タイトル:砂浜にてⅢ
作家 :筧 由佳里
会場 :日本橋三越
展示会 :MITSUKOSHI Art Weeks 三越アートウィークス
購入日 :2022年 5月14日
サイズ :8号
技法画材:ミクストメディア
タイトル:砂浜にてⅢ
作家 :筧 由佳里
会場 :日本橋三越
展示会 :MITSUKOSHI Art Weeks 三越アートウィークス
購入日 :2022年 5月14日
サイズ :8号
技法画材:ミクストメディア
筧由佳里さんの「砂浜にてⅢ」、一言で紹介するなら『軽妙洒脱』です。最初に作品を見たときは、移動販売のリヤカー、ポールに留まる鳥、砂浜が上手くまとまっていると思いました。鳥は黒というより焦茶色をしており、カラスではないかもしれません。とは言え全身が単色であり、嘴に目立った特徴はないことから、カラスとしておきます。カラスはリヤカーに積まれた果物を狙っているのでしょうか。熱い視線をリヤカーに投げかけています。ここまでは普通に作品を眺めていたのですが、次第に狐につつまれたような感覚になりました。カラスと同じく、何故か自分まで喉の渇きを覚えていくのです。この不思議な感覚はどこからくるのでしょう。その鍵を少しづつ探していきます。
タイトルのとおり、ここが砂浜であることは偽りありません。地面はわずかに赤茶けているのに対し、空はやや明度が高くなっており、単純に画面を装飾化や平面化させることなく、空間を意思させる構成になっています。幾層に重ねられた絵具はテンペラを用いているのか、マットな質感は砂の粒子を感じさせ、砂浜の臨場感を巧みに演出しています。しかし、あらためて考えると一つの大きな疑問が浮かんできました。それは「海」が描かれていないことです。砂浜をクローズアップする場合を除けば、砂浜をモチーフとしながら、海を描いていない作品は見たことがありません。小さくとも海を描くことで、空間に広がりを与えることができます。そもそも大きな海が視界から消えることはなく、砂浜と海はセットと言っても間違いではないでしょう。また、この作品では「空」も描かれていません。空は色によって天候や時間を伝えることができる優れたモチーフです。むしろ空を描きたいために海辺を取材する作家も多いと思います。この作品はもう一つの主人公とも言える「海」と「空」が存在しない不思議な空間なのです。人間をモチーフにしながら四肢を表現しないトルソーのようなものです。
そればかりか海と空をイメージさせる「青」が用いられていません。リヤカーには果物、飲み物、籠やタオルなど様々な物が並べられています。ヤシの実やスイカ、オレンジといった果物は緑色又は黄色や橙系統のため青を使うのは難しいでしょう。しかし、ペットボトルは青を使っても良さそうですが、コーラと金色に輝くペットボトルが並んでいます。また、プラスチック製のケースは赤、その近くにかけられたタオルは緑色です。これらは色彩の選択は自由でありながら、青は用いられませんでした。意図的に青を避けていると推測されます。ただ、よく観察すると青はゼロではありません。背景は淡い青さを感じるものがあり、下地に青が使われている可能性はあります。第一印象では「海」と「空」を描いていないことに違和感を覚えなかったのは、背景の微妙な色彩のさじ加減によるのかもしれません。
「砂浜にてⅡ」
では、色彩のバランスをとりやすく夏のイメージに相応しい海、空、そして青は積極的に用いられなかったのでしょうか。その答えは「砂浜にてⅡ」を合わせて鑑賞するとより明快になります。この作品を購入した『三越アートウィークス』では、「砂浜にてⅡ」も展示されていました。パラソルとそれを見つめる伏せた犬は、カラスとリヤカーの関係に類似しています。商品を狙うカラスとパラソルに入りたい犬。どちらも人間は登場しませんが気配を感じるのか、カラスも犬も遠目から眺めるのみで近づくことはしません。我々鑑賞者はその様子に「ふふっ」と笑みがこぼれます。ところが、次第に不思議な空間に自分が置かれていることに気がつきます。なんだか私もカラスと同じく喉が渇いたものの、この作品の世界にいる限り冷たい飲み物にありつけそうな気がしません。一歩踏み出せば砂に足を取られそうです。カラスとリアカー、そして私という三角形の視線が形成されます。パラソルと犬では、鑑賞者もパラソルで涼みたいと欲しながら、しばし灼熱の太陽を浴び、待ての状態が続くことになります。もし青い海や空が描かれていれば、爽やかな夏のイメージが先行し、渇望した感覚にとらわれることはなかったでしょう。海や空を描かず、青を用いなかったのは、じわじわと砂浜の世界に引き込むためと考えられます。
