最終決戦ランデブー

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(役表)

勇者♀

魔王♂

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勇者:結婚してくれ!


魔王:……は?


勇者:ずっと前から、ずぅっと前から!

   お前の勇姿に心打たれ続けてきたんだ!

   私と、結婚してくれ!


魔王:……えーと、……え?


勇者:嫌なら嫌と言ってくれて構わない!

   でも、この一生を賭けた想い、そう簡単に諦めるつもりも無い!

   今すぐ答えを出せなくても良い!

   私と、結婚してくれ!


魔王:……うーん。


勇者:おい、ちょっと!


魔王:はい……


勇者:私が一生懸命、溜めに溜めてきた想いの丈をぶつけているのに!

   なんだその態度は!


魔王:ええ……?


勇者:ええ……?

   じゃない!

   さっきから腑抜けた返事ばかりして!

   それでも、世界を統べんとする魔の王か!

   それでも、私が惚れた男か!?

   私が今生の全てを賭しても、愛し続けようと決めた男かあ!?


魔王:いや、あの。


勇者:なんだよ。


魔王:……貴様、今の状況分かってるか?


勇者:何だ、今の状況って。

   私がお前にプロボーズしている、まさにその真っ只中じゃないか。


魔王:違う、そういうことじゃなくて。


勇者:こういうことじゃなくて?

   私が遂に、一生の伴侶に成り得る男に手の届く距離まで辿り着いた、運命の瞬間じゃないか。


魔王:違う、そういうことでもなくて。


勇者:こういうことでもなくて?

   ……あ、ははーん、なるほど。

   今後共に築いていく将来の為に、私がこうしてお前に愛を訴えるまでの、メモリアルを聞きたいんだな?


魔王:いや、全然。


勇者:あれは、いつもよりも早い時刻に目が覚めて、

   心なしか、強く麗らかな陽射しが、私の決意の背を押してくれているように感じた、

   そんな日の朝から、この物語の全てが始まったんだ。

   私はお前のその腕に抱かれる為に、村のみんなの反対を押し切って、

   今まで誰も抜いた事の無かった、千年眠り続けていたという伝説の剣を引き抜き、

   晴れて魔王に真正面から逢いに行く大義名分を得て、一念発起して冒険に出掛けた……


魔王:違う違う違う違う、一旦ちょっと黙れ貴様。

   プロローグの時点でもう長過ぎるし、なんかもう、全部違う。

   だから、そういうことでもない。


勇者:じゃあ何なんだ、一体。


魔王:貴様が何なんだ、一体。

   ……よし、じゃあ分かった、根本的な話をしよう。

   貴様は、何だ?


勇者:お前の妻となるべくやって来た女だ。


魔王:違う、役職。


勇者:役職?

   まあ、一応勇者だけど。


魔王:うん、そうだな。

   貴様は勇者だな、そこは間違い無いな?

   で、俺は何だ?


勇者:私が命の限り傍にいようと決めた、運命の殿方。


魔王:違う、役職。


勇者:役職?

   魔王だろ?


魔王:うん、そうだな。

   俺は魔王だ。

   で、さっき貴様はなんて言った?


勇者:結婚してくれ。


魔王:そう、そう言ったな。

   で、その前に、俺はなんて言った?


勇者:結婚してくれ。


魔王:言ってない。

   俺は言ってないぞ、捏造するな。


勇者:なんて言ったっけ?


魔王:(咳払い)

   「よくぞ此処まで辿り着いたな、勇者!

    脆弱な人間風情が、単身で俺の覇道を阻もうとは、敵ながらその意気は見事だ、褒めてやろう!

    ……が、その傲慢な正義も、もはやこれまでだ。

    貴様の冒険も、生涯も、此処で無様に朽ち果てる。

    言い遺したい言葉があるのなら、今のうちに言っておく事だな」

   ……と、俺はこう言った。


勇者:うん、カッコ良かった。


魔王:ありがとう。

   ……いや待て、そうじゃない!

   真顔でそういう事言うのやめろ、逆に恥ずかしくなる。


勇者:恥ずかしいのか?

   私が来た時の為に、必死に考えて、寝る間も惜しんで練習していた台詞なんだろ?


