タイトル:雪衣
作家 :澤谷 由子
画廊 :柿傳ギャラリー
展示会 :澤谷由子 展 小雪の金沢より
購入日 :2024年12月6日
種別 :磁器
今回紹介する澤谷由子さん作《雪衣》は、2024年12月に柿傳ギャラリーで開催された個展「小雪の金沢より」にて購入したものです。人気の作家さんのため抽選、一人5点まで応募できます。茶碗をメインに考えていたものの、玉盃も素晴らしい。掛花入も異彩を放っていますし、メインビジュアルの花器は圧巻の出来栄え。茶碗《雪包》はライティングによって仄かな橙色の素地に文様が浮き上がり、訪れた人はみな目を奪われています。最初は全体が白に覆われた《雪衣》はやや地味に思え、澤谷由子さんの特徴の一つでもあるグラデーションが用いられていないため抽選の候補には入っていませんでした。どれに応募しようか悩みながら店内を何周もしていると、部屋の隅に展示されていた《雪衣》に照明を当てるとどうなるのだろうか気になってきました。店員さんにお願いして中央のディスプレイに置いていただくと、全く違った表情を見せてくれるではありませんか。これまでは冷たく硬い印象であったのが、雪のかまくらのような温かさが生まれています。《雪衣》の本当の魅力に気づいている人は少ないと推測するとともに、なにか強い縁(当選)を感じてきました。
個展風景
①玉盃《露纏》誰もが欲しい逸品
②茶碗《雪包》ライティングの妙
③掛花入《露纏》店主の粋な展示
④花器《露絲紡》DMメインビジュアル
照明により作品はどのように変化するのでしょうか。まずはノーマルな状態から鑑賞してみましょう。しんしんと雪は降り続き、どこまでも純白の世界が広がっていく印象を受けました。磁器の硬さが際立ちます。正確無比なイッチン技法による文様は高貴さと鋭さを帯び、作品に触れることを躊躇ってしまいます。雪の結晶をイメージさせる文様は溶けることがない氷のよう。白い素地は時間までも閉じ込めてしまったのではないかと畏敬の念を抱きます。
次に照明を当てた場合ですが、これが非常に難しい。単純に光を当てればよいというものではありません。ギャラリーの展示でも角度や位置によっては、光は透過せず単純に明るさと白さが増すにとどまることもありました。当然ながら照明の色によっても違いはあります。自宅には展示用の照明はないため、ギャラリーで見た《雪衣》は奇跡の瞬間とも言えるでしょう。柔らかい光を当てると作品もそれに呼応するように淡い橙色を纏います。作品によって素地の厚さは違い《雪包》の方が《雪衣》より薄く、弱い光でも透過性があります。本作《雪衣》はやや厚みがあるためライティングの難易度は高い。その分、奇跡の瞬間を目の当たりにしたときは胸が高鳴ります。
ライティングにより表情は変化する
光を透過しないこともある
ライティングによっては茶碗の見込みの文様を引き立たせることもできます。光が透過した部分は薄く黄色みを帯び、文様の形が明瞭になるのです。また、茶碗の一部をライティングすることで、作品のなかで白に変化が生まれることも分かりました。強い光を浴びているところはより白く、その周囲は反動でやや黄色く感じられます。当初、この作品にはグラデーションはないと思いましたが、光によってグラデーションが生まれるのは興味深いことです。さらに、暗がりの中でスポットライトを当てると、闇に雪景色浮かぶように感じられ、ライティングによって夜明けを演出することができるのではないかと想像しました。ライティングによる明るさは素地の硬さや柔らかさ、色味は冷たさや温かさに影響を与えます。静寂に包まれた夜の雪景色から昼間に子どもたちが雪遊びに興じる場面まで様々な想像が膨らみます。
光により文様が華やぐ
光により白さが増す
夜明けのイメージ
