パンデミック時における人工呼吸器の配分

−日本の医療従事者と一般市民の認識(量的および質的分析)−

Chest. 2021 Jan 9;S0012-3692(20)35313-7. doi: 10.1016/j.chest.2020.11.027. Online ahead of print. PMID: 33450293

著者

則末泰博, MD, PhD1; Gautam A. Deshpande, MA, MD2; 鎌田未来, CCNS, MSN, RN1; 鍋島正慶, MD3; 徳田安春, MD, MPH, PhD4; 後藤崇夫, MD1,5; 石塚紀貴, MD1; 原裕樹, MD1; 中田理恵, RN1; 牧野淳, MD5; 松村基子, RN1; 藤谷茂樹, MD, PhD6; 平岡栄治, MD, PhD1

所属機関

1: 東京ベイ・浦安市川医療センター

2: 順天堂大学病院

3: 東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻

4: 群星沖縄教育病院プロジェクト

5: 横須賀市立うわまち病院

6: 聖マリアンナ医科大学病院


略語

COVID-19:新型コロナウィルス感染症

CI:信頼区間

CVI:内容妥当性指数

CVR:内容妥当性比

はじめに

この論文は、何らかの方針を主張する声明文ではなく、あくまでも学術論文です。内容について、著者の返答を必要とするような質問やコメントなどは、CHEST誌にLetter to editorとして投稿をお願いします。

要約

背景

日本では、人工呼吸器などの救命に不可欠な医療資源配分に関する公的な対話はタブー視され、話し合いは避けられており、議論はほとんどされてこなかった。

研究上の問い

日本の医療従事者と一般市民は、国際的な人工呼吸器配分の原則に賛成するか?

研究デザインと方法

パンデミック時の人工呼吸器配分を行うために国際的に開発されたトリアージの原則に、日本の国民は賛成するか否かを評価するために、4段階のリッカート尺度の質問紙を使用した。質問紙は対面またはオンラインで実施した。定量的データの分析には一般化線形モデルを用いた。自由記述の質的データを演繹的および帰納的に分析し、回答者の意見を米国の先行研究で報告されたものと比較した。

結果

配信した3191件の質問紙のうち、1520件から回答を得た。「救命出来る可能性がより高い患者が優先される」が最も支持されたトリアージ原則であり、回答者の95.8%が賛成した。「救命後に一定期間以上生存する人が優先される」と、「より若い人が優先される」は、それぞれ82.2%、80.1%が賛成した。再配分のために人工呼吸器を中止することには64.4%の回答者が賛成した。一方、「先着順」の原則に賛成した回答者は28.4%にとどまった。

解釈

回答者のほとんどが国際的に開発された配分原則に賛成しており、資源不足時の先着順配分の考え方には反対であった。日本の国民は、現在そして将来のパンデミックや災害に立ち向かう上での必要な過程として、救命に不可欠な医療資源をどの様に公正にかつ透明性を保ちながら配分していくかという倫理的なジレンマと解決策について議論する準備ができていると考えられる。

キーワード: COVID-19; 人工呼吸器の配分; 国民の認識; パンデミック

背景

2019年の新型コロナウィルス感染症(以下、COVID-19)のパンデミックにより、人工呼吸器を最も効率的かつ公正に配分するためのトリアージプロトコルについて、コンセンサスを得る必要性が再認識された(1)。米国保健福祉省は、1918年のインフルエンザパンデミックと同様のパンデミックが発生した場合、人口10万人当たり226台の人工呼吸器が必要になると推定している(2)。人工呼吸器推定保有台数は、現在日本では人口10万人あたり35.6台、米国では52台である(1,3,4)。功利主義の原則に則り国民全体の利益を最大化することを目的に、短期・長期死亡率や年齢などの患者個人の特性に基づいた人工呼吸器の配分に関するガイドラインやプロトコルが、米国を中心に開発されてきた(5-8)

