辞時(ヤメドキ)

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:「ものの辞めどき、という物を考える。

:思えば私は、総てにおいて、平凡未満であった。

:勉学という灰汁、

:運動という雑念、

:人間関係なる柵(しがらみ)。

:競えば競うほどに、私の下たる証は、浮き彫りとなっていた。

:否、或いはそうではなく。

:出来、不出来のみしか測れない歪な物差で、

:私の全てを、私たちの凡てを識り得たかのような。

:己のそれすらも計れぬ凡人の一遍が、私の価値とやらを定め、

:剰え、その止まりもせぬ天秤でもって、

:私たちの華奢で脆弱なこころを、罅割れんばかりに殴打する。

:その、世俗に於いて「教育」と呼称される行為が、

:堪らなく厭だっただけかも知れない。

:知らぬ、判らぬという絶対悪。

:そこに至るまでに幾許かの、雑考があろうが、

:行き着く先がそこならば、その熟考すらもが、価値無きものと唾棄される。

:そして、こうした反論、言消しの声明もまた、

:烙印一つで、芥(あくた)へと還るのだ。

:「オチコボレ」と誹る、忌まわしき徴(しるし)によって。

:嗚呼、下らぬ。

:不完全風情が、完全を強制する縮図の、何と荒唐無稽なことか。

:そうした、悟りにも似た嫌気を拗らせ抜いた私は、

:曖昧に創られた模糊な世界、

:私の頭蓋を充たす偽りの世界、

:そんなものを認(したた)める事に没頭した。

:無論、文壇を賑わす先人達には並ぶべくもない、

:凡才の戯言を列挙した代物である。

:然し、皮肉ながらこれがまた、

:私の言い様のない、泥濘めいた感情を発散するに相応しい行為であった。

:そんな、排他欲求の羅列の数が十(とお)を越えた頃、

:嘗て友人と呼んでいた同輩が、私の名を世間に広めよう、と画策していた。

:問い質してみれば、「君は正当な評価を得て然るべきである」、と宣う。

:嗚呼。

:また、これだ。

:何時だってそれが、不躾にも、私の殻を割らんとする。

:正当な評価とは、一体何なのだ。

:私でない者が私を評する、その時点で、不当の極みではないか。

:肯定も、否定も、結局は論者の自己満足。

:そんな傲慢な、他者の自慰行為に一喜一憂する世を憂いたからこそ、

:私は此処を選んだというのに。

:何故、友などという上辺製の型に、偶然収まっていた程度の存在が、

:私を踏み躙る権利を、持ち得ると思ったのだろうか。

:そうら、始まった。

:私を見も知らぬ群衆による、偶像の構築が。

:彼等にとって都合の良い私が崇め奉られ、

:彼等にとって都合の悪い私が淘汰されてゆく。

:私の意志を語り、騙る、死者の群れの行進だ。

:こうなってしまえば、最早私の存在は、

:在ろうが在るまいが、問題ではない。

:彼等が求め、掲げたがるは、私自身ではなく、

:私から漏泄され続ける、只の吐瀉物で満たされた、私の名を冠した杯なのだから。

:ものの辞めどき、という物を考えた。

:何ら、難しいことは無かった。

:結局の所、好奇心、欲求、衝動、

:そういった類の創造心が、義務なる汚泥へと成り果てた時。

:そう成ってしまえば、後に流るるは、

:只々、無情の自然律。

:してみたい事が、しなければならない事に摩り替えられる。

:やりたい事が、やるべき事に挿げ替えられる。

:私が為すあらゆる行為に、私の意志が入る余地が無い。

:何とも良く出来た、個の抹殺の理ではないか。

:そして、最後に掲げる大義はこうだ。

:世が世の儘にあるが為、人が人の儘であるが為。

:人よ、自分たるな、他人たれ」

:……ん。

:いかん、もうこんな時間か。

:推敲は……まあ、良いだろう。

:どのみち、原文なんてものは所詮、掃いて棄てられる運命だ。

:「……直に、陽も昇る。

:私は今日もまた、生きていなければならぬ」


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