拝啓、あなたの後ろから(改訂版)

(登場人物名および設定は原作を参照してください)

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(役表)

比呂也:

楓:

美慧:

琢斗/医者:

茉莉:

看護婦:

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楓:――こんにちは……


比呂也:へ?


美慧:ん、どしたの?


比呂也:……いや……なんか今、声が聞こえたような……


茉莉:えー!

   ちょっとやめてよー、この後一人で帰るのにー!


琢斗:そりゃみんな一緒だろ。

   心配すんな、お前を狙うような物好きなんていねーよ。


茉莉:ちょっと、それどういう意味よ。


琢斗:そのままの意味ですが何か?


美慧:いーよ、もう終電にも急がないと間に合わないし、泊まっていきなよ。

   布団も場所も余ってるし。


比呂也:……いや、悪い。

    俺は今日は帰るよ、なんか頭痛えし。


琢斗:おいおい大丈夫かよ、送ってやろうか?


比呂也:俺以外飲んでるだろ、何言ってんだよ。

    帰るくらいなら平気だし、大丈夫だって。


美慧:まあ仕方無いけど、気を付けてね。

   この辺治安が悪いわけじゃないけど、時間も遅いし、街灯もあんまり無いから。


茉莉:また飲もーねー!


比呂也:お前は飲みすぎだけどな……

    まあいいや、また今度予定空いたら、連絡回すよ。


美慧:ん、了解。


琢斗:おう。


茉莉:おやすみー!


比呂也:(M)

    今日は、小学校からの腐れ縁でつるんでるやつらとの飲み会だった。

    普段は仕事で土日も、ほとんど休みを取れなかったり、

    進んだ道もバラバラだったりで滅多に集まる機会が無い。

    今回は久し振りに会ったのもあって、深夜近くまでどっぷりと飲んでしまった。

    といっても、俺は車で来ていたので、全く飲んでいない筈なのだが、

    異常なほど体がだるくなり始めていて、家に着くと、視界も危ういほどだった。


比呂也:……あー、マジで頭いてぇ……なんでこんな急に……

    そういえば、さっきの妙な声聞いてからだよな……なんだったんだ、あれ。


楓:――ごめんなさい。


比呂也:!!

    まただ……なんだろ、やっぱ俺疲れてるのかな。


楓:――私の声が、聞こえてしまっているんですね。


比呂也:何言ってんだ……?  

    言ってる意味はわかんねーけど、はっきり聞こえてるよ。

    ……もしかしてお前、アレか?

    悪霊とか、そういうやつの類か?

    このダルさも、お前のせいなのかよ?


楓:――いえ、あの……


比呂也:(M)

    言いようのない不快感。

    存在しないはずなのに、まるでそこにいるかの如く、弱々しく、けれどはっきりと聞き取れる声で、

    話しかけてくるし、返事もする。

    ……それも、完璧な背後から。

    そんな得体の知れない声に、勝手な激情をぶつけていた。


楓:――ごめんなさい……でも……


比呂也:……ハァ……悪かったよ、調子狂うな……

    お前、本当に悪霊なのかよ?

    言い方変かもしれないけど、妙によそよそしいな。


楓:――私は……自分から積極的に相手に害を為す、所謂悪霊とは違います。

  一番適切な表現をするならば……「背後霊」……でしょうか。


比呂也:背後霊?

    ってことは、守護霊か何かなのか?


楓:――守護霊、とは……むしろ真逆になってしまいますが……


比呂也:……真逆って……

    やっぱり、お前が憑くと良くないのかよ?


楓:――………………


比呂也:なんだよ……それ。

    そんなら結局悪霊と一緒じゃねえかよ!

    ふざけんな!

    俺になんの恨みがあって憑いたか知らねえけどな、身に覚えも無い悪霊に取り殺されるなんてまっぴらだ!

    死に損なってないで、さっさと成仏でもなんでもして、あの世に帰ってくれよ!!


楓:――私だって望んで不幸に陥れるわけじゃない!!

  ……なるべくして……なって、しまうんです……

  どんなに嫌でも、どんなに、抗っても……!


比呂也:(M)

    初めて荒げられた声。

    何故だか妙に、頭の中にまで響く声だった。

    霊の言うことなんて、信じるほうが狂ってるんだろうが、何もかもが今更だった。

    自称背後霊……「楓」、という名前はあるそうだが。

    そいつが言うには、自分に憑かれたら、その日からそれはもう色々な不幸がその身にふりかかるとのこと。

    そして、楓の声も、俺以外には聞こえないらしい。

    そんなことだろうとは思ったが、実際本人にも分からないことは多いらしく、

    はっきり言って、打つ手も含めて、ほとんど何も分からないに等しかった。

    ただ、体調も良くない状態で興奮したせいで、気が付けば、朝になるまで眠ってしまっていた。


楓:(M)

