遠き愛しのパラレルワールドライン

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(役表)

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A:転生したい。


B:へえ。

  ……海老の尻尾食べないの?


A:食べない。


B:それなら、頂戴。


A:良いけど。

  海老の尻尾好きだったっけ?


B:割とね。


A:ふうん。

  ……海老の尻尾って、何と同じ成分かって知ってる?


B:ゴキブリの羽だろ。


A:なあんだ、知ってたんだ。


B:まあね。

  それにしたって、普通今のタイミングで言う?


A:嫌がらせしてやろうと思って。

  私は、海老の尻尾嫌いだし。


B:あ、そう……

  僕、君に何か粗相したっけ。


A:別に。

  言ったでしょ、ただの嫌がらせよ。

  聞き流して?


B:ああ……はいはい。

  ……じゃあ、話題は変わるんだけど。


A:なに?


B:君、デザートに抹茶アイス頼んだだろ。


A:ええ、頼んだわね。


B:あれ、蚕の幼虫の糞から出来てるんだってさ。


A:……へえ。


B:正確には、緑色の着色料が、だけど。


A:話題変わってないわよね。

  私に何か恨みでも?


B:強いて挙げるなら、数十秒前からあるかな。

  ただの仕返しだから、聞き流して良いよ。


A:……あぁそう。

  ところであなた、抹茶はお好き?


B:生憎、生まれつき重度の抹茶アレルギーなんだ。

  口に入れたら、瞬く間に死んでしまう。


A:初耳なんだけど。


B:今考えたからね。


A:良い医者を紹介しましょうか?


B:お気持ちだけで十分。

  だからどうぞ、抹茶アイスは自分で食べてくれ。


A:……不公平じゃない?


B:何が?


A:あなたは海老の尻尾を平然と食べてるのに、

  私はまだテーブルに来てすらいない抹茶アイスを食べる気を完全に削がれたんだけど。


B:恨むなら、その話題を始めた、数分前の君自身を恨んでくれよ。

  僕はそれに順応しただけだからね。


A:……物は言いようね。


B:ただの事実だけどね。

  それより、料理冷めちゃうよ。


A:ああ、そうね。

  ……いや、その前に、ちょっと良い?


B:なに?


A:いい加減、本題を置いてきぼりにし過ぎだと思うんだけど。


B:本題?


A:そう、本題。


A:私が最初に言ったじゃない、一瞬で流されたけど。


B:最初……?

  え、嘘でしょ?

  あれが本題だったの?


A:嘘って何よ。

  今この場で、そんな下らない嘘を吐く理由が、私にある?


B:そこまで本気になられると、僕は口を噤むしか無いんだけども……

  いや、だって、あんまりにもあんまりな……

  ……まあいいや、分かったよ。

  分かったから、そろそろ瞬きをしてくれ、眼が怖い。


A:はあ……

  全く、そんなに物分りの遅い男だとは思ってなかったわ。

  もう少しで、一生物のドライアイになるところだったじゃない。

  目薬と結婚させるつもり?


B:ええ……なんか、ごめん。

  それで、何だって?


A:何だって、って言われても。

  だから、転生したいの、私は。


B:いや、ごめん、順を追って訊くべきだった。

  まず、なんで転生したいの?


A:なんとなくよ、なんとなく。

  好奇心って言ったほうが、多少はまともっぽいかしら?


B:ああそう……了解。

  じゃあ次。

  何に転生したいの?


A:そうねえ……

  ファンタジーの住人が良いかな。

  魔法と剣と、ドラゴンが跋扈しているような苛烈な世界で、

  魔王を討ち滅ぼすべく立ち上がった、勇者パーティーの一員……

  の、身内が良いわ。

  欲を言えば、勇者の姉、とかが理想のポジション。


B:……また随分と、変わった趣向をお持ちで。


A:なんで?

  ある意味、最強のポジションだと思うわよ、勇者の身内って。

  どう転んだって、美味しい出番があるじゃない。


B:その心は?


A:そうねえ……

  じゃあ、ちょっとあなた、勇者やって。


B:やって?


A:説明するより、実際にやってみた方が分かり易いと思って。

  私自身の予行演習にもなるし、一石二鳥じゃない。

  やって。


B:あぁ……ええ……?

  おかしいな、何でこんな流れになったんだろう。


A:良いから早く。


B:んん……?

  まあ分かった、分かったよ、やるよ。

  じゃあ、せめて、ある程度の設定を頂戴。


A:そうね、じゃあ……

  「初めて手も足も出ない程の強敵に惨敗して、命からがら逃げ帰っては来れたものの、

   大事な仲間の一人をその戦いで亡くしてしまって、自暴自棄になってる勇者」。


B:わあ重い。

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(寸劇開始)


A:(咳払い)

  ……どうしたの、こんな所で。


B:っ!!