この作品はリアリティを持つ部分とデザインとして作品に取り込まれている部分が混在しているように思いました。ヤシの実を観察してみましょう。陰影がつけられているだけでなく、熟れや傷といったヤシの実の皮の質感がリアルに表現されています。スイカの模様、赤いプラスチック製のケース、ロープなど細部まで抜かりありません。実に丁寧な描写です。と、ここで「海」と「空」に加えて、もう一つあるものが描かれていないことに気がつきました。それは「影」です。カラスが留まっているポールは周囲を遮るものがないにも関わらず影は1mmもありません。リヤカーとヤシの実の下には若干の暗さがありますが、モチーフのリアリティを高めるための陰影という程度で、太陽に照らされた影としては薄く、正午としても短い。スイカにはハイライトの白い点がありますし、ペットボトルは金色に輝いているので曇り空ではないはず。意図的に影を排除したのでしょう。もし影を描けば、もわっとした暑さは弱まり、カラスは木陰で日差しを避けるという選択肢ができてしまいます。影がないがゆえに白昼夢をさまよう感覚が一層強まっていく。
写実性と装飾性
次に、構図と色彩について考えてみましょう。カラスが留まるポールは白と黒、リヤカーに積まれたカラフルな商品と比べると地味ですね。「砂浜にてⅡ」もカラフルなパラソルに伏せた犬と色彩が対比されています。カラスとリヤカーはもっと離れていた方が、色彩の違いがより際立ったかもしれません。カラスや犬の疎外感を明確に示すことができます。それをしなかったのは、おそらく価格や飾りやすさという点から8~10号サイズを前提に制作されたと思われます。
構図のポイントはサトウキビと思しき背の高い植物です。正面から描く構図は、鑑賞者の視線は固定されがちになるため、画面に動きをつける工夫が求められます。パラソルと犬の「砂浜にてⅡ」は、高く伸びるパラソルと伏せた犬の組み合わせであるため、高低差が生まれ、鑑賞者の視線は回遊しやすくなります。一方、カラスとリヤカーは高低差がありません。高く伸びたサトウキビをモチーフに加えることで、鑑賞者の視線は俄然動きやすくなります。カラスからリヤカーに視線が移った後にサトウキビを通じて、画面上へと誘導されて行きます。しかも、この作品の特徴の一つであるプクプク泡が浮いたようなマチエールは、サトウキビの上が最も目立っています。これは何だろうと思わず寄って見てしまう人も多いはず。作品は近くから眺めた場合と遠くから眺めた場合で印象が変わることは多々あります。鑑賞者の足を動かす仕掛けを作ることで、違った見え方を感じてもらうことができるでしょう。プクプクとともに鑑賞者の視線は再びカラスへと戻っていきます。
モチーフをあらためて観察してみましょう。カラスの羽はやや乾いており、疲れて休んでいる印象がします。長めに感じられる脚は、隙があれば果物を奪おうという狡猾さを示しているようです。リヤカーは果物を入れたショーケースの銀色が面白い。金色のペットボトルとともに装飾性を有したアクセントになります。一方、荷台の下段は、縄で支えられた篭がリアリティを強調しています。また、車輪が砂浜に少し埋まっていることに気がつきました。砂浜の柔らかさや深さを示してくれます。リヤカーは真横ではなく、微妙に角度をつけて描かれているのもポイント。立体感を与えることで現実と白昼夢のバランスを取っているかのようです。ところで、このリヤカーを人力で動かすのは難しいと思われますが、自動車で牽引するのでしょうか。もしかすると当初は移動販売車を描こうとしたのかもしれません。しかし、自動車ではヤシの実やスイカなどの果物よりも、運転席の車体が目立っています。カラスと対峙するという構図からすると、この作品のようにリヤカーの台座をモチーフとするのが適切でしょう。
高く伸びる植物はくすんだ黄色や太い節からするとサトウキビと思いました。サトウキビの写真を見ると人間の背丈を超える長さを持っています。また、竹と比べると柔軟性があり、風の影響で曲がっていることも多いですね。このような飾りとして用いられるかは定かではありませんが、夏のイメージに相応しいモチーフです。リヤカーは横に長いラインを持つため、サトウキビは縦のリズムを生む効果があると言って良いでしょう。カラスがいるポールよりサトウキビが高いというのも重要です。
最後にマチエールに注目してみます。カラス、ヤシの実、ペットボトルなどは盛り上げて描かれています。また、水中にいるようなプクプクした泡が随所にでてきますが、夏の海辺に特徴的な湿気を帯びた暑さを感じさせてくれます。キャプチャーにはミクストメディアと記載されていました。油絵とテンペラがベースと思われますが、金や銀色の箔は日本画をイメージさせます。プクプクした箇所には胡粉を用いているのでしょうか。また、色の塗り重ねも気になります。構図や配色だけでなく、多様な技法を駆使することで、軽妙洒脱に磨きがかかっています。(2022年8月12日)