  ――私は、なぜこの身として、存在してしまっているのだろうか。

  人の運命は選べない。

  全ては神様の気まぐれだと言うのなら、私は神様を絶対に許さない。

  呪う相手が、この人……

  榊さんではなく、神様だったのなら、どれほど気も晴れたことか。

  ……でも、正直に言えば、嬉しかったところもある。

  これまで、偶然にも私が憑いてしまった人達には、私の声なんて、聞こえる人はいなかった。

  私の言葉が聞こえる人は、ちゃんといた、という事実。

  ただそれは、人一倍、不幸の影響も大きく受けてしまう、ということは……

  とても私の口からは……言えるはずもなかった。


楓:(タイトルコール)拝啓、あなたの後ろから。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


比呂也:(M)

    背後霊云々が始まってから、あっという間に2ヶ月が経過。

    今にして思えば、この間は何も起こらず、不思議なほどいつもどおりの日々が続いた。

    そんな中、とある日のこと。外でセミの声がけたたましく響く中、

    俺の携帯が重低音を発しながら、デスクで震え始めた。


比呂也:なんだ……電話? ……琢から?

    もしもーし?


琢斗:「もしもーし?」じゃねーよ、比呂也!

    今どこにいんだよ、早く来いよ!!


比呂也:うおっと……なんだよ、どうしたんだよいきなり大声出して……

    どこにいんだって、今日なんかあったっけ?


琢斗:はぁ!?

   おいおい忘れてたのかよ!!

   2ヶ月前みんなで飲んだ時さ、今度海とか行こうぜって言ってただろが!

   んで予定合わせてさ、その結果今日にしたんだろ!?


比呂也:……あ。

    悪い、すっかり忘れてた。


琢斗:はあ~!?

   あのなぁお前、物事には許される限度ってモノが……


茉莉:ちょっと貸して!


琢斗:あ、おい!


茉莉:もしもし比呂也ー!?

   早く来てよー、こっちだって暑いんだからねー!!


琢斗:おいこら茉莉!

   人の携帯をそんなぞんざいに扱うな!

   やっとのことでオンボロガラケーから機種変した最新型なんだぞ!


茉莉:うるさいなー、ちょっとくらい良いでしょ!

   そもそもあんたみたいな脳筋には、こんなの似合わないわよー!


琢斗:なんだとぉ!?


比呂也:はぁ……なんか……なんていうか、元気だな、お前ら。

    変わってないといえば変わってないけど。


琢斗:だいたいお前は昔からなあ!


茉莉:なによ!


美慧:2人共、ちょっとごめん、電話貸してもらっていい?

   話進まないからさ。


琢斗:お、おう……


茉莉:ご、ごめん、はい。


美慧:ありがと。

   もしもし、比呂也?

   まああの2人のバカはほっといて、なんなら場所メールするから、ゆっくり来てよ。

   そんなにややこしい場所でもないし、比呂也が寝坊するなんて仕事疲れとかよっぽど色々ある状態だろうし。


茉莉:さりげなくバカって言われたのは私の気のせい?


琢斗:安心しろ、俺にも聞こえた。


比呂也:ああ……なんか悪いな。

    じゃあ、準備したらなるべく急いで行くから、場所だけメールで送っといてくれ。


美慧:ん、了解。

   じゃ、また後で。


(間)


比呂也:ふうー……そうか……

    なんか、あの後色々あり過ぎて、完全に忘れてたな。


楓:――どこか……行かれるんですか?


比呂也:……ああ、海に行こうって誘われてたんだけどな。

    完全に忘れてて、今お呼び出しってわけだ。


楓:――行くつもり……ですか?


比呂也:は?

    そりゃそうだろ。

    正直な話、俺だって色々疲れ溜まってるけど、たまにはパーっと遊びたいしさ。


楓:――そうですよね……ごめんなさい。


比呂也:なんかもう、慣れてる自分が恐ろしいけどな……

    災厄運んできてるっていう背後霊と、日常を共にしてるってのも。


楓:――あの……


比呂也:なんだよ、まだ何かあんのか?


楓:――いえ……やっぱり、なんでも……


比呂也:見ての通り急いでんだから、あんまり話しかけるなよ。

    えーとあとは……サーフボード……?

    まあ、いらないか。


楓:(M)

  ――……嫌な予感がしていた。きっと、悲しいことが起こると。

  けれど、彼らのせっかくの日常を、翳らせたくない……

  そんな中途半端な私の心が、私がするべきだった警告を遮断してしまった。


比呂也:(M)

    楓はきっと、警告をしようとしていた。それはなんとなく分かった。

    ただ、急かされていたのと、何よりストレスが溜まっていて、やっとそれを発散出来る機会を得たことで、

    耳にも入らず、頭でも、考えることを拒否していた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(道中・車内)


比呂也:なんだかんだ言っても、付いてくるんじゃねーか。


楓:――背後霊ですから、仕方ないんです……どこに行こうとも。


比呂也:どうでも良いけど、あいつらといる間は話し掛けるなよ?