  ……なんだ、姉貴か。


  別に……どうもしないよ。


A:嘘。

  あんたが此処に居る時は、決まって、極端に落ち込んでる時よ。

  確か、最初にいたのは……

  あはっ、そうそう。

  人生で初めて、オネショしちゃった時だったわねー。


B:やめてくれよ……!

  ……今は……姉貴の軽口に付き合う気分じゃないんだ。


A:あーあ、いつからお姉ちゃんの事、「姉貴」って呼んじゃう不良になったんだか。

  ……ね、隣、座っていい?


B:………………


A:じゃあ、勝手に座ろーっと。

  ……はーっ、風が気持ちいいなー!

  こんなに長閑なのに、世界の終わりが近付いてるだなんて、とてもじゃないけど、実感湧かないよね。

  太陽も、風も、緑だって、こんなにもいつも通りなのにさ。


B:………………


A:……負けちゃったんだってね、随分手酷く。


B:……!?


B:なんで、それを……


A:一緒にいた魔法使いの子が、教えてくれたのよ。


B:……じゃあ。


A:ええ、聞いたわ。

  ……剣士の女の子、死んじゃったんですってね。

  貴方を、庇って。


B:ああ……

  ああ、そうだよ!

  情けないだろ!!

  腑甲斐無いだろ!?

  「お前は歴代最強の勇者だ」なんて言われながら育てられて、調子付いて、息巻いて村を出て……

  「村の皆の期待と、世界の希望をその身に背負う」なんて、大言掲げて出て行っておきながら、

  蓋を開けて見れば、強敵を避けて、弱いモンスターばっかり狙って一方的に倒して、

  優越感に浸ってただけの、勇者とは程遠い、ただの弱虫だった。

  ……分かってたよ、ちゃんと分かってたさ。

  道端にいるような雑魚モンスターを何匹倒したって、強くなんてなれやしない。

  そんなんじゃ、魔王を倒すどころか、城の麓にいるドラゴンにだって、勝てるわけ無い。

  心の奥底では分かってたんだ。

  そんな、当たり前の事くらい。


A:うん。


B:……怖かったんだ。

  自分と同じくらい強い奴、自分より強い奴が現れた時、俺は、ちゃんと闘えるのかって。

  だから、わざと手頃そうな奴ばっかり狙ってた。

  剣士と魔法使いにも、散々言われたよ。

  「そんなんじゃ一生強くなれない」、「いつ魔王を倒しに行く気なんだ」、

  「それでも勇者か」……って。

  そりゃそうだよな。

  俺がやってた事は、自己顕示欲を満たす為の、言ってしまえば、ただの弱いもの虐めなんだから。

  あんまりにもちっぽけで、あんまりにも傲慢な。

  ……そんなちっぽけで傲慢な勇者だから、魔王軍の幹部なんて奴が突然出てきても、何の対処も出来なかった。

  まともに剣を取る暇も無く、擦り傷さえ負わせられないまま、一方的に蹂躙されて。

  掛け替えの無い仲間の一人を奪われても、一矢すら、報いれなかったんだ。

  ……元々無理だったんだよ、俺みたいな人間に、勇者なんて。

  笑ってくれよ。

  いっそ、虚仮にし尽くされて、馬鹿にされ倒した方が、気も楽だ。


A:……ハァー……


B:…………?


A:……ちょっと、目瞑ってくれる?

  5秒くらいで良いから。


B:え、あ……ああ。


A:……良し。

  じゃ、しっかり歯食いしばっててね。


B:へ?


A:うぉおりゃあああぁ!!(思い切り平手打ち)


B:いっってぇええ!?


A:あら、当たっちゃった。

  駄目じゃない、勇者ともあろう者が、ただの村人Aのビンタなんてモロに食らってちゃ。

  防ぐか躱すかしないと。


B:っってえぇ……

  だって、目瞑れって姉貴が言ったんだろ!?

  何なんだよいきなり!?


A:……うん、まあそれは冗談として。

  死んだあの子が今この場にいて、今のあんたの話聞いてたら、多分こうしてただろうな、って思ったから。

  代打よ、代打。

  代殴り?


B:……え?


