標識etc...
「少女紋」以外のモチーフについても観察してみましょう。種類別に丸をつけていくと面白いことがわかりました。最も多いのは魚でなんと51匹! 珊瑚や少女に隠れて見逃している魚も多そう。①縞模様の大きい魚、②尾びれの長い魚に分けられます。ただし、少女と同じように似ているのですが、よく見ると個体ごとに尾びれの色や形に違いがあります。金色のひれや鱗をもつタイプも発見。魚は少女たちの魂のようにも見えてきました。青色の丸は草花、緑色の丸は気球のようなモチーフです。丁度良いアクセント。画面にリズム感を与えてくれます。赤い丸は標識や文字。数は少ないですが、視認性が高く、鑑賞者の視線誘導や作品解釈に与える影響は大きいです。「酔」と「止まれ」が近接しているのも面白い。進むことと守ることの選択肢を意味しているのかもしれません。そのほか、土星のような謎めいたモチーフもあり、何が描かれているのか探すのもこの作品の醍醐味です。
個展風景①
ところで、陶磁器を芸術という視点で考えると、高貴さや非日常というイメージがあるのではないでしょうか。近代以降の絵画が個人の内面を如何に表現するかという方向に傾斜していったのとは違い、陶磁器に代表される工芸は「個人」とはどこか距離をとっていたように感じます。これに対して、今川朋実さんの作品は、我々の日常生活の負の側面をも包摂しています。そして、重要なことは今川朋実さんの作品は、キャンバスに描くよりも、磁器に絵付けすることで魅力が最大限に引き出されるということです。《夢酔う魚》はキャンバスに描いても問題ありません。むしろ色彩を増やしたり、グラデーションをつけるにはキャンバスの方が容易と思われます。
個展風景②
では、なぜ磁器という難しい支持体を選択したのでしょうか。考えられる理由の一つ目は、釉薬がもたらすガラス質のマチエールです。キャンバスでもニスを塗ることで艶をだすことはできますが、ガラス質が持つ透明感や素地を封印したような光沢は、磁器でなければ表現できません。二つ目の理由は、磁器の硬さと脆さです。自分がこのように生きたいという願望と他人からの視線、その双方に挟まれる葛藤、自分の中にある強さと弱さ。磁器が持つ硬さは強さにリンクします。しかし、磁器は割れてしまうと戻ることはできません。磁器は少女たちと同じような性質を持っているのです。三つ目の理由は、自由なる形です。キャンバスにも丸い形はありますが、やはり変形であることを意識してしまいます。《夢酔う魚》に天と地はなく、深い海の底に繋がる円環を感じさせます。上下という概念がない方が作品のコンセプトに合致するでしょう。また、中心に向かって緩やかに沈み込む形がポイント。少女たちはゆっくりと眠りにつくような印象を与えてくれます。
あらためて作品の“構図”について考えてみましょう。少女紋や魚などのモチーフではない背景に注目してみます。便宜上、上下左右を設定すると、右上は短いスパンで呉須の濃淡がつけられています。ハート形の文様からは雨のようなものが降り注いでいます。このエリアは圧縮された力を感じます。流れの源とも言って良いでしょう。これに対して、左上と左下には余白のような空間になっています。水流によって生まれる雲のような泡がとりまく。描き込みに濃淡をつけることで、絵として心地よい構図になっていることがわかるでしょう。クラゲのような触手は少女たちを深海へと導いているのかもしれません。少女たちをのせる波を赤いラインを重ねると構図がわかりやすくなります。
この作品は大皿です。ということは裏面も気になりますね。もちろん裏面にも少女紋がほどこされています。終わりのない円環の世界。少女たちは何かに縛られることなく、酔うように自由に泳いでいます。(2023年11月23日)
背景に注目すると
裏面の円環
[1]作品には「67」という標識が描かれているので、もしかすると67人かもしれません。また、数字はスピリチュアル・ナンバーのような意味合いを持つものがあるので、67には別の意味が込められている可能性もありますね。また、[80]という標識もあります。スビートを出せの意味かもしれません。ストップ・アンド・ゴー。