タイトル:知らない街
作家 :原 太一
画廊 :日動画廊
展示会 :昭和会展ニューヨーク賞受賞記念 原太一展
購入日 :2020年10月3日
サイズ :F6
技法画材:パネルにアブソルバン、油彩
ウサギのギアス氏と相棒の犬、ジョンの旅を描いたシリーズの1枚である。ギアス氏とジョンについては、作者のホームページ[1]で解説されているので、そちらを参照されたい。特筆すべきは『ウサギの耳のシルエットはとても魅力的です。絵画の空間を「凸凹に切り取るパワー」がある』と述べている点である。このシリーズの最大の魅力は、ファンタジー的な世界観はもちろん、絵画として鑑賞者を引き込む画面構成にある。
彼の作品で描かれるモチーフを幾何学的に分解すれば、建物や自動車は四角形、地平線や道路は直線、月や太陽は円に収斂されるが、ウサギの耳のように細長く立体的な楕円は独特であり、鑑賞者の視線を集めるアイコンとして機能している。また、ウサギのシルエットは判別しやすいため、ギアス氏を遠目に小さく配置することができる。このシリーズはギアス氏をアップで描いた作品もあるが、遠目に画面に溶け込ませて描かれていることが多い。そのため、鑑賞者は自分も一緒に旅するような感覚になれる仕掛けになっている。風景画が難しいのは、美しい風景を描くだけでは、鑑賞者の琴線に触れることはできないためであろう。里山や田園といった日本の原風景、ローマやパリの古い街並みは素晴らしいものであっても、共感を呼び込む素地がなければ、絵葉書と変わらない。このシリーズは、ギアス氏とジョンの旅ではあるが、彼らは鑑賞者の案内役でもある。ウサギ同士の旅であれば、ウサギを擬人化した世界に過ぎない。犬を相棒とし、カバやカメレオンといった種が登場するのは、人間である我々を自然に旅に誘導するためではなかろうか。この作品の舞台は、ニューヨークのブルックリンである。ブルックリンを訪れたことがなくても、悪戯書きのある古びた煉瓦の建物に宿泊する自分をイメージできよう。「安いホテルだけあって寝心地はイマイチだが、なかなか洒落た街だね。」とギアス氏がつぶやいているような気がしてならない。
鑑賞者の視線に沿って、この作品の構図について考えてみよう。まず、鑑賞者の視線は、右の低いビルから画面中央の高いビルへと流れていく。その途中にビルの屋上で佇むギアス氏が目に入る。黄色の服に鮮やかな白い耳と、ギアス氏は小さいながらも目立つ。この作品は「ウォーリーを探せ」のようにギアス氏を見つける遊びではなく、むしろ彼は鑑賞者を旅へと誘う「鍵」であることから、早めに存在に気づかせた方が望ましい。屋上にギアス氏を立たせるのは良いアイデアである。窓の中ではアイコンであるウサギの耳が目立たなくなってしまう。
絵画に流れを生むという点で、重要な役割を果たしているのは、高いビルにある空調の室外機である。もし室外機がなければ、主人公のギアス氏を見つけてしまうと、そこで鑑賞者の視線は止まり、画面全体を眺めることをしなくなってしまう。この室外機は明るい緑の丸が打たれており、半ば強制的に高いビルへと視線が誘導される。室外機のファンが緑ということはないので、意図的に指し色を穿ったと思われる。
次に鑑賞者の視線は左のやや低いビルに移るが、赤い服を着た女性が窓越しに外を眺めていることに気が付く。これにより鑑賞者はビルの中にいる人々を想像することになる。この女性も我々と同様に旅をしてきた人かもしれないし、長年ブルックリンで夜の仕事をしてきたのかもしれない。左上の窓には青い服を着た男の子らしき姿も見える。鑑賞者の想像を掻き立てる要素を入れることで、じっくりと絵画を味わう時間が生まれる。この間に煉瓦の建物のマチエールを楽しむこともできよう。画像では味わうことができない油絵の質感が現物にはあることを再確認することができる。余談だが、左のビルの落書きは、一瞥しただけでは分からないが「GIASU」とレタリングされている。
さて、鑑賞者の視線は、左のビル上から下へと移っていく。四角形の建物に対して、赤や黄色に緑、明るい白の落書きが色彩を豊かにし、リズムを与えている。歩道には人間と思しき二人が会話しているが、ギアス氏やジョンに比べると存在感は薄い。しかし、絵画としては重要な機能を果たしている。通行人を描くことで街の活気が出るのはもちろん、鑑賞者の視線を受け止めるクッションになる。もしこの部分が空白であれば、視線は左下から画面外に脱線してしまいかねない。また、車を左にずらすと、手前の道路とに境界線ができてしまい窮屈になってしまう。巧みにモチーフを配置していることに気づかされる。
次に、鑑賞者の視線は、路肩に駐車している自動車に向かうわけだが、ここで疑問が湧いてくる。青のセダンと白のワゴン、縦縞に落書きされたカバは右向きであるのに対し、赤の車は左向きであるが、縦列駐車で向かい合うことは通常はない。アメリカは右側通行であるから、赤の車の向きが正しいように思われる。しかし、鑑賞者の視線を考慮するなら、自動車は左向きの方がスムーズである。また、カバと赤い車を対峙させることで、今度は視線が弾き出されるようにジョンに流れるという構造になっている。一見すると、嫌がらせのように隙間なく駐車されていること(白のワゴンは動かせるのだろうか)、そしらぬふりで自動車の間に収まるカバの雰囲気に気を取られてしまうのだが、絶妙な自動車とカバの位置にも注目したい。なお、アメリカ人は縦列駐車が上手いらしく、数珠繋ぎの駐車はアメリカ特有の光景かもしれない。
窮屈に並ぶ自動車とカバに対して、ジョンは広々とした車道を闊歩しているのも意図された構図だろう。「主人の抜けているところをしっかり補佐してくれる頼もしい相棒」という設定にふさわしく、ジョンは知らない街を冷静に分析しているようだ。ギアス氏が感傷的に街を眺めているのに対し、ジョンはどのような店が並んでいるのか、怪しげな人間はいないかなど入念に調査しているように感じられる。ジョンは、建物から少し離れて空間を取っていること、右前足の曲げ方やピンと伸びた尻尾が落ち着いた印象を与えていると思われる。
鑑賞者は想像を膨らませ、ギアス氏とジョンと旅をすることができる。予定外に立ち寄ったブルックリン。夜遅く到着し、寝坊したギアス氏は屋上から街を眺め、落書きのある古い街に危険を感じるジョン。二人にブランチを用意するため、私は食料雑貨店に買い出しに行く。空は澄んだ水色で爽やか。楽しめそうな街だね。(2021年2月21日)