サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂を13時から1時間で見て、14時から1時間附属博物館を見学
ドゥオーモ歌劇場博物館。1891年にオープン。それ以前には15世紀にブレネスキがドーム建設の木材置場として中庭を使ったり、1500年にはミケランジェロがダビデをここで彫った。
ドゥオーモのピエタ。ミケランジェロが制作を開始したのは1547年とピエタ4作の中では2番目だったが1553年になってもまだ作業を続けた記録が残っている。未完の一番の理由はミケランジェロ自身がキリストの左足とマリアの腕を破壊したこと。1553年で78歳。高齢に伴い体力も衰え精神的にも不安定になったことで思うように作業が進まないことが作品を破壊することに繋がったのではないかと言われている。ピエタはその後一部が修復されている。
また、このピエタはミケランジェロが自分の墓に飾るために作っていたと言われている。マリアの姿は小さく制作され、向かって左側にはマグダラのマリアの姿がある。
キリストの背後に立つニコーデモ。キリスト処刑後の遺体の埋葬に立ち会ったと言われる。また、この人物は自分のことを作品で表現したのではと言われている。
ルカデッラロッビアのカントリア(聖歌隊用のバルコニー)は、ドゥオーモを有すサンタマリアデルフィオーレ大聖堂のための作品で、ドナテッロのカントリアともにこの美術館に保存されている。初期のフィレンツェルネサンスの傑作の1つで、1431年から1438年の間に彫られ、高さは348cm。ルカは382フローリンを受け取った。
①Cantori(歌手) ②Lodatelo col suono della tromba(トランペットの音で主を賛美する) ③Lodatelo con l'arpa(ハープで主を賛美する)④Lodatelo con strumenti a corda e con l'organo(
弦楽器とオルガンで主を賛美する)⑤E con la danza(ダンス)
①E con il liuto(リュートと) ②Lodatelo col tamburo(太鼓で主を賞賛する) ③ Cantori(歌手) ④Lodatelo con cembali squillanti(シンバルを鳴らして賛美する)⑤Lodatelo con cembali risonanti(共鳴シンバルで主を賛美する)
ドナッテロ(1386-1466/12/13)。フィリッポ、ブルネレスキ、マサッチオとともにフィレンツェ・ルネサンスの3人の父の1人。
「ズッコーネ」は、ドナテッロが彫った預言者ハバククの像の通称。ジョットの鐘楼に置く像の3番目で1423年から1435年に作られた。等身大の白い大理石(195x54x38 cm)。髪を剃っているのでフィレンツェ人は彼に「ズッコーネ」(大頭)という名前を付けた。ドナッテロの報酬は22フローリンで、前払され彼は税金を支払った。
この像は1937年にこの博物館に移された。
ハバククは鐘楼シリーズ全体の中で最も成功した像でドナテッロとルネッサンスの彫刻全般の傑作に数えられる。
預言者は左肩から落ちて深い垂直のひだを作成する長いチュニックがあり、体に密着していないため反古典的で、人物の威厳だけでなく、その内なる苦痛も強調している。
1587年に取り壊された初代ファサードに変わるデザインとして過去に提案されたもの。
マグダラのマリアは、ドナテッロにより1453年から1455年に作られた、部分的に金色の木製(ポプラ)彫刻(高さ188 cm)。
この彫刻は南フランスの森で絶え間なく断食して巡礼した老年期のマグダラのマリアを表現。頭をわずかに回転させ、目が眼窩に沈み、衣服の薄さが皮膚の筋肉と腱を明らかにします。長い髪は、不気味な衣服のように腰の周りに絡み合い、体を形のない塊にする。手は祈りのしるしとしてほとんど握りしめられ、嘆願を始めるように見える。
死の近さと肉体的劣化の限界に達したことを表現。
木材は、石や大理石とは異なり、ニュアンスを表現し難く、彫刻が難しい素材で中世に流行した後、彫刻における木材の使用はルネサンスでますますまれになった。