魔王:うるせえー!!

   そういう事情まで見透かしてくるな!

   魔王の沽券に関わるんだよ!!

   ……というか、ん?

   ちょっと待て。


勇者:なんだ?


魔王:何故知っている?


勇者:何を?


魔王:俺が今の台詞を、貴様が来た時の為に、必死に考えて、寝る間も惜しんで練習していた事を。

   側近のジジイにすら秘密にしていた筈なんだが。


勇者:見てたから。


魔王:ん?


勇者:だから、見てたから。


魔王:……見てた?

   俺を?


勇者:そう、ずっと見てたんだ。

   普段は恐怖の象徴として君臨しているお前が、

   一人で居る時はとても繊細で、とても仲間思いである事も知ってる。

   ただ人間を滅ぼす為に、魔王としてあるんじゃない事も。

   あの村を襲っていた時も、あの街を墜としていた時も、

   あの国を蹂躙していた時だって、

   被害を最小限に抑える為に、そこの長や、そいつに付き従ってる奴らだけを襲っていたじゃないか。

   それも、民衆を苦しめるような政を執っていた奴しか、標的にしていなかった。

   徒に命を奪う事は、お前は良しとしていないんだろ?

   その内に秘めた、魔王にあるまじき優しさに、私は惚れ込んだんだ。

   人よりも人の世を憂いた、心優しい魔の王に。


魔王:……貴様……


勇者:……だから、私と。

   結婚してくれ。


魔王:いや、だからちょっと待て。


勇者:何だよ。

   良いムードになってただろ、今。

   完全に二人が結ばれるBGMまで流れてただろ。


魔王:なってないし流れてない。

   勢いで無理矢理結ぼうとしてくるな。


勇者:お前と私を繋ぐ運命の赤い糸は、もう固く固く結ばれてるんだぞ。


魔王:知らん。

   身に覚えが無い。

   引きちぎってやるわ、そんなもん。


勇者:じゃあ何なんだよホントに。


魔王:貴様が何なんだよホントに。


勇者:許嫁だよ。


魔王:……何だって?


勇者:私はお前の許嫁なんだよ、実は。

   知らなかったのか?


魔王:知らなかったな。

   今知ったっていうか、貴様が今急に言い出した事だもん。

   知る由も無いわ。


勇者:じゃあ何だ。

   何がそんなに気に入らないんだ。


魔王:何が……

   一言で言うなら全部だが……

   いや、それ以前にな……


勇者:それ以前に?


魔王:……怖いんだけど、普通に。


勇者:え?


魔王:だって貴様、ずっと見てたって言ったな?


勇者:言ったよ、ずっと見てた。


魔王:何処から?


勇者:何処からって、お前のすぐ傍から?


魔王:ずっと?


勇者:ずっと。


魔王:怖いんだけど。


勇者:何が?


魔王:え、俺全然気付かなかったんだが?

   貴様は俺をいつでも倒せる距離に、ずっと居たってことだろ?

   その伝説の剣を担いだ状態で。


勇者:まあ、見方を変えたらそうだけど。


魔王:むしろ何で、その見方をしてなかった?

   なにその、勇者にあるまじき完全な隠密能力。

   俺どころか、何千何万といる俺の配下すら、誰も貴様の影も形も見てないんだが。


勇者:見付かったら意味無いだろ。


魔王:こっちからしたら見付けられなきゃ意味無いんだよ。

   何故、いつでも殺れた俺を、一度も殺ろうとしなかった?


勇者:だから、その理由はさっきから、ずっと言ってるだろ。


魔王:……好きだった、から?


勇者:そう。

   より端的に言えば、結婚したかったからだ。

   何処の世界に、自分の夫に迎えようと思ってる男を、すすんで殺す奴が居るんだ。


魔王:……いや、でも。

   貴様は勇者で、俺は魔王だぞ?


勇者:だから何だよ。

   私が勇者でお前が魔王なら、結ばれちゃいけないのか?

   そんな事、誰が決めたんだ。

   群衆か、神か、それとも運命か?

