花結火 -はなむすび-

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(役表)

男♂:

女♀:

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男:……暮れた。


女:暮れたね。


男:流石に、暮れるとそこまで暑くないね。


女:もう夏も終わりってことかあ。


男:そうみたいだね。


女:なんか、夏っぽいことした?

  リンドウ君は。


男:全然。

  ずっと缶詰だったから。


女:もう受験の準備?


男:そうみたい。


女:みたいって。


男:親の都合だからね。


女:あぁ。

  なんか、ごめん。


男:別に、謝ることじゃないよ。


女:それならいいけど。


男:委員長は?


女:ツクバネ。


男:なに?


女:委員長って呼び方、なんか堅苦しくて、イヤだなって。

  さん付けでも、呼び捨てでも良いけど。


男:……そういえば、名前、知らなかった。


女:みんな、「委員長」って呼ぶからね。


男:じゃあ。

  ツクバネさんは、どうだったの。

  その、今年の夏は。


女:私も、同じく。

  なんか、自分がやりたいこととか、なりたいものとか全然分からないまま、

  何となしに毎日毎日、何をするでもなく、時間ばっかり溶かして。

  気が付いたら今日だった、って感じ。


男:そうなんだ。


女:うん。


男:……それで、委員長、じゃなかった。

  ツクバネさんは、いつまでここに居るの?


女:特に、決めてないけど。

  飽きたら、かな。


男:そっか。


女:なんで?


男:別に、訊いただけ。


女:ふぅん。


(男、鞄からコーヒーを取り出す)


女:なにそれ。


男:なにそれって、コーヒーだけど。


女:ブラック?


男:うん、無糖。


女:えぇ、オトナなんだ。


男:どういうこと?


女:コーヒー飲めないからさ、私。

  なんていうか、コーヒー好きな人って、大人って印象があって。


男:別に、好きなわけじゃないよ。


女:え、どういう意味?


男:なんでもない。


女:変なの。


(女、ポケットからタバコとライターを取り出す)


男:……なにそれ。


女:あぁごめん、苦手?


男:いや、そうじゃなくて。


女:……あ、いや、えーっと。

  飴だよ。


男:ライターは要らないんじゃないの。


女:炙って食べるんだよ。


男:無理があるよ。

  「しまった」みたいな顔したじゃないか。


女:内緒にしといてくれる?


男:それは、まあ。

  本物?


女:吸ってみる?


男:そんな。


女:冗談冗談。

  ダメだよ、タバコは二十歳になってから。


男:ツクバネさんは?


女:私は、ほら。

  ココロが二十歳だから。


男:それでいいの?


女:良いわけないじゃん。

  つっこんでよ、調子狂うなあ。


男:ごめん。

  そういうの、よく分からなくて。

  ただ、その、イメージと違うな、って。


女:幻滅した?


男:そういうわけじゃ。


女:委員長って肩書き、性に合わないというか、肩がこるんだよね。

  よく勘違いされるけど、私、全然そういうのじゃないからさ。

  そういつもいつも、品行方正な模範生とか、ネコ被ってまでやってらんないって。

  誰もやりたがらないことを、扱いやすそうな奴がやらされてるだけ。


男:だから、タバコとか吸って、憂さ晴らし?


女:そんなとこ。

  だからまあ、綺麗なイメージ持ってたなら申し訳無いけど、お生憎さまだったね。


男:……そっちの方が、良いんじゃない。


女:そっちって?


男:今のままの方が。


女:え、こういうのがタイプ?


男:いや、その。

  わざとらしい世間体作って、息苦しい思いしてるよりはって、思っただけで。

  なんにせよ、タバコは駄目だよ、学生から。


女:ごめんって、からかい過ぎた。

  そんなマジにならないでよ。


男:……他人と話すの、苦手なんだ。

  怒ってるわけじゃないよ。


女:うーん。

  それなら良いけど。

  確かに、普段から寡黙な感じだもんね。


男:………………


女:………………


男:あの、さ。


女:んー?

  あ、屋上なら、鍵締まってるから使えないよ。

  当たり前だけど。


男:っな、なんで、急に。


女:いや、この外階段、屋上まで直通でしょ?

  だから、一応。


男:そうじゃ、なくて。


女:じゃあ、なに?


男:いつまで、居るの?


女:それ、さっきも訊かなかった?

  飽きたらだよ。


男:何に?


女:さぁ、何なんだろ。

  ま、たぶん、もう少ししたら、ね。


男:そう……


女:うん。


男:………………


女:………………


男:……あの。


女:シッ。


男:え。


(花火の炸裂音)


女:ああ、やっぱり。

  始まったよ。


男:今のって、花火?


女:そう。

  今年からだって。


男:そう、なんだ。


女:……うーん、ちょっと見えにくいなあ。

  ねえ、屋上、行ってみない?