    あいつらにお前の声は聴こえないなら、ただの独り言しゃべってる危ないやつに見られるんだからな。


楓:――……はい……


比呂也:お、いたいた。


茉莉:あー、やっと来た!

   遅いよ榊くん!

   レディーを炎天下の中待たせるなんて、男としてマイナスよ、大マイナス!!


琢斗:だったらいっそのこと、小麦色に焼いちまえばいいじゃねえか。

   この俺のようにな!

   見よ、灼熱の太陽と澄み輝く海に照らされて、美しく舞い踊るこの肉体美!!


茉莉:あー……はいはい。

   そういや大学入っても、筋トレばっかしてたとか言ってたわね……

   暑苦しいわよ、よそでやって。


琢斗:なに!?

   俺は、太陽に身を任せることの素晴らしさを説いてやっているのだぞ。

   お前もなかなかいい体してんだからさー、焼けばきっと、もっとこう……


茉莉:黙らっしゃい!(蹴り)


琢斗:ごふぉ!!


茉莉:頭のリミッターでも外れたのかしらね、この変態!


比呂也:うーわ、痛そう。

    なんか……ほんと、相変わらずだな、お前ら。


美慧:ま、この2人はね、ずっといいコンビだよ。

   喧嘩するほど仲がいい、って言うじゃない。


比呂也:そういうもんかねぇ……

    まあでも、琢斗の言うことにも一理あるよな。

    せっかく来たんだし、楽しまなきゃ損ってもんだ。


美慧:ふふ、そうだね。


茉莉:さんせー!


琢斗:よっしゃぁー!

   今日は遊び尽くすぜ!!


比呂也:(M)

    結局、その宣言通り、この日はほとんど、休憩無しで遊んでいたといっても過言では無かった。

    特に、琢斗と茉莉が、元気過ぎたのもあるのだが。

    俺自身も、なんだかんだで楽しんでいたのも間違いない。

    それこそ、楓の存在すら、忘れていたほどに。


楓:(M)

  ――嫌な予感は、加速していた。

  いつ何が起こっても、おかしくはない状況だった。

  あの笑顔が、壊れてしまうのが怖かった。

  何も、起こりませんように……

  そう願うことしか、私には、できなかった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(夕暮れ時)


美慧:おーい、そろそろ準備しようか。


茉莉:あ、そうね。

   もうそんな時間かー、早いなー。


比呂也:ん、なんかあるのか?


茉莉:ふっふっふー。

   海に来たら、これは欠かせないでしょ?

   バーベキューよ、バーベキュー!!

   これが楽しみで来たようなもんなんだからっ!


比呂也:へぇー、わざわざ道具持ってきたのか?


美慧:私の家にフルセット揃ってるって言ったら、もう聞かなくてねー。

   食材調達は、琢斗と茉莉に任せたんだけど……

   ……あれ?

   ねえ茉莉、琢斗は?


茉莉:さあ……なんかさっき、


琢斗:いい場所見付けた!


茉莉:って言って、どこか行っちゃったけど。


美慧:え、まさか、まだ遊びほうけてるの?

   もう結構暗くなってきてるのに……

   全く、いくつになってもマイペースなんだから。


茉莉:あはは、言えてる言えてる。

   私、電話掛けてみるね。


美慧:うん、お願い。


楓:――……っ!!

  榊さん……榊さん……!


比呂也:(小声)

    なんだよ、話し掛けるなよって言っただろ!


楓:――ごめんなさい……でも、でも……!!


茉莉:……あれー、電話は繋がるのに出ない……

   なんかあったのかな。


美慧:このあたりは灯りもあるから、道には迷わないはずだけど……

   ……探しに行ったほうがよさそうだね、そろそろ陽もだいぶ傾いてるし。


茉莉:う、うん。


比呂也:(小声)

    おい楓、どうしたってんだよ。

    ……まさか、琢斗の身に、何か起こるってのか……!?


美慧:どうしたの、比呂也?


比呂也:あ……いや、なんでもない。

    ……とにかく、なにかあったら面倒だ、探そう。


楓:――ああ……私がいなければ……こんなことには……!


比呂也:……なんだってんだよ……くそっ!


比呂也:(M)

    この時まできっと俺は、楓が、災厄をもたらすモノであることを忘れていた。

    いたずら好きの琢斗のことだから、きっと騒がせるだけ騒がせて、

    つまらないことを自慢して、茉莉にどやされる。

    ……そんな、当たり前でいつも通りの未来を、期待していたんだ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


茉莉:あ、あった、琢斗の携帯!


比呂也:鳴らしながら探さなきゃ、気付けなかったな……

    でも、なんだってこんな、海から離れた雑木林の中に?


