隠(なばり)の巫女のミコト

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(役表)

夕都♂:

ミコト♀:

N不問:

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N:これは、今より昔々のお話。

  人里離れた山の麓に、一つの村があった。

  それほど大きいわけでもなく、しかし小さいわけでもなく。

  そんな村より、三十間ほど離れた小高い丘に佇む、真新しい小柄な神社。

  その中から漏れてきたのは、呻き声ともとれる、ミコトの苦悶の声だった。


ミコト:……ユーウートぉ~……

    お腹減ったぁ~……


夕都:だーかーらぁー、今作ってやってんだろー。

   何も手伝わないんだったら、大人しくそこで座ってろ。

   全く……一体何回目だよその台詞。


N:溜息混じりに返しながら、食欲を唆る香りを振り撒きながら料理を続ける夕都。

  ただでさえ空腹に苛まれているミコトは、卓袱台の周りで翻筋斗打っていた。


ミコト:だってぇ~……


夕都:だってじゃない。

   もうちょっとで出来るから、とにかく大人しく待ってろ。


ミコト:うーーーー……


N:その言葉を最後に、再び料理に戻る夕都。

  包丁が俎板を叩く音や、汁物が煮え立つ音が閑静な台所に響く中、夕都はぽつりと声を零した。


夕都:……しっかしなぁ……


ミコト:ん?


夕都:そんなんで神様に仕える巫女だなんて、未だに信じらんないな。

   寝転がってばっかで惰性丸出し、食欲ばっかり旺盛で、煩悩垂れ流しじゃないか。


ミコト:なんか、凄い酷い言われようだね……

    そりゃあ、自覚はしてるよ?

    でも、誰だって食べなきゃ生きられないもん。

    巫女だからって欲望に従っちゃいけないなんて決まりは無いよ!

    神様だってそう言ってるし!


夕都:あー、はいはい。

   お前は二言目には、「神様だってそう言ってるし」だもんな。

   そんなくだらない事にまで、いちいち神様のお告げなんてあるもんかよ。


ミコト:ほんとにそう言ってるんだから、しょうがないじゃない。

    私にはそれが分かるの。

    なんたって、神様に仕える巫女だからね!


夕都:あーそうかいそうかい、凄い凄い。


ミコト:夕都全然信じてないでしょー!


N:頬を膨らませた後、拗ねたのか部屋の隅でいじいじするミコト。

  そんなミコトの様子を横目で見ながら、夕都は、数年前の「あの日」を思い出していた。

  長期間に渡る強い日照りの影響で、不作と飢饉が続き、

  村全体の存続に関わる規模の食糧難に見舞われていた村に、

  誰も気付かぬ内に、突然其処に、それらは現れた。

  粗末で小さな一軒の神社と、天真爛漫で破天荒な、一人の巫女。

  その日、その時のことを。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


[回想]


夕都:巫女様?


N:奇怪な物を見るような目で、夕都は目の前の少女を見据える。

  ざわめく村人達の前で佇む少女は、意気揚々と語り始めた。


ミコト:そう。

    私はこの村を救う為にやって来た、由緒正しき巫女である!

    貴方達が私の神社にお参りとお供えをしっかりとしてくれれば、

    私の神通力……じゃなくて、偉大な神様のお力で、この村の不作は解決するでしょう!


夕都:……もうちょっと、まともな嘘は思い付かなかったのかよ?

   どんだけ露骨な宣教師でも、もっと説得力のある謳い文句掲げてくるぞ。


ミコト:うっ……


夕都:そもそも、ただでさえどこの家の田畑も何も育たないんだ。

   みんな自分の飯を拵えるので精一杯な状態なのに、そんな得体も知れない奴にお供えなんて出来るもんかよ。


ミコト:うぅぅ……

    じゃ、じゃあ、私が今此処で、何か信用するに値する力を見せればいいわけね?


夕都:……は?


