虫
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(役表)
A(不問):
B(不問):
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
A:おー。
B:おう。
A:どうしたの。
B:なにが?
A:何か朝からずっと、ぶすぅーっとしてる気がするけど。
B:そうか?
A:そうだよ。
B:そうか。
A:嫌なことでもあった?
B:いや、嫌なことって言うかな。
A:なに。
B:いや、ちょっと今朝から、アレの居所が。
A:アレ?
B:アレ。
A:アレってなに?
B:アレだよ、腹のアレ。
A:腹のアレの居所……?
虫?
B:それ。
A:悪いの?
B:悪いっちゃあ悪い。
A:どういうこと?
B:分からないんだよ。
A:ん?
B:アレの居所が分からない。
A:悪いんじゃなくて?
B:そう。
A:分からないの?
B:どっか行った。
A:どっか行った……
B:うん。
A:そんな事ある?
B:実際に、今そうなってるんだよ。
A:居ないの?
B:居ない。
A:虫が腹の居所に居ないの?
B:意味が分からないだろ?
A:意味が分からない。
B:そう。
だから、何かムカムカしてるんだよ。
A:虫だけに、ムカムカムカデ?
B:は?
A:ごめん。
B:どこ行ったんだろうなあ。
A:どっか行くもんなんだね、初めて知った。
B:同じく。
A:そもそも、なんで居なくなったの。
B:それが分かってれば苦労してない。
A:腹におさまってるのが嫌だったんじゃない?
B:アレが?
A:虫が。
B:腹に据えられてたのを、腹に据えかねてたってこと?
A:なんて?
B:いや、別に。
A:一理ない?
B:無理がある。
A:そうかな。
B:だって、アレだぞ?
A:虫だけどさ。
五分の魂くらいはあったんでしょ。
B:あいつ1寸もないよ。
A:大きさの話はしてないんだよ。
B:思うんだけど、1寸って、アレにしちゃそこそこでかいよな?
A:大きさの話はしてないんだって。
B:だったらなんだよ。
A:こっちが聞きたいよ。
ていうかさ。
B:なに。
A:なんでさっきから、アレとしか呼ばないの?
B:アレとしか言えないんだよ、言いたくても。
A:虫を?
B:アレを。
A:なんで?
B:分からん。
A:ええ……なにそれ。
どこに行ったか、心当たりは無いの?
B:分かるわけないだろ。
A:それもそうか。
でも、意外と近くに居るかもよ?
B:なんでそう思う。
A:灯台下暮らしって言うじゃん。
B:字が違うんだよ、灯台で寝泊まりはしてない。
分かりにくいボケをかますな。
A:分かりにくいって、誰に。
B:……なんでもない。
A:で、どうするの、真面目な話。
B:なにが。
A:困るでしょ、虫居ないと。
B:そりゃそうだが。
A:虫探し、しないのかなって。
B:手伝ってくれんの?
A:え、嫌だよ。
そんな義理も無いし。
B:うわ、腹立つ。
A:虫が居ないのに?
B:やっぱりお前は、アレが好かないわ。
A:虫が居ないのに?
B:……アレ酸(ず)が走りそう。
A:虫が居ないのに?
B:………………
A:………………
B:分かった、分かりました。
A:なにが?
B:手伝って下さい。
A:なにを?
B:アレ探し。
A:なんで?
B:アレが居ないと、不便が過ぎる。
会話すらロクに成り立たん。
A:ホイ来た、ひとつ貸しね。
B:はいはい。
A:とは言っても、実はどこに居るか、もう知ってるんだけどね。
B:え、なんで?
A:さて、なんででしょう。
B:そこで勿体付けるなよ。
A:じゃあ、ヒントね。
B:ヒント?
A:そもそも、なんで君が、不機嫌になってるって分かったと思う?
B:なんだそりゃ、それのどこがヒントだよ。
A:良いから良いから。
当ててみ?
そうすれば一発だから。
B:勘。
A:ブー。
B:当てずっぽう。
A:ブー。
B:暇潰し。
A:ブー。
当てる気ある?
B:いや、正直あんまり。
A:もー、頼んできたのはそっちのクセに。
B:それとこれとは話が別だ。
A:じゃあ、最大のヒントね。
勘っていうのは、割と近い。
B:……知らせ?
A:正解。
B:アレの?
A:虫のね。
B:お前が犯人か。
A:またまた正解。
B:よし、捥ぐ。
A:おー怖い怖……
捥ぐ?
