或る文豪の夢奇譚

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(役表)

記者(不問):

作家(不問):

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記者:……えーと……確かこれ、で……?

   あれ、……どうやるんだったかな……こう?

   ん? えーと……違うな。

   これじゃないのか……あれ?

   ……あ。

   あ、ああ! このボタンか!

   これ、押せば……

   ……え、あ?

   あ! これ、これもう録ってるのか!

   ぁあっちゃあ~……

   まあ良いか、後でカットしとけば……

   ……えーと、すみません。

   大変失礼しました、先生。

   何か、私一人で勝手にドタバタしちゃいまして。


作家:いやいや良いよ、気にしないでくれ。

   矢鱈に堅苦しい雰囲気で来られるよりは、寧ろそれくらいフランクな方が、私としてもやりやすい。


記者:ああ、有難う御座います。

   そう言って頂けると、ちょっとは肩の力も抜けそうです。

   (咳払い)

   ……ではですね、改めまして。

   先生、この度は貴重な御話を伺う機会を頂きまして、誠に有難う御座います。

   今まさに話題沸騰中、一世を風靡するノンフィクション小説界の鬼才と直に対談出来るとは、

   私、この仕事に就いていて良かったと、心の底から昂奮しております。


作家:まるで、準備してきたかのような謳い文句だなあ。


記者:とんでもない、本心ですよ。

   ただでさえ、先生は今回、対談相手を一社に、

   しかも、一名まで、という極端な制限を掛けられた。

   そんな天文学的な確率の中から、豪運にも我が出版社の、私という一記者が選ばれ、

   此処に居る権利も、これから先の御話を伺う権利も、今の私しか持ち得ない訳ですから。


作家:そうかね。

   まあ、君がそう思ってくれるのは有難いが、別に私が選んだ訳じゃあないからね。


記者:と、言いますと。


作家:なに、星の数程ある出版社を無根拠、無作為に六社まで絞り、

   あとは賽の目と、君の上が決めた事だ。

   確かに確率で言えば大層な数字だろうが、そんな大それた物じゃあない。


記者:ああ……

   ははは。

   また随分と、遊び心のある趣向で。

   それでもまあ、私が幸運である事に変わりはありませんよ。

   ……それではそろそろ、始めさせて頂いても宜しいでしょうか?