ミコト:そういう事なら、今から私は君の心を読んでみせます。


夕都:……馬鹿馬鹿しい。

   嘘八百を並べられるのは、狐に化かされた時だけで十分だ。


N:夕都は呆れ気味にミコトに背を向け、さっさと立ち去ろうとする。

  ミコトは、そんな夕都を引き止めるように話し始めた。


ミコト:貴方達の村が不作に襲われているのは、この天候のせいにしてるみたいだけど、

    実際のところは、どう思ってる?


夕都:……え?

   なんだそれ、いきなり何を……


N:夕都の訝しげな顔を見ながら、ミコトは得意げな表情で無言で頷く。

  そして、ある程度読み取ったと言わんばかりに、口を開いた。


ミコト:……ふむふむ、なるほど。

    自分勝手なお代官様が、好き放題に作物を取り立てるから、

    なけなしの備えまで、どんどん減ってっちゃうのね。


夕都:!?


ミコト:「なんで俺の考えてる事がわかるんだこいつ……」って思ってるね?

    ふふーん、これくらいだったら、お茶の子さいさいだよ!


夕都:……あんた、本当に何者なんだよ……?


ミコト:だーかーらー、最初から言ってるでしょ?

    正真正銘、神様に仕え、神様の意を人に伝え、神様と人との架橋となる!

    貴方達を救いに来た巫女様だよ、って!


夕都:巫女って、そんなもんだっけ……?


ミコト:こ、細かい事はいいの!

    とにかく、お供えは流石に無理みたいだから、毎日必ず村の一人はあそこの神社にお参りに来る事。

    それを続けてくれれば御神力が集まって、この村を助けてくれるから。

    お供え物は、ちゃんと作物が育つようになってからでも良い。

    これでどう?


夕都:………………


   (M)

   俺はまだ少し疑心暗鬼に駆られていたが、ただでさえ貧困に困り果てていた村人達は、

   簡単にこの変梃な巫女の言葉を信じ、毎日神社にお参りに通い始めた。

   普通ならば、誰も乗せられないであろうこの巫女の口車に、村中が乗ってしまう程に、

   皆、藁をも掴む思いだったからだ。

   しかし……


N:お参りを続けてしばらく経ったある日、恵みの雨が降り注いだ。

  それも一日だけではなく、定期的に雨天が訪れるようになったのである。

  村人達が歓喜の声をあげ、ミコトとその神様を感謝感激雨霰と奉る中で、

  夕都は一人、この現実が信じられず茫然としていた。


夕都:……はは、嘘だろ……?

   まさか……全部ほんとだったなんて……


ミコト:なーにーがっ?


夕都:ぉわっ!?


[回想終了]

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ミコト:何ぼーーーっとしてるの?

    お味噌汁沸騰してるけど……


夕都:あっ、やば……!

   っていうか、気付いてたなら火消すとかしてくれよ。


ミコト:えー。

    だってー、大人しくしてろーって言われたからー。


夕都:なんでそんな不満気味なんだよ……

   まあ良いや、とにかく飯出来たから、さっさと食え。


ミコト:わーい!

    えへへ、いただきまーす!


N:白米と味噌汁を口の中に掻き込みながら、満面の笑みを見せるミコト。

  その様を、夕都は頬杖をつきながらぼんやりと見ていた。


ミコト:ん、なに?

    私の顔に何か付いてる?


夕都:ご飯粒。


ミコト:えっ、嘘?

    どこ、どこ?

    取って!


夕都:自分で取れ。


ミコト:えー、けちー!


夕都:俺が取ってたら、夜が明けるくらい付いてる。


ミコト:むー……

    でもさ、ほんと夕都の村で取れる食べ物って美味しいよね。

    お供え名目でこうやって食べさせてもらってるけど、どれもこれも箸が進むし。


夕都:……まあ、あの悪代官の目的もそれだったからな。

   俺の村は結構、色んな野菜とかの隠れ名産地って一部じゃ言われてるからな。

   その噂を何処からともなく聞きつけてきて、理不尽なくらい取り立ててくんだよ。


N:あからさまな苛立ちを表情に出し、強く拳を握りながら呟く夕都。

  それほどまでに、現在夕都の村を治めている代官は悪名が高く、傍若無人を絵に書いたような人物なのである。

  ……そんな夕都を他所に、ミコトはというと。


ミコト:おかわりー!


