タイトル:「あ」「うん」
作家 :ワタベカズ
画廊 :靖山画廊
展示会 :たいせつなもの展 阿吽
購入日 :2019年12月7日
サイズ :F3×2
技法画材:油画
2019年12月に靖山画廊で開催された「たいせつなもの展 阿吽」に出品されていた作品です。この展覧会は平面だけでなく立体作品を含め、50名ほどの作家が参加し、阿吽というテーマのもと魅力的な作品で溢れていました。郝玉墨氏、金澤隆氏、能登真理亜氏、山嵜雷蔵氏の作品が特に印象深かったです。その中で会場の入口近くに飾られていたワタベカズ氏の作品はシンプルなデザインということもあり、最初は目立つ存在ではありませんでした。ただ、多様な作品を見比べるほど、ワタベカズ氏の「あ」「うん」が気になり始め、忘れがたいものとなり、この作品を購入しました。「じわじわくる」と言えるこの作品の鍵はどこにあるのでしょうか。
「たいせつなもの展 阿吽」の趣旨について靖山画廊のホームページでは、『「新元号「令和」を迎え、初となるたいせつなもの展のテーマは「Ah・Un」。阿吽という言葉は、一つの呼吸や相対する二物、果ては宇宙の諸物一切までを意味する、非常に射程範囲の広い言葉です。物事の始まりと終わりを表す言葉でもあり、新しい時代を迎える今回の題材に相応しく思います。」と述べられています。意外と「阿吽」は作家にとって扱い難いテーマのように思いました。陰陽や動静という対立、又はそこから生まれる調和という視点に縛られやすく、風神雷神のような構図になりがちだからです。
ワタベカズ氏の「あ」「うん」は、白地に上を向いた作品が「あ」、黒地に下を向いた作品が「うん」と言えるでしょう。一見すると陰と陽の対立に感じられますが、眺めていると次第にどちらが陰陽なのか混乱してきました。単純な構図ながらも実に複雑なのです。この作品は、太陰太極図のように物事を完全に分かつことはできず、全ては混じり合うものという思想が根幹になっているように感じます。
では、この作品の複雑さについて考えてみましょう。色彩や姿勢からすれば、第一印象は、「あ」が陽、「うん」が陰のように感じますよね。白は晴れやかな陽のあたる日中、黒は闇に包まれた夜中という印象があります。また、背筋を伸ばし上向く姿勢と、猫背で俯く姿勢の陰陽は、誰にとっても明らかです。しかし、「あ」はどこか不気味で、「うん」は心地よく感じられないでしょうか。おそらく好きな絵を選ぶのであれば、「うん」の方が人気は高いと思います。「うん」は暗闇に覆われ、疲れきった姿勢で俯いていますが、地面から生えた芽を発見し、驚いた表情をしています。また、羊のような姿をした少年は淡く輝き、全体として慈愛に満ちているように感じられます。画面手前が照らされているのも陽に繋がるでしょう。
それに対し、「あ」は光に満ち、背筋を張って上を向いて蝶を見つめるものの、魂が抜けたような表情をしています。紅い蝶は華やかなれど、短い命の象徴とも考えられます。そもそも赤い蝶は存在するのでしょうか。黒はアゲハチョウ、白はモンシロチョウ、黄色はモンキチョウ、青はルリシジミと代表的な種が思い浮かびます。ところが、紅い蝶は見た記憶がありません。羽の一部に赤みを帯びていても、全身が鮮血のように赤い蝶は存在しないのかもしれない。この作品で描かれた蝶は、どこか空想的で死を予感させるものがあります。時間が経つほどに「あ」は、虚しさや儚さを感じさせるヴァニタスの雰囲気が漂ってきます。羊の少年の体は枯れ枝のように乾き、背景は白昼夢のような不確かさに包まれています。
この作品は、構図も入念に検討されています。「あ」は主人公が舞う蝶を見上げる上方向、「うん」は主人公が若芽を発見する下方向を構図の基本としています。しかし、二つの作品を並べて観察すると、「うん」の主人公はより手前に描かれていることに気が付きました。これは二つの効果を生むと考えられます。一つは、闇の世界を広く感じさせることです。主人公がより大きい暗闇に覆われることで、若芽の生命力が際立つ仕掛けです。二つ目は、両者を並べて鑑賞すると「あ」は後景、「うん」は前景となり奥行と立体感が生まれ、鑑賞者は画面に引き込まれやすくなる効果です。平面的な装飾性を重視すると、阿吽という単調な対立構造で終わりかねません。
主人公の立ち位置にも違いがあることに気がつきましたでしょうか。「あ」は背筋が画面の中心線となるのに対し、「うん」は主人公の視線が中心線と重なっています。僅かながら「うん」は主人公が画面右に寄っています。そのため第一印象としては「あ」の方が力強く安定しているように感じられます。「うん」は今にも地面に倒れそうな頭部に中心線を通過させることで、主人公の疲れきった様子を助長させています。また、キャンバスの高さは約26cmですが、主人公の高さを測ると、「あ」は10cm、「うん」は9cmと思いのほか差がありません。「あ」の方が実体より大きく感じるのは、姿勢や立ち位置、蝶と芽による錯覚でしょうか。バランスよく主人公の大きさを微調整していることに驚かされました。
次に、絶妙な姿勢に注目してみましょう。「うん」は膝を僅かに曲げることで、脱力感を漂わせています。膝にしては地面に近く、人間としては短足すぎますが、羊のような姿とも相まって違和感はありません。淡いピンク色の色彩が心地よい程度に散りばめられているのも素晴らしいですね。丁寧に色を重ねることで、月明かりに仄かに照らされているように感じられました。
一方、仰け反った「あ」の主人公は、膝の位置を若干高くすることで、伸びきった姿勢が誇張されています。また、羊の角らしきものも識別できます。紅い蝶は短い命を暗示させつつ、指し色として効果を発揮しています。紅い蝶は遠目からでも明瞭ですが、若芽は近づいてみないと判別できません。この作品は鑑賞者の距離も意識しているのかもしれません。まずは白地に主人公を中心に描いた「あ」に引き寄せられ、紅い蝶が明白になったあたりで鑑賞者の足は止まります。紅い蝶は指し色になり、鑑賞者の視線を止める力があります。その次に、闇に包まれる「うん」に視線がスライドし、一歩近づくと足元にある芽に気が付くという流れです。
この作品には背景はないように思うかもしれませんが、それは正しくありません。背景の微妙な色彩の変化によって、主人公が大地に立っていることが表現されています。もし背景が雑に描かれれば、主人公は中に浮いた感じになってしまいます。奥行という点でも背景の色彩は不可欠です。特に白を基調とする「あ」は、大地を表現するのが難しいと思いますが、主人公の足元や画面下の明度を落とし、画面上は明度を高めることで、空気感が表現されています。
最後に作品の飾り方を述べておきましょう。今回の展覧会では、二つの作品を平行に並べるのではなく、段差をつけて飾られていました。二つの作品を見比べて鑑賞する際に、あえて段差をつけることで、両者を比較することが難しくなります。どちらが陰でどちらが陽なのか、鑑賞者を惑わすほどこの作品の味わいは深まってくるのです。(2021年5月16日、2021年8月24日修正)