タイトル:material sounds P
作家 :江川 史織
画廊 :八犬堂
展示会 :見参 KENZAN 2020
購入日 :2020年6月28日
サイズ :36.4×6.1㎝
技法画材:日本画
デザインの可能性を感じさせる作品です。四角形を積み上げて画面を構成するのは、図形としてシンプルで、誰もが考えやすいでしょう。しかし、「material sounds P」と似た雰囲気の作品は思いつきません。グリッドで構成された絵画としては、ピエト・モンドリアンの「コンポジション」が有名ですが、幾何学模様と原色の抽象画という印象が強いですね。この作品は、「material」というタイトルのとおり、素材を出発点として、それを四角形に切り取り、構成していること、植物の連なる葉のデザインが特徴です。抽象画にありがちな無機質で乾いた印象はありません。むしろ生命の土台を感じさせる有機的な連環を感じさせます。私のなかで幾何学的なデザインの組み合わせは、「硬い」と思い込んでいたのかもしれません。そのため、この作品を見たとき、この手があったかと、してやられた気分になりました。また、洗練された格好良さがあり、画面の幅やスクウェアの種類や形を組み合わせることで、シリーズ化できる魅力を備えていると思います。今回の展示では、4×3のスクウェアを配置した同じスタイルの作品もありました。
ところで、この作品は2020年の「見参-KENZAN-」にて展示される予定でしたが、コロナ禍のため、やむを得ずオンラインでの開催となりました。現物を見ずにアート作品を購入するのは、従来なら考えられなかったでしょう。ネットの画像のみでは、マチエールを感じるのは難しいですが、多くの作品を自宅でゆっくり鑑賞できるという利点もあります。コロナ禍が終息すれば、ネット×現物という展示スタイルが増えるかもしれません。ということで、今回は、作品を購入するに当たって、作家や画廊の方に作品の趣旨を全く伺っていません。直感的に作品を鑑賞し、自らの考えを整理してみたいと思います。
「material sounds P」というタイトルから、個々のスクウェアの素材から感じる印象を音色に変換して、鑑賞者の五感に訴える、というのがこの作品の趣旨と推測できそうです。では、12個のスクウェアから構成されるのは、どのような意味があるのでしょうか。「ドレミファソラシ(ド)」の音階は7つですが、調べてみると1オクターブは12音で成り立つそうです。ピアノの鍵盤は「ド」から次の「ド」になるまで白鍵は7つ、その間に黒鍵が5つ挟まりますね。実際は、12のスクウェアは画面のバランスの結果かもしれません。ただ、「sounds」としての意味合いを与えることによって、作品の面白さは増します。多くの人が作品を鑑賞し、解釈することが、作品の付加価値に繋がっていくと思います。
次に、植物の連なる葉は何をイメージしているのでしょうか。まずはタイトルのとおり音色が思い浮かびます。上部は大きな葉が重なって滝のように音色が流れ、途中から葉は少なく、蔓はゆったりとした曲線を描いて、四角柱の裏側に回り込みます。さらに、画面下で蔓は表側に戻り、最後は軽やかに跳ねているのも目を引きます。指揮者が最後に曲を締めるような感覚に似ていると思いました。スクウェアと茎葉は、「material」から生まれる「sounds」として相応しい組み合わせです。
スクウェアはバイオリンの本体、蔓は弓のような役割とも解釈することもできます。音とは波動であり、スクウェアと連なる葉によって音が生まれるという発想も悪くないでしょう。スクウェアは音源であり、蔓は楽譜と考えることもできそうです。いずれにしろスクウェアと連なる葉という二つのモチーフを取り入れることで、解釈の幅が広がり、鑑賞する楽しさが生まれます。
小物との相性も抜群
あらためて全体像を考えてみましょう。この作品は36.4×6.1cmと細長いサイズです。そのため、1つのスクウェアは3×3cmとかなり小さい。横幅を広げれば、スクウェアの展開は違った形になるでしょう。楽譜のようにスクウェアを並べることもできます。一方で、この作品のように短冊型になると、鑑賞者の視線は上から下に直選的に流れます。短冊に書かれた和歌を詠むように、自然と穏やかな心地で作品を眺めることができます。短冊型は、スクウェアの素材を一つ一つ見比べながら、「sounds」を感じることができるという効果を考慮したものかもしれません。蔓のゆるやかな曲線も強調されます。小品ならではの粋なデザイン感覚です。
このスクエアは、大地という「material」を根源にしていると考えられます。樹皮、砂利、草、土、石膏、コルク、鉱物といった地に由来する素材が描かれています。そのため、各スクウェアは平面図であっても、凹凸があり立体感があります。この作品を最初に画像で見た時に、スクウェアをキューブにして立体的に重ねれば、弾けるように音色を表現できるのではないかと考えました。それも有効な手段と思いますが、フラットな画面構成によって、表面の相違が際立ち、鑑賞者は、各スクウェアを均等に観察することに繋がります。
最後に、各スクウェアに注目してみましょう。古い羊皮紙のようなスクウェアには、薄い文字が書かれ、エンボス刻印のような跡が見られます。年代を感じさせる風合いに仕上がっています。また、苔のような緑のスクウェアと一番下のやや青みがかった石のようなスクウェアもアクセントとして効果的です。蔓と葉は、緑系統ではなく、茶褐色を用いることで、装飾としての要素が強まり、全体として落ち着いた色調に整っています。アンティークな雰囲気を意図したのかもしれません。イングリッシュガーデンに囲まれた小さな洋館が似合う作品です。(2021年8月12日)