放課後シアトリカル

(登場人物)

・兼屋 志紀(かねや しき):♂

演劇部部長。3年。

情熱と責任感は人一倍。


・如月 奈津美(きさらぎ なつみ):♀

演劇部副部長。3年。

しっかりしており面倒見が良いが、部長のペースに流されることが多い。


・波良 奏太(はら かなた):♂

演劇部部員。3年。

志紀と幼馴染で、貴重なブレーキ役。

脚本や裏方を担当している。


・沖田 粧裕(おきた さゆ):♀

演劇部部員。2年。

元気が有り余っているムードメーカー。


・伊勢谷 すずめ(いせや ー):♀

生徒会書記。1年。

引っ込み思案だが、やる時はやる。


・多村 陸司(たむら りくし):♂

生徒会会長と文化祭実行委員長を兼任する3年。

校則・規律の徹底のため、冷淡な態度を取ることが多いが、不器用な一面もある。


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(役表)

志紀:

奈津美:

奏太:

粧裕:

すずめ:

陸司:

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奈津美:まいどー。


志紀:おー、来たな奈津美。

   後の2人にも、ちゃんと声掛けといてくれたか?


奈津美:もちろん。

    すぐ来るはずよ。


奏太:まいどー。


奈津美:ほら。


志紀:よう、奏太。

   急に呼び出しちまって悪かったな。


奏太:別にいいよ。

   志紀の行動はだいたい急だし、もう慣れっこだ。


志紀:へーへー、そーかい。

   ……じゃあ、残りはあと一人か。


粧裕:こんちはー!


奈津美:噂をすれば、だね。


志紀:相変わらず、元気有り余ってんな。


粧裕:へへっ、それほどでも!


奈津美:……さて、これで、全員揃ったわけだけど。


奏太:何かあったのか、志紀?

   急に招集かけたりして。


志紀:ま、それは今から話すさ。

   とりあえず、座ってくれ。


奈津美:……何か、深刻な話?


志紀:まあな。

   ……だいたい、予想はつくだろ。


奈津美:………………


奏太:まあ……ね。


粧裕:……?

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


志紀:よし!

   そんじゃあ第……何回でもいいや。

   舞台芸術演劇同好会、緊急会議を開始する!


粧裕:いえーーーい!!


奏太:……ここ盛り上がるとこか?


志紀:勢いが大事なんだよ、こういうのは!


粧裕:そうそう!


奏太:そ、そうか。


志紀:さて諸君。

   知っての通り、我々舞台芸術演劇同好会は、7年前より少数の有志によって結成され、

   目立った活動こそしていなかったものの、確実にこの学校に彩りをプラスし、

   今や、「劇団ひととせ」という団体名まである!


奈津美:劇団名は、あくまで自称だけどね。


志紀:だが! だがだ!

   昨今では、校内での認知度は年々希薄になり、ついには所属部員たったの4名という、

   超々過疎に追い込まれた、弱小同好会へと変貌してしまった!!

   沖田くん!


粧裕:はい!


志紀:この高校において、同好会を継続させるには、最低何人必要だ!?


粧裕:5人です!


志紀:我々は、今何人だ!?


粧裕:4人です!!


志紀:来たる文化祭はいつだ!?


粧裕:10月1日!

   4ヶ月後です!!


志紀:そうだ!

   そして、いつもならぼちぼち脚本について案を固め始める所だが、

   ……つい先日、俺は文化祭実行委員長に、こう言われたんだ。


(回想)


陸司:兼屋、少し良いか。


志紀:ん?


陸司:そろそろ、文化祭の話がちらつき始める時期だろ。


志紀:ああ、文化祭はこの学校の一大イベントだからな。

   俺達「劇団ひととせ」の、最大の見せ場でもある。

   気合も入るってもんだ!


陸司:それなんだがな。


志紀:それ?


陸司:お前達、舞台芸術演劇同好会についてだ。

   昨日の実行委員会の会議で、正式に決まったことがあるから、今のうちに伝えておく。


志紀:なんだよ。

   部費上げてくれるとかか?


陸司:舞台芸術演劇同好会の、今年の文化祭での公演は、

   「参加人数5人以上のもの」しか認められない。


志紀:……は?

   おいおい、ちょっと待てよ。

   俺達は、今は4人しか。


陸司:そして。

   それを最後に、舞台芸術演劇同好会は、その活動を停止してもらうことになる。


志紀:なっ!?


陸司:生徒会の許可も出てる、決定事項だ。


志紀:ちょ、ちょっと待て!

   それってつまり……廃部、ってことか!?


陸司:そうだ。


志紀:そんな……!


陸司:俺だけを恨まないでくれよ、多数の意見があっての決定だ。

   これといった実績も無く、部員の増加が見込めない同好会に、存続させる価値は無い、とさ。

   俺だって、お前達を故意に貶めようとして、こんな事を言ってるわけじゃない。


志紀:だ、だからって!


陸司:他の部員達にも、ちゃんと知らせておいてくれよ。

   俺はこれから、本格的に仕事も増える。

   お前達だけの面倒は見てられない。


志紀:お、おい、陸司!!


(回想終了)


志紀:……と、いうわけだ。


奈津美:やっぱり……


粧裕:で、でも、1人でも新しく入部してくれたら、それでひとまず公演は出来るし、

   それで部員は5人になるんですから、校則上は、同好会として継続は出来るんじゃ……?


奏太:だとしても、僕と志紀と如月さんは、今年で卒業だ。

   そうなったら、残る部員は沖田さんと、入るかどうかも分からない新入部員だけ。

   だから生徒会も、この同好会を残しておく意味は無い、って考えたんじゃないかな。


粧裕:そんな……


志紀:……勿論俺だって、ハイそうですか、ってあっさり首を縦に振るわけにはいかない。

   やれるだけの事はやるさ。


奈津美:どうやって?


志紀:まずは、さっきも言った通り、俺達の認知度が低いのがそもそもの問題だ。

   下校時と、可能であれば登校時にも、校門付近でビラ配りをする。


奏太:ビラなんて、どうやって準備するんだよ。


志紀:広報部、それと新聞部に知り合いがいる。

   俺達の今の状況を教えれば、協力してくれる程度には信頼できるから、そいつらに頼む。


粧裕:それじゃあ、ポスターとかも貼りだしたほうがいいですね!

   今まで公演の時に貼り出してたポスターに、「部員急募」とか適当に文字入れれば……


奈津美:うん、それいいね。

    でも……


志紀:そうだ、奈津美は分かってるみたいだな。

   宣伝するだけだったら、色々方法はあるが……

   一つだけ、大きな問題がある。


奏太:大きな問題?


粧裕:時間が足りない、とか?


奈津美:それもあるけど、もっと重要なこと。

    部や同好会の部員募集目的の宣伝活動は全部、生徒会からの許可がいる。

    ビラやポスターを貼りだすんだったら、その全てに、生徒会の認め印が必要なの。


粧裕:あ……


志紀:果たして生徒会が俺達に、そもそもそういうチャンスを与える気があるのかってことだ。

   これすら却下されたら、俺達に出来ることの幅は一気に狭まる。


奏太:……でも。

   やってみないことには、分かんないだろ。


粧裕:そ、そうですよ!