  もしかしたら、もっと綺麗に見えるかも。


男:え、さっき、入れないって。


女:「今は使えない」って言っただけだよ。

  ほら。


男:なんで、鍵持ってるの。


女:ちょっとね、くすねたの。

  卒業までに一回は、入ってみたくてさ。


男:やっぱり、悪い人だ。


女:だから言ったじゃん。

  委員長なんてガラじゃないんだって、元々。

  行こう、花火終わっちゃうよ。


男:いや、僕は。


女:なんで。


男:なんでって。


女:そのために、来たんじゃないの?


男:……!!


女:ほら、早く。


(間)


男:……凄い。


女:これは、最高の穴場見付けちゃったね。

  人混みも遮蔽物も、全然無いなんて。

  お金取れるよ。


男:バレたら、相当怒られるだろうけど。


女:今に始まったことじゃないよ、それは。

  そもそも、外階段だって、老朽化なりなんなりで、

  とっくに閉鎖されてるんだから。


男:……打ち上げ花火って、こんなに体に響くものだったんだ。


女:初めて?


男:まあ。

  まともな外出とか、全然知らなくって。


女:ずっと缶詰だった、とか言ってたもんね。

  ちなみにそれって、いつから?


男:分からないけど。

  たぶん、物心ついた頃には。


女:もしかして、医者とか目指してるの?

  それとも、弁護士とか。


男:そうなんじゃないかな。


女:曖昧だね、自分のことなのに。


男:自分のことだけど、自分の都合じゃない。


女:それで親の、ね……成る程。

  で、そんなのがイヤになって、死んじゃおうって思ったんだ?

  どうせ、もうすぐ卒業だし、キリもいいや、って。


男:……どうして、分かったの。


女:どうしてもこうしても。

  そんな、今にもって顔してたら、嫌でも。


男:そんな顔、してたかな。


女:そりゃもう。


男:……なんか、ごめん。


女:私に謝られてもね。

  いろいろあるんでしょ、いろいろ。

  私なんかには察しようもない、抱えきれなかったものが、たくさん。


男:いろいろ、ね。

  漠然と、生きる理由とか、そんなのなのかな。

  正直自分でも、よく分からない。


女:……花火、綺麗だよね。


男:……うん、本当に。


女:………………


男:………………


女:……それで、どう?


男:どう、って、なにが。


女:こうやって、初めて花火とか見てさ。

  今日、ここに来て良かったって、思う?


男:……分からない。

  でも、今日、ここに来なかったら、

  今後一生、見られる機会は無かったんだろうな、とは、思うよ。


女:それは、勿体ないなって?


男:全部、結果論だけどね。


女:そっか。

  じゃあ、もういいじゃない。


男:もういいって、なにが。


女:やめとこうよ、今日は、もう。

  せっかく、こんなに良い場所見付けたのにさ。

  死んじゃったりしたら、二度と使えなくなっちゃうじゃん。

  私も、リンドウ君も。


男:そんなこと、言われても。

  あくまで、今日花火を見れたのだって、たまたまで。


女:たまたまじゃないことなんて、ある?

  生まれてから、死ぬまで、一生で。


男:………………


女:……浴衣、ってさ。

  結構、憧れだったんだよね、実は。


男:浴衣?


女:そう。

  花火といえば、みたいなところあるじゃない。


男:それは確かに、そんなイメージがあるけど。

  だけど、なんで急に?


女:興味、無い?


男:興味って……浴衣?


女:うん、浴衣。


男:それは、ツクバネさんの、ってこと?


女:そう。


男:……ちょっと、ある、かも。


女:ちょっと?


男:割と、結構。


女:よし。

  じゃあ、来年ね。


男:来年?


女:来年は、浴衣着て来るから。

  また、一緒に花火見よう、ここで。

  それで、ひとつめ。


男:ひとつめ?


女:今日、死なない理由。


男:死なない、理由……


女:そう。

  良いじゃない、生きる理由なんて大それたもの、いちいち無くったって。

  こういうちっぽけな約束とか、ちょっとずつ繋いで、だましだまし生きていこうよ。

  たまに、今日みたいにちょっとだけ、悪いことしてみたりして、さ。


男:………………


女:どう?


男:……もし。


女:もし?


男:来年はもう、花火が無かったら?


女:そんな、たらればの話はいいの。

  そのときのことは、そのとき考える。


男:なるほど。


女:そろそろ、花火も終盤かな。


男:そうみたいだね。

  ……あのさ。


女:ん、なに?


男:一本、貰っていい?


女:なにを?


男:タバコ。


女:え、吸えるの?