夕都:はぁ……


ミコト:ん?


夕都:拍子抜けした。

   こんなこと俺ばっかりが気にしてても仕方ないしな。


ミコト:???


夕都:(M)

   本人の前では言えないが、こうして飯を満足に拵える事が出来るようになったのも、

   村の作物がよく育つようになったのも、全部このミコトのお陰に他ならない。

   だから俺は毎日こうして、神社を訪れてはミコトの遊び相手になったり、

   そのついでに飯を作ってやったりしてる。

   それもまた、ミコトの要求だったから。

   ただ、俺とミコトがこうしている事は、村の誰も知らないし、教えないのが約束だった。


ミコト:(M)

    私は、居場所が欲しかっただけかも知れない。

    人とは違うこの力を人の為に使って、人とは違うということを蔑まれた私にも、

    人と共に、居られる場所があると。

    私を馬鹿にした人達を、見返してやりたいと。

    ……最初は、それだけだった。

    でも、今は違う。

    人の為に力を使って、こうして一つの出逢いがあった。

    疎まれようと、蔑まれようと、嘯いていると罵られようと、私は此処に居たいと望んでいる。

    ……たとえ、悍ましい心の持ち主が、私を怨んでいると感付いていても。


夕都:どうした、ミコト?

   珍しく難しい顔して。


ミコト:えっ、べ、別にそんな顔してないよ?


夕都:そうか?

   それなら、別にいいけど。


ミコト:……うん。

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N:それから、数日が経ったある日のこと。

  いつものようにお供え物を持って神社に向かう夕都は、見慣れない男達と擦れ違い、

  その男達の風貌の悪さに、何とも言えない不信感と不快感を感じた。


夕都:(M)

   あんな奴等、村にいたっけか……?

   ていうか、なんで神社のほうから……?


夕都:ミコトー、来たぞー。

   これ、お供え。


ミコト:……あ、夕都?

    いらっしゃい。


N:偶然なのか、ミコトは裏口の扉の前に立っており、箒を握ったまま、少し呆けた様子だった。

  しかし夕都は、その出で立ちの違和感にすぐに気付いた。

  そこまで大きくはないが、手足や顔の各所に傷が見られたのである。


夕都:……ミコト、どうしたんだ、その怪我?


ミコト:えっ、ぁ……えっと……

    掃除してたら、その、転んじゃって……


夕都:……そっか。

   気を付けろよ。


ミコト:うん。


夕都:(M)

   すぐに、嘘だと分かった。

   ミコトが、嘘も下手で、誤魔化しも全く出来ないと知っていたから。

   それでも、真意を訊かないのは、自分なりの気遣いのつもりだった。


N:気まずそうな表情で押し黙るミコト。

  何か言おうと口を開くが、またすぐに閉じてしまう。

  それを何度も繰り返しては、顔を逸らす。

  やがて、沈黙に耐え切れなくなったかのように、意を決したミコトが恐る恐ると言葉を発する。


ミコト:あのね……夕都、いきなりこんな事言うと、きっと凄く嫌な気持ちになると思うんだけど……


夕都:なんだよいきなり……妙に改まって。


ミコト:……っ……あのね。

    明日から……もう、此処には来ないで欲しいの。


夕都:……は? なんで、


ミコト:聞かないで!

    ……なんにも聞かないで、なんにも言わずに、もう……帰って。

    お供え物も、もう……いらないから、

    ……もう、私には関わらないで。


夕都:お、おい、ミコト!


N:夕都の反論よりも速く、ミコトは乱暴に扉を閉め、鍵を締めた。

  状況が全く飲み込めない夕都は、口こそ動けど、身体を制止に動かす事が出来なかった。

  そしてそれ以上に、扉の向こうから聞こえてくるミコトの声が、

  夕都の心身に、それ以上の追及を許させなかった。


ミコト:……ごめんなさい……夕都……ごめんなさい……!


