ベネチアの最初の見学地はガラス工芸品で有名なムラーノ島。13時半前に着いて1時間弱、島内見学。
1930年に作られた
Chiesa Arcipretale di San Pietro Martire(サン・ピエトロ・マルティーレ教会)ムラーノの船着き場から運河を中に入ったところにある。
MUSIO停泊所の南向いにあるガラス工房
サンタ・マリア・エ・ドナート大聖堂の尖塔。MUSIOの船着き場か北に300m。
第一次世界大戦においてイタリア戦線の帰趨を決したヴィットリオ・ヴェネトの戦い(1918/10)のベネチア県の記念碑。イタリア各地にこの戦いの記念碑がある。なぜここにあるのだろうか?
7世紀に作られ、9世紀に修復、1140年にモザイクの床が作られた。
Ponte San Donato
ムラーノガラスとは、ムラーノ島 の数限られた職人の手によって一点一点、生み出され、約1000年に渡り受け継がれてきたガラス工芸品。一般的にはヴェネチアンガラスと呼ばれ、日本の有田焼や九谷焼などと同様に、土地の名前が入ったイタリアの伝統工芸品。
「ガラスの島」とも呼ばれ、現在もガラス工房が密集するムラーノ島の起源はヴェネチアがまだヴェネチア共和国という一つの国だったころ、高度なガラス技術が国外に流出することを防ぐために、ヴェネチア共和国政府が、ガラス職人とその家族たちをムラーノ島に幽閉した事から始まる。
職人の仕事は過酷で、継承者は年々減りつづけ、現在では、ムラーノ島の上級職人(マエストロ)の数は非常に数少なくなった。
基本的な特徴は、ソーダガラス(鉛を含まず、炭酸ナトリウムと砂で生み出されたガラス)であること。
窯でガラスをドロドロになるまで溶かし、ポンテと呼ばれる吹き棒の先に巻き付け、空中で極薄にガラスを吹きのばす技法や、ガラスの熱さに耐えながら、簡素な道具を使って飴細工のように竜や花や鳥などをモチーフにした複雑な装飾を形作る技法、ガラスでレース刺繍を表現したレースガラス、ガラスの塊の中に気泡を閉じ込める技法など、高度なテクニックが用いられている。
ムラーノ・ガラス美術館。元は古代ローマ貴族がゴシック様式建築で建てた邸宅。その後トルチェッロの司教 Marco Giustinian の邸宅となり、1861年に現在のガラス美術館となった。
36時間券であることを示している
帰りのバポレットが近づいてきた
MUSEE乗り場の西350mのところにあるサン・ピエトロ・マルティーレ教会。15世紀半ばに建立、16世紀に再建。ジョヴァンニ・ベッリーニの「聖母子と天使と聖人達」とベネチアンステンドグラスが有名
カスタンティーニ橋。MUSEEの西にある橋。サン・ピエトロ・マルティーレ教会に行くにはこの橋を渡る。帰りは行きと異なりムラーノの中のディ・カンナレージョ運河を西に進む
ガラス工房
ムラーノ・コローナ停留所の東の角が河口のヴェトライ川。北に500m進むとカスタンティーニ橋に着く
する乗船客