   掛け合ってみなきゃわからないです!


志紀:そうだな、そう言ってくれると信じてた!

   今からならまだ、生徒会の会議の終わりに間に合う。

   直談判しに行くぞ!


奈津美:決まりね、行こう。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(生徒会室)


志紀:陸司!


陸司:兼屋……だけじゃないか。

   なんだ、揃いも揃って。


志紀:単刀直入に言う。

   文化祭に向けて、大々的に宣伝活動をさせてもらいたいんだ。


陸司:宣伝活動?

   まさか、今から部員を集める気か?


奏太:そのまさかさ。

   このまま黙って廃部なんてやりきれないからね。


奈津美:それに、私達が黙って引き下がるとも、思ってたわけじゃないでしょ?


粧裕:お願いします!


陸司:それを言う為だけに、わざわざ総動員で押し掛けて来たのか。

   ……志紀。


志紀:ん?


陸司:お前のとこは、誰の影響か知らないが、馬鹿ばっかだな。


志紀:そりゃあどうも、褒め言葉だね。


陸司:………………


志紀:………………


奈津美:………………


奏太:………………


粧裕:………………


陸司:……分かったよ、好きなようにやればいい。

   生徒会と実行委員会には、俺から話をつけておく。


奈津美:ビラ配りの時に必要な、認め印とかは?


陸司:そんなの、ついていようがなかろうが、誰も気にしない。

   時間が無いんだろ、どうにでもなるさ。


志紀:やっぱりお前って、なんだかんだで話のわかる奴だよな。


陸司:……ただし、だ。

   部員募集の宣伝活動は、文化祭の2ヶ月前まで。

   つまり、今から2ヶ月間だけにしてもらう。

   それまでに新しい部員が来なければ、公演も、同好会の存続も諦めろ。


志紀:……それだけもらえれば充分だ。

   そうと決まれば、もう一回作戦会議だ。

   戻るぞ、みんな!


粧裕:はーい!


奈津美:……多村君。


陸司:ん?


奈津美:ありがと。

    きっと、見返してみせるよ。

    多村君も、生徒会も、実行委員会も、ね。


陸司:……ああ、楽しみにさせてもらおう。


奏太:てっきり、口論になるかと思ったけど。

   多村が物分かりのいいやつで良かったよ。


陸司:……勘違いするな。

   俺だって、お前達の同好会を潰すのは……


奏太:え?


陸司:なんでもない。

   それより、そっちは作戦会議なんだろ。

   さっさと行ったらどうだ。


奏太:はいはい、じゃあね。


陸司:……俺だって、お前達を悲しませる事は、出来ればしたくない。

   だが、これが俺の仕事なんだ。

   生徒会長としての、文化祭実行委員長としての……


すずめ:……生徒会長、今の人達は?


陸司:ん、ああ、伊勢谷さんか。

   舞台芸術演劇同好会の面々だよ。

   今年の公演に、存続がかかってるからって、俺のところに直談判しに来てた。


すずめ:舞台芸術演劇同好会?

    そんな団体が、この学校に?


陸司:小規模の演劇部みたいなものだよ。

   団体名も自称だし、文化祭での公演以外では、特に目立った活動はしていない。

   部員確保の目処が立ってないし、来年には部員はたった1人になるから、

   廃部にするっていう決定が下ったんだ、先日の会議で。

   ……伊勢谷さんは欠席してたから、この話は初耳か。


すずめ:はい。


陸司:これから文化祭に向けて、実行委員会ほどではないにせよ、生徒会も忙しくなる。

   書記の仕事も増えるだろうけど、無理しない程度に頑張ってくれ。

   じゃあ、お先に。


すずめ:はい、お疲れ様です。

    ……舞台芸術演劇同好会……演劇部……かぁ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(部室)


志紀:さて、とりあえず状況を整理するぞ。

   我々舞台芸術演劇同好会は今、部の存亡の危機と直面している。

   4ヶ月後の文化祭公演にこぎつける為には、部員を最低1人、2ヶ月以内に得なければならない。

   部活と違って、同好会は入部・退部の時期も自由、掛け持ちも可能だからな。

   決して不可能な話じゃない。


粧裕:問題は、その集める方法ってわけですね。


奈津美:ビラ配りとかポスターは、許可も貰ったから可能ではあるけど、

    堅実的な方法とはいえ時間が掛かりすぎるし、正直、確実性が低い気がするよ。


奏太:そうなんだよね。

   やっぱり、インパクトのあるものをやらないと。


粧裕:となると、ショートムービー的な感じで、短い劇をなんかの機会にやるとか!


志紀:そうか!

   活動内容を知らしめる為に、それは最適な方法かもしれんな!


奈津美:なんかの機会って?


粧裕:うっ……


奏太:脚本はどうするんだよ。

   そんな都合よく、パパッとは書けないぞ、前例が無いし。


志紀:ううっ……正論が刺さる。

   流石に、これは無理があるか。


奈津美:文化祭以外で、私達に与えられる時間なんてそうそう無いだろうし、

    得られたとしても、短時間で私達の全てを伝えきるのは無理があるよ。


粧裕:で、ですよね……


奏太:……志紀、新聞部に知り合いがいるって言ってたよな。


志紀:ああ。


奏太:学級新聞に、僕達の事を大々的に載っけてもらうっていうのは?


志紀:そうか!

   学級新聞なら各教室に掲載されるし、それなら嫌でも不特定多数の生徒の目に入る、名案だ!

   さっそく掛け合って、


粧裕:でも、学級新聞の発行って、月1回じゃ……?


志紀:あ。


奈津美:私達に与えられてる時間は2ヶ月。

    載せられるのは1回、良くて2回……厳しくない?

    

奏太:それもそうか……

   知り合い程度じゃ、そこまで融通は利かせられないよね。


志紀:もっと手っ取り早く、分かりやすいアピールが出来て、

   尚且つインパクトがある方法があればいいんだが。


奈津美:……演説、でもする?


志紀:え、演説?


奏太:ああ、いいかもね。

   要点をうまく纏められれば、簡潔に、確実に伝えられる。


粧裕:朝礼の時くらいなら、時間も少しは貰えそうですよね!


志紀:なるほど……

   だが、そんな大役、誰がやるんだ?

   少なからず、心に訴えかける力量だって求められるだろ。


奈津美:誰って……ねえ?


奏太:そりゃあ。


粧裕:決まってるじゃないですか!


志紀:……念の為に、聞かせてくれ。


奈津美:兼屋君。


奏太:志紀。


粧裕:部長!


志紀:ですよね!!


奏太:当たり前だろ?

   他の誰に務まるんだよ。


粧裕:そうですよ!

   こんなの、部長にしか出来ないです!


志紀:……分かったよ。

   俺も男だ、やってやろうじゃないか!