男:そんなわけ無いよ。

  ただ、忘れないように、したいから。

  今日のこと、煙と一緒に、噛み締めておこうかなって。


女:やめたんだ、今日は。


男:とりあえず、今日は、ね。


女:ふうん。

  じゃあ、私もひと口、貰っていい?


男:なにを?


女:コーヒー。


男:飲めるの?


女:どうだろ。


男:でもこれ、飲みかけだけど。


女:良いよ、今更気にしない。


男:そっか。

  じゃあ、どうぞ。


女:どうも。

  ……ぅえ、にっが。


男:無理みたいだね、まだ。


女:あー、バカにした?


男:まさか。


女:それじゃ、こっちも、はい。

  一本どうぞ。


男:どうも。

  ……なにこれ。


女:タバコ。


男:飴だよ。


女:バレたか。


男:バカにしてる?


女:まさか。

  だから言ったでしょ、タバコは二十歳になってからだって。

  バレたら一発退学だよ、せっかく成績優秀なのに。


男:今更……


女:嘘、うそ。

  ごめんね、全部吸い終わっちゃったんだよ、さっきので。

  これも、次のお楽しみってことにしといて。


男:そんな、適当な。


女:なんであれ、理由は多い方が良いでしょ。


男:ちっぽけだけどね。


女:それくらいでいいんだって、最初は。


男:じゃあ、まあ。

  そう思うことにするよ。


女:うん、よろしい。

  ……あ、ちょうど、あっちも終わったかな。

  それじゃそろそろ、お開きにしますか。


男:ツクバネさんは、もういいの?


女:もういいって?


男:今日、死なない理由。


女:……え。


男:見付かったなら、いいんだけど。


女:ちょっと、言ってる意味が。


男:タバコを吸い切ったのだって、そういうつもりだったんじゃないの、僕と同じで。

  もし、間違ってたら、ごめん。


女:どうして。


男:なんとなく、としか。

  でも、普段から吸ってるにしては、あんまり匂いが染み付いてる感じじゃないし、

  火を点ける手付きだって、明らかに不慣れな様子だった。

  もしかしたら、最初から全部……


女:違う。


男:違うって。


女:どうして、そのまま帰ってくれなかったの。


男:予感がしたんだ、イヤな。


女:予感。


男:このまま帰って、振り返ったらもう、

  ツクバネさんが、目の前から、居なくなってる気がして。


女:……はぁー……


男:なんとなく、違和感があったんだよ、ずっと。

  最初から全部、何とかして僕を引き留める、というよりもむしろ、

  ツクバネさん自身を、何としても踏み止まらせる為のような、そんな感じが。

  もしかしたら僕は、偶然にも間が悪く現れた鏡でしかなくて、

  そんな僕を、或いは自分自身を、言いくるめてしまいたかった、

  若しくは、言いくるめられてしまいたかったんじゃないかって。

  生きる理由、死なない理由を、一生懸命に付け足して。


女:………………


男:……やめておこうよ。

  今日は、もう。

  こんなに、花火は綺麗だったじゃないか。


女:……あ。


男:あ?


女:タバコ、まだ一本あった。


男:じゃあ、貰っていい?


女:だめ。


男:話が違う。


女:これはきっと、卑怯な私への戒めだから、吸わずに取っとくの。

  今日のこと、焼き付けて、忘れないために。


男:やめたんだ、今日は。


女:とりあえず今日は、ね。

  おかげさまで。


男:どういたしまして。


女:こちらこそ。


男:ありがとう。


女:はいはい。


男:あんなに、あれだけ思わせ振りなこと言って、

  僕が帰るのを見送ったら、さっさと先に逝っちゃうつもりだったんだ。


女:そのつもり、だった。


男:悪い人だ、やっぱり。


女:だった、けど、駄目だったんだよ。

  途中から、自分で言ってて、楽しみになってきちゃってさ。


男:それは、光栄だよ。

  死なない理由を貰って、死なない理由にもなれたなら。


女:全く、どの口が言うの。

  「やめておこうよ」、なんて。

  あんなにも、今すぐにでも死んでやるって顔してたくせに。


男:お互い様だよ、全部。


女:そんな顔してた?


男:そりゃもう。


女:さいですか。


男:うん。


女:……あれ、今。


男:上がったね、また。


(花火の炸裂音)


女:っうわ、びっくりした。

  いちばん大っきいやつ、残ってたんだ。


男:今度こそ、これで終わりなんだ。


女:………………


男:………………


女:綺麗だね。


男:ああ、どうしようもなく。


女:来て、良かった?


男:生きてて、良かった。


女:どっちが?


男:どっちも。


女:本気で言ってる?


男:勿論。


女:……また、見れたらいいね。


男:その時までは、生きてみるよ。


女:私も。

  とりあえず、その時までは、ね。


男:たーまやー。


女:かーぎやー。



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