B:捥ぐ。
A:どこを?
B:どこかしらを。
A:え、嫌だ怖い。
ぼんやりしてるのに、暴力性だけが明確なのが妙に怖い。
B:嫌なら返せよ。
A:それも嫌だね。
B:なんで。
A:なんで?
愚問だね。
1匹よりも、2匹あった方が良いに決まってるじゃん。
2匹も居れば、夏には立派な草になれるんだから。
B:ん?
A:そして、君はそのまま、惨めに枯れる運命なんだ。
お生憎様。
B:えーと……え?
A:なに?
B:お前、なんか勘違いしてないか?
A:なにを?
B:草になんかなれないぞ。
A:え?
B:なるのは草じゃなくて、キノコだ。
A:キノコ?
B:キノコ。
A:草じゃなくて?
B:キノコ。
A:……嘘だ。
B:嘘じゃない。
A:嘘だよ、字面からして、そうなるっぽいじゃん。
B:なんだよ、字面からしてって。
A:だって、「冬」に、
B:「アレ」に、
A:「夏」に、
B:「草」。
A:ほら、草でしょ。
B:キノコだよ。
A:騙されないよ。
B:騙してない。
名が体を表さない場合だってあるんだ。
お前がなんと言おうが、どう頑張ろうが、キノコはキノコにしかならん。
A:……マジ?
B:マジだ。
A:マジか……
B:分かったら、そいつ返せ。
こちとらもう、息がアレになりかけなんだよ。
A:虫の息?
B:それ。
A:……分かったよ、返すよ。
B:いやに素直だな。
A:なんか、拍子抜けしちゃった。
B:本気で草になれると思ってたのか。
A:あわよくば、花までいけると思ってた。
B:夢見過ぎだ。
A:今から、夢見草とかになれないかな。
B:なんだそれ。
A:なんか、でっかくて、春に綺麗な花びら散らしてるやつ。
B:そりゃ尚更無理だろ。
来世にでも期待しとこうぜ。
A:そんなのあるの?
B:分からん。
考えるだけならタダだろ。
A:まあ、確かに。
B:何がいい。
A:来世?
B:そう。
A:もう少し、自由な生き物が良いな。
歩いたり、走ったり、時々飛んだりも出来るやつ。
B:虫とかか。
A:まあ、それでもいいや。
君は?
B:別に、今のままで良いよ。
A:良いの?
つまんなくない?
B:良いよ。
今のままもう一回、同じモノに生まれ変わって、
もしお前が本当に虫になったら、その行く末を見届けてやるよ。
A:……案外、ロマンチストなんだ。
B:そうでもないさ。
A:………………
B:………………
A:……そうでもないね。
B:そうでもないだろ。
A:それダメなやつだよね?
B:気付くの遅いな。
A:やっぱダメだわ、他のにするわ。
B:ほぉ。
他のって、例えば?
A:例えば……そうだなぁ。
B:うん。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
A:うわっ。
B:ん、どうした?
A:何これ。
B:どれ?
A:これ。
B:ああ、冬虫夏草か。
よく見付けたな。
A:トウチュウカソウ?
B:虫に寄生する菌類だよ。
まあ、見たまんま、虫の死骸から生えてるキノコだな。
A:うえー、なんかグロテスク。
B:確かに、見た目はなかなかアレだよな。
でも、見た目こそこんなだけど、薬用としての効能もあるんだ。
案外、馬鹿にも出来ないよ。
A:詳しいね。
B:まあ、多少はね。
好きなんだよ。
A:これが?
B:そう。
A:なんで?
B:さあ。
何故かは分からないけど、惹かれるんだよね。
A:理由も無いのに、そんなに好きなの?
B:物凄く好きってほどじゃないけど、理由が無い、ってわけでもない。
A:例えば?
B:何て言うんだろな。
なんか、生命の神秘、って感じしない?
A:そうかなあ。
B:しないかな。
A:……言いたい事は、分からなくはないけどさ。
少なくとも、私にはそれの良さは、よく分かんないよ。
やっぱり気持ち悪いし。
B:そっか。
まあ、結局何となくだよ、何となく。
A:なにそれ。
やっぱり理由なんて無いんじゃん。
B:そうかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。
好みなんてそんなもんさ。
蓼食う虫も好き好き、って言うだろ。
A:ふーん……変なの。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━