   くだらない。

   そんな物に惑わされる程度の覚悟なら、最初から此処には来ないさ。

   この際だから言うが、私が勇者だなんだと呼ばれているのだって、

   たまたまこの伝説の剣を引き抜けちゃったからってだけで、

   偶像を信じて待っている民衆には悪いが、

   勇者たる者に与えられた使命、とやらに付き従うつもりは、毛頭無いんだよ。

   私は、勇者として、魔王の前に来たんじゃない。

   ただの一人の女として、ずっと密かに慕っていた、一人の男に逢いに来た、それだけなんだ。

   ……ここまで言っても、まだ、ダメか?


魔王:………………


勇者:………………


魔王:……少し、考える時間を寄越せ。

   こっちにも、その、なんだ、色々と事情がある。


勇者:分かった。

   いつまででも待つぞ。

   やっと手に入れた機会だからな。


魔王:(M)

   ……何なんだこいつは。

   勇者が魔王にプロボーズ?

   そんな馬鹿げた話があるか。

   俺達は互いが正義の使徒として、悪の権化として相対し、

   どちらかがどちらかに討ち倒されるべき存在だろ。

   そうあるべきで、そうなるようになっている筈だろ。

   それはもはや、この世界に定められた摂理そのものだ。

   それをこいつは……

   ……いや、そもそもだ、ちょっと待てよ?

   さっきの話が本当ならこいつは、

   魔王ですら全く気配に気付けない、なんていうチートみたいな能力で、一度この城に忍び込み、

   闇討ちで暴れ回る訳でもなく、陰から一頻り俺の日常生活を覗いた後、

   改めてプロポーズをする為だけに、わざわざ正面から入り直して来てる、って事になるよな?

   何こいつ、本当に意味が分からん。

   怖い。

   ただただシンプルに怖い。

   本能的に身の危険を感じる……っていうか、気付かなかっただけで、

   実際に身の危険には十二分に晒されていた訳だし。

   そんな奴と万が一、億が一にでも、馬鹿げた熱意に押し切られて結婚なんてしてみろ。

   もって一日、早くてものの数分で、スピード破局からのハルマゲドン待った無しだ。

   有り得んし、無理だし、嫌だし、怖い。


勇者:物思いにふける顔もかっこいいな……


魔王:(M)

   あー、すげえ視線感じる、あー、すっげえ見てる。

   合わせんぞ、絶対目線を合わせてなぞやらんぞ。

   ……だが、考えてみたら……

   これ程までに純粋に慕われたことが、これまでの生で、一度でもあっただろうか。

   俺に従順な配下は、種族を問わず数え切れないほどいる……が、

   そいつらは、俺が魔王だから、義務的に付き従ってきただけで、

   そこに本当の信頼関係とか、それ以上の大事な何かなんて、無いに等しかったんじゃないのか?

   そんな事を、薄々感じてしまっていたのもまた、事実なのだ。

   こいつは確かに、立場上は勇者だ。

   俺が魔王である限り、討ち倒し合わねばならない存在だ。

   しかし、奴の言う通り、俺に告白する為だけに此処まで来た、というのが本心だとするなら。

   俺はそれを、容易く無碍にしていい物なのか?

   ……俺は……


勇者:おーい、まだか。


魔王:……分かった。


勇者:ん?


魔王:いきなり結婚、というのは流石に無理だ。

   いくら何でも、俺はそこまで物事の順序を無視出来るほど、豪放磊落な性格じゃない。


勇者:魔王なのにか?


魔王:魔王なのにだ、ほっとけ。


勇者:じゃあどうするんだ。


魔王:……友達から、でどうだ。


勇者:友達?


魔王:そうだ、友達からだ。

   貴様は俺をずっと見てたから良いかも知らんが、俺は貴様をまだよく知らん。

   ぶっちゃけ、勇者が女だという事すら、今さっきまで知らなかった。


勇者:何でそこまで何も知らないんだよ。


魔王:貴様が来るのがいきなり過ぎなんだよ。

   色んな出逢いとか別れとか、その他諸々含めた波乱万丈な冒険譚を悠々とすっ飛ばして、

   我が道の最短コースを突っ走って来やがって。

   勇者一人だけが着の身着のままで、伝説の剣だけぶっきら棒に持って乗り込んでくるとか、

   正直最初は人違いかとすら思ったわ。

   何ならむしろ、人違いであって欲しかったわ。


勇者:いや、だってお前に一刻も早く、プロボーズしたかったから……


魔王:だから順序を守れと言ってるだろが。

   初対面の奴に怒涛の勢いで結婚を迫られたって、普通は即OKなんてしないんだよ。


勇者:魔王が普通を語るのか。


魔王:……だから貴様、そういうとこだぞマジで……!