夕都:…………ミコト……

   ……くそっ、なんで……なんでだよ……っ!


N:扉を挟んで背中合わせの二人が過ごした時間は、およそ半日にも及んだ。

  しかし、何一つとして好転しない状況は、やがて夕都を家路へと導く。

  何も出来ず、理解も許されない理不尽な現実もまた、皮肉にもその背の後を押していた。

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夕都:(M)

   それからの俺は、例えるならば抜け殻だった。

   何も分からない、何も出来ない葛藤に悩まされながら、ただ茫然と日中を過ごし、悄然と夜を明かす。

   そんな日々を、惰性のままに続けていた。

   最近、あの悪代官が、村に何やら御布令を出したようだが、そんな事には全く興味も湧かなかった。

   ……そして、あの日から数週間が経ったある日のこと。

   虫の報せ、とでも言うのか。

   何か、良からぬ予感が突然、俺を突き動かした。


夕都:……行って……みるか。


N:村の門を潜る夕都。

  夜が明けて既に時間も経っているというのに、いつもの太陽の顔は見えず、薄暗い曇天が空を包む。

  そんな仄暗い朝に、夕都の心にも暗然と嫌気が射し込んでいた。


夕都:……なんなんだよ……


   (M)

   心の中に、苦い灰汁のようなものが張り詰めている。 そんな、理由も分からない辟易。

   神社への石段を一段、一段、また一段と登る度に、気鬱は増幅する。

   そして……神社に着いてから異変に気付くまで、そう時間はかからなかった。


夕都:裏口の門が……開いてる……?


N:あの日、頑なに閉ざされた小柄な裏口。

  その木製の引き戸が、乱暴に開け放たれていた。

  以前なら考えられない無用心さに、夕都の予感は更に悪い方向へと加速する。


夕都:ミコト! ミコト!

   いるなら返事しろ、ミコト!!


ミコト:……っ夕都……!?

    来ちゃダメ、来な……ぁぐっ!


夕都:ミコト……!? どこだ!!

   ……くそっ……本堂のほうか……!?


N:狭く入り組んだ廊下を、夕都は無我夢中で走り抜ける。

  微かに聴こえるミコトの声と、徐々に強まる悪臭を手掛かりにしながら。


夕都:(M)

   なんだよ……この、唾液を敷き詰めたような溢れかえる生臭さは……

   ……っ!?


夕都:ミコトっ!!


N:本堂の中央、凛然と佇む大黒柱と、その身を白く汚して、ミコトは其処に伏していた。

  そして、その淡い白色を含んだ柔肌を一片も余すところも無く蹂躙したであろう影は、

  別の出口から逃げ去っていった。

  その数は、十ほどはいただろうか。


夕都:っおい、待て!!

   ……くそっ!

   ミコト……おい、ミコト!!


ミコト:……夕都……何で……

    来ないでって……言ったのに……!


夕都:馬鹿、何言ってんだよ!!

   それに、なんなんだよ、さっきの奴らは……!!


ミコト:………………


夕都:……なあ、ミコト……一体何があったんだよ……!

   俺には、絶対に言えないことなのか?


ミコト:………………


N:押し黙るミコトに、夕都は一枚布をかける。

  しかし、ミコトは何も言わず、夕都の方を見ようともしない。

  そんなミコトの両肩を掴んで、無理矢理自分の方を向かせる夕都。


夕都:そんなにされてまで、それでも隠し通さなきゃいけない事って一体何なんだよ!?

   俺はお前に、何もしてやれないってのか!?

   あんなに一緒に居た俺にすら、何も、何も知る資格も無いってのか!?

   なんとか言えよ、ミコト!!


ミコト:……っ……夕都……痛いよ……!


夕都:あっ……ごめん……


ミコト:……ごめんね……

    全部……全部、話すから……その前に、着替えさせて……


夕都:あ、あぁ……


N:そう言って、本堂から出て行くミコト。

  数十分、一時間と経ってもなかなか戻って来なかったが、夕都は様子を見には行かず、

  必死に無心になろうとしながら、本堂の掃除をしていた。

  そして、一時ほど経つと、少し落ち着いたのか、多少光のあるミコトが戻ってきた。


ミコト:お待たせ。


夕都:ああ。

   ……全部、話してくれるんだよな。


ミコト:……うん。

    ここじゃなんだから、少し場所移そう?