日本のメディアでは、人工呼吸器の個別化された優先順位付けを説明する際に「命の選別」というフレーズが頻用されてきたが(9-12)、このフレーズは例えパンデミック時であってもトリアージに基づく配分は非倫理的であるという印象を与える。そのため、この“殺人的な”考えを表面化することにより国民の感情が害されることがないように、これまで日本の政策立案者や医療従事者の間で公的に議論することが避けられてきた。近年、日本集中治療医学会は、パンデミック時の生命維持治療の中止・差し控えに関する適切な議論が急務であることを強調したが(13)、行政や主要な学会から資源配分の枠組みに関する公式のガイドラインが発行されていないのはそのような空気感によるものかもしれない。このように、医療資源配分に関し倫理的な議論がなされず、結果としてトリアージガイドラインが依然存在しないことは憂慮すべき事である。なぜなら、医療従事者は現場で困難な選択を迫られた結果、場合によっては痛ましい決断を患者の家族に伝え、医療者自信の判断と責任で人工呼吸器を差し控える、または中止する必要があるからである。当然のことながら、世界中の医療従事者における倫理的苦悩と燃え尽き症候群は、このパンデミック下で増加し続けている(14)

トリアージシステムは、国民の信頼を得るために透明性を保証する必要がある(1,5,7)。適切な資源配分の枠組みを開発するためには、意思決定の指針となる倫理原則が社会文化的に適切であることを確認する必要があり、その為にはシステム構築の過程に国民を巻き込む必要がある。人の生命倫理は、それぞれの人生経験、社会的役割、文化的信念などに基づくため(15,16)、他の社会や文化の影響下において開発されたガイドラインは、日本では適用できない可能性がある。

本研究は、国内では未だ十分な議論がなされていないパンデミック時の人工呼吸器配分に関する既存の国際的なトリアージ原則を、日本の医療従事者および非医療従事者がどの程度受容できるかを確認する事を目的としている。


方法

研究デザインと質問紙

本研究は、東京都心から10km離れた330床の都市型三次病院と横浜市中心部から30km離れた420床の郊外型三次病院の2つの地域病院を対象に、自記式質問紙を用いて調査を行った。また、日本におけるCOVID-19の第1波(2020年4月~6月)で、現場の医療従事者を支援するために医療品やその他の物資を寄付した匿名企業5社(化粧品会社、電機メーカー、ホテル、エンターテイメント会社、製薬会社)に対しても、同様の調査を行った。本研究は両病院の研究倫理審査委員会で承認された。

同テーマに関して妥当性が証明された質問紙を用いた先行研究は見当たらなかったため、パンデミック時の人工呼吸器配分に関する過去の研究や米国のガイドラインで用いられているトリアージ原則について、賛成および反対の程度を評価するための質問紙を作成した(日本語版は補足資料1、英語版は補足資料2)。質問紙のメインセクションでは、4段階リッカート尺度を用い、回答者の個別優先順位付けの原則に関する見解を尋ねた。本研究で評価した配分原則は、患者を個別化して優先順位付けを行う原則である、(1)短期死亡率(「救命出来る可能性がより高い人が優先される」)、(2)救命後の予後(「救命後に一定期間以上生存する人を優先する」)、(3)まだ少ない人生の段階しか経験していない人が優先される(「より若い人が優先される」)、(4)パンデミック下で感染のリスクを負って貢献していた医療従事者が優先される(「貢献に報いて保証する」)、および患者を個別化した優先順位付けを行わない(5)「先着順」配分である。また、(6)優先順位が高い患者に人工呼吸器を使用するため、優先順位が低い患者から人工呼吸器を取り外すこと(再配分のために使用中の人工呼吸器を中止すること)についても回答者の見解を尋ねた。必要時記載できるよう、各項目に対し自由記載欄を設けた。加えて、回答者の社会的背景や医療従事の有無などを含む属性データも収集した。本調査は、6人の医療従事者と11人の非医療従事者を対象としたパイロットテスト後に改訂し、実施した。