A:……勇者っていうのはね、なりたいと思ったって、誰だってなれる訳じゃないの。

  生まれながらに持ってるステータス、生まれてくる家系、勇者の系譜たる血統、その他諸々。

  それらを全部持って生まれて初めて、「勇者と呼ばれる素質がある」って程度。

  世界を救う為に、真に選ばれた人間っていうのは、生まれた時からそう決まってる物なの。

  確かにそれが重圧になって、まともに実力を出せないまま死んでいった勇者だって、

  歴代の中には何人もいると思う。

  ……だけどさ、あんたはその話も笑い飛ばして、

  「俺は絶対そうはならない」って自信満々に言ってさ。

  自分の意志で、勇者になる事を決意したんでしょ。

  あれは、嘘だったの?


B:………………


A:いい?

  あんたが今してるのは、歴代勇者への侮辱。

  そして、死してまであんたを守った勇敢な剣士への、この上ない冒涜。

  ……仲間の死を悼むな、なんて事は言わない。

  別れは、誰だって辛いものだからね。

  だけど、本当の勇者なら。

  本当に、勇者でいたいなら。

  別れを乗り越えて、仲間と歴代の遺志を継いで、より強くならなきゃいけないんじゃないの。

  もう二度と、こんな悔しい思いをせずに済むように。

  もう二度と、こんな、自分の無力を嘆くような事が無いようにって。

  違う?


B:……違わない。

  だけど……俺は……


A:……まあ、焦る事は無いわ。

  とりあえず今は、体と心をしっかりと休めなさいな。

  あんたの部屋は、すぐに使えるようにしてあるし、ご飯の準備もあるから。


B:……ああ。


A:なんて、ちょっとクサかったかな。

  んっしょ……

  じゃ、私は先に戻るけど、陽が落ちる前には帰ってきてよ。

  ご飯冷めちゃうし、この辺もまだまだ、夜は冷えるからさ。


B:ああ。


A:……なーんか、無愛想っていうか、スカしてるよねー。

  こんなに可愛気の無い弟だったかしら。


B:……ねえちゃん。


A:ん?


B:……ありがとう。


A:どういたしまして。

  んじゃね。


(寸劇終了)

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A:はい。

  どう?


B:何が?


A:もうこの後、勇者が一気にレベルアップする気しかしないでしょ。

  肉体的にも、精神的にも。


B:まあ、それは確かに。


A:こういう、普段は物語上においてはモブ程度の存在でしかない、勇者パーティーの身内が、

  一度大きな挫折を味わった勇者を励まし、覚醒させるきっかけを与えるっていう、

  そういうシチュエーションが大好物なわけ。

  私が。


B:君がね。


A:だから、もし転生するんだったら、そういう役どころが良いなって話よ。


B:うん……

  言いたい事は大体分かったけど、寸劇の必要あった?


A:あなたも結構ノリノリだったじゃない。

  正直、あそこまで熱入れてくると思ってなかったわよ。


B:……まあ、それを言われると。


A:痛くなかった?


B:痛いよ。

  本気のビンタだったもの。


A:ごめん、つい。


B:いいよ、別に。

  僕も、ちょっと楽しかったのは事実だし。

  でもさ、さっきの寸劇の内容に戻るけど、わざわざ挫折を経験させる必要は無いんじゃないかな?

  せめて、さっきの話で言うところの剣士の人は、瀕死程度に留めておくとか。

  何も、殺すまではしなくて良いんじゃないかって思うんだけど。


A:何言ってんの。

  人は、取り戻せない失敗をするからこそ、比べ物にならないほど強くなれるのよ。

  ファンタジーな世界の住人の、しかも、勇者という主人公補正バリバリな存在なら尚更。

  だから、さっき出てきた姉も、終盤には死ぬ。


B:あれ?


A:村ごと。


B:村ごと……


A:そして、闇堕ちした勇者は第二の魔王となり、自分を討ち滅ぼしてくれる勇者を待ち続けるのよ。


B:ああ……

  歴代勇者は、歴代魔王でもあったと。


A:そういう事ね。


B:救いが無さ過ぎる。

  というか、覚醒云々の話はどうしたの。


A:全てがハッピーエンドじゃつまらないわ。

  それに、覚醒させるっていうのが何も、良い方向にだけとは限らないじゃない?

  立ち直るきっかけになれるほど勇者にとって大事な存在なら、闇堕ちするきっかけにだってなり得るでしょう。


B:あ、そう……

  その場合、勇者の姉は、君の転生先であると仮定してるわけだから、

  君が死ぬ事になるのと同義だけど、それは良いの?


A:全然OK。

  寧ろ、姉への妄執を糧として、悪辣の限りを尽くして欲しい。


B:闇が深過ぎる。


A:……で、あなたは何か無いの?


B:何かって?