N:そう言って、ミコトは夕都を庭に面した縁側へと連れて行った。

  そこから見る外は、相変わらず、灰色の雲が空を覆い、鳥の囀る声も聴こえない。

  夕都の隣にゆっくりと座るミコトと同じく、今にも泣き出しそうな。

  そんな暗鬱な空だった。


ミコト:どこから……話せばいいかな。


夕都:どこからだっていい。


ミコト:……じゃあ、夕都が聞いて。

    ちゃんと、答えるから。


夕都:……それじゃあ、いきなりだけど……さっきの奴らは何なんだ?

   ただの、そこら辺に居る破落戸ってわけじゃないんだろ?


ミコト:……あの人達はね、この辺一帯を治めてる、お代官様の手下。


夕都:なっ!

   ……なんであいつなんかの差金が、お前にあんな事を……!


ミコト:理由は……前々から分かってたの。

    夕都も知ってる通り、私は、この神社ごと、この土地に突然やって来た。

    それで、お参りとかをしてもらって、夕都の村は豊作が続くようになったでしょ?


夕都:ああ。

   それは紛れもない事実だし、感謝もしてるよ。

   でも、それがなんで。


ミコト:それが、お代官様にとっては、面白く無かったんだと思う。

    自分が好きなように治めていた村に、突然現れて、

    自分よりも信仰と信頼を集めてた私が、邪魔だと思ったんじゃないかな。

    だから、ある時私に忠告しに来たの。

    「今すぐに此処から立ち退け、さもなくば、あの小僧の命は無い」って。


夕都:まさか……だから、俺に二度と来るな、なんて言ったのか?


ミコト:そう……ごめんね。


夕都:馬鹿かよ……!

   俺が人質にとられてたわけでもないのに、なんでそんな下らない要求を馬鹿正直に!


ミコト:怖かったの!!

    最初は、聞く耳なんて持つ気も無かったよ!

    でも、村を治めてるとなれば、やろうと思えばそれくらい朝飯前なんじゃないかって……!

    私の勝手で、みんなに、夕都の身に危害が及ぶのが、怖かったから……!!


N:一帯が静まり返る。

  肩を震わせながら、ぎゅっと拳を握るミコト。

  その隣にいながら夕都は、何も言う事が出来なかった。

  ……そして、長い沈黙の後。

  ミコトは庭へと出て、夕都に背を向けながら一言だけ呟いた。


ミコト:………私ね、神様なの。


夕都:……え?


N:目の前の巫女の突然の発言に、思考回路が停止する夕都。

  そんな夕都の視線の先で、ミコトは背を向けたまま言葉を続ける。


ミコト:この神社の巫女ってみんなには言い張ってるけど、本当の役割は、神様そのもの。

    夕都達の村が干魃なんかで無くなってしまうのは、上から見ていても嫌だったから、

    他の神様には止められたけど、私の独断で村を助けたの。


夕都:……そんなこと……


ミコト:あはは……信じられないよね。

    でも、全部、全部本当。

    本来なら、こうやって自分が神様だって明かす事も御法度なんだけどね。


夕都:じゃあ……なんで、あんな糞みたいな代官なんかに、人間なんかに言いなりになってるんだよ?

   神様なら、言い分に従う必要なんて……それこそこの世から消し去ることだって。


ミコト:郷に入らば郷に従え、って言うでしょ。

    人間界で人間として過ごしている以上、自分で決めた役目以外で、

    無闇矢鱈と、御神力を使うわけにはいかないの。


夕都:たとえ、その身を穢されても、か……?


ミコト:そう。


夕都:……わかんねえよ。

   それじゃあ結局、やりたいようにされてるだけじゃねえか!

   神様の都合だかなんだか知らないけど、そんなものに縛られてたらミコトの身がもたない!