作家:ああ、私はいつでも良いよ。


記者:はい。

   ではですね、もしかしたら、まだ先生の事をよく御存知でない読者の方もいらっしゃるかもしれませんので、

   改めて、先生について簡潔に紹介させて頂きますと……

   近年世間を騒がせた、インダストリアル・ラグーナ社の株価大暴落を招いた、同社役員の密会騒動を始め、

   歴代最高峰と謳われた豪華客船であるパラティーゾ号の、原因不明の沈没事故、

   老舗建築会社が手掛けた都心の高級マンションの、突然の一部崩落……と、

   それを引鉄に明らかになった、同社が行っていた、膨大な数の手抜き工事問題等、

   主に、事件や人為的な部分を匂わせる事故を題材とした作品を多く執筆される、

   ノンフィクション小説作家でいらっしゃいます。

   最新作では、未成年による連続バラバラ殺人事件の一部始終を描き、

   犯人が逮捕されてから半年も経たずに刊行という、異例の出版の速さもさることながら、

   報道もされていなかったような、数々の知られざる情報が網羅されており、

   そのあまりに緻密で、具体的な描写の数々から、

   「実は、この事件に少なからず関わっているのではないか」

   ……と、密かに噂が立つ程です。


作家:ああ、そういえば、そんな事も言われたな。

   尤も、その真偽を面白半分で訊いてきたゴシップ誌は、根刮ぎ出禁にしたがね。

   確かにまあ、当事者や首謀者たる人物の心境という物に、興味が無いと言えば嘘になるが、

   それとこれとは全く別の問題だ。

   噂は、あくまで噂に過ぎない。

   それを、事もあろうに本人に訊く等、馬鹿馬鹿しいと一蹴されるのが、目に見えるだろうに。


記者:ははぁ、これは手厳しい。

   しかし実際の所、そう言った噂を抜きにしても、先生の作品において、

   一番の魅力であり、謎でもあるのがそこですよね。

   事件や事故が表沙汰になってから、それを取り扱った作品が発表されるまでが、明らかに早い。

   今でこそ、大きい騒動を題材にしているので、比較的早い、という程度の認識でしかありませんが、

   まだ頭角を現される前から書かれていた作品を読み返してみると、

   物によっては、世間が騒ぎ出す前に発表されている。


作家:ほう。

   嬉しいね、そこまで知っている者がいたとは。

   事件が明るみになる前に出している本なんて、今はもう殆ど、絶版になっている物ばかりだろう?


記者:ええ、こう言っては、取って付けたような嘘に聞こえるかも知れませんが、

   かく言う私も、出版社の人間である前に、先生の作品の愛読者の一人でして。

   処女作を読ませて頂いた時から、他のノンフィクション作家とは、何か違う魅力を感じていたんですよ。

   それ以来、先生の作品は、書店に並んだその日には、自宅の本棚と仕事用の鞄、

   加えて、職場のデスクに常備してあるんです。


作家:……それはまた、何故?


記者:それはもう、何時でも何処でも、手に取る事が出来るようにですよ。

   今や、先生の著書は私にとって、私という人間の一部を構成する、言わば、教典のような存在だ。

   常に手が届く場所に無いと、何だか落ち着かなくて。


作家:ははは。

   私もこれまで、変人だ奇人だと、好き放題な評価や揶揄をされてきたが、君も大概だな。

   いや、見方によっては、君のそれは私以上だ。


記者:それは先生に言われると、褒め言葉にしかなりませんよ。

   類は友を呼ぶ、とでも言うのでしょうかね。

   ……ああ、まあ友と表現するのは、些か烏滸がましいですが。


作家:いや、良いさ。

   確かに、流石に友と呼ぶにはまだ早いが、少なくとも、今回の本当の本題を語る相手は、

   君のような、私に負けず劣らずの変人である方が都合が良い。

   もし君が、社交辞令で塗り固められた、人形のような輩だったら、

   適当に小一時間、実の無い話をして、それで終わらせる予定だったが。

   ……この場に於いての幸運の持ち主は、お互い様なのかもしれないな。


記者:……本当の本題……ですか?


作家:そうだ。

   匂わせでもしたら、余計な騒ぎが起きかねないから、君達に予め伝えもしなかった、本当の本題だ。

   これが裏にあったからこそ、今回の取材は、一人のみという制限を設けた。

   本来の本題と直結する話ではあるが、一般的な思考回路を持っていれば、

   まず猜疑心で脳が満たされるような内容だからな。

   これを表沙汰にするには、この場に居合わせる聴き手が、相応に変わった人間である必要があった。

   真に受け過ぎず、冗談と貶しもしない程度の、適度な理解者が。


記者:……では、仮に今日此処に居たのが私ではなく、

   所謂先生が仰るところの、社交辞令で塗り固められた、人形のような輩……だったら?


作家:何も明らかになる事は無く、ただ結果のみが残っていた。

   或いはその方が、私にとっても、世間にとっても、幸福だったかも知れんがね。


記者:……とは言っても、正直我々側からすると、現時点でも、何も明らかにはなっていないんですよね。

   先生からは「大事な発表がある」としか仰られず、本当の本題どころか、

   本来の本題すら、分かりかねていますから。


作家:それもそうだな。

   ……では、前置きも長くなり過ぎた。

   まずは、本来の本題から入ろうか。

   ……ああ、その前に、珈琲の御代わりはどうかね?