内容の妥当性の評価

原著参照

回答者

調査対象者は16歳以上とした。医師、看護師、診療看護師、薬剤師、検査技師、放射線技師、栄養士、リハビリテーション専門職、受付・事務員など、パンデミック時に最前線で働く病院スタッフを対象に、Google Formsプラットフォームを利用した質問紙のリンク先を示したURLを配信した。また、上述の一般企業従業員にも同様にURLを配信した。病院内の外来に通院する患者とその家族は、紙による質問紙またはオンライン質問紙のどちらを使用するかを選択できた。オンライン質問紙に回答する場合は、一度だけ回答するよう指示した。重複入力による潜在的なバイアスを抑制するために、職種別、会社別、外来患者が通院する病院および科別に回答者を計69のサブグループに分け、回答数が各サブグループへの配信数を超えた場合には、そのサブグループ全体の回答を削除できるようにした。各サブグループのURLは、配信から10日後に無効になるように設定した。

統計的分析

回答率は、完了した質問紙を受け取った数を、紙の質問紙とオンラインによる質問紙の配信数の合計で割ったものと定義した。

回答を賛成(リッカート尺度で3以上)または反対(2以下)に分類する二変数に変換した。トリアージの原則と質問紙の潜在的な側面を明らかにするために、プロマックス回転を用いた探索的因子分析を行い、各項目の内部整合性(Cronbachのα係数)を評価した。

回答者は,職場環境における感染リスクに基づいて,病院勤務者(事務職員を含む)と非病院勤務者に分類された。6つのトリアージ原則のそれぞれについて、カイ二乗検定を用いて病院勤務者と非病院勤務者の支持率を比較した。背景因子がトリアージの原則への賛成または反対と関連しているかどうかを決定するために、年齢、性別、および病院職員か否かで調整を行い、6つの原則への回答を従属変数とする一般化線形モデルを構築した。関連性の尺度として、95%信頼区間(CI)が計算され、統計的有意性は両側検定による0.05未満のP値として定義された。すべての統計解析にSTATAバージョン14(Stata Corp, College Station, TX, USA)を使用した。

2名のコーダー(M.K.とY.N.)が、回答者の自由記述データを2つのステップで質的に分析した。まず、Biddisonら(18)が報告した10の重要なテーマ:(1)透明性の重要性、(2)資源が不足しないようにする事による倫理的ジレンマ発生の排除、(3)複数の倫理原則を組み合わせることへの希望、(4)前持った枠組みの構築、調整、コミュニケーションの重要性、(5)臨床上のニーズに基づいた人工呼吸器の再配分の希望、(6)医療提供者の下す決断の客観性に関する懸念、 (7)元々存在する患者背景の不公平性や、社会的に「優先されるべきではない可能性がある」患者特性について話し合う必要性、(8)個人の利益のためにトリアージプロセスが操作されることに関する懸念、(9)人工呼吸器の再配分に向け人工呼吸器を中止することに対する倫理的受容性に関する懸念、(10)人工呼吸器の中止と再配分後の家族や医療従事者の心理社会的トラウマに関する懸念、に対応する自由記述データを演繹的に抽出し、分析した。次に、全ての自由記述データについて、階層的コーディングフレーム(19)を用いて支持と不支持に分類した後に帰納的分析を行った。回答者の背景にある各原則に賛成もしくは反対する理由や価値観を示唆する文節を切片化した後コード化した。コードの意味内容を解釈し、類似性をもとに分類しサブテーマを生成した。さらにサブテーマの意味内容を同様に分類した後、テーマを生成した。


結果

アンケートの内容の妥当性と信頼性

原著参照

無回答バイアス

原著参照

定量的分析

回答率は、病院勤務者で 49%(1756 件中 854 件)、非病院勤務者で 46%(1436 件中 666 件)であり、職業についての情報が不完全な 21 件の回答を除いた全体のアンケート回答率は 48%であった。表 1 (原著参照)に回答者の背景的特徴を示す。