N:そう言ってミコトの腕を取ると、そのまま神社の外へと連れ出そうとする夕都。

  突然の行動に、ミコトは激しく動揺する。


ミコト:ゆ、夕都?

    どこ行くの?


夕都:俺の村。

   あそこに居たんじゃ、ミコトの身に何が起こるか分かったもんじゃない。

   幸い村にはミコトの信仰者も多いし、匿うとなれば協力者も多いはずだ。


ミコト:えっ、でも……夕都……!


N:ミコトの言葉も聞かず、夕都はそのまま村へと入っていった。

  村の救世主であるミコトを守る為とあらば、村一丸にもなれるはずだと、そう信じて。

  しかし……

夕都:……なんだよ……どういうことだよ、これ……


N:その時村にあったのは、世にも残酷な空気だった。

  誰もミコトの名を呼ばず、聞かず、見ようとすらもしないどころか、

  目が合いそうになると慌てて視線を逸らし、自分の家へと逃げるように入ってしまう。

  茫然とその様子を観る夕都に手を握られたまま、ミコトは消え入りそうな声で話し出す。


ミコト:この村全体に新しい御布令が出てるの……

    「如何わしい神社の巫女に一切、関わるべからず」って。

    私と話した人、私について話した人、私を見ただけですら、厳罰に処されるんだ、って。


夕都:……そんな……

   あんな奴の御布令に、皆して馬鹿正直に従ってんのかよ……

   裏じゃ口癖みたいに陰口叩いておきながら、我が身可愛さに、村の恩人を見捨てるってのかよ!


ミコト:……仕方ないよ。

    誰だって、与えられた命は一つ。

    一つしか無い大事な命を捨てるくらいなら、安全な道を通りたいもの。


夕都:だからって……だからって!


ミコト:だから、夕都も……さ。

    もう、金輪際私には、関わらないほうが良いよ。

    こうして夕都が、私を村に入れてることが、どれほど危険なことか、きっと村のみんなも分かってる。

    私と違って夕都は、村の一員なんだから、今ならまだ、言い訳が作れるかも知れない。

    ……私は、大丈夫。

    なんてったって、神様なんだから。

    ……ね?


夕都:ミコト……なに、言って……?


ミコト:……だから、さよなら。


夕都:っ!?

   ミコト!!


N:惜別の言葉を最後に、ミコトは夕都の手を振り払い、村から走り去っていった。

  そんなミコトを、夕都は追い掛けることもできず、ただ地を叩く事しか出来ずにいた。

  その二人を見下ろす哀惜の空もまた、翳りを増して、陽光を無情に遮り続けている。

  さながら、地に降りた神を、見放すかのように。

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夕都:(M)

   その日の夜は、雷雨が降り注いだ。

   天はこれほどまでに残酷なのか。

   空はこれほどまでに、俺を見下すのか。

   雨が身を濡らしながら冷笑し、雷は心を打ち付けるように嘲笑う。

   だが、それでも俺は、何もかもに納得がいかなかった。

   だから……!


N:夕都は豪雨の中、身に叩き付けられる水の礫も意に介さず、再び神社へと駆けていた。

  虫の報せよりも、もっと悪いもの。

  直感よりも忌々しい警告が、雷鳴を掻き消すように夕都の頭蓋の中で鳴り響いて、その身を動かしている。

  夕都は神社へと辿り着くと、土足のまま上がり込み、只管にミコトを探した。


夕都:くそっ……俺は馬鹿だ……!

   あの時無理矢理にでも引き止めてれば、こんな……!!


N:灯一つ入っていない神社の中。

  稲妻のみを光源として、視界は暗転を繰り返す。

  そして……再びミコトは見付かった。

  再び本堂で、再び床に伏した姿で。

  ただ、一度目と違うのは、その姿を汚していたものの色が白ではなく、紅であったということ。


夕都:……あ………ぁああ……ミコ……ト……?