   だけど、さすがに宣伝文句を考える時間はくれ。


奈津美:うん、それはもちろん。

    むしろ、演説は最後の手段だと思った方がいいかもね。


志紀:そうだな……

   ……よし、それじゃあこうしよう。

   今まで挙がった方法は、出来る限り全て実行する。

   だが、それには広報部だの新聞部だのの協力が不可欠だ。

   そことの交渉は俺がなんとかするから、みんなは活動の実行に専念してくれ。


奏太:志紀は?


志紀:俺も勿論、手伝いはする。

   けど、1ヶ月を切ったら、俺は演説のほうに集中する。


奈津美:そうね……分かった。


志紀:とにかく、タイムリミットが2ヶ月しか無い以上、1日たりとも無駄に出来ない。

   舞台芸術演劇同好会の威信をかけて、全員全力で活動にあたってくれ。


奏太:了解。


粧裕:ラジャーです。


すずめ:(M)

    こうして、舞台芸術演劇同好会の面々は、同好会の存続をかけて、全力で宣伝活動にあたりました。

    その甲斐あってか、彼らの知名度は急上昇。

    その名を校内中に知らしめ、自分たちの存在の大々的な喧伝に成功しました。

    ……が、全てが順風満帆、とは行かず。

    生徒達は皆、彼らの存在を知り、彼らの状況を知っても、自ら動くことはしませんでした。


    「自分がやらずとも、他の誰かがやるだろう」


    そういう心理が、生徒全員の中で働いていたのです。

    ……私も含めて。

    そして、時の流れは残酷なほど早く、なにも進展しないまま、

    あっと言う間に、2ヶ月が経過しました。

    その間、部員が増えた、という話は出ていません。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


陸司:いいな、志紀。

   泣いても笑っても、今日のこの朝礼での演説が、俺から与えてやれる最後のチャンスだ。

   これで結果が出なければ、文化祭での公演は不可能。

   そのまま舞台芸術演劇同好会は、即廃部になる。


志紀:ああ……分かってるよ。


粧裕:う、うまくいくでしょうか……


奏太:やれるだけの事はやったんだ。

   後はもう、志紀を信じるしかないよ。


奈津美:……うん。

    任せよう、……信じよう。


陸司:……それでは、朝礼を終了する前に、舞台芸術演劇同好会より、

   全校生徒に向けてお知らせがあるそうです。

   部長の兼屋 志紀君、どうぞ。


奈津美:来たよ……


志紀:あー、あー……うん。

   えー、どうも。

   舞台芸術演劇同好会、部長の兼屋 志紀です。

   まずは、朝礼の貴重な時間を割いてしまって申し訳ない。

   だが、それでも俺は……いや、俺達は、この場でみんなに、どうしても伝えたい事があるんだ。

   この2ヶ月の間で、俺達の姿を見たり、名前を聞く機会は多かっただろうし、

   少しでも興味を持ってくれた人は、俺達の状況を、何となくは理解してくれていると思う。

   今ここで、改めて言わせてもらえば、俺達舞台芸術演劇同好会は今、廃部の危機に晒されている。

   ……正確には、廃部自体はもう、ほぼ決定事項なんだが。


   今年の文化祭に、参加できるか、否か。

   当面の問題はそこにある。

   舞台芸術演劇同好会……いや、今はあえて、「劇団ひととせ」、とさせてもらおう。

   我々劇団ひととせの部員は、今や俺を含めて、わずか4人。

   そして、生徒会から言い渡された、文化祭への参加人数下限は、5人。


   ……たった1人だ。

   たった1人の為だけに、俺達はこの2ヶ月、ありとあらゆる手を使い、部員集めに励んできた。

   ……が、今こうして演説をしているという現状を見てもらえれば、察してもらえるだろうか、

   その成果は、皆無と言って良い。

   だからといって、別にこうして聞いてくれているみんなに、八つ当たりをする気も、

   ましてや愚痴をこぼすために、ここに立たせてもらった訳じゃない。

   俺は、演劇以外、何の能も無い男だ。

   口下手だし、その癖プライドだけは高くて、意地っ張りで。

   こうしてここで話す機会をもらったのに、結局、何も言う事が思い付かなかった。

   ……俺から、この短い時間を使って言えることは、ひとつだけだ。

   ………………


奈津美:……兼屋君……?


奏太:どうしたんだ?


粧裕:部長……?


志紀:……今日の放課後が、俺達のタイムリミットだ。

   今日の授業が全て終わり、最終下校時刻になるまでの間に、

   せめて俺達が輝ける、最後の……最高の晴れ舞台を作ることに協力してくれる人だけ。

   別館3階の、舞台芸術演劇同好会の部室に来てくれ。

   やけっぱちな強制もしない、無理強いのような懇願もしない。

   たとえ誰も来なくとも、俺は誰も恨まない。

   だけど、最後の1分1秒まで、俺は絶対に諦めずに、部室にいる。

   ……舞台芸術演劇同好会は、……劇団ひととせは、俺の青春の全てだから。

   せめて、部長として……

   ……っ…………


粧裕:……部長、泣いて……?


奏太:あの志紀が、人前で泣くなんて……


陸司:…………


すずめ:…………

    会長、そろそろ時間が……


陸司:……分かってる。

   志紀、気は済んだか。


志紀:……ああ、悪い。

   もう十分だ、言いたいことは全部言った。

   ご静聴、ありがとうございました。


陸司:他に、連絡のある方はいらっしゃいませんか。

   ……では、これで今日の朝礼を終わります。

   1年生から順番に、各教室へ戻ってください。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(放課後・部室)


奈津美:まいど。


志紀:おう。


奏太:お疲れ。


粧裕:お疲れ様ですー。


奈津美:あら、もうみんないたんだ。


奏太:まあね。


奈津美:……兼屋君。


志紀:ん?


奈津美:朝の演説、お疲れ様。


志紀:……はは、演説なんかじゃねえよ、あんなの。

   ろくに言いたいことも伝えられなかったし、最後にゃ勝手に泣き出す始末だ。

   あれじゃ、ただ可哀想ぶって、ヤケクソになってただけじゃんか。


奈津美:それだけ、追い込まれてたんでしょ。

    あの演説が悪かった、だなんて私達は思ってないし、

    ……たとえ誰も来ないとしたって、兼屋君を責めたりしない。


志紀:縁起でも無いこと言うなよ。

   ……でも、そうだな。

   全校生徒っていう大衆の面前で、大見得切ったんだ。

   俺は誰も来ないとしたって、最後まで、1人でもここにいるさ。


粧裕:1人じゃないですよ!


志紀:え?


奏太:そうそう。

   何一人で、全部背負い込もうとしてるんだか。

   ……僕達も残るよ、最後まで。


奈津美:劇団ひととせは、いつから兼屋君だけのものになったの?

    副部長にだってプライドくらいはあるよ。


志紀:……バカばっかだな、陸司の言った通りだ。


奏太:その筆頭が、お前だろ。


志紀:それもそうだ。


すずめ:あの……すみません。


粧裕:へ?