図 1 は、回答者全体において、各トリアージ原則への賛成および反対の割合を示したものである。賛成の割合は、「救命出来る可能性がより高い患者が優先される」が95.8%で最も多く、次いで「救命後に一定期間以上生存する人が優先される」(82.2%)、「より若い人が優先される」(80.1%)の順となっている。逆に、「先着順」の原則に賛成した回答者は28.4%にとどまった。また感染のリスクを負いながらパンデミックへの医療的な対応に貢献をしていた患者が優先されるという「貢献に報いて保証する」の原則には75.3%の回答者が賛成しており、再配分のために人工呼吸器を中止することには64.4%の回答者が賛成した。表2(原著参照)は、トリアージ原則別に病院勤務者と非病院勤務者で賛成の割合を比較したものである。病院勤務者は、「救命出来る可能性がより高い患者が優先される」(97.7%対93.4%、p<0.001)、「救命後に一定期間以生存する人が優先される」(84.8%対78.7%、p<0.005)、「より若い人が優先される」(82.9%対76.9%、p<0.005)に賛成する割合が非病院勤務者よりも有意に高かった。「貢献に報いて保証する」を支持する回答者の割合は、病院勤務者よりも非病院勤務者の方が有意に高かった(80.5%対70.7%、p<.001)。

表3(原著参照)は6つのトリアージ原則への回答に関連する背景因子のオッズ比を示したものである(年齢、性別、病院の職業で調整)。病院勤務者は、「救命出来る可能性がより高い患者が優先される」に同意する傾向が高かったが(調整後OR 2.27;95%CI、1.21- 4.24)、「貢献に報いて保証する」に同意する傾向は低かった(調整後OR 0. 63;95%CI、0.47- 0.83)。学歴の高さは、「貢献に報いて保証する」への反対と有意に関連していた(調整後OR 0.74;95%CI、0.56- 0.98)。自己推定余命が5年未満の回答者および他者の介護者である回答者は、「再配分のために優先順位の低い患者の人工呼吸器を中止する」に反対する傾向が有意に高かった(それぞれ調整後OR 0.44;95%CI、0.23- 0.84、調整後OR 0.59;95%CI、0.38- 0.93)。世帯年収が4百万円未満の回答者は、「先着順」に同意する傾向が有意に高かった(調整後OR 1.41;95%CI、1.05- 1.89)。

質的分析

回答者 1520 人のうち 720 人(47%)が自由記載部分に回答した。演繹的分析では、以前に米国で実施されたフォーラム(18)で抽出された10のテーマ全てに対応する回答が同定された(テーマ1~10の回答ついては補足資料3を参照)。帰納的分析では、3 つの新たなテーマ(テーマ 11〜13)が確認された(表 4:原著参照)。回答者のうち 1 名(40 代男性非病院勤務者)が、「このようなテーマは言語化すらするべきではない」と、調査テーマ自体が不適切であると自由記載で懸念を表明した。8 人の回答者は、非医療従事者の意見や価値観を聞いてくれたことへの感謝を表明した。 


図1

考察

日米におけるトリアージ原則に関する人々の認識の比較

我々の知る限りでは、本研究はパンデミック時の人工呼吸器の配分に関する国際的なトリアージ原則に対する人々の認識を調査したアジアで初の研究である。ほとんどの回答者が「救命出来る可能性がより高い患者が優先される」と「救命後に一定期間以上生存する患者が優先される」という原則を支持しており、これは米国での先行研究と一致している(16,18)。「より若い人が優先される」という原則は本研究では80%以上の回答者が支持していたが、米国の先行研究では、賛成と反対の割合が同程度であったのとは対照的である(16,18)

患者を個別化することによる優先順位付けと個別化しない優先順位付けの対立軸

第1因子に属する4つの項目はそもそも別々のトリアージ原則についての質問であるため、Cronbachのα係数が高くないことは予想通りであった。「先着順」の原則は4つの項目すべてと負の関連があったことから、それぞれの回答者の背景にある価値観には、患者を個別化することによる優先順位付けを許容する価値観と、個別化を許容しない価値観の対立軸があるという仮説が立てられる。このことは、本研究で評価した個々の原則について議論する前に、資源が枯渇した状況においても公平性という原則によって患者を個別化することによるトリアージを完全に放棄するのか、または個別化を許容することにより功利主義的倫理と公平性の原則との間の緊張関係を受け入れるのかという根源的な命題について議論する必要があることを示唆している。