美慧:……待って……この先って、確か……

   まさか!?


比呂也:お、おい美慧、どうし……

    ……っ!


比呂也:(M)

    急に血相を変えて走り出した美慧を追って、雑木林を抜けるとすぐに、

    白い木製の柵が設置された、展望所、だったらしき崖上に出た。

    そこにあったのは、対岸の街の灯りによる、眼を奪われるような美しい夜景と、

    明らかに人為的な力によってヘシ折られた柵と、そして……


美慧:ねえ、これ……琢斗のサンダルじゃない?


比呂也:……は?


美慧:……間違いないよ……私、見覚えあるもの。


比呂也:お、おい美慧、それって。


茉莉:え……なに?

   ……嘘、嘘よね……冗談でしょ?


美慧:……茉莉は来ないで、私と比呂也で確認するから。

   行くよ。


比呂也:……あ、ああ。


楓:――ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……!!


美慧:気を付けて、この柵……

   潮風のせいかもしれないけど、完全に腐ってる。


比呂也:ああ……


美慧:!!!

   比呂也、あれ!!


比呂也:ッ!?

    ……琢……嘘だろ……!!


茉莉:……ぇ……なに、あれ……

   あれ……琢……斗、なの……?


美慧:っ!

   見ちゃ駄目、茉莉!!


茉莉:……嘘……嘘よね……?

   そんな……そんなことって……

   ……琢斗……たく、……嫌……ぃ……

   いやあああぁあぁあああぁあああッ!!!


比呂也:(M)

    茉莉の金切り声と、冷えた波に揉まれながら、琢斗は海を漂っていた。

    その浅瀬の一帯を赤く染めて、例えるならば、海月のように、無機質に。

    嘲笑うかのように、煌々と輝く街灯りのおかげで、

    その様を鮮明に視認できた事も、また一つの、不幸……だったのだろうか。

    鳴り響くサイレンと、楓の消え入りそうな泣き声を序曲に、

    この悪夢のような物語の幕は、ようやく上がり始めたのであった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


美慧:……ろ……ひろ……?

   ひろや……目を覚まして、比呂也……!


比呂也:……あ、れ……?


美慧:!

   比呂也、目が覚めた!?


比呂也:美慧……?

    ……ここは……病院、なのか?


美慧:そうだよ。

   ……よかった、もう目も覚まさないかと思って、ずっと心配してたんだよ。


比呂也:なんで俺……病院なんかに……

    痛ッ!?


美慧:あ、ダメだよ、安静にしてなきゃ!


比呂也:……な、なぁ美慧、あの後どうなったんだ……

    なにも記憶が……


美慧:あの後……って?


比呂也:その……琢斗の、死体……を、見付けた後……

    あれは、夢じゃないんだろ……


美慧:……それは……夢じゃない、けど……


比呂也:……美慧?


楓:――比呂也さん、私から……お話します。


比呂也:楓……


楓:――あの後、救急隊の人達が来るまで、ほとんど全員放心状態でした。

  本当に、目の前の現実が信じられない、信じたくない……といった様子で……

  でも、結局その場の収拾は、他の方達に任せろと言われて、

  一旦私達はそれぞれ、自宅に戻されることになったんです。

  ……その途中に……


美慧:……その途中に、あんたは交通事故を起こして……

   っていうのは、聞いただけだから、詳しくは分からないんだけど……

   とにかく、前方不注意で単独事故を起こして、それから3日間くらい、眼を覚まさなくて……


比呂也:……ちょ、ちょっと待ってくれ!


美慧:ど、どうしたの?


比呂也:美慧、お前……

    そいつの声、聞こえてるのか?


楓:――それは……


美慧:そいつ……って、楓のこと?

   聞こえてるし、姿もはっきり見えてるよ。

   ……比呂也がずっと眼を覚まさないまでの間に、全部聞いた。

   もちろん、最初は半信半疑で、聞く耳なんて持つ気にもならなかったけど、

   茉莉のことを考えたら……信じざるを得なくなった。


比呂也:それってまさか……楓。


楓:――……はい。

  残念ながら、そういうことなんです。

  ……ごめん……なさい、美慧さん……


美慧:……なにが?


比呂也:……いや。

    それは今はいい……いや、良くはないけど……

    美慧、茉莉がどうの、って今言ったよな。

    茉莉が、どうかしたのか?


美慧:………………


比呂也:……なんだよ……まさか、茉莉の身にも何かあったのか?


美慧:……茉莉は……今は、精神病院に入らなきゃいけないかも……って。


比呂也:っ!?