すずめ:こ、こんにちは。


奈津美:あ、こんにちは。

    ……え?


奏太:奈津美、知り合い?


奈津美:いや、知り合いではないけど……

    あなた確か、生徒会の……?


粧裕:生徒会?


すずめ:は、はい。

    生徒会書記の、伊勢谷すずめといいます。

    よろしくお願いします。


志紀:あ、ああ……

   ていうか、生徒会が何の用?

   俺なんか、演説でまずいこと言ったかな……?


すずめ:あ、いえ。

    演説自体には、特に問題は無いんですけど。

    今は生徒会書記としてではなくて、ただのいち生徒として来たんです。


奏太:いち生徒として?


奈津美:それは、どういう……


すずめ:……えっと……

    ……私を、舞台芸術演劇同好会に、入れてくれませんか。


志紀:……え?

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


陸司:兼屋、済んだぞ。


志紀:おう、サンキュー。

   これで、伊勢谷さんは正式に舞台芸術演劇同好会の……

   いや、劇団ひととせの一員となったわけだな。


すずめ:げ、劇団ひととせ?


陸司:同好会設立当初から言ってるよな。

   なんなんだ、それ?


志紀:お、興味あるか?


陸司:いや、無い。


志紀:おい!


陸司:しかし、こんなギリギリのタイミングで、1人確保してくるとはな。

   相変わらず、往生際の悪い奴。


志紀:せめて諦めが悪いと言え。

   粘り強さには、自信があるからな。


陸司:そうかい。

   それよりか、のんびりしてる時間は無いんじゃないか?

   確かに5人になったから、文化祭での上演は認められるが、

   まだ演目もなにも、決まってすらいないんだろう。


志紀:どうにでもなるさ。

   いや、どうにでもしてみせる。

   劇団ひととせ史上、最高の舞台にしてやるよ。

   せいぜい楽しみにしとくんだな、生徒会長さんよ!


陸司:せいぜい楽しみにさせてもらうよ、部長さん。


志紀:ふんっ。

   ……さて、と。

   とりあえず、部室行こうぜ。

   バタバタしてて、まともな挨拶も出来てないからな。


すずめ:あ、はい。


陸司:……全く、分からないもんだな。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


志紀:えー、というわけで!

   無事、新入部員を1名確保することが出来たわけだ!

   めでたいな!


粧裕:めでたいですね!


奈津美:すっかり元のテンションだね。


奏太:まあ、どんよりしてるよりも、こっちの方が「らしい」よ。


奈津美:まあね。


志紀:……で、だ。

   とりあえず改めて、部員紹介をさせてもらおうと思う。

   各自呼ばれたら、氏名、学年、血液型、趣味、特技、経歴と、好きな奴の名前を言うように。


奈津美:おかしくない!?


志紀:はい、まず沖田君!


粧裕:はい!

   えー、沖田粧裕、2年、O型。

   趣味はスポーツ全般で、将棋2段です!

   中学の時は陸上部で、全国大会で団体優勝もしました!

   好きな人は、劇団ひととせのみんなです!


志紀:はい、模範解答どうもありがとう!


粧裕:いえーい!


奏太:さりげに、結構すごい子だったんだね……


奈津美:うん……知らなかった。


志紀:はい次、奏太!


奏太:え、僕?

   えーと……波良奏太、3年、AB型。

   趣味は読書で、特技は……特に無し。

   中学の時も特に部活はやってなかったけど、時々小説を書いたりはしてた。

   で、好きな人……?


志紀:あ、好きな人云々はいいぞ。

   沖田君が模範解答言ってくれたから。


奏太:あ、そう。

   じゃあ、そんな感じで。


志紀:よし。

   じゃあ次ー、奈津美!


奈津美:はいはい。

    如月奈津美、3年、A型。

    趣味も特技も、特に言える程のものは無いかな……

    とりあえず、中学の時は演劇部でした。

    好きな人とかはいいんだよね?


志紀:ん、言いたいなら言っていいぞ?


奈津美:殴るよ?


志紀:すまん。

   ……で、俺だな。

   兼屋志紀、3年、O型。

   趣味は演劇鑑賞、特技は無し!

   中学の時は万年帰宅部、そんでもってここの部長!

   以上!


粧裕:なんか、やっつけじゃないですか?


志紀:気にすんな。

   じゃ、伊勢谷さんもこんな感じで。


すずめ:え、あ……はい。

    伊勢谷すずめ、1年のB型。

    趣味は読書で、特技は……一応家が書道塾なので、書道は2段で、普通科師範を目指してます。

    中学の時は合唱部だったので、演技は不安ですけど、発声なら……

    ……以上です。


志紀:はい、ありがとう!

   各自、質問があるなら今のうちだぞ、好きな奴とかな!


奏太:そのネタ気に入ったの?


粧裕:はい、質問!


志紀:はい、沖田君!


粧裕:普通科師範、ってなに?


すずめ:ああ……えっと、書道の資格で、児童に教えられる階級、みたいなものです。


志紀:教えるの?


すずめ:はい。


奏太:ってことは、教え子持ち?


すずめ:ま、まあ、いずれは、そうなりたいなって。


奈津美:……師範?


すずめ:一応……


粧裕:師範だ!


志紀:師範だ!


すずめ:え、ええ?


奈津美:あんまり気にしないでね。

    あの2人のよく分からないバカ騒ぎは、いつもの事だから。


奏太:これからよろしくね。

   といっても、僕達3年は、短い付き合いかも知れないけど。


すずめ:あ……はい。

    よろしく、お願いします。


(間)


志紀:……さて、無事部員を確保したことによって、とりあえず文化祭での上演は確約された。

   が、むしろここからが問題だ。

   我々がぶち当たっている壁は複数ある、どれも結構な難題だ。

   何だか分かるか?


粧裕:……時間?


奏太:特に、脚本の準備と、その練習時間。


奈津美:小道具やら、衣装やらの準備もあるよね。


志紀:そうだ。

   まあ、引っ括めて一言で言えば、時間がとにかく足りない。

   文化祭まで残り2ヶ月、その残り2ヶ月っていうのは、

   例年だったらもう、練習期間も中盤に入り、小道具だの衣装だのの目処は立っていた。

   しかし、今年はやむにやまれぬ事情により、現時点で脚本が決まってすらいない!


奏太:さすがに、今から脚本を書き始めてたら間に合わないね……

   そんなに早く書ける気がしないし、少なくとも1ヶ月はかかる。


奈津美:……先輩達が残してった台本は?

    なにか、ちょうどいい感じのがあるんじゃない?


志紀:そうか、その手があったか!


粧裕:でもなんか、内容がアレだったからやめた、っていうのが結構あったような……


志紀:……き、気にすんな、とりあえず探せ!

   たぶん、ロッカーとかに放り込んであるはずだ。


(間)


志紀:……とりあえず、掘り出せたものは……5本か。


奈津美:うわぁ……

    どれもこれも、懐かしいのばっかりだね……


奏太:いい意味でも、悪い意味でもね。


すずめ:……あの。


志紀:ん?


