ふたりいる
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:この世界には、私が、ふたりいます。
:
:これだけを聞いても、きっと、どういう意味か、と、問われることでしょう。
:しかし、私には、これ以外に、言い様が思い付かないのです。
:これが、これだけが、ただの事実でしかないから。
:いるんです。
:私が、ふたり。
:
:……すみません、私もまだ、理解も出来ていないし、慣れることも、出来ていなくて。
:いえ、理解も慣れも、してはいけないんだと思うんです、これは。
:だって、おかしいじゃないですか。
:私は私しかいないはずなのに、私以外の、私としか思えないモノが、いる、だなんて。
:
:危害を加えてくる、だとか、心を惑わすような言葉を話す、だとか、
:そういうことを、されている訳では、ないんです。
:いや、むしろ、そうしてくれた方が、万倍マシ、とでも言いますか。
:ヤツは……アレは、動かないんですよ。
:本当に、ただ、そこに居るだけで。
:私と全く同じ顔をして、私と寸分違わない背格好をして、
:私の家に、私の視界に、時を選ばず不意に現れては、
:そこにじっと立って、じぃっとこちらを、ひたすらに、見つめてくるだけなんです。
:喜びも、怒りも、哀しみも楽しみも感じさせない、
:私が、誰よりもよく知っている、私の顔で。
:それだけ、そう、それだけなんです。
:それが、それだけのことがどんなに恐ろしく、気が触れそうになるほどおぞましいのかは、
:当の立場にならなければ、到底分からないでしょう。
:神出鬼没、なんて言葉が、一番適切なのかもしれませんが、
:いっそ、アレの姿形が私ではなく、神や鬼だったのなら、
:どんなに気楽だったかと、心底思いますよ。
:都市伝説なんて信じていやしませんが、ドッペルゲンガーなんてものが本当にいるとして、
:アレがそうだとするなら、一刻も早く、一思いに殺してくれと、嘆願してしまいたくなる。
:家に帰ったら、廊下の奥に、いる。
:扉を開けたら、部屋の隅に、いる。
:風呂の曇った窓、台所の磨りガラス、鏡に映る私の背後、ベランダや、庭に面した窓の外。
:そんな日常の景色の向こう側にも、
:ぼんやりと、いる。
:ふと振り返ったら、何気なく目を閉じて、開けてみたなら、
:眼前に、いる。
:どこに居ても、何をしていても、
:目を逸らしても、考えまいとしてもアレは、
:隙間や影、暗闇の中でさえ、どこにでもいる気がして、見られている気がしてならない。
:得体も意志も知れない「何か」は、ただそこに居るだけ、視界の端で佇んでいるだけで、
:いとも容易く、ひとりの人間の精神の、
:芯も、髄まで、あっさりと蝕み尽くすんです。
:
:こうして嗚咽を残している今まさに、この瞬間にも、
:私は正面から、或いは背後から、アレの視線を感じているんです。
:見ている、見るな、
:見ている、見るな、
:見ている、見ている、
:見ている見ている見ている見ている……
:……何を、見ているんだ。
:お前は一体、なんだ。
:私は、私が、私に……
:私であって、私でない、私とは違う、私でしかない、
:私、私、わたし……は、
:わたしは、私だ。
:お前じゃない。
:私は、わたし一人しか、いてはいけないんだ。
:わたしが私でも、お前が私であろうなど、あってたまるものか。
:私は、わたしだ。
:わたしは、私だ……
:……わたしだ、私だ、
:わたしだ!
:私だ!!
:わ た し だ !!!
:
:何故、お前はそこにいるんだ。
:どこから来て、何のために、私を苛むのだ。
:どうして、いつから……
:……いつから?
:いつから、アレは……?
:私が、アレが、私を、いつ……?
:……ああ、そうだ。
:思い出した。
:思い出しましたよ。
:アレが現れたのは、ヤツが見え始めたのは、
:今と全く同じような話を、今のあなたと全く同じように、誰かから聞かされた。
:その時からだ。
:ならば、当然。
:これを聞いた誰かにも、あなたにも、いずれは……
:もしくは、すぐに。
: うるさい。
:ちょうど良いじゃないですか。
:きっと今までのあなたは、私のことを、頭のおかしいやつだと、そう思っていたでしょう。
: しゃべるな。
:だったらあなたも、味わってみたらいい。
:目に映る虚ろな己自身に、ただただ眺められ続けるという、
:そんな、心を劈くほどの、一縷の狂気を。
: しずかにしろ。
:うるさい、うるさい。
:だまれ、だまれ。
:わたしは、わたしだ。
:わたしが、わたしだ。
:
:抜粋、『囚人11511号の聴取記録』。
:以降、原因不明の音声の不具合により、解読不能。
:
:
: い
: た
: 。
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