   そうやって時折、真顔で正論振りかざすのやめろ。

   今回ばかりは、傍から見ても、どこからどう見ても、おかしいのは全面的に貴様だ。


勇者:……分かったよ。

   じゃあまずは、私とお前は、友達から始めればいいんだな?


魔王:そうだ。


勇者:結婚を前提に。


魔王:そこまでは言ってない。

   都合良く解釈するんじゃない。


勇者:良いだろう、承知した。

   その条件を呑もうじゃないか。

   ……じゃあ、此処に生まれる、新たな友情の証に、


魔王:なんだ、握手でもするのか?


勇者:戦うか。


魔王:は?


勇者:構えろ、魔王。


魔王:待て待て待て待て待て。

   何でそうなる!?


勇者:何でって、逆に何をそんなに慌てる事があるんだ?

   元々戦うつもりだったんだろ?


魔王:いや、そうだけども、だけどもだよ!

   今そういう流れじゃなかっただろ全然!


勇者:何故だ?

   友と呼ぶに値するかどうか、剣を交えて確かめる。

   至って普通の事じゃないか。


魔王:おーっと貴様なんだ、そういう血の気の多い家系の育ちか。

   いよいよ手が付けられんな。


勇者:さあ、早く構えろ!

   構えぬのなら、こちらから行ってしまうぞ!


魔王:ええ……

   ホントに、マジで何なんだ貴様は……!


勇者:だーかーら、何度も言ってるだろ!

   逆に言ってみろ、私は何だ!?


魔王:何、って……

   勇者だろ、貴様は。


勇者:じゃなくて!


魔王:じゃなくて?

   ……俺の、嫁になりに来た女……?


勇者:そうだ!

   だが今は、せっかく戦うならお前の言う通り、勇者としてお前の前に立とう!

   ならば、私の前に立つお前は何だ!?


魔王:んん、え、えーと……

   魔王、だろ?

   魔王だよ、俺は。


勇者:じゃなくて!


魔王:じゃなくて?

   えー、あー……

   貴様の、夫になる予定の男……?


勇者:……認めたな?


魔王:ん?


勇者:今、認めたな?


魔王:何を?


勇者:お前は、私の夫になると。


魔王:んん?

   …………あ。


勇者:言質は取ったぞ魔王!

   さあ、まずは何はともあれ、友情を築く為に戦おうじゃないか!

   もちろん、結婚を前提として!


魔王:いやいやいやいやいや!

   今のは完全に誘導尋問だろ貴様!!


勇者:ええい、つべこべ抜かすな、魔王のくせに!

   いい加減に腹を括ったらどうなんだ!

   それとも何だ、私に負けるのが怖いか!?

   何だかんだ言っても所詮は、この伝説の剣の錆となるのが怖いのか!


魔王:……あー、もう分かった!

   分かったよ馬鹿野郎!!

   友達でも結婚でも、貴様の望み通りにしてやるわ!

   貴様が俺に勝つ事が出来たらな!!

   言っておくが、勇者といえど、女風情が単身で、俺に敵うと思うなよ!!


勇者:その意気だ!

   カッコ良いぞ魔王!!


魔王:だから調子狂うからそれやめろ!!


勇者:良いだろ、どうせ行く末は同じだ!

   この戦いは言わば、お前と私との、最終決戦ランデブー!


魔王:それ意味分かって言ってんのか貴様!


勇者:知らん!!


魔王:やっぱりな!!

   やっぱりどうしようもないわ貴様は!!


勇者:そうかもな!

   ならばお前の手で、どうにかしてくれ!

   さあ行くぞ、魔王!!


魔王:あー、もう貴様はホントに!

   いいよもう!

   いつでも来い、勇者!!

   もう、どうにでもなってしまえ!!


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