すずめ:以前は、どんな舞台をやられていたんですか?


志紀:あーー……ええっと……


粧裕:まあ、主には童話ですよねー。


すずめ:童話?


奏太:白雪姫とか、シンデレラとか、赤ずきんとか。

   まあ、有名どころしか僕らは知らなかったけどね。


奈津美:ただ、その内容がねえ……

    前の部長が、とにかくインパクトを重要視する人でね。

    内容をちょっと脚色してたのよ。


すずめ:はあ。


志紀:結果的には、面白くなったことはなったんだが……

   ……何事も、ほどほどが一番だなって思ったよ。


奏太:……やっぱり、この中から選ぶっていうのは、無理があるよ。

   内容は言わずもがなだけど、童話となると当然、衣装とかも派手になる。

   それを準備できるほど、時間的に余裕が無さ過ぎる。


粧裕:先輩達が使った衣装を使いまわすとか!


志紀:平均身長180センチの巨漢達が残した衣装をか?

   今この場で一番でかい俺ですら174だぞ、ぶかぶかなんて騒ぎじゃねえ。


奈津美:でも、その180センチの巨人達が、なにを血迷ったか、

    7人の小人役を買って出たのよね……


奏太:ああ、そんなこともあったね。

   白雪姫が小人達の肩くらいまでしかないなんて、前代未聞だったよ……


志紀:……って、過去を懐かしんでる場合か!

   衣装を準備する必要が無く、練習時間もそこまで考慮しなくても良く、

   なおかつ観衆を引き込める、そんな夢のような脚本は無いのか!


粧裕:そんな夢のような脚本があるなら、私も知りたいです!


奏太:本来なら、脚本係の僕が、いの一番にアイデアを出すべきなんだろうけど……

   ここまで八方塞がりだとね……


すずめ:……えっと……


奈津美:?

    伊勢谷さん、なにかいい案が?


すずめ:あ、いえ、そんな大した物では……


奈津美:いいよ、聞かせて。


すずめ:でも、


奈津美:正直、猫の手も借りたいような状況だし、それ以前に、貴女はもうここの一員なんだから。

    遠慮なく意見していいんだよ。


すずめ:……はい。

    えっと……ドキュメンタリー、なんてどうでしょうか。


奏太:ドキュメンタリー?

   ノンフィクションってこと?


すずめ:そうです。


志紀:しかし、ドキュメンタリーってなんの……

   あ!


粧裕:あーっ、そういうことか!


奈津美:えっ、どういうこと?


すずめ:この舞台芸術演劇同好会の、ドキュメンタリーを演じるんです。


奏太:なるほど……

   それなら、役も自分自身だし、衣装も制服のままでいい。

   しかも、これだけの逆境に見舞われ続けている状況なら……


すずめ:はい、人を引き込む話にもなるかなって。


志紀:これは妙案だな!

   俺たちが置かれている状況をそのままドキュメンタリーにするだけでも、そこそこのドラマにはなるし、

   ちょっといい感じの脚色を加えれば、味のあるストーリーに出来る、たぶん!

   そうと決まれば、早速作戦会議だ!

   どこらへんからを舞台にするか!


粧裕:はーい!


(間)


粧裕:じゃあいっそ、この劇団ひととせが出来た頃から描いちゃって……


奈津美:いやいや、それは流石にねえ……

    団体名は兼屋君がつけた物だけど、同好会自体は、私たちが入学する前からあるんだし、

    フィクションとして語るにしても、ちょっと無理があるかな。


奏太:やっぱり、無難に今から2ヶ月くらい前から、のほうがいいんじゃないかな。

   多村に廃部宣告されたのが、だいたいそれくらい前でしょ。


粧裕:そうでしたっけ?


奏太:僕たちがいない頃の話は、この中で一番最初に入った志紀ですらよく知らないんだから、

   リアリティを重視するなら、脚本として作るのは難しいよ


粧裕:うーーー……そっかぁ。


奈津美:というか、2ヶ月前からを舞台にするなら、どこでオチ付けるの?


奏太:文化祭では大成功でしたー、みたいなオチにすればいいんじゃない?


粧裕:文化祭での舞台で「、文化祭では大成功でした!」かぁ……

   なんか、ごっちゃになりませんか?


奏太:それはまあ……

   多少の無理矢理感があるとは思うけど、この際仕方ないよ。


奈津美:ま、四の五の言ってられないもんね。

    でも、いくら時間が無いからって、雑な作りになったら本末転倒だから。

    今回は、5人がかりで台本を作っていかなきゃね。


粧裕:ですね。


奏太:うん。


志紀:……伊勢谷さん、ありがとな。


すずめ:はい?


志紀:いや、正直俺も、ここまで追い込まれるとは思ってなくてさ。

   結構、ヤケになってたんだよ。

   ぶっちゃけ、さっき言ってた、先輩達が残した滅茶苦茶な台本でもいいんじゃないか、って思ってた。

   ……けど、部長がそんなんじゃダメだわな。

   こういう時こそ、冷静に物事を考えなくちゃいけないんだなって。


すずめ:いえ、そんな……

    ……ただ、会長がここを気にするの、なんとなく分かった気がします。


志紀:陸司が?


すずめ:はい。

    表では生徒会長として、厳しい事も言いますけど、やっぱり裏では苦悩してるそうです。

    たとえこの学校の為とは言っても、それで、生徒を苦しめてるんじゃないかって。


志紀:聞いたの?


すずめ:いえ、独り言が多い人ですから。


志紀:なるほど。

   素直じゃねえなあ、あいつも。


すずめ:ふふ、そうですね。


粧裕:ちょっと、部長!


志紀:へっ?

   な、なんだ!


粧裕:ちゃんとこっちの話し合いにも参加してくださいよー!


志紀:あ、ああ、すまんすまん!


すずめ:……やっぱり、違うんだなあ。


粧裕:ん、なんか言った?


すずめ:あ、いえ、なんでも。


奈津美:それより、伊勢谷さんも一緒に考えて。

    いつもだったら、大まかな脚本を書くのは波良君だけど、

    今回は、みんなで作っていかなきゃいけないからね。


すずめ:はい。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


奈津美:……えーっと次が……

    「のら如来、のら如来、三のら如来に六のら如来。

     一寸先のお小仏におけつまずきゃるな、細溝にどじょにょろり」。

    はい次、波良君。


奏太:「京のなま鱈奈良なま学鰹、ちょっと四、五貫目、

   お茶立ちょ、茶立ちょ、ちゃっと立ちょ茶立ちょ、青竹茶筅でお茶ちゃっと立ちゃ」。


奈津美:おっけー。

    はい次、沖田さん。


粧裕:えー、あー、く、

   「来るわ来るわ何が来る、高野の山のおこけら小僧。

   狸百匹、箸百膳、天目百杯、棒八百本」!


奈津美:はい、いい感じ。

    「武具、馬具、ぶぐ、ばぐ、……


志紀:よーう、やってるな。


すずめ:こんにちは。


奈津美:あ、お疲れ。


粧裕:遅かったですねー、何してたんですか?


