罰金2まんえん

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(役表)

男♂:

女♀:

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女:うわ、変質者だ。


男:仕事帰りの同居人への、開口一番の台詞がそれかよ。


女:ああごめん、つい。

  おかえり。


男:ただいま。


女:そんなにしんどいの?


男:何が。


女:花粉症。


男:花粉症の辛さは、花粉症に罹った奴にしか分からん。


女:あー、じゃあ一生分かんないかな。


男:それ、冗談でも外で言うなよ。

  刺されるぞ。


女:大袈裟でしょ、どんだけ過敏なのよ。


男:例えばな、俺が、

  「生理痛とか意味分かんねー、そんなに大変かぁ?」

  とか言ったら、ムカつくだろ。


女:うん、鳩尾に貫手しようかと思った。


男:殺意高いな。

  だから、例えばって言っただろ。


女:命拾いしたね。


男:そういう話をしてるんじゃないんだよ、今は。

  迂闊にそういう、軽はずみな言動するなよって。


女:はいはい。

  気を付けます。


男:で、今夜はカレー?


女:うん。

  もう出来てるから、温め直せばすぐ食べれる。

  先にお風呂入っちゃって。


男:おー。


(間)


女:……ところでさ。


男:ん?


女:何で分かったの?


男:何が?


女:カレーって。


男:そりゃ分かるだろ、外まで匂いが来てるんだから。


女:うちじゃないかも知れないじゃん。


男:間違わねえよ、それは。


女:何で?


男:他所と全然違う匂いだから。

  まあ、言っちゃえば、俺好みな感じの。


女:……罰金。


男:何でだよ。


女:今のは途中から、自覚あったでしょ。


男:……まあ、正直。


女:ほら、罰金。


男:分かったって。


(男、貯金箱に500円玉を入れる)


女:はい、毎度。


男:……でもさぁ。


女:ん?


男:よく飽きないよな。


女:何が?


男:カレー。


女:飽きないでしょ、毎日毎食って訳じゃないんだから。


男:それでも、週3近い頻度で食べてたら、いくら間が空いてるとはいえ、飽きてこないか?


女:ご不満?


男:そういう訳じゃないけども。

  カレー自体は好きだし。


女:一言でカレーって言ったって、具を変えれば別物でしょ。


男:味は同じだけどな。


女:そうだけど、そうじゃなくて。

  いーのよ、好きなんだから。

  それに、レシピ次第で違う味のカレーだって、幾らでも作れる訳でしょ。


男:そりゃ、レシピを変えればな。

  でも、わざわざそんな冒険するタイプか?


女:しないね。


男:知ってる。


女:いやでも、ほら、世界一美味しい料理のカレーってあるじゃない?

  あれは、ちょっと作ってみたいのよね。

  何だっけあれ、バッサバサカレーとかいう。


男:マッサマンカレーな。

  バッサバサなカレーとかもう、音の響きだけで不味いって分かるわ。


女:ちょっと間違えただけでしょ。


男:間違え方に悪意がある。


女:それで、どうする?


男:何を?


女:だから、そのマッサマンカレーよ。

  食べたい?


男:……何で?


女:いや、食べたいなら作ろうかなって。


男:俺基準?


女:そりゃあだって、ほら……

  折角なら一緒に、じゃなくて、共有したいじゃん。

  その、あれ……味の感想とかをさ。


男:罰金。


女:あー……もー!


男:途中からもう、半分諦めてただろ。


女:正直ね。

  ああ、私のなけなしの500円……


男:さっさと。


女:はーい……


(女、貯金箱に500円玉を入れる)


男:……結構貯まってんな。


女:そうだねー……


男:うん。


女:……そう言えばさ。


男:なに。


女:お昼って、いつもどうしてるの?


男:今更それ聞くか?


女:うん、我ながら今更感凄いなとは思う。

  でも、聞いた事無かったから。


男:どうしてるって言われてもなあ。

  コンビニでおにぎりとかパンとか、適当に買って食べてるよ。


女:えー、偏らない?