    精神病院って……なんで、そんなことに。


美慧:比呂也は知らなかったかもしれないけど……茉莉はね、琢斗に想いを寄せてたの。

   だからって、琢斗は普段からあんなだったし、そんなこと勘付くはずも無いでしょ。

   ……こないだの海に行ったのだって、言いだしっぺはホントは私で、

   茉莉にとって、チャンスになればって、それくらいのつもりだったんだよ。

   今度こそ、実を結ばせてあげようって。


比呂也:……そう、だったのか。


美慧:……でも、琢斗があんな死に方をしちゃって、それだけでも、かなり参っちゃってた。

   あの日の夜だって、結局一睡も出来ずに、ずっと泣いてたって……


比呂也:……そう、か……

    でも、でもだからって、なんで精神病院に入ることになるんだよ?

    その後に、まだ何かあったって言うのか……?


美慧:(半泣き)

   ……ちょっと、待って……

   私もまだ、気持ちの整理が出来てるわけじゃないから……


比呂也:……あ、……そう、だよな。

    …………ごめん。


美慧:ううん。

   ……ごめん、続けるね。

   とにかく茉莉は、当日の夜はともかく、次の日には、ある程度は立ち直ってるようにも見えてたの。

   私も一回会って、その時にはいつも通りだったから、不安もあったけど、ひとまず大丈夫かなって思ってた。

   ……でも……その日の夜からいきなり、琢斗の声が聞こえる、って言いだしたの。

   一時的な気の迷いかと思ったんだけど、はっきり聞こえるんだって、譲らなくて……


比呂也:それって……まさか!


看護師:榊さーん、検診のお時間ですよー。


美慧:!!  

   あっ、私ちょっと、お手洗い行ってくるね!

   すいません!


看護師:おっとと。

    院内は走らないでくださーい?


比呂也:……どうしたんだ、急に……?


看護師:ああ、なーるほど……ふ~~~~ん……

    比呂也クンも、なかなか隅に置けないわねー。


比呂也:……は?


看護師:今の子、彼女か何かと見た!


比呂也:なっ!

    ち、違いますよ!!


看護師:あっはっは!

    照れない照れない。


楓:――あ、違ったんですか?

  私もてっきり……


比呂也:(小声)

    お前まで変なこと言うな!


看護師:ん、誰と話してるの?


比呂也:い、いえ……なんでも……


医師:こらこら、あまり患者をからかうものではないよ。

   患者とのコミュニケーションは良いことだが、君はもう少し、デリカシーというものをだね。


看護師:はーい、すみません。


医師:さてと、榊君、まずは君の症状なんだが……

   結論から言えば、幸い、命に別状は無い。

   しかし、体の数箇所に裂傷、あと、肋骨に若干ではあるがヒビが入っていたから、

   そっちの治療に、少し時間がかかるかもしれない。

   あとはまあ……後遺症とかの可能性も考えて、入院は1、2週間ってところかな。


看護師:事故を起こして、それだけで済んだっていうのは、不幸中の幸いですよね。


比呂也:はあ……


医師:とりあえず今は、絶対というほどではないが、安静にしていることだね。


比呂也:(M)

    その後、十数分の検診やら問診やらが続いたが、俺はどうしても気に掛かることがあり、

    あまり真面目に答えることが出来なかった。

    それは……

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


看護師:それじゃ、また様子見に来るねー。


医師:お大事に。


比呂也:はい、ありがとうございます。


(間)


比呂也:……どういうことだよ。


楓:――……え?


比呂也:さっきの美慧の話だよ。

    まさかとは思うけど……


楓:――!


比呂也:琢斗まで……お前みたいになっちまった、ってのか。


楓:――はい……おそらくは……


比呂也:……お前を責めても、もうどうにもならないのは分かってる。

    でも、せめて、どういうことなのか説明してくれ。


楓:――少し、長くなってしまいますけど……いいですか?


比呂也:ああ……構わない。


美慧:私にも、聞かせて、それ。


比呂也:!

    ……美慧?


美慧:比呂也にとってだけじゃない。

   私にとっても、あの2人は、かけがえの無い友達なの。

   その2人を、今からでもどうにかできるのかも知れないんだったら、

   私は、藁にでもしがみついてやるって決めたの。

   あんたもそうなんでしょ、比呂也。


比呂也:美慧……

    ……そうだな……そういうことだ。

    楓、頼む。


楓:――……はい。  

  悪霊や、背後霊の類が、全てそうであるかどうかは分かりません。

  でも、私のようなモノは、誰かに取り憑き、その人が死んだ後は、

  今度はその憑かれた人が、「そういう存在」になる……らしいです。


比呂也:なんで、そんなことが分かる?


楓:――私も……かつては、榊さんと同じだったからです。


比呂也:!!


美慧:嘘……それって……


比呂也:その時の、記憶ってのがあるのか……お前には。


楓:――いえ……あくまで断片的に、しかも、かなり曖昧なものです。

  でも、間違いなく私は……かつて親しかった「誰か」に取り憑かれて、

  何らかの原因で死に、今こうして、同じモノになってしまっているんです。


美慧:でも……取り憑くっていうんだったら、普通……かどうかは分からないけど、

   誰かを強く恨んでたりとか、そういうのじゃないの?