A:転生願望みたいなもの。


B:いや、僕は別に……

  というか、そもそも僕は、転生っていうものをあんまり信じてないし。


A:ほう。

  その心は?


B:……え、この話する?

  そこそこ長くなるよ?


A:良いよ。


B:良いんだ。

  ……じゃあね、えーっと。

  まず、転生っていうのは、

  「現世で一度死んだ後、改めて後世、若しくは異世界の住人として生まれ変わる」、

  って事だろ、ざっくり言えば。


A:ざっくり言えばね。


B:信じてないというか、考え方が違うって言うのかな。

  例えば君、さっきの話をしてから訊くのも何だけど、ファンタジーとか異世界って、本当にあると思う?


A:分からないけど……あるんじゃない?

  何処かの世界線には。


B:そう、正にそれ。

  世界線。


A:なに?


B:パラレルワールド、って、聞いた事無い?


A:まあ、言葉としては知ってるわよ。

  「今此処に在る現実とは違う、別の現実が、何処かに存在している」……みたいな。


B:うん。

  これは、個人的な見解になるんだけどね。

  パラレルワールドは、分離と結合を無限に繰り返す、時間軸が同期された永遠に並行する世界線であって、

  僕らは常に、それらの分岐を選択しながら生きている、と思ってるんだ。


A:……もうちょっと、分かり易く。


B:例えば、今僕達がいるこの世界線をAとするなら、

  このAという世界線として成り立つまでに、数え切れないほどの分岐があり、

  そしてそれらの分岐もまた、別の世界線として同時進行しているんじゃないか、って話さ。

  「そもそも僕達が出逢わなかった」世界線B、

  「今日此処に集まらなかった」世界線C、

  「今とは全く別の会話をしてる」世界線D、といった具合にね。

  そして、分岐の内容に関係無く、最終的に行き着く結果が同じなら、

  結合し、また僕達の一言一句、一挙手一投足に対応して、

  再び無限に等しい分離を繰り返し、何処かで幾つかが結合する。

  それを、ひたすら繰り返してるってこと。


A:……へえ。


B:興味薄そうだね。


A:いや、結局のところ、何が言いたいのかなって。

  あなたのパラレルワールド論はそこそこ分かったけど、転生観については、まだ聞いてないし。


B:うーん……

  まあ、無理矢理結論に繋げるのなら、

  僕は万一転生が出来たとしても、近隣に平行する何処かの世界線の同時間軸、

  若しくは、同じ世界線の、少し未来の方にしか行けない、と思ってるから、

  君みたいなぶっ飛んだ発想は出来ないよ、ってことかな。

  何百回と転生を繰り返せば、或いはそういうファンタジーな世界線へも、行けるかも知れないけど。


A:無理矢理ね。


B:無理矢理だよ。


A:一般人からしたら、あなたのも十分ぶっ飛んだ発想だと思うけど。


B:そうかな。


A:終わり?


B:もう少しある。


A:あらそう。

  どうぞ。


B:寝ないでくれよ。


A:善処するわ。


B:で、まあ世界線に対する見解はそんな感じとして、

  僕にももし有り得るなら、手に入れたかった力があるんだよ。

  現世でも、転生先でも良いけど。


A:なに?


B:世界線を、選択し、繰り返す力。


A:……どういう事?

  世界線は結合して、一つに纏まるんじゃないの?


B:纏まるけど、別にそれぞれの世界線が消滅してしまう訳じゃない。

  細い糸の束みたいに、次の分岐点まで纏まって進行してるだけさ。

  で、僕が言ってるのは、その世界線の束から、最も望ましい糸を手繰り寄せ、

  それを僕達が進む世界線にしてしまおうって能力。

  そして、最善と思しき結末を迎える選択肢を選び出せなければ、

  適度な時間軸に戻り、またそこからやり直すんだ。


A:……それはそれは、果てしなく気の遠くなる作業ね。

  まるでタイムトラベラーだわ。


B:タイムトラベラーですら、恐らく同じ世界線上の時間軸を行き来してるだけだからね。

  僕のこれは、それより遥かに重労働だよ。

  何度となく過去へ遡り、幾度となく世界線を跨ぎながら、

  大前提としてまず、「僕が生まれなかった」世界線を選択しなければならない。

  元々その世界線にいなかった人間が、途中からいきなり介入してくるのは相当イレギュラーな話だろうけど、

  同じ世界線に同じ人間が2人いるよりは、多少マシだろう。

  さながら、「世界線の調律師」、とでも言おうかな。


A:……はいはい、御苦労様。

  それで?

  その、「世界線の調律師」様から見て、この今居る世界線はどう?

  お気に召しまして?