記者:ああ、では頂きます。

   ちょっと失礼。

   ……しかし、少し話を脱線させてしまうようで申し訳無いのですが、変わった味の珈琲ですね。


作家:ん? ああ。

   数年前に友人から、インドネシアの土産だと言って渡されてね。

   それまでは安物の珈琲で満足していたんだが、初めてこれを飲んだら、癖になってしまって。

   コピ・ルアクという豆を使った物なんだが。


記者:コピ・ルアク……って、結構な高級品ですよね。

   ジャコウネコの糞から採ってるんでしたっけ。


作家:ああ、よく知ってるね。

   確かに値は張るが、品質と味は確かな物だ。


記者:ええ、私の拙い語彙力では独特、という表現が精一杯なのが悔しいですが。

   ……ああ、すみません。

   折角本題に入ろうとしていた所を、邪魔してしまって。


作家:いやいや、構わないよ。


記者:恐縮です。

   では、御話の続きを、お願いします。


作家:うん。

   ええと、ああそうだ、本来の本題だったな。

   と言っても、なに、言ってしまえば、至極単純な話だよ。

   ……私は近々、筆を置こうと考えている。

   いや、より正確に言えば、次の作品を、最後にしようと思っているんだ。


記者:……え?

   それは……つまり、文壇から退かれる……という事ですか?


作家:そうだ。


記者:何故、と訊くのは、野暮でしょうか。


作家:いや、当然の疑問だろう。

   記者であろうと、読者であろうと、作家の引退の理由を知りたがるのは、至極真っ当な反応だ。

   私はそれに幾らでも、仮初の理由をこじつける事は出来る、が……

   ……君相手だと、流石にどうにも不公平、不誠実に感じてしまうからな。

   本当の事を話そう。

   ……ここからが、本当の本題だ。


記者:はい。


作家:……私はね、筆を持つ前に、必ず夢を見ていたんだ。


記者:夢……ですか。


作家:そう。

   言葉の通り、人が眠っている時に見る、あの夢だ。

   そして私は、その夢をそのまま紙へと認め、作品へと昇華する。

   私の小説は言わば、夢日記、と表現しても差支えない。


記者:……え?

   い、いや、しかし。

   先生のこれまで手掛けた物は全て、ノンフィクション小説ですよね?

   フィクションのアイディアを夢から得る、というのは、通常なら然程珍しい事でもありませんが、

   ……実際に、現実で起きている事を題材にしているのでは、矛盾が生じてしまいますよ。

   それではまるで、予知夢のような物が見れる、という事になる。


作家:まるで、ではない。

   まさにそのまま、そういう事だ。


記者:……はは。

   それは確かに、猜疑心を持つなという方が、無理な話かもしれませんね。

   ……しかし、先程までの大袈裟とも言ってしまえるほどの前置きからして、嘘と断言するのも、また難しい。

   その御話、詳しく御聞かせ願えますか?


作家:……私がこの力に初めて気が付いたのは、まだノンフィクションというジャンルに手を出す前。

   それこそ、私の読者と明言してくれた君すら知らないであろう、

   今とは名前も違う、しがない無名作家だった頃だ。

   遡ってみれば、もう10年以上前になるか。

   その頃の私は、兎に角世間に存在を知らしめたい一心で、そこそこのペースで筆を動かし続け、

   あらゆる方面、あらゆるジャンルに手を出した。

   ……が、どうにも違う。

   何を書いても、一応形にはなるが、これだと思える作品にはならなかった。

   一定の評価を得る事は辛うじて出来てはいたが、あくまでも一定止まり。

   それに何より、私自身が、何を書くにも、遣り甲斐と言うものを見出せずにいたんだ。

   「私の本当に書きたい物は、こんな駄作ではない」

   と、ね。

   そういう自己否定の雑念が、次第に創作意欲すらも打消し、早々に別の道を歩もうとも考えた。

   ……一定の評価を得ていただけでも儲け物だ、と批評するのは容易いが、

   作家から言わせてもらえば、そう単純な話でもない……

   というのは、分かってくれるだろう?