楓:――はい……そういった場合も、勿論あります。

  でも、それはあくまで一例で、憎悪じゃなくても、嫉妬や後悔、強い憧れや、好意さえ……

  強い感情が残ったままなら、その相手に取り憑く可能性は、高くなるんじゃないかと……


比呂也:……つまり、茉莉の強い想いが、琢斗の魂を引き寄せちまった……と?


楓:――そう考えるのが……一番妥当です。


美慧:……琢斗……茉莉……


(間)


美慧:……私、そろそろ帰るね。


比呂也:え、あ、……ああ。


楓:――美慧、さん……私……


美慧:……ないから。


楓:――……え?


比呂也:美慧……?


美慧:私……絶対に諦めないから……!


比呂也:……ああ。


看護師:……ふーん……そういうこと、ね。

    ……もしもし?

    私です、椿(つばき)です、ご無沙汰してます。

    ええ、実は、折り入ってお願いが……

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(夜更け・茉莉の部屋)


茉莉:ねえ……琢斗、今も、そこにいるの……?

   ……返事は無いけど、いるん……だよね、そうだよね……

   だって、あの日から……ずっと琢斗は私の傍にいるって……そう言ってくれたものね。

   俺は死んでなんかいない……って、好きだよ……って言ってもらえた時、どんなに嬉しかったか……

   ……ねえ、琢斗……?

   大好き……だよ、私も……!


美慧:えっと……茉莉……?


茉莉:!

   ……美慧……いたんだ……いつから?


美慧:ご、ごめんね。

   何回も呼び鈴鳴らしたりとか、呼んだりとかしたんだけど、返事が無くて……

   でも、鍵は開いてたから……勝手に。


茉莉:そんなにかしこまらなくても良いのに。

   ……それで、何の用?


美慧:あ、うん……これ、なんだけど。


(美慧、手料理の入ったタッパーを手渡す)


茉莉:……これって……


美慧:茉莉、あの日から、全然食べてないでしょ?

   だから、おすそ分け。

   食欲無いって言ってたけど、流石に今のままじゃいけないって思って……

   ……だから。


茉莉:……いらない。


美慧:え。


茉莉:いらない。


美慧:だめだよ、ちゃんと食べなきゃ……本当に体壊しちゃうよ。


茉莉:(食い気味に)いらないの!


美慧:だめ!


茉莉:いらないったらいらない!!

   ほっといてよ!!


美慧:だめったらだめ!!  

   ちゃんと食べるまで、私はここを何を言われたって動かないから!!


茉莉:………………


美慧:………………


茉莉:……分かったよ……

   ごめん、つい、怒鳴ったりしちゃって。

   でも、こんなこと、あんまりしなくていいから。


美慧:……うん、私も、ごめんね。


茉莉:……!

   ……美味しい……


美慧:でしょ?

   こう見えても、私結構、色々作るの好きだから。


茉莉:そう……なんだ……知らなかった。


美慧:やっぱりまだまだ、親のほうが上手だけどねぇ。


美慧:(M)

   そう言って、私は無理にでもはにかんだ。

   少しでも、気を紛らわせられればいい……今の私には、それくらいしか出来ないから。

   次から次へと、話題を提供する、迷惑だと思われても構わない。

   このお節介が少しでも、元の茉莉を思い出す、きっかけになってくれるなら。


(間)


美慧:それでね、その時のアイツったら。


茉莉:……美慧。


美慧:ん、どしたの?


茉莉:時間……大丈夫?

   もう、11時回ってるけど……


美慧:あっ……いけない、電車無くなっちゃう!

   あ、でも食器とか、まだ……


茉莉:……大丈夫。

   ちゃんと洗って、今度……返すから。


美慧:え、今度、って……

   ……うん、分かった。

   じゃ、また……来るね。


茉莉:……うん、じゃあね、おやすみ。

   ……あ、美慧?


美慧:なに?


茉莉:……ありがと。


美慧:!

   ……ううん、どういたしまして。

   それじゃ、夜遅くにごめんね、おやすみ。


(間)


茉莉:……ねえ、琢斗……相変わらずだよね、美慧は。

   自分だって、まだ気持ちの整理も済んでないのに……他人のことばっかり、最優先にしてさ。


琢斗:――そうだな……でも、なんか安心したよ。

   それでこそ、俺達のダチってもんじゃないか。


茉莉:ふふっ……それもそうだね。

   ……ねえ、琢斗。


琢斗:――ん?


茉莉:……大好き。


琢斗:――ああ、俺もだよ……茉莉。


茉莉:ねえ……琢斗、もうすぐ私たち……

   本当に一緒に……一緒になれるんだよね……


琢斗:――ああ……もう、お前だけが、寂しい思いをすることはないんだ。

   俺の言うとおりにすれば……ずっとずっと、ずうっと一緒にいられるんだ。


茉莉:うん……うん……

   嬉しい……琢斗……!


