宝物の価値

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:成程、なーるほど。

:あなた方の仰りたい所は、よーぅく分かりました。

:確かに、ご子息が壊した物など、

:あなた方からすれば、路傍に落ちている石ころの如きもの。

:或いは、道端の薮に掛かったゴミ同然、と言っても良いかも知れませんね。

:例え、被害者たる彼にとって、宝物と称されるべき代物であったとしても、

:それは貧乏人ゆえの、惨めな価値観から来る、勘違いとも呼べる可哀想な思い込みであって、

:富裕層たるあなた方や、そのご子息にとっては、

:それは失われたところで、何ら痛手にも何にもならない、

:まさに石ころ同等、まさに、ゴミ同然であると。

:成程、成程。

:清々しいまでに、クズで、歪みきった成金様ですね、惚れ惚れします。

:まさか今の時代に、

:まだそんなクズのような価値観を持っている人間がいらっしゃるとは、夢にも思いませんでしたし、

:ましてや、そんなクズにこうして相見える機会が、一生涯のうちに出来るとは、思いもよりませんでした。

:素晴らしい、まさにクズ。

:ああ、これは失礼。

:歳のせいですかね、どうにも最近、忘れっぽくて。

:あなた方の為に使うはずだったオブラートも、

:歯に着せる予定だった衣も、事務所に忘れてきてしまったようで。

:まあ、無理に遠回しに貶し倒したところで、あなた方には理解出来なかったでしょうから、

:これくらいがむしろ、ちょうど良かったのかも知れませんね。

:会話において一番難しいのは、相手と同じレベルの言語能力に合わせる事だそうですから、

:ようやくこれで、我々は対等になった、とも言えるでしょう。

:僥倖、僥倖。

:ああ、そうそう。

:ときに、ご主人?

:先日使用人に伺ったんですが、世界中の珍しい石を集めるのが、最近のご趣味だそうですね?

:わざわざ自らの足で現地に出向き、自らの手で採掘を行うこともざらであるとか。

:そして、大広間に飾ってあった、名も無き石。

:何の変哲も無い、市場価値はゼロに等しい、

:何処にでもある石と同じもの、であるにも拘わらず、

:その趣味を始めるきっかけになった、かけがえのない物であるという理由から、

:所有されているどんなに希少価値の高い石よりも、大事にされているそうで。

:いやはや、面白いものですね。

:あぁいえいえ、流石にねえ。

:どこぞのどなたかではあるまいし、他人様のご趣味を貶めるほど、私は悪趣味ではありませんよ。

:身の回りにある何気無いものに、値段の付けられない価値を見出す。

:素晴らしいことではないですか、私も見習いたいくらいですよ。

:ただですね、ご主人。

:ひとつ、提案という訳ではないんですが、相談したいことがありましてね。

:あなたのご趣味はとても素晴らしい、とは思いますが、

:どうにもあの大広間の石が、私は不快極まりなく感じてしまいましてね。

:ええ、特に、理由はありませんが、なんとなくです。

:と、いう訳で。

:あれ、今から私の気の済むまで、粉々に打ち砕いてこようと思いますが。

:よろしいですよね?

:ダメ?

:なぜです?

:一体どこに問題が?

:是非とも理由をお聞かせ願いたい。

:あなたにとって大切であるかどうかは関係無く、ただ、私が不快だから壊す。

:一体全体、その行為の、何が問題なんです?

:あなた方がつい先程まで、「何の問題も無い」と宣っていた、

:ご子息が彼に行った行為と、何ら変わり無いではありませんか。

:御教授頂けませんか、ねえ。

:なぜご子息が許されて、私は許されないのか。

:説明出来ますか?

:説明出来ないですよね?

:あなた方には、当事者意識、というものが、著しく欠如しているのですから。

:ですから、それを補うという意味でも、あの石は壊すべき代物なんですよ。

:私にとってはあんなもの、文字通り、道端の石ころ同然、

:ゴミ以外の何物でもないんですからね。

:ああ、若しくはあそこに置いてある、何とも品の無いオブジェでも良いですよ。

:あんな物の価値、今この場において、あなた方しか理解していませんからね。

:さあ壊しましょう、今すぐ壊しましょう!

:ご子息が彼にやったように!

:さあ、さあ! さあ!!

:加害者が価値を把握していなければ、問題無いのですよね?

:たとえ被害者にとって、変えようの無い宝物であったとしても!

:加害者にとって不要な物であったのならば、それは気の赴くままに壊して良いと!

:他でも無いあなた方が、先程そう仰ったのです!

:異論は認められませんよ?

:我々のような貧乏人には、この家にあるあらゆる物の価値など、分かろうはずも無い。

:何せ、惨めで、可哀想な価値観しか、持ち合わせていませんからね!

:つまり、あなた方の言い分に則れば、この家にあるあらゆる物は、壊し放題というわけです!