男:今時、偏ってない食生活を送ってる人間なんていないだろ。


女:随分とまあ極論だね……

  否定は出来ないけども。


男:あー、おにぎりと言えば。


女:え?


男:おにぎりの具ってさあ、なんであぁマヨネーズを入れたがるのかね。


女:あー、分かるそれ。

  鮭マヨとか、ツナマヨとかね。

  こないだは唐揚げマヨとかもあったし。


男:な。

  別にマヨネーズが嫌いな訳じゃないし、入れる事自体は悪いとまでは言わないけどさ。

  物によっちゃ、寧ろマヨネーズの方が分量多い事あるだろ。


女:あるねー、あれ食感最悪なんだよね。


男:ていうか、そもそも入れなくて良いだろ。

  魚と米の組み合わせだけで、充分美味いんだからさ。


女:じゃあ、無理に買わなきゃ良いんじゃない?


男:マヨ系しか残ってない時が多過ぎるんだよ……


女:それはもうタイミングが悪いか、店の品揃えの問題よ。

  でもそれを言うなら、私もちょっと嫌気が差してるのあるんだよね。


男:ほう。


女:コンビニの菓子パンさ、生クリーム入れ過ぎじゃない?


男:……そこ言っちゃうか。


女:だってそうでしょ?

  コッペパンにも生クリーム、あんパンにもどら焼きにも生クリーム。

  酷い時は、メロンパンにすら入ってるのよ?

  こちとら普通の、甘過ぎないパンが食べたいの。

  求めてないわけ、私は。

  そんなゲテモノは。


男:正直、その気持ちには同意するけども。

  生クリーム嫌いだっけ?


女:嫌いではないけど、使い方次第。

  おにぎりのマヨネーズと一緒だって。

  取り敢えず入れりゃ良いだろみたいに、見境無しに入れられるのが嫌なの。


男:……まあ、こういう考えの方が少数派だから、結果としてそうなってるんだろうな。


女:お陰で結局、いっつも買う物一緒よ。


男:俺も、最近は同じおにぎりばっかり食べてるな。


女:マヨネーズ入ってるやつ?


男:入ってないやつだよ。

  この話の流れでそうなるのおかしいだろ。


女:いや、そこは敢えてそうなのかなって。


男:そんな敢えては無い。


女:あっそ。

  それは失礼しました。


男:……で?


女:え?


男:何で今更、昼飯の事聞いてきた?


女:……あー、えーっと。


男:………………


女:無言で貯金箱差し出すの止めてくれない?


男:だって、そういう事だろ?


女:分かんないでしょ。

  ただ単に聞いただけかも知れないじゃない。

  勝手にそういう想像したなら、そっちこそ罰金じゃないの。


男:そんなルールは無いだろ。


女:今からそうする。


男:うわあ、なんつう暴君。

  じゃあ、お前もそういう想像を促す発言をしたって事で、罰金な。


女:え、何それ。

  そんなのあり?


男:そうすりゃお互い様で、後腐れ無いだろ。

  500円出せって。


女:……はいはい、分かりましたよーだ。


(2人、貯金箱に500円玉を入れる)


男:……この短時間で、2000円か。


女:過去最速じゃない?


男:そうだな。

  全然嬉しくないけど。


女:嬉しくないんだ。


男:は?


女:何でもない。


男:そもそも、どっちが言い出したんだっけ?


女:何を?


男:この罰金制。


女:忘れた。


男:忘れんなよ、お前だろ。


女:え、そうだっけ?


男:そうだよ。


女:しょっちゅう遊びに来てるんだしさ、いっそ一緒に住んじゃえば良くない?

  ちょうど部屋も余ってるみたいだし、家賃も実質半分で済むしさ。

  ……あ、でもだからって、そういうのは無しだからね?

  その、異性として意識したり、意識させるような言動みたいなのは。

  ……そうね、じゃあ、もしそういう事を言ったりやったりしたら、罰金でどう?

  1回につき、500円。

  そこそこの経済的損失を伴うとなれば、そうそう間違いも起こさないでしょ。

  じゃ、それで。

  決まりね。


男:とか言って。


女:……事細かに覚え過ぎじゃない?