N:愕然と歩を進めて、ミコトの傍らで膝をつく夕都。

  そんな夕都に気付いたのか、闇の中で、ミコトはうっすらと眼と口を開く。


ミコト:……ユウ……ト……?

    あは……来てくれたんだ……


夕都:……怒らないのかよ、なんで来たんだ……って。


ミコト:言って………欲しい、の……?


夕都:そんなわけ……あるかよ。


ミコト:……最期くらい……良いじゃない……?

    素直に……喜んだって……


夕都:……満足なのかよ……こんな……こんな理不尽な最期で……!!


ミコト:……満足、だよ……?

    ……私の役目は元々、村に恵みを与えて……それで終わりだったんだもの……

    ……その後も人の世に留まったのは私の勝手、だから……


夕都:…………っ……


ミコト:そんな顔、しないでよ……

    これでも、必死に明るく話してるんだから……


夕都:……だけど……こんなの……あんまり過ぎるだろ……

   なんで、人が人に振り回されて、こんな悲しい思いしなくちゃならないんだよ!!


ミコト:……人って……言ってくれるんだね………

    こんな、私でも……


夕都:……好きな奴が、人だろうが神様だろうが、関係あるかよ……

   それとも、人が神様を好きになるなんて、身分不相応だって、笑うか?


ミコト:……っ……ううん、嬉しい……

    ……ありがと……ね、ゆうと…………


夕都:……おい、ミコト……?

   ミコト、ミコト!!


N:宵闇の中、ミコトは夕都の腕の中で、静かに息を引き取った。

  暗がりに慣れた夕都の眼は、その表情を見て、涙を零す。


夕都:……なんで……なんであんな目に遭って……こんな死に方して……

   なんで、そんな顔で逝けるんだよ……

   ………飯食って腹一杯になって、昼寝してた時でも……

   そんな幸せそうな顔なんて、しなかったくせにさ……

   本当に幸せだったのか……?

   本当に……満足だったのかよ……?

   ……郷に入らば郷に従え、って言ったよな……ミコト。

   郷に従った結果がこれだって言うんなら、俺はそんなのは御免だ……!

   不条理も、理不尽も、真っ向から迎え撃って、完膚無きまでに叩き潰してやる!

   ……だから……さ。 嫌じゃなければ、見守ってくれよ。

   なあ、神様……!

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N:数年後、神社境内。

  一人の青年が賽銭を投げ入れ、お参りをしている。


夕都:久し振りだな、ミコト。

   いや、やっぱり、神様って呼んだほうがいいか?

   ……ま、いいか。

   散々ミコトって呼び捨てにしといて、今更、だよな。

   しばらく会いに来れなくて、悪かった。

   やっぱり、重役ってのは肩が凝るよ。

   でも、この立場でいられるのも、村を纏められたのも、全部全部、ミコトのお陰だ。

   ……正直、今でもお前が神様だっていうのは、信じきれてないのが本音だよ。

   一緒に過ごした時間は長かったけど、威厳なんて、全然感じなかったもんな。

   ……はは、悪い悪い、そんなにむくれるなよ。

   今度また、採れたての野菜をお供えに持ってくるからさ。


N:その時、遠くからお代官様、お代官様、という呼び声が響く。

  その声を聴いて、夕都はやれやれといった表情で境内から離れる。


夕都:ごめんな、ミコト。

   お呼びみたいだ。 また今度な。

   ……そんな顔するなって。

   また、すぐ時間を作って来るさ。

   それまでは、俺を……村を、見守っててくれよ。

   なあ、神様。


N:そう言って、夕都は、神社から立ち去っていった。

  かつて村を纏めあげ、一丸となって悪代官を追放した、その第一人者。

  その背を見送り、その姿を見守る様に、晴れ渡る天に、青年が愛し、青年に恋した、一人の守り神の姿。

  人の世からは見えないその表情は、無邪気で、慈愛に満ちていた。


ミコト:しょうがないなぁ……

    ……ま、これも私の役割、だよね。

    心配しなくても、夕都も、夕都の村も、ずっとずっと大丈夫だよ。

    ……神様だって、そう言ってるし、ね。


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