琢斗:――ずっと、ずっと、ずーっと……な。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


比呂也:それで……なんなんですか、話って?

    自分で言うのもなんですけど、患者をこんな時間まで起こしておくなんて、

    健康管理を担う看護師としてどうなんです。


看護師:たはは……それはその通り、返す言葉も無いわ。

    ……でもね、どうしても……どうしても、確認したいことがあったから。


比呂也:なんですか?


看護師:あんまり勿体付けても仕方が無いから、単刀直入に訊くわね。

    ……なにか、憑いちゃってるでしょ、キミ。


比呂也:なっ……!


楓:――!!


看護師:わかりやすい反応ありがと。

    やっぱり、そうなのね……

    こう見えてね、私結構、そっち方面に詳しいの。

    っていうのも、親戚に除霊とか、そういうのを生業にしてる人がいるからってだけで、

    私自身に霊感があるとか、そういうのじゃないんだけど。


比呂也:……それは……初耳ですね。


看護師:看護師が身の上話なんて、そこまでするものでもないからね。

    ……でも、放っておけなかった。

    なんていうのかな、明らかに空気……っていうか、「なにか」が憑いてる人独特の、嫌な雰囲気が、今も。


比呂也:……それで、俺にどうしろっていうんです。


看護師:悪いことは言わないわ、まだ間に合うかもしれない。

    これ以上キミの身に不幸が降りかかる前に、祓ったほうがいいと思うの、それ。


比呂也:祓う、って……除霊ってことですか。


看護師:平たく言えば、そうね。

    ……勝手だけど、親戚の、さっき言った住職やってる人ね。

    その人に連絡して、来週にでも、様子を見に来るようにって伝えたから。


比呂也:…………


楓:(M)

  ――ああ……やっぱり……

  ……ううん、むしろこれが、本来常識的にするべき、私への扱いなんだ。

  偶然だなんて言い訳にして、突然榊さん達の日常に紛れ込んで……

  ……あまつさえ、それを台無しにしてしまった私はもう、立派な疫病神か、それよりも悪いモノ。

  ここに私はこれ以上、存在していてはいけないんだ。


楓:――榊さん、その人の言うとおりです。

  私がこれ以上、榊さんの傍にいちゃいけないのは、言うまでもないんです。

  ……でも、私自身の意志では、どうすることも出来ない……

  それならせめて、ひと思いに。


比呂也:黙ってろ、楓。


楓:――っ!


看護師:……比呂也……くん?


比呂也:せっかくの申し出ですけど、そんな話、受けるわけにはいきません。


楓:――榊さん……?


看護師:ど……どうして?

    今ならまだ……


比呂也:俺にはそんな、無責任なことできません。

    確かにコイツが来てから、いいことなんて起こってないし、

    ……琢斗も死んで、俺自身もこんなザマで、なんで俺が……って、

    意味分かんねえ、どういうことだよって、思ったりもしましたよ。

    でも、コイツは、初めて出会った日に、俺がそう怒鳴りつけたとき、こう返したんです。


楓:――私だって、望んで不幸に陥れるわけじゃない!!

  ……なるべくして……なって、しまうんです……

  どんなに嫌でも、どんなに、抗っても……!


看護師:…………


比呂也:ああ、そうか。

    コイツ自身には、何の罪も無いんだ、って。

    俺と同じくらい、もしかしたら、俺以上に苦しんで、もがいて、

    それでも抗えずに今こうなっちまってるんだって……

    ……そう考え始めたら、コイツは……

    いや、楓は。

    除霊とか悪魔祓いとか、そんな無理矢理な方法じゃなくて。

    ちゃんと成仏させてやりたいって、そう思うように、なっちまったんですよ。


楓:――そんな……


看護師:……楓……っていうのね、キミについてる子は。

    こういう言い方もなんだけど……ただの夢物語よ、そんなのは。

    そんなこと、何年、何十年かかるか分からない。

    それを果たせるまでに、キミの命が保証される可能性なんて、ほとんど無いのよ?


比呂也:そんなことは、百も承知です。

    それでも、仮に除霊でこの一件が解決したとしても、俺自身が、納得出来る気がしないんです。

    ……この件に関しては、俺達の問題です。

    全ての責任は、俺が負います。

    だから、あなたは口を出さないでください。

    ……お願いします。


楓:――榊、さん……そんな……


看護師:……うーん……若さってのは怖いわねー。


比呂也:……なんの話ですか。


看護師:住職の方には、来週来てもらう。

    これはもう、決めちゃったことだから変わらない。


比呂也:なっ!


看護師:最後まで聞いて。

    来てもらう目的は除霊じゃなくて、ちゃんとした供養にしてもらうわ、ひとまずは。

    ……キミ本人が譲らないのに、無理矢理引っ剥がしても、仕方がないものね。


比呂也:じゃあ……


看護師:でーもっ、でもよ?