記者:ええ、それは勿論。


作家:だが、転機は本当に、唐突に訪れた。

   そのきっかけになったのが、当時新聞の一面も飾った、

   「聖輝煌(せいきこう)教団事件」だ。


記者:ああ、確か、先生の処女作で題材にされた事件ですよね。

   未成年の少年グループが「聖輝煌教団」という架空の団体名を名乗り、

   粛清と称して、休日の繁華街のスクランブル交差点に、複数の乗用車や単車で突っ込み、

   100人近くの死傷者を出した、痛ましい事件。

   ……今でこそ、あまり取り沙汰もされず、風化しかけている出来事ですが、

   そういえば、この作品に於いては、

   犯行グループの首謀者や上層部に位置する者達の素性が明らかになるよりも、発行が先でしたよね。

   しかし、まだ確定もしていない未成年の犯行を憶測で分析し、

   好き勝手に著された不謹慎過ぎる書物だ、評論家やメディアから口々に評され、

   発行から極僅かな期間で全て回収、出版社も先生も、大きく批判されていた。

   ……でも、その評価は時を経て、全く違うものになる。


作家:そう。

   そうなるのも、必然だっただろう。

   何せ、記された内容は、憶測でも何でもなく、全てが。

   捜査が進むにつれ明らかになる事実と、合致していたのだから。


記者:それがまさに、予知夢の恩恵の賜物である、と?


作家:そうだ。

   私は、あの事件が起こる数日前から、それを全て知っていた。

   そしてそのあらましを、原稿用紙に、何と無しに記していたその最中。

   その通りの出来事が、現実で起こったのだ。

   その事件だけではない。

   そこからは、君も知っている通り、その後から著した物は、全てに於いてそうだ。

   私はただ夢で見たありのままを、そのまま紙に落とし込んだに過ぎない。

   そして、そうして出来上がっていく原稿が、まるで未来の事件のプロットであるかのように、

   或いは、世界が私の夢をなぞるように仕組まれた、傀儡であるかのように。

   私が見た夢の通りに、私が書いた名前が、私が指定した場所で、

   私が記した時間に、私が描いた通りの行動を取る。

   それが禍福の何れであろうとも、

   私が夢で見た光景は、私が著した情景は、

   必ず、現実でも引き起こされたのだ。


記者:………………


作家:通常ならこんな話、取り合うだけ時間の浪費と誹られる事だろう。

   やれ虚言家だ、やれ放言家だと貶されても仕方の無い、実に大仰な妄言だ。

   ……だが、


記者:それが変えようの無い事実である事は、

   過去が、そして現存する著書の全てが証明している……ですね。

   そして、怪物と呼ばれる程の執筆の速さも、そういった絡繰ならば、説明がつくと。


作家:そういう事だな。

   しかし、最近はぱったりと、その予知夢を見る事が、一切無くなってしまった。

   ならば、またあの行き場も分からず、迷走していた頃に戻るよりも、

   あと一つだけ、書き残している夢を終わらせて、

   それで、私の作家としての人生の幕引きとしよう……とね。


記者:……はは。


作家:ん?


記者:いやはや、先生と対談させて頂く以上、

   どんな大風呂敷を広げられても、それなりに順応出来る自信はあったんですが。

   よもやここまで、小説よりも奇なる現実を突き付けられる事になるとは、と思ったまでで。

   ……まさかとは思いますが、今こうしているこの瞬間すらも、

   いつか夢の一齣として、御覧になった……とか?


作家:……さあ、どうかな。


記者:ははは。

   いやしかし、もしそんな事があったとしたなら、それは光栄な事ですよ。


作家:……ほう、何故?


記者:先程の話が全て本当なら、先生の夢に出るという事は即ち、

   先生の作品の一部となる機会を得ている、という事に他ならないでしょう?

   最初にも言いましたが、私は記者である前に、先生の著書の信奉者と言って良い。

   処女作から拝誦している一読者として、これ程嬉しい事はそうありません。


作家:……つくづく、君は変り者だな。


記者:ええ、よく言われます。


作家:……だが、希望を潰すようで悪いが、何も私は、予知夢しか見ないわけじゃないんだ。

   仮に君が夢に出て来ていたとしても、それがいずれ訪れる未来の中に居る君である保証は無い。

   それに、さっきも言っただろう?

   次の作品が、私の最後の述作になるんだ、と。


記者:勿論、分かっていますよ。

   これこそ、只の偏屈な愛読者の、妄言に過ぎません。

   題材は、もう決まってらっしゃるのでしょうか?