:さあやっちまえ!

:完膚なきまでに!!

:壊される側が許したのだ、責められる理由は何処にも無い!!

:……と、まあそれは、一先ず冗談としておきまして。

:次に、あなた方が言いたいことも分かりますよ。

:「子どもがやったことだから」

:これですよね?

:こういった子ども同士の諍い、又は子どもが引き起こした大小様々なトラブルへの対応の場で、

:とてもよく使用される常套句です。

:私もこれまで、幾度と無く言われました。

:それも面白いことに、そう言われるのは決まって、

:許す側ではなく、許しを乞う側。

:被害者ではなく、加害者側の親御様からです。

:ちょうど、今のあなた方のようにね。

:常套句ともなってくれば、私側にも、それに対する常套句があるので、

:それをそのまま、この場でも申し上げましょう。

:「寝言を仰らないで頂けますか?

:私たちがしているのは、一面お花畑な夢の中での、ちゃらんぽらんなおとぎ話ではなく、

:この現実で起こっている、極めて真面目な問題の話なんですが。

:被害者はスーパーでも、本屋でも、ゲームショップでも、個人経営の駄菓子屋でもない、

:あなたのお子さんと同じ、一人の子どもです。

:仮にそうでなかったとしても、子どものやったことだから、なんです?

:被害者が先に挙げた何者であれ、この場で犯されたのは、紛れも無い犯罪行為。

:それを、加害者からの謝罪の一言も、反省の意志すらも無いのに、笑顔で許せと仰るんですか。

:生憎と私も被害者も、聖人でも神様でも、ましてや卸し問屋でもありませんよ。

:あなた方の為に世界が回っているわけではないことくらい、ご理解頂けるでしょう。

:それと、根本的な話を申し上げますが、

:その言葉は、加害者が悪びれ無しに使う言葉ではなく、

:被害者側が、ある程度の情状酌量の考えがある場合に用いる言葉です。

:少しは考えて物を言ってください、話し合いの意義が薄れます」

:ああ、はい、もう宜しいですか。

:まだまだ続きはありますが、まあ、時間が勿体無いですものね。

:で、多少はご自覚頂けますか、ご自身の状況が。

:あなた方の発言には、隅から隅まで、責任逃れの意志しか無いんですよ。

:話の冒頭で申し上げました通り、

:被害者はなにも、壊れた物を返せ、と言っている訳では無ければ、

:弁償しろ、と言っている訳でも無い。

:では、なにか。

:たった一言、ご子息本人の口から、心からの謝罪が欲しい。

:これだけなんですよ、彼の要望は。

:色んな恨み辛みを押さえ込んで、たったこれだけで手を打とうと、

:百歩、千歩、万億と譲歩しているんです。

:いや、元々最初は、それで済む程度の規模の話だったはずなんです。

:そんな子ども同士の些細な小競り合いが、

:「ごめんなさい」の6文字すらも言えなかったばかりに、

:ご両親を巻き込み、私を巻き込み、ひいては、学校全体を巻き込もうとしているんですよ。

:不毛だとは思いませんか。

:馬鹿馬鹿しいとは思わないんですか。

:こんなどこの馬の骨とも知れない、たった一人の男(女)に、

:子どもの前で好きなように罵倒されて、言い返すことも出来ないご自身が。

:悪いことを悪いとも思えず、謝るべき時に謝ることも出来ず育ち、

:そしてご子息をも、そう育ててしまったご自身が。

:(溜息、又は舌打ち)

:……情けないともなんとも思わないのかって聞いてんだよ!!

:いつまでだんまり決め込んでるつもりだ!!

:散々自分たちに都合の良いことだけ言い連ねて、

:雲行きが悪くなったら、今度はこっちが妥協するまで黙秘の一手ってか!?

:この期に及んで、どこまでガキじみた無様を晒せば気が済む!!

:そうやってあんたらが、いつまでもみっともなく責任から逃げ続けるから!

:被害者の彼が!

:そして、あんたらの子どもですらもが!!

:こんな下らない事で癒えない傷を負って、

:今もまさに、その傷を広げ続けてるってことに、まだ気付けないのか!!

:自分たちの一時の恥や、外聞如きのために、

:二人の子どもを殺そうとしてんだぞ、あんたらは!!

:そのご立派な上っ面に付いてる口は、そんな事しか喋れないように出来てんのか!!

:一言ぐらい言い返してみたらどうなんだよ!!

:なあ!!

:……失礼。

:少しばかり、私情の熱が入ってしまいました。

:担任は月曜の放課後、改めて学級会議を開くそうです。

:それまでにどうするべきか、よく話し合われることですね。

:……願わくば、私がもう一度、ここに出向くような事態にならぬよう。

:賢明な判断と行動を、期待しますよ。

:誰かの宝物の価値は、他人が決めて良いものじゃない。


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