    やっぱり私と同じようなこと、言うとは思うわよ。

    向こうを納得させられるかどうかは、キミ次第だし、それに……


美慧:(激しく息を切らしながら)比呂也!!


楓:――!!


看護師:ぅわっ!?


比呂也:美慧……!?


看護師:ちょっと、こらこら、面会時間はとっくに過ぎてますよ。

    それに、病院では静かにって……


美慧:そんなこと言ってる場合じゃないんです!!

   比呂也……茉莉が、茉莉が……!!


楓:――そんな……嫌……やっぱり……!


比呂也:落ち着けって!

    どうしたってんだよ美慧、茉莉がどうした!?


美慧:(息を切らしながら)今さっき、茉莉から電話があったの……

   ううん、正確には……電車に乗ってたから出れなかったんだけど……

   ……留守電が一件だけ残ってて……それで……そこに……茉莉……が……っ

   ……ハァ……ッ……はっ……げほっ、ゲホッ!!


(美慧、倒れる)


比呂也:お、おい、美慧!!


看護師:ちょっと、大丈夫!?


医師:なにごとだね、こんな夜中に……他の患者の迷惑だよ。


看護師:あ、ちょうどいいところに!

    先生、急患です、この子……!


美慧:……っ……く……ハァッ……ハァ……っ……


医師:……これは……!

   まずいな、急いで空いている医務室を探して運び込みたまえ。

   私もすぐに準備をする!


看護婦:はい!

    ごめんね比呂也くん、すぐに戻るから!!


比呂也:……美慧……茉莉……


楓:――榊さん……私……わたし……


比呂也:……留守電……って言ってたよな、美慧は……


楓:――……榊、さ……っ、

  ……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……!


茉莉:(留守電)

   ……さと……美慧……聞こえてる……?

   結構コールしたんだけど……全然出ないから……メッセージ、残しておくね。

   ……美慧、私ね、ようやく、ようやく……今の苦しみから解放される時が来たの。

   琢斗が教えてくれた……ようやく、本当の意味で今日、一緒になれるんだ……って。

   ……だから、ね……ついさっきまでお世話になっちゃったから、美慧にだけでも……


比呂也:……茉莉……風の音……?

    なんだ、ベランダ……か?


茉莉:……ちゃんと部屋も片付けてね……借りた食器も、洗って、置いておいたから……

   今度来た時に……持って行って。

   少し無責任かな……ごめんね。

   ……でも、もう琢斗は待ちきれないみたいなの。

   正直、私ももう、限界……

   あとは、……背中を、押してもらうだけ。

   ……だから……美慧、比呂也にも、伝えてね……ありがとうって。

   さよな …………


(肉の潰れるような音の後、メッセージ終了)


比呂也:……茉莉……そう、か。

    はははは……はは……は。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


看護婦:お疲れ様でーす。

    ……はーあ、葬儀が終わったらほとんど間も置かずに出勤なんて、田舎病院のナースは大変だわー……

    まあ、仕方ないか……あれも、何かの縁だったのよね、きっと。

    ……結局……何もしてあげられなかったな……私。

    偉そうなこと言ってたくせに、結局比呂也くんも、……楓も、助けられず終いで……

    …………あれ、なんだろ……ベッドの下に、手紙?

    おかしいな、こんなの、こないだまで無かったのに……

    えっと……差出人は、……「涼谷 美慧」……?

    ……え、みさと、って……どういう、こと……?

    だって、あの子は、比呂也くんよりも前に……


美慧:(手紙)

   ……比呂也、あの後の具合はどんな感じ?

   それよりも、私が突然手紙なんて……っていう驚きのほうが、大きいかな。

   でも、口では言わなかったけど、比呂也も相当精神的に来てたのは分かってたし、

   住職の人とか来てから、なかなか病室にも近付けなかったから……

   それに、私自身も心の整理をつけたかったっていうのもあって、

   わざわざ、すぐ近くにいるのに、手紙なんて回りくどいことしたの。

   ……色々、あったよね

   でも、比呂也は最後まで、自分を見失わなかった。

   凄いなって思ったし、尊敬もしてる。

   お門違いかもしれないけど、色々、ありがと。

   退院できる日が決まったら、教えてね。

   その日までには必ず、「迎え」に行くから。

   ……敬具。


美慧:――あ、しまった……書き始めの挨拶忘れてた。

   ……いいや、上の隙間に書いちゃお。

   えっと……はい、けい……

   「拝啓、貴方の後ろから」っと……

   うん、我ながら、なかなか洒落た書き出しじゃない?


看護婦:……そんな……じゃあ……比呂也くんの、死因……まさか……!


比呂也:――こんにちは。


看護婦:……え……?

楓:――ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……


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