   ……いや、先生の場合は、見られたのでしょうか、という訊き方が適切ですかね。


作家:ああ。

   だが、録音されている手前、それを言うわけにはいかないな。

   万が一、何かの手違いで、この音源が流出してしまっては、世間が黙っていないだろう。


記者:ええ。

   どのような内容であれ、起こり得る未来の言質ですからね。

   尤も、果たして何処まで本気にして貰えようか、という所でもありますが。


作家:元より、万人に理解されよう等とは、微塵も期待していないよ。

   この話を信じる者も、私自身への理解者も、ほんの一握り居れば十二分だ。


記者:それを一握りで留まらせない為に、今この場に私が居るんですよ、先生。


作家:……ああ……それもそうか。

   だが……ああ、いや。

   では……うん、そうだな。

   ならば、君を一番の偏屈な愛読者と見込んで、少しばかり、知恵を借りたいのだが。


記者:はい?


作家:その見返りとして、ほんの一部だが、私が手掛ける最終作の、粗筋を教えよう。


記者:おお、それは……!


作家:だが、代わりに。

   ここからは、完全にオフレコ……

   要は、一切を、他言無用にしてもらいたい。

   これから此処で話される事の一切は、私と君しか知り得ない、という事だ。

   たとえ他者に、世間に開示をせがまれようと、たとえ上司に、首を飛ばされそうになろうと、ね。

   それさえ飲めるのなら、の話だが……

   どうかな?


記者:……ええ、ええ、勿論!

   寧ろ、そんな事まで知り得る機会を得られるのなら、

   この首の価値など、路傍の醜草にも劣ろうというものです。

   何なら、今すぐこの場で、このレコーダーを壊して御覧に入れましょうか。


作家:はは。

   いや、何もそこまでの事は求めないよ。

   それもまた、大事な物証なのだから。

   君の、それだけの意志が分かっただけで十分だ。


記者:ええと、では……


作家:うん、話させてもらおう。

   ……ああ、その前に、先にレコーダーを預からせてくれないか。

   勝手だが、私のタイミングで、録音を切らせてもらいたい。


記者:ああ、はい、分かりました。

   ……どうぞ。


作家:有難う。

   (咳払い)

   ……実はね、今回見た予知夢は、これまでとは少々、趣向が違ったんだ。


記者:趣向が違う……と言いますと。


作家:まあ、例によって、人為的な犯罪である事に変わりはないんだがね。

   これまでと違い、迷宮入りしてしまうんだよ。

   未解決のまま時効を迎え、その事件も、その犯人も、その被害者も。

   時と共に有耶無耶になり、何時しかそれに纏わる全てが、世間の記憶から、泡沫となって消えてしまう。

   ……そう、ここまではいつも通りだ。

   そこまでは、決まっている。


記者:はあ。


作家:……どうかしたかね?


記者:……ああ、いえ。

   ちょっと前から、少し……

   いや、ええ。

   大丈夫ですよ、何でも、ありません。


作家:そうかね。

   では、続けるよ。

   ……だがここで、これまでと違う、もう一つ、少しばかりの問題が生じてね。

   まるで、意図的に切り抜かれた落丁かのように、空白になってしまった箇所があるんだ。

   いや、まっさらな空白と言うよりも、

   暈された様に、曖昧で不明瞭だった、と表現した方が正しいか。

   恐らくはこうなのだろう、という択を、二つにまで絞り込むまでは出来たが、

   如何せんここは、最後に著すのは私である以上、私の匙加減になる。

   結果的に、同じ結末を迎えることになるにせよ、そこをどうするか次第で、

   周囲からの見られ方が、雲と泥ほどに変わってくるわけだ。

   もう、大方見当は付いただろう?

   そこで一つ、君の意見……

   いや、希望を聞きたい、と思ったわけだ。

   が……

   おおい、聞こえているかね?


記者:………………


作家:……ふむ。

   辛うじて、といった様相だな、少し時間を掛け過ぎたか。

   ……では、最後に改めて、隠然の筆者たる私から、未然の作品たる君に問おう。

   殺人事件と、失踪事件。

   どちらが良いと思うかね?


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