澤谷由子さんの作品の醍醐味はイッチン技法を極めていることにあると言っても過言ではありません。イッチン技法とは生クリームのように泥漿など陶芸の材料を絞り出し、盛り上げた装飾を施す技法です。技法としては江戸時代からあるようですが、明治時代の輸出用陶器にも盛んに用いられました。オールドノリタケではイッチンを用いた金点盛という技法もあります。豪華絢爛な雰囲気が醸成され、西洋人の評判も高かったことでしょう。ただし、見た目以上に金点盛は難しい技法であると、名古屋にある横山美術館のギャラリートークで解説いただいた記憶があります。赤絵線描と同じく、イッチン技法による文様は細やかさと均一性が重要と思われます。澤谷由子さんの作品を鑑賞すると、人の手によるものだろうかと疑問に思うほどです。
横山美術館(名古屋市)
作者にお尋ねしたところ、文様の基本となるパターンはそれほど多くはないということが、私には意外に思えました。むしろ作品ごとに文様は異なり、無限にパターンがあるように見えたからです。線と点、細さに大きさを変化させるのはもちろん、バリュエーションの本質はレースを編むような自由な感覚にあるのかもしれません。今回の個展のテーマは「小雪の金沢より」です。この作品では雪が舞うようにも光を浴びて輝くようにも感じられます。《雪衣》のタイトルが示すように雪の結晶が編み込まれた衣を器が纏っているようにも思いました。全体が白に包まれているため、茶碗の胴と腰の境目にある銀色の粒がアクセントとして効いています。これをグラデーションを主体とした作品で用いても目立たず、《雪衣》に相応しいデザインと言って良いでしょう。外側に比べると見込みの文様は一つ一つが大きく、間隔が広くとられています。また、見込みの装飾は長短を繰り返すことで、心地良いリズム感が生まれています。これにより外側の文様はより細やかに感じられ、内側はゆったりとした空間が構成されます。あくまで《雪衣》は茶碗ですから、実際に喫茶する場面を意識して制作されたのかもしれません。茶碗を持ち上げ、口に近づけると見込みが視界に入ってきますが、純白の素地をより美しく見せるための装飾を見込みに施したように思いました。喫茶に爽やかさと落ち着きをもたらします。ディスプレイに置いて鑑賞する場合も、装飾の粗密による違いを楽しむことができます。見込みの上部はゆったりとした文様、見込みの奥深くと口縁の外側は純白の素地、胴から腰にかけては濃密かつ精緻な文様という三つの領域が形成されていることに気づきました。
斜め上から眺めると白一色に見えますが、実は腰のあたりから高台にかけては銀の装飾が施されています。真横から覗き込んでも見えにくいため、展示会では気づかなかった方もいたかも。茶碗はひっくり返して鑑賞することもできますが、やや興ざめになるのは否めません。そこで工芸鑑賞の必須アイテムたる鏡台の登場です。鏡台に載せるとことで美しさが高まるのは一目瞭然。鏡に反転させることで魅力はまさに倍増します。《雪衣》も鏡台を用いることで高貴さを損なわないばかりか、より荘厳な印象をもたらしてくれます。イッチン技法による装飾と銀色の点が重なるのもポイント。雪が光を浴びることで白銀の世界へと変化していくようにも感じました。さらに鏡に反射した照明の光が茶碗本体を輝かせる効果をもたらします。銀色の盛点は宝石のように煌めくことに驚かされました。ただし、高台の銀の装飾はコーティングされていません。つまり時間の経過とともに黒く変色していくことになります。それは寂しいようにも思えますが、そのときは違った美しさが表出されることでしょう。
丸みを帯びた茶碗は形としてはオーソドックスな部類に入ると思われますが、私はとても好きな形です。端正で柔らかさのあるフォルム。胴は仄かに膨らみ、腰から高台にかけてのすぼみ具合が緊張感をもたらします。手にした時のフィット感がなんとも心地良い。「持つ」という行為により安らぎを感じることができるのです。それは茶碗を覆う手のひらが必然的に丸みを帯びることに由来するのかもしれません。茶碗を手にするだけで自分の手も美しい形に矯正してくれると言っても良いでしょう。イッチン技法による盛り上げは手にしても凹凸はあまり感じられず、予想よりもフラットな感覚でした。むしろわずかな高低差の連続によって手にすっと吸い付くようなフィット感が生まれています。《雪衣》は手に雪を纏う作品でもあるのだと。(2025年3月1日)