B:ふむ、そうだね……

  さっきまでの一連の会話によって、君が267回目に転生する勇者の姉「リリイ」の死が確定し、

  それによって、同じくその世界線において、僕の転生先である勇者「アレン」の敗北、死も確定した。

  僕がもう少し肯定的な相槌を打っていれば、少しはマシな展開にはなっていたけど、

  そもそもこの結果を元から覆すには、かなり過去から修正しないといけないから、

  この会話が始まった時点で、ほぼ回避不可能な因果だったね。


A:あ、そう。

  因みにそれは、どの辺りから?


B:君が、抹茶アイスを注文した辺りからかな。

  注文しない、或いはチーズケーキだったなら、君の理想の「勇者の闇堕ちルート」に行ってたよ。


A:……そう言えば、来ないわね。

  もう結構、長いこと話してるのに。


B:そりゃそうさ。

  「食後にお持ちする場合は店員にお申し付け下さい」って言ってたのに、

  君はいつまで経っても、店員にお申し付け下さらないから。


A:気付いてて、黙ってたの?


B:いや、ここまで議論に熱中すると思ってなかったから、僕も忘れてたのが本音。


A:でしょうね。


B:うん。


A:……で?

  あなたはこの後、どうするの?


B:どうって?


A:その、267回目の転生後の世界線とやらを、修正するのかって。


B:いや、それはやめておくよ。


A:あら、どうして?


B:何度も過去からやり直して、都合の良い世界線を探し続けたって、

  結局、僕が僕である限り、実現可能な現実には限界がある。

  というか、何だかズルしてるみたいじゃないか。

  他の大多数の人間は、自分にとって都合の悪い世界線の中でも、我慢してその一生を全うしてるのにさ。


A:一応、罪悪感はあったのね。


B:それが芽生えたのは、結構遅かったけどね。

  ……それに、何度世界線を修正しても、それを毎度毎度狂わせ直す張本人が、目の前にいるんだ。

  無限に近い鼬ごっこを繰り返すくらいなら、今生きているこの世界線の、この時間軸を謳歌するさ。


A:そう、それは英断ね。

  私もこれ以上、転生先をころころ脚色される事に辟易してたから、丁度良かったわ。


B:……記憶があるのか?

  未来の事なのに?


A:あら、まだ気が付いてなかったの?

  あなたは、異なる世界線の、過去と現在を、幾星霜とループしてたつもりみたいだけど、

  あんまりにも同じ展開を見過ぎたから、処理能力とか感覚が麻痺して、

  その精度も、段々とズレてたんでしょうね。

  あなたはもう、世界線を選択する能力はおろか、過去へ遡る能力すらも、殆どまともに扱えていない。

  今私達がいるこの世界線は、初めてこの会話をした世界線から数えて、391回目の転生先よ。

  「世界線の調律師」は久し振りに聞いたから、思わず笑いそうになっちゃったわ。


B:……成程、そういう事ね。

  じゃあ、さっきまでの僕は、ただただ赤っ恥を声高々に垂れ流してたって事か。


A:まあ、良いんじゃない?

  私はそういう、小難しい話を自慢げに話すあなたが一番、等身大っぽくて好きよ。

  勇者だの王族だの、高貴なる血統の末裔だかなんだかより、ずっとね。


B:……そうかい、それはありがとう。

  ちょっとは救われたよ。


A:それは何より。

  じゃ、この話はこれでおしまいね。

  ……うん、即興にしては、結構説得力のある内容になったんじゃない?


B:そうかな。

  もう少し裏付けが欲しい所だな、僕は。

  しかし、即興でそれとは流石、オカルト研究会会長の肩書は伊達じゃないね。


A:あなたほどじゃないわよ。

  世界線がどうのって話とか、聞いてて頭がパンクしそうだったわ。

  あとは、ミステリー創作部部長のあなたの裁量で、いい感じに脚色したら?


B:冷たいなあ。

  寸劇にまで付き合わせておいて、最後にはそれかい?


A:寸劇は、あなたも楽しんでたでしょって。

  それに、元はといえば、「転生」をテーマにした対談の記事を書きたいとか何だかで、

  あなたが言い出した事でしょ。

  これだけ長々と付き合ってあげただけ、感謝して欲しいくらいだけれど。


B:それは勿論、感謝してるとも。

  だから、此処での飲み食いは全部僕の奢りって条件にしたし、

  君もそれにあっさり了承したんだろ。

  ちゃっかりデザートまで頼んじゃって。


A:あ、そうだ。

  また忘れかけてたわ、抹茶アイス。


B:蚕の……


A:やめて。


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