「貢献に報いて保証する」の原則への回答傾向と職業の関係

感染リスクを負いながら社会に貢献した病院勤務者を優先することを支持した非病院勤務者の割合が高く、過酷な状況の中で勤務している病院勤務者にとっては心強い結果が得られた。この結果は、日本の人々がパンデミックによる危険性を強く実感するようになったCOVID-19の第1波が発生した直後に実施された本調査のタイミングを反映していると考えられる。興味深いことに、むしろ病院勤務者はこの原則に同意する傾向が有意に低かった。これは日本の伝統的な「滅私奉公」の美徳を反映しているのかも知れない。今後、文化的要因がどの程度これらの回答に影響しているのかを検討していく必要がある。

見逃されやすい意見の重要性

自己推定余命が5年未満の回答者および他者の介護者は、パンデミックで人工呼吸器が枯渇した状況であっても、再配分のために優先順位の低い患者の人工呼吸器を中止することを支持する傾向が低かった。この傾向は理解可能であると同時に、極めて重要な知見である。なぜならこれらの背景を持つ人々は、"自分勝手"と非難されることを恐れて、公の場では自分の意見を表現することが困難な可能性があるからである。このような背景を持つ人々の意見は、医療資源の配分の原則を議論する上で必要不可欠なものであり、議論においては確実に彼らの意見が認識されるように細心の注意を払う必要がある。

同様に、世帯年収が4百万円未満であることは、「先着順」の原則を支持する有意な予測因子であり、おそらく社会経済的要因が優先順位に影響を及ぼす可能性があるという懸念を反映していると考えられる。この調査結果は、経済的・社会的地位などの背景情報を、トリアージの判定者に対して完全に盲検化した透明性の高いシステムを構築することの重要性を示唆している。

倫理的、政策的に意味のある反対意見の割合の閾値

全会一致によるコンセンサスを期待することは非現実的である。実際に回答者の約20%が「より若い人が優先される」、「救命後に一定期間以上生存する人が優先される」、「貢献に報いて保証する」の原則に反対している。特に政策立案者は、トリアージ原則に対してどの程度の割合までの人々が反対することが、トリアージ原則に基づいた政策が倫理的、臨床的、社会的に妥当であり許容できる限界であるのかを特定し、政策による効果と、潜在的な文化的副作用とを天秤にかけながら検討を行っていく必要がある。

再配分のための人工呼吸器中止についてのオープンな議論の必要性

予想通り、例え人工呼吸器が枯渇した状況であっても、再配分のために優先順位の低い患者の人工呼吸器を中止する事は非倫理的で不適切であると考える回答者が少数ではあるが認められた。この意見は熟考に値する。もし再配分のための人工呼吸器中止を禁止する政策が確立した場合、例え他の優先順位付けの政策が存在していたとしても、人工呼吸器が枯渇した状況では結果として先着順による人工呼吸器の供給に帰着する可能性があることを、政策立案者は人々に理解してもらう必要があるかもしれない。そのような政策で予想される結果についての理解を促すためには、具体的な事例を用いて議論をする必要があるだろう。例としては、人工呼吸器が使用できないために、元来は健康であった10代の若者が死亡する一方で、隣のベッドでは人工呼吸器による治療にも関わらず85歳の患者が悪化し続けている場合や、慢性疾患を患っているが現在は終末期ではない患者が、人工呼吸器を一度でも開始したら、例え回復しないことが明確になった後でも人工呼吸器を止めることができないことを恐れて人工呼吸器による治療を初めから拒否する場合などが挙げられるだろう。さらに、人工呼吸器が枯渇している状況下でも人工呼吸器を中止および再配分することができなければ、論理的には、医療従事者による用手換気の法的義務が生じる可能性が高い。パンデミックが長期化している状況下では、ただでさえ医療従事者のマンパワー不足が深刻であるため、その様な医療体制は不適切であり、持続不可能である。さらに、用手換気によるウイルス感染の増加が懸念されるため、いくつかの米国のガイドラインは用手換気をしないことを推奨している(21,22)

質的分析から抽出された新しいテーマ

自由記載の回答を質的に分析した結果、国民や政策立案者が議論する必要がある、人工呼吸器の優先順位に関する多くのテーマが明らかになった。米国の過去のフォーラムで議論された10 のテーマ全てに対応するコメントが同定され(18)、これらのテーマの普遍的な重要性が示唆された。さらに、患者の社会的背景や役割の重要性(テーマ11)、国の将来のための生産性や少子化への配慮(テーマ12)、公私間の利害の対立(テーマ13)の3つのテーマが新たに同定された。