志紀:文化祭の舞台の確保だよ。

   あらかじめ、場所とか時間とか決めとかないと、

   吹奏楽部だの軽音部とかだのにステージ独占されちまうからな。


奏太:まあ、向こうは文化祭の花形みたいなものだからね。


奈津美:で、どうだった?


すずめ:文化祭2日目と3日目の、13時から15時まで、ステージ確保できました。


志紀:つまり、昼飯終わりってことだ。

   大体の人が目ぼしい物を回り終わって、うろうろし始める時間帯だから、

   うまいことやれば、引き込みやすい頃合いでもある。


粧裕:なーるほど。

   観に来る人も、例年より増えるかもしれないってことですね!


志紀:そういうことだ。

   あ、そういや奏太、脚本はどうなった?


奏太:ああ、一応、形にはしたよ。

   もう如月さんと沖田さんにも渡したけど、手直しとかがまだだから、

   一回声に出して読み合わせてみないことには、分かりにくいかも。


奈津美:だから、2人が来るまでウォーミングアップに、外郎売やってたんだけど……

    あ、2人もやる?


志紀:いや、遠慮する。

   とりあえず、今日は時間がアレだから、一回台本見ながら読み合わせして、

   誤字脱字とか、なにか違和感のあるところを探す。

   あと1ヶ月半しかないが、なんとしても間に合わせるぞ!


奈津美:うん。


奏太:合点承知。


粧裕:はーい!


すずめ:はい。


陸司:(M)

   こうして、来たる文化祭に向けて、本格的に始動した舞台芸術演劇同好会。

   ついこの間までの、どこか暗い雰囲気はどこへやら、

   来る日も来る日も練習に明け暮れ、ここ最近で知名度を上げた彼らは、

   その練習風景に、見物人を引き寄せる時もあった。


   文化祭まで、残り1ヶ月。

   全てが順調、順風満帆な現状に、メンバー達も気分上々といった感じだった。

   ……しかし、ここへ来て、彼らに新たな試練が訪れる。

   それはあまりに唐突で、そして、あまりに大きな逆境だった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


すずめ:おはようございます。

    すみません、遅れちゃって……


粧裕:あ、すずめちゃーん、おはよー。


奈津美:おはよ。


奏太:おはよう。

   ……あれ、伊勢谷さん、志紀と一緒じゃなかったの?


すずめ:え?

    はい、見てませんけど……まだ来られてないんですか?


粧裕:珍しいですねー。

   いつもだったら、誰よりも早く来てるのに。


奈津美:大方、寝坊でもしたんじゃない?

    ちょっと、家の電話にかけてみよっか。

    ……………………

    ……出ないね。

    まだ寝てるのか、もしくは、もう家出たのか……


奏太:だとしても、家族の誰かしらが出るんじゃない?

   共働きじゃなかったはずだし。


奈津美:あ、そっか……なんでだろ。


奏太:僕が携帯にかけてみるよ。

   ……………………

   ……駄目だ、やっぱり出ない。

   留守電にはならないから、電源は入ってるんだろうけど……


すずめ:なにかあったんでしょうか。


奈津美:まさかねえ。

    たぶん、待ってれば来るよ。

    先に練習始めてよう。


すずめ:そうですね。


奏太:……あ、ちょっと待って、向こうから電話来た。

   もしもし、志紀?

   今何して……あ、志紀のお母さん?

   はい、お久しぶりです……はい。

   あの、なんで志紀の電話なのに、志紀のお母さんが?

   はい、……はい……

   ……え?

   …………分かりました。

   学校が終わったら、僕も伺います。

   はい、それじゃ……失礼します。


粧裕:波良先輩、部長どうしたんですか?


奏太:志紀が……ね。

   寝坊したって、家飛び出して、

   ……ついさっき、交差点で事故ったらしい。


奈津美:……嘘……


奏太:幸い、命に別状は無いらしいけど、結構派手にぶつかったらしくて……

   右足の骨が、完全に折れてるって。

   詳しい話は分からないけど、学校が終わったら見舞いに行く。


粧裕:わ、私も行きます!


奈津美:……そうだね。

    とりあえず、みんなで行こう。

    これからどうするかも、決めなきゃ。


すずめ:……はい。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(病室)


奈津美:兼屋君!


粧裕:部長!!


志紀:うおっ、びっくりしたぁ。


奈津美:びっくりしたぁ、じゃないよ!

    大丈夫なの!?


陸司:もうちょっと静かに入って来い、ここ病院だぞ。


奈津美:あ、そっか……ごめん。

    ていうか、多村君、いたんだ。


陸司:ああ。

   俺の方にも、親御さんから連絡があってな。


粧裕:それより、右足の骨が折れてるって……


志紀:見ての通りさ。

   先生が言うには、早くとも全治2ヶ月、だそうだ。

   ……よっぽど神様に嫌われてんのかな、俺は。


すずめ:2ヶ月……って……


奏太:……文化祭には、到底間に合わない……よね。


奈津美:そんな……それじゃあ……


志紀:………………


粧裕:……嫌です。


奈津美:え?


粧裕:ここまで来て、諦めるなんて嫌です!

   せっかくここまで来たのに、結果も出せずに、おしまいなんて!!


すずめ:……沖田さん……


奏太:けど……僕達だって、諦めたくはないけど、現状としては絶望的だよ。

   ここに来て欠員、しかもよりによって、志紀が抜けるのは……


粧裕:じゃあ、どうするって言うんですか!

   このまま、このまま劇団ひととせが無くなっちゃうのを、

   指をくわえて見てなきゃいけないんですか!?

   ……私だって、入って1年程度しか経ってませんけど、それでも、ここの部員です。

   自分の大好きな部活が、何も出来ずに、なんにも残せずに無くなっちゃうなんて、

   そんなの、大人しく見てられるわけ無いじゃないですか!!


陸司:……静かにしろと言っただろ、つまみ出されるぞ。


粧裕:……すみません。


奈津美:兼屋君。


志紀:ん?


奈津美:ごめんね。

    とりあえず、私達でどうするか、話し合ってみる。

    兼屋君にも考えがあるとは思うけど、それはまた、今度聞かせて。


志紀:あ、ああ。


奏太:……騒がしくしてごめん。

   正直僕達も、心の整理が出来てなくてね。

   少し落ち着いたら、また出直してくるよ。


志紀:それは俺もだ。


奈津美:多村君は?


陸司:……俺はまだ、志紀と話す事がある。


奈津美:そう。

    じゃあ、ね。


すずめ:……えっと……


陸司:伊勢谷さんは、向こうだろう?


すずめ:え?


陸司:君は確かに生徒会役員だが、今は、それに縛られる必要はない。

   俺も、今は生徒会長としてではなく、ただのこいつの一人の友人として、ここにいるんだ。


すずめ:あ……は、はい!