  確かに、そんなような事言った気はするけどさ。


男:後からしらばっくれられたら困るからな。


女:うわぁー、性格悪。


男:今更だろうよ。


女:いやー……でも、ほんと結構な額入ってるよね。

  幾ら入るんだっけ、これ。


男:500円玉だけなら確か、10万円だか15万円だかだったかな。


女:それで、よくもまあこんなに。


男:そりゃあ、1年近くも続けてればな。


女:まあそれもあるけどさ、どんどん判定が厳しくなってったもんね。

  お互いムキになっちゃって。


男:2人して、超が付く負けず嫌いだもんな。

  しょうもない事でも。


女:……しょうもない?


男:ん?


女:いや、何かさ。

  さっきから、嬉しくないとか、しょうもないとか……

  そんなに嫌だった?


男:何が?


女:何が、って。

  そりゃ、確かに私が一方的に取り付けた事だよ。

  一緒に住む事も、この罰金制の事も。

  ……でもさ、少なくとも、私1人の自己満足じゃなかった筈じゃん。

  あなただって、多少なりとも良いかなって思ったから、便乗したんでしょ?

  そうじゃなきゃ普通、了承しないもん、こんな事。


男:……どうした、急に。


女:急じゃない。

  前々からほんの少しだけ思ってはいたけど、言わなかっただけ。


男:………………


女:……ねえ、本音の所は、どうなの?


男:それを聞いて、答え次第では、どうするつもり?


女:分かんない。

  ……でも、少しでも嫌だったって気持ちがあって、私が無理矢理付き合わせてたんだったら、それは謝るよ。

  謝るし、一緒に住むのも……やめる。

  ……前までの関係に戻れるかどうかは、ちょっと……自信無いけど。


男:………………


女:………………


男:……嫌だったよ。


女:……そっか。

  そうだよね。

  ……ごめんね、今まで。


男:異性として意識するなっていうのが、な。


女:……え?


男:あのな、お前馬鹿だろ。

  俺達は一体何歳だ?

  幼稚園児か? 小学生か?

  思春期はとっくの昔に過ぎ去ってたとしたって、俺達は彼氏彼女いない歴イコール年齢の社会人。

  言っちまえば、恋だの愛だの、そういう甘酸っぱい何かを、過剰に求めてるような人間だろ?

  下手すりゃ中学生、高校生のような、青春真っ盛りな年頃よりも、だ。

  そんな奴らがなんだ、同じ家で?

  お互いを、異性として意識せずに暮らす?

  無理に決まってんだろ、そんなもん。

  それが出来るのは、本気で異性に興味の無い奴か、同居相手が親だった場合だけだ。


女:………………


男:……何ならな、この際言うけど。

  一緒に暮らすって言い出す前から、そういう意識は、俺には薄々あったよ。

  だから……

  ……ちょっと待ってろ。


女:う、うん……?


(間)


男:ほれ。


女:……なに、この1万円。


男:罰金の先払い。


女:へ?


男:今から、多分それくらいの額になる事言うから。

  欲を言えば、もうちょっとマシなタイミングで言いたかったけど。


女:へ、えっ、あ。

  ちょ、ちょっと待って!


男:何だよ。


女:いや、あの……これ。


男:……何、この1万円。


女:え、いや……だから、罰金の先払い……

  の、お返し、みたいな……?


男:……これで済ますつもりか。


女:えっ?


男:俺は罰金を先払いした上で、罰金20回分かそれ以上に相当する台詞を言おうとしてんのに、

  お前はその返事を、1万円払うだけで済ますつもりかって聞いてんの。


女:……え、いや、それは……


男:どうなんですか。


女:……と、取り敢えずカレー食べちゃおうよ。


男:……は。


女:話はその、それからゆっくり、って事で……


男:………………


女:……だ、駄目?


男:……冷めきってるだろ、もう。


女:え?


男:カレー。

  もう1回温め直し。


女:あ、ああ!

  そうだよね、ちょっと待ってて!


男:ああ。

  ……はぁーーーあ。

  カッコ悪……


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