テーマ11

「社会的役割や背景の重要性」は、災害時やパンデミック時に社会の運用に役立つと思われる、医療、交通機関、インフラ整備などに従事している人を優先するというトリアージ原則である「社会に対する有用性の原則」の概念と部分的に重なる。しかし、社会的役割を優先順位付けの際に考慮すべきとした回答者 16 件中の 9 件が、重要な社会的役割を「小さな子どもの親」や「介護者」としており、過去の研究ではあまり議論されてこなかった視点である。小さな子供の親や介護者を優先することの可能性については、議論の余地はあるが、現実的にはその実施に向けての合意は難しいかもしれない。

テーマ12

少子化による人口減少は日本の未来に対する大きな懸念であり、長い間議論が交わされてきた。人口減少を避けるために若年の患者を優先するという考え方は様々な反論を呼び起こす可能性はあるが、少子化による人口減少が切実な日本ではより支持を集めやすいのかもしれない。

テーマ13

パンデミックや災害においては、個々の患者に焦点を当てた治療方針から、社会全体の利益に焦点を当てた治療方針への移行を強いられる(5,7)。テーマ13は、ほとんどの医療従事者や一般の人々がパンデミックの危機の間に経験する心理的な苦悩を表していると考えられる。

日本において「タブー」である話題に対する人々の反応

患者を個別化した上での優先順位付けや再配分のための人工呼吸器の中止が「命の選別」として非倫理的であると考えられ、そのような話題についての議論がほとんど避けられてきた日本において、本研究ではこれらのデリケートな話題に対する人々の反応を調査した。我々がこれらのテーマについての調査を実施した事についての反対意見よりも、感謝の意を自由記載で表している回答者の方がはるかに多かったことを考えると、「救命に不可欠な医療資源の配分」というテーマは、今まで考えられてきたほどタブーではないのかもしれない。

本研究にはいくつかの限界がある。第一に、本研究における回答者の年齢分布は60 歳以上が多くないため、日本の年齢分布を代表するものではないことである。また、回答者の人種や民族に関する詳細な情報がないこと、地方に居住する人々が回答者に含まれていないことから、本研究で扱った倫理的ジレンマに対する日本国民の意見を誤って一般化してしまう可能性がある。そのため、今後は日本の人口を代表するサンプルで調査を再度試行することで、今回の調査結果の妥当性を確認することが有用であると考えられる。第二に、アンケートの前文では、これらの倫理的ジレンマの微妙で複雑な側面、特に功利主義的原則と公平の原則との間のどこで折り合いをつけるのかという命題について十分に説明されていなかった可能性がある。これらの問題について国民の完全な理解を促進するために、慎重な議論を繰り返していくことが今後必要である。最後に、今まで米国では障害者の権利は広く議論されており、慢性の障害はトリアージに影響を与えるべきではないと考えられているが(23)、障害者の不適切なトリアージに関する懸念を表明する自由記載は本調査では1件のみであった。

結論として、パンデミックにより人工呼吸器が枯渇した場合における人工呼吸器の配分方法として、患者を個別化しない「先着順」ではなく、国際的に提唱されている患者を個別化したトリアージ原則が日本の人々の間でも広く支持されていることがわかった。また、人工呼吸器を再配分するために優先順位が低い患者の人工呼吸器を中止することについても、多くの回答者が支持した。日本の国民は、現在そして将来のパンデミックや災害に立ち向かう上での必要な過程として、救命に不可欠な医療資源をどの様に公正にかつ透明性を保ちながら配分していくかという倫理的なジレンマと解決策について議論する準備ができていると考えられる。


謝辞

パンデミック禍で働く医療従事者を支援するために、本調査に協力して下さった患者とその家族、そして企業の皆様に心より感謝致します。

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原著

Allocation of Mechanical Ventilators a Pandemic: A Mixed-Methods Study of Perceptions among Japanese Health Care Workers and the General Public
Chest. 2021 Jan 9;S0012-3692(20)35313-7. doi: 10.1016/j.chest.2020.11.027. Online ahead of print. PMID: 33450293

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