    それじゃ、その、お大事に。


志紀:……友人、ねえ。

   まさかお前の口から、そんな単語が出てくるとは思ってなかったよ。


陸司:骨は折れても、憎まれ口はそのままか。

   そんなことより、どうするつもりだ?

   すっかりお通夜みたいな雰囲気になってたが。


志紀:そうだよなぁ。

   まあ、なんだかんだで、俺がいなくちゃどうしようもない連中だからな。

   全く、部長ってのも楽じゃねえや。


陸司:俺は真面目に話をしてるんだが。


志紀:俺だって大真面目だよ。

   ……けどなぁ、やっぱり、俺も心の整理が出来てないみたいだ。

   あー、薬の匂いが目に染みるなー!


陸司:バレバレの嘘はやめろ。

   ……全く、本当に見てられないな、お前達は……

   なにも変わっちゃいない。


志紀:お前が変わり過ぎたんだよ。

   そう簡単に、人が変われてたまるかよ。


陸司:……人はそう簡単に変われない……か。

   そうだな。

   やっぱり、そういうものなんだろうな。


志紀:何言ってんだ?


陸司:……俺には俺なりの、考えがあるってことさ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(部室)


粧裕:……あの。


奏太:……ん?


粧裕:無理、なんでしょうか、やっぱり……


奏太:……分からない。

   けど、何もしないよりはマシだよ。

   最初から諦めて代案を考えるよりも、まずは生徒会に、殴り込みをかけるしかない。


粧裕:でも、それなら全員で行ったほうが良かったんじゃ……


奏太:僕も、それは思ったよ。

   けど、口論になって取り付く島を奪われたら、それこそ元も子も無いだろ?

   如月さんは志紀と同じくらい長くこの部にいるし、何よりも、話し合いには一番慣れてる。

   僕じゃ、力不足だろうからね。


粧裕:……そんなことは……


奈津美:ただいま。


すずめ:遅くなりました。


奏太:おかえり。

   どうだった?


奈津美:言える限りのことは、言ったつもりなんだけどね……

    「生徒会の決定に変更は無い」、の一点張り。

    こっちの意見をまともに聞いてた人がいたのかどうかすら、正直言って怪しいよ。


粧裕:……そんな……


すずめ:たぶん、会長がいないから、というのも大きかったと思います。

    ……立場上、あまりこういうことを言うべきではないかもしれませんが、

    生徒会は、義務的に、というより、惰性で何となく与えられた仕事をやっている人がほとんどで、

    面倒事には関わりたくない人が多いんです。

    会長が指揮を執っている間は、表向きには真面目ではあるんですが、

    ただ与えられた役割をこなしていればそれでいい、という人ばかりで……


奏太:つまり、僕達の件も、「生徒会の決定事項だから」というのが建前で、

   食い下がられたら面倒臭いから、って理由で追い返されたってことか。


すずめ:……ごめんなさい。


奈津美:伊勢谷さんが謝ることじゃないよ。

    ……とにかく、生徒会の決定は絶対。

    1ヶ月後の文化祭での公演までに、最低5人いなければ、舞台芸術演劇同好会は廃部。

    こっちがなにを言っても、それしか言えないのかって感じだった。


すずめ:また、部員募集する……とか?


奏太:2ヶ月かけて、ようやく1人だったからなぁ……

   それに、もし人が来てくれたとしても、いきなり誰かの代役をやれだなんて、流石に酷過ぎる。


粧裕:いっそ、「1人は裏方にいます」って言い張っちゃダメなんですか?


奈津美:厳しいだろうね……

    出し物をする時、特にステージを使うときなんかは、

    どこの組の誰が、何時何分になにをやるか、事前に事細かに言っておかなくちゃいけないから。

    空白の1人をでっち上げるのは、不可能に近いと思う。


粧裕:……じゃあ、どうするんですか?


奏太:………………


奈津美:………………


すずめ:………………


粧裕:………………


(部室のドアを叩く音)


奈津美:……?

    誰だろ、こんな時に……

    あ。


奏太:あ。


粧裕:え?


すずめ:ええ?


陸司:……なんだ、揃いも揃って、間抜けな声出して。


奈津美:いや、だって……ねえ?


奏太:あまりにも、意外だったからさ。


陸司:俺で悪かったな。

   それより、生徒会室で話題になってたぞ。

   ついさっき、なんとか4人でやらせてくれないかって、言いに行ったらしいな。


奈津美:……まあ、あっさり断られたけどね。


陸司:そうだろうな。

   決定を鵜呑みにする連中ばっかりだからな、あいつらに融通を期待するほうが無茶ってもんだ。


奏太:結構容赦ないね。


粧裕:……そんなことより。


陸司:ん?


粧裕:生徒会長さんが、わざわざ部室まで、何しに来たんですか?


陸司:……そう怖い顔するなよ。

   俺は別に、敵ってわけじゃないんだから。

   ……と、言っても、廃部通告をした張本人だし、お前達の中では悪者だろうな。


すずめ:でも、あれは実行委員と生徒会の、他の役員の意見に押されて仕方なくって……


陸司:結果としては同じだ。

   最終的に、そう判断を下したのは俺なんだから。

   生徒会長としての顔もあったから、一個人としてお前達の味方は出来なかったんだ。

   ……けど、アイツに言われて、目が覚めたよ。

   人は、そう簡単には変われない。

   所詮俺だって、生徒会長って立場に逃げただけの人間だ。


粧裕:逃げた?


奏太:多村、もしかして……


陸司:志紀は全治2ヶ月、文化祭にはどう頑張っても間に合わない。

   その穴を埋める人間が、1人必要なんだろう?


奈津美:う、うん。

    だから、それをどうにかしなきゃって……

    ……え、多村君……まさか。


陸司:志紀の代役は、俺がやる。


粧裕:……えええええええええええ!?


すずめ:か、会長……


陸司:不満か?


粧裕:いや、不満とかそういうのじゃなくて、えっと……ほら、だから……!


すずめ:会長、演劇経験とか、おありなんですか……?


陸司:経験あるも何も、俺は元は、ここの部員だったんだよ。


粧裕:嘘!?


すずめ:え?

    どういう……えっ?


奏太:元々、僕達が入学したての時には、志紀と多村の2人が、ここに入部したんだよ。

   僕と如月さんが入部したのは、二学期あたりからだったかな。


奈津美:その時から、多村君と知り合いだったの?


奏太:うん、言ってなかったっけ?

   僕と、志紀と多村は、小学校からの幼馴染だよ。


陸司:腐れ縁だろ。

   ……俺も志紀も、昔から演劇には憧れてた。

   この学校にも、部ではないにせよ、演劇系の同好会があるって聞いたから、喜んで入ったんだ。


奏太:けど、……ね。


すずめ:なにか、あったんですか?


奈津美:……言い方は悪いけど、当時はちょっと、尊敬できない先輩がいてね。

    かなりいい加減で、演劇にも不真面目で、みんなの邪魔ばっかりしてたんだって。

    ……で、特に真剣に取り組んでた兼屋君と多村君は、その先輩を目の敵にしてて。

    ある時に、その先輩と多村君が、大喧嘩しちゃったの。

    幸い、大きな騒ぎにはならなかったけど。


陸司:あとはお察しさ。

   自分が部室に戻ったって、決していい気分はしないだろうってな。

   だから、舞台芸術演劇同好会、劇団ひととせからは、わざと距離を置いた。

   ……どうしても諦めきれなくて、退部届は出してないから、籍だけは残ってるんだけどな。


すずめ:そんなことが……


粧裕:っわ、私、生徒会長のこと、誤解してたかも知れません!


陸司:それより今は、そんな昔話してる場合じゃないだろ。

   台本は?


奏太:ああ、ごめん。

   はい。


奈津美:でも、あと1ヶ月しかないのに、大丈夫なの?

    志紀なんて、多村君とは性格が真逆だし、台詞の数だって……


陸司:やれるやれないじゃない、やるんだよ。

   アイツならそう言うね。


奈津美:……そうだね。


奏太:まったくもって。


粧裕:違いないですね!


すずめ:はい。


陸司:こういう時に、副部長がそんな弱気でどうする。

   部長がいない時こそしっかりしろ。


奈津美:……言われなくたって、そのつもりだよ!

    踏ん切りがつかなかっただけ!

    それじゃあ、あと1ヶ月、スパートかけるよ!


陸司:ああ。


奏太:うん。


粧裕:はい!!


すずめ:はいっ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


奈津美:(M)

    そして、文化祭当日。

    学校の一大イベントとあって、午前中から、まさにお祭り騒ぎ状態。

    各クラスが出店やお化け屋敷、喫茶店などなど色々と盛り上がっていたけれど、

    ステージの盛り上がりようは格別だった。

    それはきっと、バンドだとか、吹奏楽部のおかげだけじゃないと、みんなが思っていた。


奏太:(M)

   僕達はその日、なにをしていたかと言うと、開演ギリギリまで宣伝活動。

   昼休みを挟むからこそ、宣伝のチャンスは大きかった。

   元々、ステージでの出し物は華があるだけあって、特に何もしなくても、自然と人は集まりはする。

   けれど、今年はそんなケチくさいものじゃない。

   全校生徒を、ステージ前に並ばせてやろう。

   それくらいのつもりで呼び込んだ。


粧裕:(M)

   結論から言うと、戦果は上々でした。

   昼休みが終わると、おそらく、ほとんどの生徒がステージ前へ。

   保護者や先生方の目にも止まり、所狭しと並んだ人、人、人!

   ステージ裏でスタンバイしていた私達は嬉しさ半分、焦り半分で、

   頭の中が、真っ白になってしまいそうで。

   ……そしていよいよ、私達劇団ひととせの、最後の幕は上がったのでした。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


奏太:……と、こんな感じでどうかな。

   思い出せる限り、書き起こしてみたけど。


奈津美:うんうん、いいと思うよ。


志紀:でもさあ、やっぱりこれ、陸司がいいとこ取り過ぎないか!?


陸司:ありのままを書いたら、たまたまそうなっただけだろ。

   それに、お前には演説っていう、最大の見せ場があるじゃないか。


志紀:そりゃぁ、そうかもしれないけどさあ。


粧裕:いいじゃないですか、役に優劣なんてありませんよ。

   出番が多かろうが少なかろうが、全員揃って初めて、ひとつの作品なんですから!


志紀:……それもそうだな。

   えー、ゴホン。

   じゃあ、全員グラスは持ったな?

   それでは、祝・公演大成功!

   並びに、祝・劇団ひととせ継続!

   並びに、祝・俺達無事卒業!

   あとついでに、もう結構経ってるけど、俺の右足の完治も含めて!

   乾杯!!


(全員):かんぱーい!!


すずめ:(M)

    そう。

    無事、文化祭での公演は大成功に終わりました。

    逆境に次ぐ逆境。

    それでもなお諦めずに、部の存続のため奮闘する、舞台芸術演劇同好会、劇団ひととせの面々。

    その強い意志は、たとえ興味本位で見ていたとしても、

    あの日、ステージ前に集まった人達に、確かに伝わっていた。

    カーテンコールの後の、あの拍手喝采の中で、私は心から、そう感じていました。


    ……そして、今日は卒業式。

    3年生の先輩方との、最後のミーティング。

    公演に使った5人用の台本を、6人用に、手直しを行ったのです。

    思い出の台本として。

    今年の劇団ひととせの全てを記した、メモリアルとして。

    この台本が、私にとって、初めての……


粧裕:おーい、すずめちゃーん!

   なに独りでボーっとしてるのさ!


すずめ:えっ、あ、はい!

    ごめんなさい!


志紀:いやぁ、しかし、思えばあの時伊勢谷さんが入部してきてくれなかったら、

   俺達はあそこまで行けなかったんだよなあ。

   有望な次期部長に出会えて、俺は幸せ者だなぁ!


すずめ:いえ、私は、そんな……

    というか、次の部長は、沖田さんじゃないんですか?


奈津美:あ、まだ言ってなかったっけ。

    なんか粧裕ちゃんね、陸上部からスカウトが来ちゃったらしくて、そっちメインで行くんだって。


粧裕:いやいや!

   もちろん、こっちにもバリバリ顔出しますし、あくまでもメインはこっちですよ!

   でもちょっと、部長までやるのは荷が重いかなー……みたいな……


すずめ:そうだったんですか。


志紀:でも、後輩育成の手伝いはしてやってくれよー?

   なんせ……えーっと、何人入ったんだっけ。


陸司:2年が5人、1年が11人だな。

   男女比率が10:6。

   申請すれば、正式に同好会から部活に認定も出来る人数だ。


奏太:ここまで新入部員が多ければ、なんの心残りもなく卒業できるってもんだよ。


志紀:伊勢谷さん、沖田君、劇団ひととせをよろしくな!

   5年、いや10年、いや、未来永劫続く部活としてくれ!


粧裕:お任せ下さい!!


すずめ:ぜ、善処します。


奏太:あんまりハードル上げるなよ……


すずめ:あの、あとひとつだけ、質問なんですけど。


奈津美:ん、なに?


すずめ:この台本のタイトル、決まってるんですか?


奏太:あー、そういえば決めてなかった。

   あの時はとにかく、全部が急ピッチで、それどころじゃなかったからね。


志紀:よし、じゃあこんなのはどうだ?

   「実録!感動! 劇団ひととせの激戦のすべて!!」


陸司:アホか。


志紀:なんだと!?


奈津美:でも、せっかく残していくんだし、タイトルくらい決めなきゃね。


粧裕:じゃあ、いっそすずめちゃんが決めちゃったらどうですか?

   劇団ひととせの一員としての、デビュー作だし!


奏太:ああ、なるほどね。

   いいよ、僕も考えてなかったし。


志紀:よし、じゃあババーンと、はい!


すずめ:えっと、それじゃあ……勝手に考えてた題名なんですけど。

    ……「放課後シアトリカル」、なんてどうでしょうか。


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